目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
6.標的

「いや、べつに俺は……」


 神林はばつが悪そうに思いっきり目を伏せた。そんな顔したら、余計何か言われるよ。


「え、なに。ひょっとして神林、春山の机に画鋲仕込んだの?」


「え?」


 ほら、言わんこっちゃない。

 柚乃の前で少しでも隙なんか見せたら、いいように持ってかれるだけだよ。

 柚乃は、クラスの「女王さま」だ。

 茶髪ロングの髪を巻き、指先でそれを弄ぶ。それだけで、男子も女子も寄ってくる。彼女には人を惹きつけるオーラがあった。華がある、とは彼女のような人間のことを言うのだろう。


「そんなこと、するわけないだ——」


「ねえみんな聞いて〜。神林が、春山いじめてるう」


 どこでそんな声の出し方を学んだのか、クラスメイト全員を味方にしてしまえるような甘ったるい声で、彼女は周りに目配せした。

 もちろん、反応するのは彼女に従順な一部のメンバーだけだが、人ひとりを追い込むには十分だったらしい。「まじで?」「やば」という外野の声に、神林は耳まで真っ赤にして俯いた。

 抵抗、しないんだ。

 なぜか、事の中心にいるはずの私が、他人事のように彼の様子を観察してしまっていた。

 これはよくない。

 だって、柚乃の標的は明らかに私じゃないか。

 偽の犯人まで仕立て上げて、陰で私のことを笑っているのだ。


 考えるだけで、背筋がぞっとした。

 柚乃の手口はあまりに手慣れていた。その器用さにびびっているのもそうだが、それ以上に、自分がいじめのターゲットになっていることが、信じられない気持ち。


 ああ、そうか。

 これって、いじめなんだ。

 昨日、私の机を隠したのは間違いなく彼女だ。画鋲はその時に仕込んだ。どうりでスムーズなわけだ。淀みのない川の流れのように、そんなことをやってのける彼女の才能が、羨ましいくらいだ。


「……」


 言葉を発したら負けだと分かっていたから、私は彼女の方を見ずに、さっと画鋲を取り除いてゴミ箱に捨てた。

 幸い、教室にはまだクラスメイト全員が来ているわけではない。今回の件を見ていたのは一部の生徒だけだ。

 何事もなかったように振る舞え。

 大丈夫、私にならできるはずだ。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?