「いや、べつに俺は……」
神林はばつが悪そうに思いっきり目を伏せた。そんな顔したら、余計何か言われるよ。
「え、なに。ひょっとして神林、春山の机に画鋲仕込んだの?」
「え?」
ほら、言わんこっちゃない。
柚乃の前で少しでも隙なんか見せたら、いいように持ってかれるだけだよ。
柚乃は、クラスの「女王さま」だ。
茶髪ロングの髪を巻き、指先でそれを弄ぶ。それだけで、男子も女子も寄ってくる。彼女には人を惹きつけるオーラがあった。華がある、とは彼女のような人間のことを言うのだろう。
「そんなこと、するわけないだ——」
「ねえみんな聞いて〜。神林が、春山いじめてるう」
どこでそんな声の出し方を学んだのか、クラスメイト全員を味方にしてしまえるような甘ったるい声で、彼女は周りに目配せした。
もちろん、反応するのは彼女に従順な一部のメンバーだけだが、人ひとりを追い込むには十分だったらしい。「まじで?」「やば」という外野の声に、神林は耳まで真っ赤にして俯いた。
抵抗、しないんだ。
なぜか、事の中心にいるはずの私が、他人事のように彼の様子を観察してしまっていた。
これはよくない。
だって、柚乃の標的は明らかに私じゃないか。
偽の犯人まで仕立て上げて、陰で私のことを笑っているのだ。
考えるだけで、背筋がぞっとした。
柚乃の手口はあまりに手慣れていた。その器用さにびびっているのもそうだが、それ以上に、自分がいじめのターゲットになっていることが、信じられない気持ち。
ああ、そうか。
これって、いじめなんだ。
昨日、私の机を隠したのは間違いなく彼女だ。画鋲はその時に仕込んだ。どうりでスムーズなわけだ。淀みのない川の流れのように、そんなことをやってのける彼女の才能が、羨ましいくらいだ。
「……」
言葉を発したら負けだと分かっていたから、私は彼女の方を見ずに、さっと画鋲を取り除いてゴミ箱に捨てた。
幸い、教室にはまだクラスメイト全員が来ているわけではない。今回の件を見ていたのは一部の生徒だけだ。
何事もなかったように振る舞え。
大丈夫、私にならできるはずだ。