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雛祭さんは逃げ出したい 6

 沖縄のビーチの見える見晴らしのいいホテルで、食事と入浴をすませたおれは、二十時半にある約束をしていた。


『二十時半、わたしが泊まる部屋に来てください』


 雛祭さんから届いたラインだ。もう二十回は見返している。

 雛祭さんは、みくりと山際さんと同じ部屋に泊まっている。

 つまり今からおれが行く部屋には、女子が三人いる。

 ちなみに、修学旅行のしおりには、『おたがいの部屋の行き来は禁止』と書いてある。


 つまり、おれは今から犯罪をおかす……ということになる……。


 水木先生と、教頭に見つかったら終わりなので、慎重にホテルの廊下を進んで行く。

 おれの部屋は、ホテルの五階にある503号室。ちなみに五階は男子、六階が女子と完全に分けられている。雛祭さんたちの部屋は、605号室だ。

 さて、事前に快人から、エレベーターで行くのはリスキーだから、非常階段で行けとアドバイスをもらっていたおれは、素直にいうことをきいていた。非常階段を足音を立てないようにゆっくりと登って行き、すぐに六階へとたどり着く。

 すると、廊下から女子の声が聞こえてきた。さっと扉の影に身を隠す。違うクラスの女子だったようだ。

 雛祭さんがいる、605号室は右に曲がった突き当たり。

 人の気配がなくなったことを確認し、おれは忍者のように六階の廊下へと足を踏み入れた。

 きょろきょろとあたりと見渡し、神経をはりつめながら、605号室を目指す。

 ようやくあと一息、というところで手前の部屋のドアが開いた。

 まずい、バレる……!

 教師に通報され———


「ちょっと待って、部屋のカードキー忘れてるよー」

「あっ、やばー。それないとまずいやん」


 ガチャ、とドアが閉まる。

 おれは真っ白になりかけた頭で、ようやく命拾いしたことを理解し、飛ぶような大また歩きで、605号室のドアノブへと飛びついた。

 「着いたよ」と雛祭さんにラインを送ると、ドアがすぐに開いた。


「鯉幟くん、よかった。なかへどうぞ」

「お、お邪魔します……」


 おれたちと同じ間取りのはずなのに、女子の部屋なんだ、と思うだけで、まったく違う部屋に見えてくる。

 なんてキモいよなと頭では理解しつつも、心が妄想を止めてくれない。

 部屋のなかにあるものをちらちら見ようとする目を必死で前髪で隠す。見るな、なにも見るな、おれ。


「ちょっと、大知~。なにキョドってんの」


 みくりがおかしそうにしながら、顔をのぞきこんでくる。


「おれのどこがキョドってるんだよ」

「え~? ぜんぶ」

「うるさいなあ。場違いなのは、わかってるよ。ほっとけ」

「場違いなんていってないじゃん。なに? 今日、うちらの部屋に泊まってく~?」


 猫みたいに目を細めてほほ笑むみくりに、おれの頬が一気にボッと燃えあがる。


「ばばばばばば、ば、おま、はあ?」

「んはは! あわてすぎ~! おもろ~!」

「みくりってば。からかうの、止めな」


 山際さんが、みくりの肩に手を置いた。


「はいはい、止めまーす」

「まったく、鯉幟くんはみくりのオモチャじゃないんだからさ」


 その咎め文句は、どうなんだ、山際さん……。


「わかってるよ。今夜、ここでオリオン座流星群、見るんでしょ?」


 みくりがむう、と口をとがらせた。


「そーだよ。雛祭さんが見たいっていったから」

「なんであんたが付き添いなのか、知んないけど」

「いや、それはその」

「はいはい、事情があるんでしょ。うちらにはいえない、事情が~」


 みくりは山際さんの腕に、自分の腕をからめ、わざとらしくふてくされているポーズをとる。

 山際さんは慣れたようすでされるがままになっているが、おれとしては、なんとコメントしたものかと顔を引きつらせてしまう。

 雛祭さんが、きょとんとして、首を傾げた。


「わたしが、エーデルリリィに帰るための儀式をするためですよ」

「……え! 帰るための儀式!?」


 みくりが、目を丸くして、叫んだ。山際さんも、ぽかんとしている。


「えーと、何ていったらいいんだろ。雛祭さん……異世界に帰るの?」

「はい。見つけた数字を星降る夜に、三回つぶやくんです。そうすれば、エーデルリリィに帰れるんです。鯉幟くんが教えてくれました」


 おれは、『エーデルリリィに関する今日までのくわしい経緯』をみくりと山際さんに説明した。

 すると、みくりは納得してくれたが、山際さんは「うーん」とうなっている。


「山際さん、どうかしたのか」

「ほしるべ洞窟って……聞いたことある」

「マジか! どこにあるんだ」


 まさかヒントを知る人がこんな身近にいたとは、盲点だった。

 山際さんはあごに手を添え、遠い記憶をさかのぼるように、「えーと」とつぶやく。


「うちらの中学の近くに神社があるんだよ。その神社にぽつんと倉庫みたいなところがあってね……保育園ぐらいの子たちがいつもその倉庫のことを、『ほしるべ洞窟』って呼んでたんだ」

「なんで、倉庫を洞窟って呼んでるんだ?」

「でしょ。気になるじゃん。だから、いっしょにいた友達が聞いたんだよね。その子たちに『なんで、そんな名前で呼んでるの』って。そしたらさ、『保育園の先生が読んでくれた、‶ほしるべ洞窟のぼうけん〟って絵本がみんな大好きだから、ずっと前からここはそう呼ばれてるんだって』ってさ。それで、手近なものにそーゆー名前をつけて、遊んでるんだってよ」

「子どものやりそうなことってワケか……。それじゃあ、あの封筒は……?」


 すると、山際さんがハッとした顔をして、雛祭さんのほうを見た。


「ねえ、雛祭さんが通ってた保育園って……」

「……え?」

「思い出せないかな?」

「わ、わかりません。でも、うちの近くにある保育園の名前は……第二保育園といいます」

「だよね。その子たちも、第二保育園の園児たちだった。雛祭さんちの近くにある神社と保育園。そして、ほしるべ洞窟……」


 山際さんが推理した考えに、おれもようやく追いつく。


「あの封筒は、記憶を失くす前の雛祭さんが、作ったものってことか……?」

「そう。記憶喪失前の雛祭さんは、『マシュかわ』を読んでたんだよね。だったら、『マシュかわ』の、元の世界に戻る設定が書かれた作者のブログにも辿りついていたんじゃないかな。そして、封筒を誰にも見つからない場所に隠した。廃墟になった喫茶店、とか……」

「何のために?」


 みくりがいう。

 そこでおれは、ようやく気づく。


「父親に、バレないようにだ。本当のほしるべ洞窟には、子どもたちやおとなが来てしまう。誰にも見つからない場所が、そこしか思いつかなかったんだろう。『数字を洞窟で見つけ、星降る夜にそれを三回となえる』そうすると、元の世界に戻れる……雛祭さんの場合は、『ここではないどこかに行きたかった』……のかもしれないな」


 おれたちは、そこで推理大会をストップした。

 雛祭さんが、動揺していたからだ。

 おれたちが展開した推理の、何パーセントを彼女が理解したのかはわからない。

 ただ、今の話を雛祭さんが聞いて、父親のことを思い出さないかが、心配だったのだ。

 山際さんが焦ったようにいう。


「ごめん……。雛祭さんがいるのに、話すべきじゃなかったよね……」

「りんねは、マンガ読んだあともいろいろ考察が止まんないもんねー。カップリングだっけ? それとかの……」

「……空気読め!」


 山際さんが、あせったようすでみくりの口を手でふさいだ。


「雛祭さん……」


 おれが名前を呼ぶと、彼女は「はい」と首をこてんと倒した。


「大丈夫?」

「はい。えっと、山際さんの話、ほとんどよくわからなくて……わたしの話、なんですよね」


 今のところ、雛祭さんの記憶に影響はあたえられていないらしい。

 よかったのか、わるかったのかはわからないが、現状維持はできているらしい。

 時刻は午後九時を回った。


 そろそろ、オリオン座流星群が、夜空を彩る時間だ。

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