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3.一縷の望み

◆◇


「うわ、なにこれ……」


 背中から汗が吹き出そうになるのを感じながら、受け取った一枚の紙を持つ手が震えていた。

 10月初旬、2学期最初の中間テストの結果が帰ってきたのだ。教科ごとに返却されるため、先週の終わりから徐々にテストの答案用紙が返ってきたが、たった今受け取った英語のテストが最後だった。


「1学期より点数落ちた人も上がった人も気を抜かないように。今週末までにやり直しのノートを提出してください」


 目の前に突きつけられた点数に動揺しているこちらの気も知らずに、淡々と用件を伝える先生。


「じゃあ、さっそく新しい単元に入ります」


 ひいっという悲鳴が自分の口からこぼれそうだった。きっとクラスの誰もが同じ気持ちだろう。中学とは違い、この時期の進学校の高校の授業は一分一秒が真剣勝負。受験までまだ1年半もある、と考える先生はいない。あと1年半しかないという考えなのだ。

 しかし私は先生が黒板に「仮定法」と単元名を書き出しても、他のクラスメイトたちが返却されたテストをカバンの中にしまいノートを広げ出しても、身体が硬直したかのように動き出せずにいた。

「64点」と名前の横に大きく記された赤い文字が頭から消えない。


 英語は得意な方だった。少なくとも数学や化学に比べたら点数は取れていた。これまで8割以上はキープしていたし、8割を下る未来なんて想像すらしていなかった。

 しかも、英語だけではない。今回の中間テスト、控えめに言ってボロボロだった。ここ最近内容自体が難しくなったのもあるが、合計で100点以上は下がっている。ぐるぐると頭の中で回転する各教科の点数を思い出しては今後の学校生活が思いやられた。


 今日、散々だったテスト結果を母親に見せるときの心持ちを想像し吐き気がこみ上げてきた。母が怒り狂うことだけは安易に予想できる。いや、でも決してサボっていたわけではない。今までと同じような勉強時間だった。変わったことがあるとすれば、思い浮かぶのは神林と穂花の顔。二人の恋路と揺れる自分の気持ちの間で気もそぞろになっていたことが点数降下の原因かもしれなかった。


 いっそのこと、テストがなくなってしまえば……。

 いらぬ考えが浮かび、ダメだと心に言い聞かせる。

 さすがに、テストそのものを消失させるのはまずい気がする。

 もしきちんと勉強をしていたことを母が分かってくれていたら、それほどガミガミ怒られないかもしれない、という一縷の望みにかけてその日帰宅した。


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