私は店員さんを呼びオレンジジュースを頼んだ。ランチメニューも充実しているようだし、あとでみんなで食べようという話になった。
テーブルの横の壁にコンセントがあるのを見ると、少しばかり長居しても大丈夫なのだろうと推測する。実際、店内ではじっと読書をしている人やパソコンで仕事をしている人が多く、お客さんの入れ替わりは少なそうだった。
「じゃ、始めますか」
私たちは各々参考書とノートを広げてテスト勉強を開始した。期末テストは再来週だから、まだそこまで切羽詰まっている状況ではないけれど、一度勉強を始めると分からないところばかりで目がくらくらする。
「数学、苦手なんだっけ?」
私の問題を解く手が止まっているのを見て、神林が声をかけてくれた。
「うん。お母さんは理系なんだけど、どうも私は文系らしくてさ」
「お母さん何やってる人なの?」
「研究者。薬品の研究してるんだって」
「へえ、すごいじゃん。頭いいんだね」
「娘にまで期待しすぎるとことは考えものだけどね」
母は子供の頃農村で生まれ育ち、休みなく農業に勤しむ両親を見て育った。自分はあんなふうに一生をかけてまで農業をしたくないと、勉強して一流大学に進み、地元を離れたのだ。
「それだけ娘の将来に一生懸命なんだろうな。俺の親なんて、漁師を継げってうるさいよ」
「永遠、ずっと逃げ回ってるじゃん」
「だって継ぎたくないし」
そういえば彼のお父さんは漁師だと穂花が言っていた。そして穂花の家はお寿司屋さん。家同士のつながりが深い二人の関係性が窺える。
「何かやりたいことでもあるの?」
漁師を継がないという神林のことが気になって聞いた。
「自分の店を開いてみたいんだ」
「店? どんな?」
「こういう落ち着いたカフェかな。一人でも気兼ねなく入れるようなところ」
「へえ、すごいね。ちゃんと将来のこと考えてて」
「春山さんは? 将来の夢とかあるの」
「私は……今はまだないかな。目の前のテストのことで頭がいっぱい」
「はは、さすが優等生は違うな」
「もう、やめてよその言い方。全然優等生なんかじゃないし」
この間のサボりの件と言い、屋上に登ったことと言い、やっていることは明らかに不良だ。
私たちのやりとりを目の当たりにした穂花が、目を丸くしてこちらを見ていることに気がついた。
「どうしたの穂花」
「いや、二人がこんなに会話してるの見るの、新鮮でさ。てか永遠が、あたし以外の女の子と学校で話すとこ見たことないし」
「言い過ぎだよ。俺だって用がある時は誰とでも話すし」
「あら、そうだった? あたしの知ってる永遠は学校ではクールぶってるおバカさんだからさ〜」
「おバカさんって……ひどい言われようだな」
今度は穂花と神林のリズミカルなキャッチボールがおかしくて私はクスクスと声を上げて笑ってしまう。言いたいことを遠慮なく言える二人は、やっぱり幼馴染みなんだなぁと実感する。
と同時に、胸に一抹の寂しさを覚えたのも事実だ。自分の感情の変化に若干戸惑う。これはどういうことなんだろう。二人が仲良くしているのを見て、チクリと肌を刺されたような感覚がした。
「てか、集中しないと! ほらほら、お二人さんも。勉強しに来たんでしょ」
穂花の一言で、我に返った私は数学の参考書に再び視線を落とした。