目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
ウェスティア譚 Ⅵ

カオル子が意識を取り戻してから、彼女の回復は早かった。柔らかいベッドと肌触りのいい洋服と暖かい日差しと何より提供される美味しい食事。回復が早まるように魂を弄ったとは聞いていたが治りを実感できるのはそれだけのお陰ではないのは明白だ。ただ一つ体調が回復して困ることがあった。


「ねぇ〜ベルちゃん暇。」

「まだ歩けないんだから仕方ないだろう。大人しく寝ていろ」

「え〜寝過ぎて寝れないわよ。もう一生分寝てる。」

「じゃあもう今後は眠らなくてもいいじゃないか。よかったな。」


時刻はお昼を過ぎていたが丁度起きたばかりのこの家の主、ベルベットはそんなカオル子に寝起きで不機嫌なまま言葉を返した。お昼を過ぎても起きてこない場合、モノとジノが起こす決まりになっているらしい。それをお願いした当の本人はいつも不満げに起きてくるそうだ。


「アンタの眠気を貰ったら寝ていられる気がする」

「冗談はやめろ。私の中の唯一の趣味を奪う気か?」

「趣味すっくな。他に趣味とかないの?」

「嗚呼。読書をしたり興味のあることをとことん調べたり…くらいしかないね」

「一個ってなに。結構あるんじゃあないの。」

「細かいことなんて気にするな。めんどくさい」

「めんどくさいって言っちゃったじゃないの。投げやりね」


流石に何かがないともう限界だ。散歩でもして気分転換をしようと少し歩くととまだ骨が軋むように痛むので思うように歩き回ることは困難で、どうにか寝たままでも手にすることのできる娯楽に飢えていた。眠ったままでもできる娯楽にカオル子は思いを馳せた。

任地堂スイッチョベルダの伝承…。まだ始めたばかりだったがもう二度とあの画面とその世界を走り回る金髪の少年を拝むことはできないだろう。おスマホ……。これも当たり前にない。ポケットに入っていたりしなかったかと考えるも仕事場のロッカーの中にしっかりしまっていて持ってはいなかった。ルービックキューブ……。貰ったが最後、完成させることもできずに部屋のオブジェと化してしまっていたがこんなに暇ならあればよかったのにとすら思ってしまう。もう身の回りにあった暇つぶしのネタが尽きてしまったのかヘッドデスクに寄りかかり唸っていると今日の薬が手渡された。


「どうした唸って。体が痛むのか?」

「そりゃあまだ痛むけど唸るほどじゃあないわ。何か暇を潰せるものがないか探してたの。」

「ほぉ。自分で考えるとは関心だな。ほら、薬だ。飲んでしまえ」


爽やかなレモンとミントの香りのする透き通ったエメラルド色の薬品。エグみは無く、少し煮出し過ぎた紅茶のような味だ。毎日ベルベットが起床してくると飲まされるこの薬は傷の治りを速め、倦怠感を払拭してくれるモノらしい。効果も詳しい理由もよく理解できていないがもうこの男は何もしてこないだろうという何処からか湧いてくるのかわからない信頼感に反論せずに受けとって飲むしかなかった。まあ事実飲んでいても体調が悪化したりだとかはなくて毎日確実に回復しているのを感じているためかもしれない。初めて飲まされたあのカブトムシ飼育ケースの土の匂いの薬ほど悪臭と苦味が広がるものでは無く、まだ飲みやすいモノだった。


「この間の痛み止めもこれみたいな味にできないの?」

「良薬は口に苦しと言っただろう?」

「じゃあこれは良薬じゃないの?」

「僕が作ったのは全て良薬だばか」

「バカってひどいわね…でもアタシもこう言うの作るの憧れちゃうちっちゃい時こういうおままごとしてたわ」

「本を読んで材料を集めればできる。」

「ほんとに!?アタシもその本読んでみたい!!」

「ほんとか?難しいが…まあ暇なら本を読んでいれば暇潰しにもなるし。」

「名案じゃない!面白い本にしてね。難しいの読めないから」

「難しい本はないよ。僕も愛読しているからね」

「アンタが読む本が難しいんじゃないの?」

「そんなばかな…」


ちょっと取ってくるから待っていろと彼が部屋を退出するとまた静けさがやってくる。彼の歩く音からは足音が一切作り出されずにまだ一週間と数日しか経っていないが関心してしまう。ぼーっと今日も艶めく外の森の木々を眺めていると彼とは違う小さな足音がパタパタと響いてきた。


「カオル子ちゃん……」

「…カオルちゃん…」

「あら!モノちゃんとジノちゃんじゃないの!どうしたの?」

「あのね…ベル様が絵本貸してあげるって言ってたからね…」

「あのね…ベル様が本読ませるって言ってたからね…」

「お紅茶…入れてきた…」

「お紅茶…用意した…」


うんうん相槌を頷きながら話を聞けばなんとも可愛い、紅茶をわざわざ用意してくれたのだ。彼ら2人は勝手に動くワゴンを従えているわけではないようでえっちらおっちら落とさないようにお盆に乗せて紅茶の入ったティーポットとティーカップを手で運んできた。身を乗り出して手で紅茶を受け取ると意外に重く、よく2人で持ってきたなぁと素直に関心してしまう。


「ありがとうねぇ!とってもいい香り〜!」

「カモミールティー…」

「カモミールのお茶なの…」

「ほんとねぇ!モノちゃんとジノちゃんが淹れたの?火傷してない?大丈夫?」

「うん…頑張った」

「うん…火傷してないよ」

「じゃあ優しさに甘えていただくわね」


熱い琥珀色の紅茶を啜れば爽やかな梅雨前の空や天候を移しとったような風が鼻腔を駆け抜けていく。体の力がホッと抜けてポカポカと体が温まっていく。あまり紅茶に親しんできた人間ではないもののこの紅茶がとても上品で高級なモノだと言うことが理解できた。


「本読みながら楽しんでね…」

「おかわり欲しかったら言ってね……」

「ええ勿論!楽しんで大事に飲むわねありがとう」


ローテーブルの端にそっとティーポットを置けばモジモジとコチラを見てなかなか退室しようとしない2人を見てカオル子は『どうしたの?』と声をかけた。しばらくゴニョゴニョと小さい声で聞き取れなかったが根気強く耳をそば立て続けるとようやく言っていることの意味が聞き取れた。


「…また…撫でてほしい……」

「また…頭…撫でてほしい」


なんて愛おしい双子だろうか。眠っていた母性本能が大きく刺激されてキュンキュンと胸が高鳴ってしまう。勿論、撫でない理由なんてあるわけないだろう。ティーカップもポットの隣に置くと紅茶で温まった手で2人の頭をぬいぐるみを撫でるように優しく優しく撫でた。双子は顔を見合わせてニコニコと笑っている。この子達と出会ってまだ一週間と少ししか経っていないのに固かった表情も随分蕩けて柔らかくなっている気がした。


「また撫でているのか。」


そんな声と共に本を5、6冊持っていたベルベットが現れた。その姿をみればカオル子の手の中からどいて彼の足にまとわりついた。


「別にいいじゃないの。可愛いんだから。ねー!モノちゃんジノちゃん」

「モノ可愛いの?」

「ジノ可愛いの?」

「ええ、とっても可愛くてすぐに撫でちゃいたくなる」

「あまり甘やかすな。赤子返りするだろう?」

「赤ちゃん返りしたらまた育てればいいのよ。」


「全く…お前ってやつは。ほら。この本は自由に読んでいい。読み終わったら教えてくれれば新しいものを持ってくる」


ドサドサとベルベットが運んできた書物がティーカップが乗っているローテーブルへと置かれた。どれも表紙の紙の色が色褪せており、題名を掘った金色の文字も微かにしか読めないため、どんな本なのかパッと見わからない。取り敢えず一番上に詰まれているくすんだ赤色の本を手に取った。


「凄い古そうな本かと思ったら、中の紙は綺麗だし文字も良く読めるのね」

「表紙は塗装が落ちるほど読んでしまったがね、中身は保てているようで良かった。」

「一冊の本にそんなに時間かけて読むの!?」

「違う。一冊の本を何度も読むんだ。その本も私が…まだ子供だったときに買った物だ。」

「子供の頃から?すごぉい………アンタが子供の頃って何年前?今何歳なの?」

「秘密」

「なーんで!!??アタシには無理やりにも言わせた癖にっ!」

「あれは最初の口ならしの質問だ。別に聞いてもいいじゃないか。」

「あんたねぇ……レディに口を聞くならそういうとこ気を付けなさいよ?」


カオル子は深いため息を吐けばやれやれ、と言った素振りを見せた。自分に対してだけ敢えて聞いていたと思っていたがどうやら本当にベルベットは理由がわからないらしくきょと、とした顔でモノとジノに視線を移して彼は首をかしげた。


「何故?」

「え、本気でわからない………ような顔してるわね」

「分からなかったら聞いていない。早く教えろ」

「教えてくださいでしょ?まぁ教えてあげるけど。」

「気になったら解決しないと気が済まない性格でね。どんなに時間が掛かっても知りたい。」

「そんな顔とか雰囲気してるから分かるわよ………。女の子は何歳になっても乙女で居たいのよ。だから『私何歳に見える?』って聞かれたら『18歳ですよね~?綺麗なお肌!』とか言うのがマナーで礼儀なのよ。間違ってもアタシにしたみたいに乱暴に聞かないこと!」


わかった?と念を押せば彼は口のなかで言葉を復唱し素直に『わかった。気を付ける』と頷いた。そして言わなければ良いのに余計なことを口にだした。


「でも君は男じゃぁないか?男でも乙女な部分はあるのか??恥ずかしがり屋…とはまた違うようだが」

「はぁ゛あ゛!?アタシはどうみても女の子でしょ!プリティーでビューティーでセクシーでファビュラスでしょ!!」

「…カオル子ちゃん可愛い」

「…カオルちゃん可愛い」

「肌は綺麗だと思う」

「は。?はってどう言うことアタシのお顔も髪の毛もぜーんぶかぁわいいでしょ!?モノちゃんとジノちゃんが正解よ」

「女のようにしているな~程度には思う。何故君は女の真似事を?」


何故出会ったばかりの人間に命の恩人と言えどもそんな深いところまで教えてやらなけらば行けないのだろう。カオル子は自分の両耳のサイドに手を持ってきて、ピロピロ振りながらべーっと彼目掛けて舌を出して変な顔をしてやった。


「失礼な子には教えませ~ん!んべぇ~だ!」

「んべぇ…」

「べぇ…?」

「失礼?何処がだ。」

「踏み込んだ所に突然質問してくるところよ」

「年齢には振れてないだろ。」

「触れちゃいけない所が個人間にもあるのよ!アンタも年齢のこととか魔法をどうして学ぼうと思ったのか根掘り葉掘り聞かれたら嫌でしょう?」

「………確かに。殴りたくなるな」

「こっわ。武力行使過ぎるでしょ。まぁそういう事よ」

「ふむ、此方も気を付けることにしようか」


自身も触れられたくなかった物を引き合いに出されたベルベットは素直に引き下がる。そんな様子を見て常に素直なら良いのになぁ、なんてことは思わないことにしてあげた。


「しばらくの間はお暇な思いしなくてよさそうね。まあ読んでみるわね。あ、お暇だったらモノちゃんもジノちゃんもベルちゃんも遊びに来ていいのよ?」

「ベルちゃんは行かない。」

「モノちゃん遊びに行くね」

「ジノちゃんも遊びに行く。」

「いつでもおいでなさいな!ベルちゃんは暇じゃなくてもアタシが読み終わったら来なきゃいけないでしょ」

「…読み終わるな。寝てろ。」

「ひどぉい!アンタが本でも読んでろって言ったのに!」

「言ってない。読めばどうかと聞いただけだ。」

「言ったわよ絶対。」

「言ってない。な、モノ、ジノ」

「ちょーっと!それ卑怯よ!」

「頭を使っただけだ。悔しかったら出直すんだな」

「悔しくありませんよーだ!だからこのままですぅ」


小学生レベルの言い合い。だがそれはお互いが同じ精神年齢ではないと成立しないモノだろう。つまりお互いが小学生ほどの喧嘩知能しか持ち合わせていないと言うこと。だがどちらもそれに気がついていない。


「まぁ君がバカかバカじゃあないかは置いておいて、じっくり読んで今より幾分か賢くなってくれ」

「言われなくてもそうしますよ〜だ。早く行っちゃいなさい」


しっしっ、とベルベッドには払うがモノとジノにはまたね、と手を振って退出していく。そうすると再び部屋には静寂が招かれた。開かないと思っていた石壁に嵌め込まれた窓も今日は両開きになっておりそよぐ外の風がダイレクトに部屋に招かれている。ローテーブルに置かれた本一式をベッドの上に並べて1ページ開き、表紙からは分からなかった題名を確認した。薬草と気候で作り出す薬、魔術と魔法と自己エネルギー、眷属との戯れ方、5つの国に学ぶ古の魔法と魔術、黒バラの女騎士。四冊は専門書のようなもの、あと一冊は物語。物語の本は可愛らしい女の子の挿絵がところどころ入っており本当に少し分厚い絵本のようなモノで乙女心が揺らぐ。

だが今は物語は気になっているが物語よりも専門知識のようなことを知り得たく、魔法使いの仲間入りごっこがしたかった。どれにしようかな、と綺麗な指先で選び出した本は『五つの国に学ぶ古の魔法と魔術』だった。

表紙はくすんだ紫色で、古本のような香りはせずにどこか惹かれるラベンダーオイルのような香りがしている。不思議とページをめくる手と興味が一気に惹きつけられた。


「あら…意外といい香りなのね……。えーっと、初めに?」


『この本を読むということはあなたはこの世界に飽き、刺激と楽しみを求めているのですね。それとも血のにじむような努力をしてでも手に入れたいものがあるのですか?これを嘘を語った夢物語の本だと思う方もいらっしゃるでしょうか。そんなお方はそう思って読んでいただければ良いです。ただ本当に希望を求めている方ならば、本当に何かを変えたいと思っているのなら、信じて、ページをめくって、飲み込んで見てください』


冒頭からこの世界に飽き、と書いてあるが何を言っているのだろうか。この世界に飛ばされて右も左もわからない人間なのにこんなすぐに飽きることなどあるわけがない。ただ面白そうなのでそのまま読み進めることにした。

第1章 イリファ編

第2章 ウェスティア編

第3章 ナフィア編

第4章 サウスィア編

第5章 リスタチア編

第6章 世界共通編

と6つの章から成っているようで国に対して50個を超える魔法や魔術や伝わる伝説についてが細かく書いてあるようで最後の章は世界それぞれに結びついている伝説が幾つか書かれていられるらしい。とりあえず今自分がいるウェスティアとウェスティアに共通する世界のお話から読み始めることにした。


『ウェスティアは四つの地域からできている。栄えている方からトリプト、ジオルド、マディルド、セロプアとなっている。

トリプトは国を守る優秀な兵隊が多くそれと並行して魔術狩りをする勇義隊も多い。魔法具や武器、魔法石や杖を売っているのを良く見る。魔法使いが主人公の話が多い。

ジオルドは武器の店は無いが飲食店や生活必需の食材や服を売っていることが多い。掘り出し物が多く、表通りの裏では相当強力な魔法品を売っているらしいとよく聞く。トリプトでは力を振れなかった不作法な兵士が横暴な態度を振るっていることが多い。

マディルドは農作業や土木建築を仕事を担っている人間が多く、飲み屋が多い。地方で採れたての果物などが安く売られている。定期的に魔術師の話が聞かれ、定期的に勇義隊が見回りにくることが多い。

セロプアは人が住めるような箇所は少ない。あってもそこの人々は酪農などで生計を立てていることが多く、新参者を拒む節がある。山や僻地が多く化け物の話が多い』


ここはセロプアだとベルベットが言っていたがここはそんなに不気味なところでは無い。まあ僻地はあの崖を見るかぎり真実だが、森もあり、綺麗な空も空気もある。化け物がいると書いてあるがきっと街の人々がベルベットを吸血鬼の化け物と言っているように勘違いや恐怖からそんな伝説が生まれたのだろう。

怪我が治る魔法の泉の噂や喋る小鳥の話。無限に魔法石の湧いてくる宝箱。思わずクスッとしてしまうような、それでいてあり得ないような。それらは夜寝る前に母親がお話ししてくれたお話のようで心から滲み出るような柔らかい気分が湧き上がってきた。あっという間にウェスティアに関する不思議なお話を読み終わってしまった。


「この世界は本当におとぎ話みたいな世界ね…ちっちゃい頃のアタシがここにきたらとっても喜んだはずなのに…」


ふ、と顔を上げればベッドの隅にインク瓶と羽ペンと、和紙より幾分か強そうな紙が置いてあるのが見えた。筆ペンやインクは使ったことがなかったが今の本を読んだ自分は半分魔法使いの気分でキュポっと言う音を立てて蓋を開け、ちょぽちょぽとインクに羽ペンを付けて何か描いてみることにした。読んでいない本の表紙を下敷きに、その本に紙をおいてとりあえずお花を描いて見る。ちょっと考えて、今さっき本で読んだ喋る小鳥を想像して小さくて丸い鳥さんを描いてみた。自分で描いた絵なのにびっくりする程可愛らしくて積まれた本の上に飾ることにした。


「あららやだ可愛いじゃない〜」


ひとしきり満足したのだろう。また本の続きに目を落とす。次にカオル子を待ち受けていたのは夢とは真逆のような存在のお話しだった。


『ウェスティアに設置されている勇義隊はイリファ、ナフィア、サウスィアに名前を変えて設置してあるが、勇義隊は乱暴者ばかり。魔術師と疑わしい者を見つければ証拠があろうがなかろうが、捉えて残虐な処刑方法を化すことがある。

魔術師は悪魔を信仰していて悪魔に魂を売った人間にもなれないような人のような化け物が行き着く先と切に信じており生まれた時の見た目が悪魔に近いと言うだけで処刑されることもあるそうだ。』


この本からもこの国で出会った数少ない人からも魔法と魔術に関する天と地ほどの扱いの差を感じる。生憎自分には違いがわからないし奇妙な術を使える点ではどちらも恐ろしく、それと共にとてもすごいと思う。


「アタシにも魔法が使えたらなぁ〜…」


思わずそう呟いてしまうのは自身の中にいる少女がまだ息をしているからだろう。どの世界でも力がある一部のものを恐れるのは当たり前で、それを除外しようとすることも当たり前らしい。

ウェスティアの章をもやもやした気持ちで読み終わった後は一気にページを飛ばして共通の世界についての話を読み始めた。ウェスティアの終わりはどこか胸糞が悪く、夢から覚めさせられてしまったようで新しい夢に気分を上げながら期待して読み始めた。


『イリファ、ウェスティア、ナフィア、サウスィア、リスタチア。この五つを全て攻略すると夢や願いが叶う、効果が出る、という伝説がある。その中で幾つか紹介したいと思う。』


五つの物事をつなげると効果が出る、と言うのはやはりときめくものだ。何度も手順を踏んでやっと願いが叶うと言うのは女の子はみんな好きだろう。かく言うカオル子も昔お気に入りのビーズやブレスレット、綺麗な石などを小瓶に入れて近所の公園に埋めに行ったりもした。そんな淡く可愛らしい思い出が蘇ると微笑んでしまう。


『東西南北の国の隠された図書庫を順に巡ると次の予言の書の場所を示したメモを見つける。それに書かれた場所を巡って最後に指し示されたリスタチアの書庫の秘密の本を抜けば隠された本棚に行き着く。そこに行けば開いた者の試練を克服させられる白い本を見つけられる。

東西南北。それぞれの国の1番美しい泉の水を集める。そうしてそれを混ぜ合わせるとどんな難病でも治すことのできる薬が作れる』


など色々面白いものがあった。その中でふと目が引き寄せられるものがあった。


『イリファ、ウェスティア、ナフィア、サウスィア、リスタチア。それぞれの場所のそれぞれの魔法石の持ち主しか詳しいことを知らない為、この本にあまり詳しい魔法石の見た目や特徴、効果が書けないのが非常に残念だ。東のとある花魁の簪についた魔法石、西の山の廃れた館に眠る魔法石、南の泉を泳ぐ魔法石、北の少女が生み出す魔法石、リスタチアの地下に封じられた魔法石。これら五つ全てを集めるとどんな願いでも叶えることができると言う伝説が今でもしっかりと生きている。この書を書いている時点でこの宝石全てを手に入れた人間について聞いたことはまだない。今後この本を読んだ同志がこの伝説を事実とし、詳しい話をしてくれる日が来るのを待っている。』


「どんな願いでも…叶う……?」


もしこの魔法石の伝説が本当のものだとしたら?もしこの五つの宝石を全て集められたとしたら?もしかしたらカオル子がかつて生きていたあの世界に帰れる日が来るのかもしれない。幸いこの本を持っていたのはベルベットで、あの彼のことだ。持っている本は全て読破しているだろうし栞が挟まっているページを見ればこの書籍を真実だと信じているらしい。だから説明が容易に済むし、信じているからこそこの本を持ち続け、自身に薦めたのだと彼女は考えた。

そうと決まったら早速交渉だ。どんなことがあっても使ってやるかと思った呼び出しベルを鳴らしてやろうと顔を上げるとすっかり空は夕焼けの空を孕み始めていた。うっかり夢中になりすぎて外が見えていなかったようだ。自分の集中力にびっくりしながらちりりん!と綺麗な音を奏ればその音は振動となり部屋中をこだまする。


「なんだ。絶対に使わないんじゃあなかったのかい?」

「モノちゃんとジノちゃんを呼び出すためには使わないけどアンタを呼び出す為なら使うのよ。」

「なんで僕にだけ使うんだ。エコ贔屓じゃあないか。」

「そんなことより!ここ読んで!ベルちゃん!」


眼前に活字が差し出されれば反射的に読んでしまうらしく、文句を垂れようとした唇をキュッと閉じると目を左右に動かして書籍に書かれた文字を読んでいた。折っていた腰を戻し、ピンと背中を伸ばしたのを見ればどうやら読み終わったのだろう。彼の言葉に期待しているとベルベットは呆れたように口を開いた。


「はぁ…そんなもんガセネタだ。」

「えぇ!?そんなことないでしょ!絶対ほんとよ!」

「証拠は?」

「ベルちゃんもこの本に栞挟んでたってことは信じて調べてたりしたんでしょ!」

「確かに幾つかこの本には真実も書かれているが、伝承、伝説、根も葉もない噂も載っている。こんなもんを信じるなんて君は子供なのかい?」

「むぐぐ…別に子供だっていいじゃない……。じゃ、じゃあ!この願いが叶うって噂がホントじゃない証拠ってあるの!」


証拠証拠!と先ほどのベルベットを真似したように証拠を求める。彼は盛大にため息をつき眉間を抑えるも反論できる言葉がないのだろう。なんとか論点をすり替えようとする。


「もし仮に願いがなんでも叶うとして、願いごとには代償が必要だろう?それはどうするんだ」

「だってここには魔法石を集めるだけでいいって書いてあるわよ!そんな代償だなんてせこいことしないでしょ」

「集めるだけ、とは書いていない。」

「ま、まぁいいでしょ?アタシを助けると思って!!ね?アタシが元の世界に帰れるようになったらお世話になったお金もちゃあんと払うわよ!」

「別に金はいい。君そういえば元の世界とやらで死んでここにきたんだろう?今元の世界に戻ったって既に死んで、遺体はとっくに埋められているだろうに」

「あそっか…いやでも!お願いするときに死ぬ一時間前とかに戻してもらえるじゃない?」

「そんなところだけは頭が回るんだな」

「ねぇいいでしょおねがぁい……」


遠出、そして入手が難しく何より本当かもわからない。そんな危険な旅にハードリスクノンリターンで喜んでついてきてくれる人間などいるはずがないだろう。そう言って何度かカオル子を宥めようとしたが絶対に引かないらしい。だがベルベットともじゃあ一緒に行ってあげると言える程考え無しではなかった。この屋敷から離れた後の手入れや戸締りも面倒くさいし、もし仮に勇義隊に目をつけられたら安心した旅とはいえないだろう。それに旅とは歩くと言うことだ。毎日必ずしも宿泊先が見つけられるわけではないし、必ず毎日の天候が良いとは言えない。不快な生活を送ることになるだろう。それも全部引っ括めて頷くことは出来なかった。


「じゃあアタシ治ったら1人で探してみる!」

「はぁ!?」


突然静かになったと思ったらこの発言だ。突拍子もない人間すぎる。別に完治したらしたでこの人間の自由だからほっぽり投げて、その後どうなってもよかったがどうにも危険で目が離せなくなる。また崖から落ちていそうだし食べるものも無く野垂れ死にしそうだった。意外とベルベットという人間は過保護でそれでいて心配性だった。人は寄せ付けないくせに一度懐に迎え入れてしまった人間はどうにも自分の監視下に置いておかないと不安なのかもしれない。

短時間に脳をフル稼働させて考えて、考えて、考えた結果やっと口を開いた。


「はぁ……そこまでして信じるのか?」

「うん、信じる」

「それが全くの紛い物だったらどうする?」

「全部見つけるまで偽物かってわからないからとりあえず全部見つける」

「答えになっていないが…じゃあ1つも見つからなかったら?」

「1個見つけるまでいろんな人に聞いたり、ベルちゃんみたいに本を読んだりして頑張ってみる!」

「本気なんだな。」

「本気よ!元の世界で生活できるならなんでもするわ!」

「それじゃあ僕から1つ君に課題を出そう。それをクリアできたら君と一緒にその伝説が本当かどうか確かめに行ってやってもいい。」

「!!本当!?嬉しい!ありがとぉ!!」


あまりに嬉しかったのかベッド脇に立つベルベッドに向けて思いっきりハグをする。ぐんっと体重がいきなり体の上にかかり、みしっと骨が軋んでたまらずベルベットは『痛い…』と声を上げた。それに課題を与えただけでまだついていくとは言っていないのにこの喜びようでは疲れてしまう。無理矢理にカオル子を引っぺがせば気を取り直して本題に入った。


「僕から君に貸す課題はその伝書にある『西の山の廃れた館に眠る魔法石』を見つけ出すことだ」

「え……それ結構難しくない?ここら辺に廃れた館ってあるの??」

「ならやめるか?諦めてもいいんだぞ」

「やめるわけないじゃない!アタシだって本気よ!」

「そうか。それじゃあ精々君の本気を見せてもらうことにするよ」

「任せなさい!あ、そうだ。ベルちゃんはその石見たことあるの?」

「ん?あったら信じているだろう?見たことはないさ。でもだからと言ってダミーを用意するなんて卑怯なことはするなよ。後々願いが叶えられなくなるのは君だよ」

「そんなの言われなくたって当たり前でしょ!正々堂々挑戦するわよ!アタシ頑張っちゃうんだから!」


ふん!とやる気満々なようで再び詳しいことが書いていないかまた隅から隅まで穴を開けるように覗き込む。どうやら要件は済んだらしい。もう呼ぶなと念を押してカオル子の部屋になった客室から退室した。


「全く…あういうやつは言い出したら聞かないというのは本当なんだな…」


リビングのソファーに戻ると双子はキッチンで晩御飯を用意しているらしくしょっぱくて良い香りが湯気に乗って届いた。


「なあモノ、ジノ。」

「なあに?ベル様」

「どぉしたの?」

「お前たち、もし僕が旅に出ると言ったらどうする?」


キョトンとした後に料理の手を止めてお互い顔を見合わせていた。


「そしたらモノたち…置いてけぼりですか?」

「ジノたち…ここでお留守番しなきゃですか?」

「おいていくわけがないだろう?いやだと言っても僕がいくならどこへでもついて来てもらうつもりだよ。」

「ならモノ…ついてく」

「ジノも…頑張るよ」

「それは頼もしいな。まあ全てはカオル子次第だがな。」

「カオル子ちゃんが…?」

「カオルちゃんが…?」

「まあ今のは気にしないでくれ。今日の夕ご飯はなんだい?」


暖かい会話がリビングルームに美味しそうな匂いと共に満ちていく。カオル子が物読みに耽っているあの部屋に香りが届くのももうすぐだろう。カオル子の部屋もリビングもオレンジの光を灯す蝋燭が飾られている。明日明後日にでもカオル子は歩けるようになるだろう。彼女の行動範囲ももうすぐに広がるはずだ。

そして、今日の晩御飯はビーフシチューである。





カオル子の残金あと99万1200ペカ






第6話 (終)

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?