目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
8.永遠を探しに


 その後も順調に文化祭の時間は過ぎていき、私は1時間の休憩をもらった。本当は休憩する気はなかったのだが、「また貧血で倒れられたら困るから」と柚乃が笑い事みたいに勧めてくれたのだ。

 他に一緒に回る人もいなかったので、今度は私の方が穂花のクラスに遊びに行ったり、中庭で休憩したりして時間を潰す。椅子に座ると思ったよりも疲れが溜まっていたらしく、重たかった足が休まるのを感じた。

 今日は天気がいい。

 中庭を吹き抜ける風が暑くも寒くもなくて心地よい。気がつけば私はそのままうたた寝してしまった。


「わ、いけない!」


 次に目を覚ました時、休憩時間が終わるまで残り5分に迫っていることに気がつき、慌てて教室へと戻る。

 ラスト1時間、最終シフトだ。さて、気合いを入れ直して頑張ろう——と意気込んでいたのだが、何やら教室がざわついている。不審に思った私は「どうしたの」と寄り集まって話している男子に事情を聞いた。


「春山、神林知らね?」


「神林? さっきまで休憩してたから分かんないけど……」


「そうか。実は30分くらい前にトイレに行くって言ってから戻ってこないんだよなあ」


「トイレ?」


 はっきりとした理由もなく、彼らの証言を聞いて心がざわついた。


「最初は腹でも壊したんじゃないかって思ってたけど、今からあいつシフトなのに戻ってこないっておかしくないか。連絡しても出ねーし」


 不安が、少しずつ膨らんでいく。

 何事もないと信じればそれで終わるはずなのに、妙な胸騒ぎがして落ち着けずにいた。


「神林は連絡もなしに仕事放り出すやつじゃないよ」


「じゃあどこにいるんだよ」


「分からない。とにかく戻ってくるのを待とう」


 男子も女子も彼が戻ってこないことを不安に思いながらも、目の前にいるお客さんの対応に追われていた。

 しかし私はどうしても身が入らず、一緒にシフトに入っていた柚乃に肩を叩かれた。


「心配だよね。神林のこと」


「うん」


「もし気になるようだったら、神林のこと探してきてくれない?」


「え、でも」


「大丈夫、こっちは間に合ってるし」


 私はざっと教室を見回した。確かに文化祭の終わりに向けてお客さんはまばらになってきている。でも、自分だけシフトを抜けるなんて、昨日も迷惑をかけてばかりだったのに——と訴えるように柚乃を見つめた。


「気にしないで。クラスメイトの安否確認の方が大事だから」


「ありがとう」


 柚乃の優しさに、ついに私は教室を飛び出した。

 シフトが始まってからもう30分が経っている。トータルで1時間も戻って来ていないなんて、やはり何かあったのだ。

 私はまず神林にLINE電話をかけた。5コールしても電話には出ない。メッセージで「どこにいる?」と入れてみるも、こちらもなかなか既読がつかない。


 最後の文化祭の熱を楽しもうと、廊下には生徒とお客さんたちが溢れかえっている。接客の衣装を着たまま友達と写真を撮る人、久しぶりに再会したのかきゃっきゃとはしゃぐ私服の女の子、お酒にでも酔っているかのようにいえーいとラムネを飲みながら歩く男子集団。

 穂花や神林と行った花火大会の日を思い出した。賑わう人ごみの中で、私の目には彼しか映っていなかった。いや、あの日だけじゃない。二年生になり彼と初めて話をした日から、私の中で彼の存在はどんどん大きくなっていたんだ。


「ごめん……」


 誰にも聞こえないぐらいの音量で、先日彼を傷つけたことを詫びた。私がアプリで余計なことをしなければ、あの時私の中にあったはずの恋心が、神林の「好きだ」という言葉に熱を上げていたはずだった。

 本当にごめんね。

 後悔しても仕方がない。今は一刻も早く彼を見つけなければ。でも、どこにいる? 手がかりは何もない。一つ一つの教室を覗いても、彼の姿はない。すれ違う人波の中にも、窓を開けて見た中庭、校庭、他の階の廊下にもいない。


「はあ、はあ……」


 走って彼を探していたから、息が上がっていた。でも、ここで諦めたら何にもならない。もう一度LINEを開いて見ても、やっぱり返信はない。返信がないということが、彼に何かがあったのだということを思い知らせる。

 まだ探していなかった四階まで上がり、呼吸を整える。ここでは文芸部や美術部などの文化部の展示が行われており、他の階よりは人が少ない。文化祭の賑わいから一気に現実に引き戻された感覚がした。


 そのまま廊下を突き進もうと思ったのだが、ふと屋上へと続く階段に目が留まった。

「立ち入り禁止」のテープの端っこがちぎれて、誰かが通ったような形跡があった。

 間違いない。この先に彼はいる。梅雨晴れの中で、彼と屋上で話した日のことが鮮やかに記憶に蘇る。証拠などどこにもないのに、なぜか直感でそう思った。


 私は一歩一歩階段を踏み締めて上へと登る。彼が、私の手の届かないところにいこうとしているのではないかという不安とひたすら闘っていた。

 一番上の段まで上り切り屋上の扉を開けるとキーっという錆び付いた音を立てた。

 視界には一面に空が映った。一瞬、西日が目に直撃して慌てて目を瞑る。ゆっくりと眩しくないように片目を開け、夕日と一直線に並んで立っている人影を見つけた。

 神林だ。

 一人で何を考えているのか、何も考えていないのか、私の方に背を向けて柵の外にいる。一歩踏み間違えれば落ちてしまう。私はその場に立ちすくんでしまい動けない。どうして、という疑問が頭の中をいっぱいに満たす。彼が屋上の柵の外に立っているなんて信じられなかった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?