後日、俺は『箕原道場』のSNSアカウントに届いた1件のお悩み相談を解決せんとして、指定された住所のところまでやってきた。
目の前にはちょっと古い木造の一軒家。
お化けでも住んでなけりゃいいが。
「はぁ……異能のお悩みねぇ〜」
先行きの不安がため息となって現れる。
ポン――
するとスマホへメッセージが届く音がした。
神道 心菜
『ほら、早く! 入った入った!』
くっそ、こいつ自分がしねぇからって急かしやがって。
俺はスマホ画面から目を離し、背後へ視線を向けた。
その理由は至極簡単、心菜が物陰から見ているからだ。
「心菜ーっ! お前、ずっとそこいるつもり? 撮影するなら中入んないと無理でしょ。 何してんの、早よ来いよおバカ」
俺は罵りつつも手招きして心菜を呼びつける。
「いや、まぁそうだけどさぁ、異能者怖いじゃん? また私狙われちゃうよ? 可愛いからっ!」
両頬に人差し指を当て、てへ、とか言いそうなポーズでそんなことを言っている。
「何やってんの、もう三十路の人がそんなんしちゃダメだって」
「おいこら、誰が行き遅れたババアだ剣オタク」
ドスのきいた声で捲し立ててきた。
「言ってない、そこまでは言ってない。勝手に悪口増やさないでっ!?」
「あ、それよりも燿ちゃん、これ見てよ!」
何かを思い出したようにスマホ画面を見せつけてくる心菜。
さっきと打って変わって表情は和かだ。
「おい、これって……」
目に映るのはあのSNSアカウント。
新しく投稿された動画の内容である。
俺はキッと心菜を睨みつける。
「そう、今回のタイトルは『剣を愛する箕原くん、朝のルーティーン動画』」
俺の鋭い眼差しに一切の引けを取らずに心菜は全タイトルをつらつら言い切った。
しかも心なしか笑いを堪えているようにも見える。
そこに映っているのは、今朝のシーン。
俺が門下生がいなくなってからの修行内容だ。
①2本の竹刀を支点に逆立ち、天井を向いた両足でラジオ体操
② 5分耐久竹刀素振り300回終わるまで帰れまテン
③1日1万回感謝の反復横跳び
なんかスマホ向けてんなとは思ってたけど、まさか朝の全修行行程を動画に収め、ナレーションまでつけているとは。
"え、これ入門したら俺らもすんの? 無理なんだけど"
"竹刀ってそんな速度で振れたっけ?"
"ご主人の体を支える竹刀くん可哀想w"
"↑笑った。剣を愛するとはw"
"なんか竹刀くん振り回されすぎてて草"
"反復横跳びとかもはや合成としか思えん"
"1日1万回はもうどこぞのハンター協会会長すぎて草"
"知ってるか? 箕原くん異能者じゃないらしいぜ。イカれてるだろ?"
"たしかこの前、異能者倒してたよな"
"実はボク剣道習うか悩んでたんですけど、こんなに厳しい世界ならやっぱりやめときます"
"↑落ち着け! これは普通の人間がする練習ではないから病むんじゃない少年よ!"
"↑↑【悲報】箕原くん、少年の夢を儚く散らせる"
「うおいっ!! なんか貶されてるじゃねーか!」
「ぷ……っ! ごめんね、耀ちゃん」
「これか、さっき笑い堪えてたの! さっそく俺のデジタルタトゥーができたぞ!」
「あ、あの〜」
そんな会話に突然入ってきたのは、50代くらいのおじさんだ。
ちょうど目の前の家の玄関に佇んでいる様子、この家の持ち主っぽい。
「あ、すみません。話し声が聞こえてきたもので」
頭をポリポリと掻きながら弱々しい声でそう言う。
「こちらこそ大きな声で騒ぎ立ててすみません。もしかして今回依頼下さった『リフォーム専門店スマイルホーム』の方ですか?」
先ほどの怒りはどこかに捨てたのか、丁寧な口調で心菜はおじさんに確認した。
てかなんだスマイルホームて。
笑ってんのか、家が笑ってんのかって。
「はい、わたしはスマイルホーム責任者、
どうやら本当に悩んでるらしい。
俺達はこの大堤宅で話を聞くことになった。
まず1階リビングにある4人がけダイニングテーブルに俺と心菜は隣り合わせに座り、その向かいにおじさんが腰をかける。
「えっと悩みというのはですね、実は……雨漏りが止まらないんです」
「俺、帰るわ……ぐえっ!」
ばっとその場で立ち上がった途端、心菜自慢の怪力で再び着座させられた。
「ちょっと燿ちゃん! あんた、ほんとに社会人!? 話の途中じゃない!」
「社会人、というか武道家だ。それに雨漏りならアンタの分野じゃねーのか?」
これは俺の素直な意見。
異能との関係性を見出せなかったからこそ帰って修行でも、と思ったのだ。
「
「はい、わかりました!」
心菜は心地よいほど軽やかな返事をした。
まぁ俺達、異能のスペシャリストでもないんだけどな。
そして話の続き。
雨漏りは1階の別室、そこは空き部屋になっている。
一昨日から突然雨漏りし始めたのだが、もちろんここ数日雨すら降っていない。
それに建築的に考えてもこの部位に給排水管などもないし、水漏れの感じもしないとのこと。
もちろん直上の2階にも水気1つない。
「つまりこの雨漏りは異能者によるものだと?」
「はい、現実的にあり得ない雨漏りなので、何かしら関係があるんじゃないかとわたしは考えています。箕原道場のお2人はどう思われますか?」
「そうですね、家の構造上あり得ないということでしたらその線は充分に考えられますね。といってもまだ可能性の段階ですので少し家の中を見させて頂いてもよろしいですか?」
「はい、もちろんです!」
心菜と大堤のおじさんで勝手に話が進んでいく。
もしかして俺、いらない?
「ほら、燿ちゃん! 行くよ!」
心菜の怪力で俺は自然と立たされる。
待って、コイツ単体で異能者ボコれるんじゃね?
連れて行かれたのはまず1階の現場。
たしかに雨漏り、ポツポツと水が滴っている。
ちょうど部屋の中心1畳分の範囲のみだ。
それから2階。
あの部屋の真上にあたる場所。
もちろん水なんてなく、ごく普通の部屋だ。
「たしかになんの違和感もないですね」
心菜は眉を寄せ、この真相を考えている。
「そうなんです。生活上非常に困っておりまして……」
大堤は眉間に皺を寄せて嘆息つく。
その直後チラッと俺へ視線を送ってきた。
やめて、そんな困った顔で見つめないで……っ!
とはいえ、この2階に上がってきてから俺は1つの違和感を感じている。
せめてそれを取り払うくらいはしてみよう。
「なんか……声すんだよな〜」
俺の発言に視線が一気に集まる。
「え……? 燿ちゃん、何も聞こえないけど?」
「わたしにもさっぱり」
心菜は首を傾げ、大堤はゆっくり首を横に振る。
どうやら俺だけらしい。
まぁ昔から耳は良い、というか5感……いや第6感まで人より優れていると自負している。
しかし気味が悪い。
俺の耳に入っているのは、しくしくと声を殺すようにすすり泣く女の声。
しかもなんか足元から聞こえてくる。
これさ、異能とかじゃなくてお化けだったらどうしよう。
怖いけど、ここで解明しとかないと夜ビビって眠れねぇし。
「えっと、この辺だな」
とりあえず、声の聞こえる足場へ移動した。
うんやっぱ足元から女の声するわ。
俺は背負っている刀を引き抜き、真下に突き刺した。
「えいっ!」
ドスッ――
もちろん貫通することはがないが、床に大きな音を響かせた。
「燿ちゃん!? 何を……っ!」
「もう一発っ!」
ドスッ――
「ひぃぃ……っ!」
やっぱり女の声だ。
今回の悲鳴はかなり大きかったから他の2人にも届いただろう。
「おじさん、今の声聞こえたか?」
「え、あぁ。そこに誰かがいるようだな」
「お、お化け……っ!?」
心菜は自分の体を両腕で抱きしめ、震えている。
ドンッ――
すると次は1階からものすごい音がした。
何か重いものが落下した音。
もしかしたら声の正体が……っ!?
そう思って俺は急いで下へ駆け降りる。
そして1階の雨漏り部屋へ到着して目に入ったもの、それは俺の常識を大きく覆した。
「え〜ん、怖かったぁ……」
そこには少しだけ体が液状化した青髪ロングの女性。
こてんと座り、咽び泣くビチョビチョ美女の姿だったのだ。