十一時。名護から県道84号線を北上すると、右手にトロピカルな鳥の看板が見えてくる。沖縄フルーツランドのど派手な目印だ。フルーツのテーマパークらしく、入場ゲートからしてトロピカル。
入園し、さっそく大広間で昼食。沖縄県産の食材を使った、お弁当が出た。
ゴーヤやもずく、そしてやんばるの野菜をふんだんに使った天ぷらの盛り合わせ。やんばる豚のカツレツ、ミミガーの酢の物、だし巻き卵など、沖縄最終日に食べる昼食としては百点のおいしさだった。
昼食を終えると、いよいよ観光。ショッピングゾーンのはしっこで配られたリーフレットを快人、みくり、山際さん、そして雛祭さんとのぞきこむ。案内地図を見ると『妖精の国』だとか、『導きの滝』だとか、ファンタジックな用語が記載されていた。
どうやら、『絵本の物語にそって、施設を周りながら謎解きをしていく』のが、この施設の醍醐味らしい。あきらかに低年齢層向けのコンセプトだ。誰だよ、高校生の修学旅行にここの予定をねじこんだやつ。
他にも、本物の南国フルーツの木を見ることができたり、亜熱帯に住む鳥たちにエサをやる体験もできるらしい。
園内はどこを切り取っても、カラフルで色鮮やか。子ども心を強制的にわくわくさせられてしまうストロングスタイルの演出だ。子どもだったら、「ディ〇ニーランドみたいなところに行くよー」といわれて連れてこられたら、納得してしまうかもしれん。知らんけど。
圧巻の光景に気圧されていると、子ども心をくすぐられたらしい異世界転生者が、目から星をちかちかとこぼしながら、トゥー〇タウンのような園内マップを見つめていた。
「ここ……似ているような気がします!」
「ああ、エーデルリリィに? いやいや……たしかに異世界っぽいけど、それでもウォ〇トには勝てないって」
「◯ォルトって誰ですか? いえ、本当に似てるんです。わたしが考えた、異世界に!」
雛祭さんが『わたしの異世界転生記録』を広げた。そこには、雛祭さんが考える異世界のヴィジュアルがイラストにして、描かれている。雛祭さんは、絵が上手だ。記憶を失くす前から、美術の風景画はクラスで一番うまかったし、小学生のころから、コンクールで賞を獲ったりしていたらしい。
非日常的でファンタジックなイラストは、高校生とは思えないほど、うまい。
そして、たしかに雛祭さんが考えた異世界のイラストは、ここ沖縄フルーツランドに似ている気もする。全体的な色の使い方、地面のタイルの質感、生えている木の種類や植わっている配置。施設のデザインに、細かなアイテム……。
「―――雛祭さん、ちょっとノート貸してくれない?」
「あ、はい……」
おれは一ページずつ、異世界ノートを確認していく。実はまだ、すべてのページをチェックできていなかったのだ。
以前の雛祭さんの感情にじかに触れるようで、それがなんだか悪いことのように思えて、申し訳なくてできなかった。
だから、今回はじめて見るようなページもまだまだたくさんあった。
最後のほうになってくると、異世界の参考資料に使ったらしい切り抜きがスクラップされていた。
異世界幻想生物たちの参考にした動物写真のコピー、魔法使いの杖の参考にしたゲーム雑誌の切り抜き、そして異世界の世界観の参考にしたテーマパークのリーフレットがまるごと貼られている。
リーフレットは、紙質が少し痛んでいて、時代を感じさせた。
『沖縄フルーツランドは『トロピカル王国物語』という絵本の世界を冒険するテーマパーク。王国のなかには、フルーツや秘密の魔法があふれています。街には武器屋や道具屋をはじめ、さまざまな面白いお店が広がっています』
なんだ、この雛祭さんにうってつけのテーマパークは。こんな施設が沖縄にあったのか。
雛祭さんは自分の異世界を作るときに、この沖縄フルーツランドも参考にしたようだ。だが、なんでこの切り抜きだけ、紙が痛んでいるんだ?
「このリーフレット……ちょっと昔のだよね」
みくりがそういいながら、スマホで何か調べ出す。
「この施設、2013年に今みたいな『ファンタジー世界体験型施設』ってのにリニューアルしてるらしーよ」
「雛祭さんがスクラップしているリーフレットには、まだ載ってない施設があるよね。こことか、ここのショップとか」
昔のリーフレットと、今のリーフレットを見比べながら、みくりと山際さんが考察をはかどらせていく。
「つまりなんだ。昔、雛祭さんはここに来たことがあるってことなんか?」
早く沖縄フルーツランドを満喫しに行きたいらしい快人が、だるそうにいう。
「そうだな。こんなにちからの入ってる施設なんだし、雛祭さんが異世界の参考にしようって思うのもわかる。でもまあ、今はそういう状況じゃないし、いったん置いておいて……」
なんとか軌道修正しようとしたが、女子たちのエンジンはとっくにかかってしまったようで、どんどん雛祭さんへとつめよっていく。
「ここに来たこと、覚えてない? 記憶、思い出せるかもしれないよ」
「何か、覚えてる施設とかあるかもしれないから、そっち方面に行ってみたら?」
女子たちは、雛祭さんのためにどんどん話を進めていく。
その気持ちはわかる。記憶を失くしたのなら、取り戻してあげたいと思うのは自然だ。
でも、今のおれは、このぽわぽわした雛祭さんでいいと思っている。前の雛祭さんも、今の雛祭さんも、雛祭さんでいいんじゃないか。
だが、みくりと山際さんの、雛祭さんのために、何かしてあげたいと思うのも「友達」だからこそ、当たり前の感情なんだ。
こんなとき、優先すべきなのは雛祭さんの気持ちなのはわかりきっている。
雛祭さんの真の気持ちは、エーデルリリィに帰ることだ。じゃあ、おれはふたりを止めるべきなのかもしれない。
だが、みくりと山際さんの気持ちも踏みにじるべきではないと思ってしまっている。
かっこわるいおれは、最適解をまだ見出せないでいる。
こんなとき、ラノベの主人公なら、どんな答えを出すんだろうか。
「おい、そんなぐいぐい行ってやんなって……そんなに知りたいなら、雛祭さんの親に電話でもして聞きゃあいいだろー」
快人が、引き続きだるそうにいう。
おれはもちろん、みくりも山際さんもハッとした。
親。雛祭さんの親に、電話。
———それだ! 快人、お前、ラノベの主人公だったのかよ。……んなわけないか。
いきなり電話していいものかと思うが、この修学旅行で、ずいぶんな縁ができたところだ。
少なくとも、突っぱねられることはないんじゃないかと思う。
珍しく、みくりが遠慮気味に、雛祭さんにたずねた。
「雛祭さん……いいかなあ」
「あ……はい」
「あっ、大知が電話したほうがいいよね。大知に貸してあげて」
ブレザーのポケットからスルッと小さな板を取りだす、雛祭さん。
スマホをていねいに受け取ったおれは、そのぬくもりに、形容し難い感情がわきそうになるのを必死にこらえる。
「でも、あの父親に電話とか、いいわけ?」
みくりがおれを振り返った。あんな出来事があったあとだ、そう思うのは当然だろう。
「お母さんはいい人だったから、大丈夫だと思うぞ」
「はあ? 何で大知ってば、雛祭さんのお母さんのこと、知ってんの?」
「まあまあ」
目がキッとつりあがったみくりをなだめる、山際さん。
今、雛祭さんのお母さんとの経緯を説明するのは、めんど……大変だからなあ。また機会があれば、ぬるっと説明しておこう。
あと、隣でそわそわして落ち着かないラノベ主人公にも断りをいれておくか。
「快人、ごめんな」
「いーけどさあ、おれここにだけは行きたいから、急げよ」
快人が自分のリーフレットを広げ見せてくれたのは、これまたビタミンカラーの、どハデなスイーツだった。
『フルーツいっぱいの超ビッグスイーツパフェ フルーツアドベンチャー 総重量1.5キロ!!』
特大の軽量カップに入っている、どデカいパフェ。パイナップル、メロン、それにコーンのアイスクリームなどなどが上にぶっささり、ドラゴンフルーツやキウイ、イチゴが乗っかっている。さまざまな味のアイスやホイップクリームで飾りつけられ、お値段は……高校生にはちとキツイお値段のシロモノ……らしい。
「これを山際さんと食うのが、今回の目的なんだよ。いっしょにスイーツ、それも登頂の困難を極めるどデカパフェをいっしょに完食すれば、なんかその……いい感じになるかもしんねえだろ。だからさ、急げ。おれのフルーツアドベンチャーが待ってんだよ」
人というものは、本当にさまざまだ。
おれは今回の修学旅行で、それを特に学んだような気がする。