「本気なのか?」
俺は鉄扉の向こうに佇む彼女にそう問いかけた。
「わかってるんだろうな。そいつぁ……茨の道ってなもんだぜ。悪いことは言わない。やめとけ」
愛し合う自分達。しかし、二人は今、重苦しい鉄柵に阻まれて、触れあうことさえ叶わない。
彼女は檻の中、明らかに震えていた。その目に涙が滲んでいる。どれほどの恐怖を感じているかと思うと、あまりにもいたたまれない。
しかし、だからといって――何故、脱獄なんて恐ろしい行為を肯定できるだろう?
鍵がかかった鉄扉を開けるのは至難の業だ。今、檻の外にいる自分にだって鍵の在処はわからないのだ。果たして彼女の拙い“ピッキング”だけで、本当に開けることができるかどうか。
「何で止めるの、タクヤ」
ぎろり、と彼女は泣き濡れた目でこちらを睨む。
「わかっているはずよ、貴方も。この先に、どれほど恐ろしい行為が待っているか。私はもう二度と、あんな目に遭いたくない。ねえ、貴方も同じはずでしょ?」
「確かに俺だって痛い思いはしたくねえ。だからといって……」
「じゃあ、どうしてこんな残酷な場所に、いつまでも留まろうとするの!?これじゃあ、まるで犯罪者だわ。こんな牢屋に閉じ込められて、毎回毎回痛めつけられて!私もう……こんな生活、耐えられない!」
「ユリナ……」
泣き叫ぶ彼女を、自分は抱きしめて慰めてやることもできない。そして、なんと声をかければいいのかわからない。
彼女の脱獄は、まず間違いなく失敗するだろう。そして失敗した暁にどのような罰が待っているのか、想像するだけで恐ろしいことだ。
それでも。
「一緒に来てくれないならせめて……止めないで」
くるり、と俺に背を向けるユリナ。
「私は、自由になるの。もう誰も縛られない、自由な世界へ」
「…………」
俺は俯き、言葉を殺す。
ああ、明日。どうか、自分が恐れていたことが起きませんように――。
***
「ああああああああああ!ユリナ、この馬鹿!ついに檻乗り越えて外にっ!勝手に庭に出て!泥だらけじゃない!」
「ほんとだ。……鍵開けなくても出られるって気づいちゃったか。うわ、しっぽまで砂まみれじゃないか。白猫がすっかり黒猫になってる……」
「しょうがないわね。予防接種の前に丸洗いしましょう」
「ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
助けてえええええええ!とバスルームに連行されていくユリナ。
それを、黒猫の俺は呆れて見送ったのだった。
だから言ったのに。
脱走したら最後、予防接種だけじゃなくてシャンプーまでされることになってしまうと!