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13 : エピローグ

 旅立ちの日。

 アクエリアス侯爵邸にて朝食を全員で食べ、一先ず各自客室へ戻る。

 クロウはソフィアの屋敷の人形を焚き上げしたため、最後の確認として鎮火確認に出掛けた。


 リリシーは目覚めてから、とても静かだったが、普段から周囲でエミリアとノアが盛り上がることが多い為か気に止める者は少なかった。


 ローブチュニックとミニスカートだけの姿で、ドレッサーの鏡面を真っ直ぐ見つめる。


 静かな邸内。

 小一時間もしたら、再び旅路へと出る。

 次はカイリから航路で、グランドグレー大陸のモモナ港へ向かう予定だ。最北端にある廃村 石の村を通り越し、グランドグレーの最西端に位置する港町である。


「……」


 じっとエメラルドグリーンの瞳を見つめる。いつもと変わらない。変わらないはずだ……そう自分に言い聞かせるように心の平静を保つ。

 黒いチュニックの肩から、氷のような髪がツルツルと流れ落ちた。

 ゆっくり、その視線を下へ……グローブをしていない両腕を見つめる。

 ネイルをしたエリナの剛腕と、筋張って血管の浮き出るオリビアの長い腕。


 あの死者の国の門番が言った言葉が、リリシーの中に小骨のように引っかかっていた。


 ──二人は今 にいる──


 それをまた自分の都合で呼び戻した事になる。


『……リリシー。あたしらは自分の意思で戻ったんだよ ? 何をいつまで気にしてるんだい ? 』


「……うん」


 エリナはそう言うが、自分が次に死ぬ時はどうしたらいいのか…… ? という事が聞けずにいた。


 オリビアとエリナはリリシーが仮死状態になった後、死者の国へ行ったはずだ。


 それは果たして精霊樹の元だったのだろうか ?


 精霊魔法の使い手や民間人のほとんどが精霊を信仰し、死後は精霊樹と呼ばれる神聖な巨樹の元へ導かれると言う。


 だがそれは、リリシーがオリビアとエリナを自分の肉体と精神から解き放ってからの話である。

 今、二人は黒魔術を使ったリリシーと共謀関係にある。故に精霊樹の元へは行けないはずなのだ。もしかしたら同じく闇の世界か、更に過酷な場所へ堕ちた可能性も無くはない。


 だからこそミラベルは「二人の魂を解き放ってから死ぬように」と、念を押して助言をしたのだ。

 リリシーは死後、あの闇の世界が確定している。その時の為に再び黒魔導書を手に入れなければならない。


 その前にする事。

 死ぬ前に二人の魂を解き放つ。


 では、自分はいつ死ぬのか ?

 死期の分かる者などいない。不慮の事故もあるかもしれない。

 そうなったらオリビアとエリナは…… ?

 今回はどんな場所へ堕ちたのか ?

 リリシーは聞くに聞けなかった。


 聞いてしまえば、きっと。

 いざと言う時……。

 念の為に……。

 今のうちに……と。

 すぐに、二人を解放しなければならない気がして……。


「……」


 現段階、リリシーにとって簡単に割り切れなくなってしまった二人の魂との共存。


 まさに呪い。


 二人の身体を自分に繋げても、会話が出来なければ諦めがついたかもしれない。

 しかし、話せば話すほど死んだことを受け入れられなくなって来ている自分がいるのだ。


「分かってるよ。でも、いつどうなるか分からないじゃない……」


『──』


「ううん。そんな事を言ってるんじゃないわ。オリビア、真剣に考えて ! 」


『──』


「そ、それは……。ごめん。

 わたしが望むのは……ただ単純に…… ! 」


 ──コンコン。


「はい…… ? 」


「わたしです。いいかしら ? 」


 入って来たのはソフィアだった。


「あ……ど、どうしたの ? 」


「いえ……。

 あの、大丈夫ですか ? お二人のこととか」


「……えぇと……そんなに顔に出てた ? 今の聞こえてたかな ? 」


「あ……。……いえ。……昔の癖ですかね……。人の顔色に敏感なんです……悪気は無いんですけど。

 こちらに戻ってから、調子が悪そうに見えたものですから。

 でも、何か悩みがあれば…… ! 私 ! 聴きます ! 巫女ですから ! 」


「……ソフィー。ありがとう」


 リリシーは一度、視線を床に落としたが、結局は微笑むだけだった。


「……じゃあ……えと。

 あ、荷物これですか ? エントランスに運びます」


「いいの ? 身体は平気 ? 」


「ええ ! これくらいさせてください !

 身体も素晴らしい出来栄えです。クロウさんを初めて見た時は不安でしたが、流石ハク一族の技術ですわね。

 ほら !! ドールだと思えないくらい馴染んでいるの ! しかも汗なんかもかかないので不快感がないわ ! 」


 ソフィアは深紅のドレスを広げ、クルクルと回って見せる。まるで夜会で踊る姫君のように眩く可憐な姿。


「ふふふ ! ……良かったわ。ソフィーがポジティブで。

 勝手に身体を入れ替えてしまって、人形の身体を望まないんじゃないかって不安はあったのよ」


「いえいえ、あの闇の世界にいるよりマシです。それにわたしの肉体の方はルサールカに捧げ、弔ったようなもので。

 半腐敗で生き返りたくなんかないですよ〜」


「確かに……。ルサールカと一体化した瞬間から、腐敗は一気に進んだものね……。生還しても回復出来たかどうか分からないわ」


 リリシーに向き直り、ソフィアは急にかしこまる様子で口を開く。


「……あの。リリシー。前に話した……私達が黒魔術師かどうか……みたいな話ですが……」


「そんな話したかしら ? 」


「しましたよ。出会った日に。

 わたし、貴女に聖人だと言われて、謙遜をしましたが……本当は自分は白魔術師だ ! って自信があったんです。

 ……こんなに罪を重ねていたのに……。

 でも闇の世界に堕ちた時、白魔術がまだ使えるとしても、わたしはもう戻れないんだって、理解しました。わたしは黒魔術師になってしまったんだと。

どう言い繕っても、それが事実ですよね」


 ソフィアは今回、白魔術師として……いや、神を信仰する者として自身にあったプライドが打ち砕かれてしまったのだ。


「どうなのかしらね。死後の世界が全てじゃないと思うの。わたしも自分を風の魔法使いと今も思ってる。

 それにあの門番の部屋からは、ソフィの祈りの声を辿って生還できたのよ ?

 貴女は立派に神職者の役割を果たしたし才もあるわ」


「ええ。貴女ならきっとそう言うだろうと思いました。

 だから、わたしも巫女を続けることにしたんです。今は巫女ですが、ギルドでジョブプレートを大賢者まで格を上げるつもりです! まずはシスターに !!

 そして魔導書を探しながら、この体が朽ちるまで神に使えます。

 リリシー。二度目のをありがとう ! 」


 不思議だ。

 痛みには鈍感なこの生きたビスクドールは涙を流すし食べ物の味も分かる。

 何より生前のソフィアと何も変わらない。


「ソフィ、お礼を言うのはわたしの方かも。

 今回の事がなかったら、気付かないものが多かったから……。闇の世界で生き抜く方法があったなんて……」


「ええ。驚きですね。お互い、闇の世界に備えましょう。魔導書が見つかったら、ギルドを通して連絡するわ」


「ええ。わたしも見つけたらすぐに」


 ソフィアはリリシーが纏めていた魔法アイテム入りのカバンを抱えた。


「重い ! でも荷物をドラゴンに乗せておけるなんて羨ましいわ。

 ブリトラくんの事も悪く言ってしまってごめんなさい。彼が気にしてないといいのだけれど……」


「ふふ。大丈夫よ。アイツはアイツで言われ慣れてるからね」


 リリシーは気にしないと言う身振り手振りをするだけで、敢えてブリトラがメスである事を訂正する様な真似はしなかった。

 ソフィアは全てにおいて新しい人生が始まったばかりである。


「ヨイショ」と、荷物を玄関先に運び出す。


 部屋を出ていくソフィアの姿に安堵しながら、リリシーも支度を始めた。


 そう。大事なのはこれからだ。

 新しい仲間と楽しく冒険者を続ける。

 困っている人の依頼に協力する。


 そして、死後に備える。


「ミラベルの魔導書を焼却処分したのは間違いだったかしらね……。九冊……。持って歩くには辛いし、皆んなの目には触れたくない……。

 そうよ。間違ってない。アレは、人目に触れてはいけないものなはずよ……」


 レオ王子とルビー女王はリズルを経由して、リリシーがミラベルから聞いた町の立て直し計画を耳にした。実行されるかは分からないが、すぐさま会合の日取りを決め、慌ただしく城へ帰って行った事を考えると上手く行きそうな気配である。

 リズルは相変わらずだ。

 それが実現すれば、土地整備に必要な物資の運送を引き受けたい。しばらくプレゼンを兼ねた友好関係を築こうとするだろう。既にレオ王子のひっつき虫になっている。


 とは言え、リリシー一行は今日で最後のエルザ大陸。


 防具を着け、ロングソードを背にする。

 瞳を閉じて自分の身体の中を視ていく。

 異常なし。二人も落ち着いている。


 コンコン……


 再びノックの音。


「はい」


「俺だが……イラブチャだ。話せるかねぇ ? 」


「ええ。どうぞ」


 扉を開けると、イラブチャが一人で立っていた。


「いやぁ、ははは。

 リリーシアさん。問題の御解決、誠にありがとうございました。

 これで問題なく、海へ漁に出れます」


 相変わらず侯爵は立場を無視し、深く深くリリシーに頭を下げた。


「顔を上げてください侯爵。

 こちらこそ。魔物退治のはずが……こんな状況で……わたしとしても何とも……。

 生還後も邸宅へ長々とお世話になってしまって……ありがとうございました」


 イラブチャはマイペースにいつもと同じ、庶民的な出で立ちだった。リリシーの言葉に「構わねぇよ」とニコニコ頷く。


「あのソフィの屋敷は神官に祈りを頂いたあと、取り壊す予定にしました。

 それと、リリーシアさん。これを。報酬です」


「……いいんですか ? ありがとうございます」


 布の袋を両手で受け取る。予想よりも重く、一瞬リリシーの両手がガクッと下がる。


「こんなに……」


「皆の記憶も戻りましたし、気持ちですよ。

 元はと言えば、ソフィの事も俺の監督不行届……いや、コバルト王に立ち向かう事を渋った為に先手を打たれて家族仲間を皆、不幸にしてしまった……。

 俺の漢が足りんばかりにだぁな……」


 イラブチャは不甲斐ないとばかりに歯を食いしばる。


「侯爵は使用人の方をとても優遇されていたと聞いています。

 彼らも侯爵を悪くは思っていないと思います」


 イラブチャは静かに頷くと、リリシーに向かい眉を顰める。


「リリーシアさん。本当に今回のことは感謝しています……。

 ですが……ここからは侯爵ではなく、一人のオヤジとしてなんだがなぁ……聞いてもらえるかい ? 」


「はい。なんでしょうか」


 イラブチャの顔色が変わる。

 何か言いにくそうに、更には苦虫を噛み潰したような怪訝な顔付きで話し出す。


「……俺にはよ。今回の終わり方が、正しい人の道とは思えないんだよなぁ。

 魔導書を故意にコバルト王に渡したり、死人を生き返らせて動く人形にしたり……。

 ソフィーに関しちゃ状況もあったのは理解している。助かって嬉しいとも思う……。

 しかし、これが例えば一つの物語として、今回の結末は果たしてハッピーエンドなのだろうかと……俺は、なんか違うんじゃねぇかと思うんですわ」


 リリシーは少し微笑みながら、イラブチャの言葉に相槌を打つだけだった。


「はい。しっかり受け止めさせていただきます」


 ただ、納得はしていない。


「……ですが、コバルト王と魔導書の件は兄のしたことですし。

 ソフィーはあのままでは、死ぬより辛い場所にいることになったんです。あの世界を見ていないから、そう言えるのだと思います」


 リリシーには、イラブチャの言葉は心外だった。感謝こそされど、まさかこの結果に納得がいかないと言われる意味が分からなかった。


「……リリーシアさん。ここにソフィーを連れて来た時、随分痛め付けてから連れてきましたでしょう ? 」


「あれは本人に『もう助かる見込みは無い』と本能的に思わせる為です。死の匂いと言えば分かりやすいと思いますが、そうじゃないとルサールカがソフィーの亡骸に気付かない可能性も……」


「いや、その。原理的な事は分かるんですよ」


「…… ? 」


 察さないリリシーに、イラブチャははっきりと伝えるしか無かった。


「リリーシアさんご自身の性格か、黒魔術を使って変わってしまったのかは分かりかねますが……。あれは地獄のような状況。

 俺にゃ……貴女は人の道理というものが希薄に感じられて仕方がないんですわ」


「……。

 ふふ。まさか……そんなことは無いですよぉ」


 笑顔で受け流すリリシーだが、イラブチャの言葉は心のどこか奥底にチクリと刺さった。


「……んん。それならいいのですが。

 まぁ、漁師の性分でしょうかな。 生き物を海から頂く仕事なもんで……。魔物退治をする冒険者さんとは、真逆の存在なのかもしれん……。

 いやいや ! 白霧の女神に失言でしたな ! 」


「いえ。そんな事は !

 ふふふ……」


 侯爵から遠回しに言われた非人道的な性格。

 それはリリシー自身も、どこか自覚があったことなのかもしれない。

 ただ笑みを浮かべ、聞き流すことしか出来なかった。


 □□□□□□


 崖上の侯爵宅から町まで降り、ギルドの前まで来る。

 通りのすぐ側に大きな船着場がある。客船や輸入船など、比較的大きな外海へ出る船が並ぶ港だ。

 ギルドで用意された許可証を見せ、冒険者達が乗る定期船へ荷物を運び終わる。


 あと少しで出発。

 ソフィアとゴードンが見送りに来ていた。


 人一倍荷物の多いクロウも屋敷から戻り、道具を運び入れ、ようやく全員が揃う。


「ソフィ ! 幸せになんのよ !! 」


 エミリアがソフィーに抱きつき、撫で回す。


「くすぐったいわ !

 エミリー ! 素敵な髪をありがとう ! 」


「髪なんてすぐ生えるもの ! 礼なんていいのよ。

 それに ? どんな髪型でもあたしの美貌は変わらないもの ! 」


「ぷっ ! あははは ! ええ、ええ ! はい !! 」


「ドンちゃんも元気でね ! どっかで会えるといいわねぇ〜 ! その時はあたしのネイルもしてよ ! 」


「勿論よ♡エミリーみたいな美人、更に美しく出来る自信があるわァん !! 」


 エミリーは後ろでボンヤリしているノアに気付くと、グイグイと前に押し出す。


「ほら、ノアもなんか言いなさいよ ! そんなとこで何してんのよぉ ! 」


「あ、うん……」


 この時、ノアは全く違う物を見ていた。

 リリシーは笑顔で立って皆を眺めてはいるものの、ほんの一時、俯き加減でぼんやりと地面に写る自分の影へ視線を落とす事があった。

 エリナとオリビアの一件に悩み、イラブチャから追い討ちを喰らい、流石に気分が落ち込んでいた。

 ソフィアと同様、ノアもようやく気付いたが理由は聞き出せずにいた。


「ノア」


 ソフィーがそっと近付く。


「あ、ごめん。ソフィー。

 えと……手紙書くよ ! 」


「うん。

 ノア、リリシーの力になってあげてね ? 」


 ソフィアの台詞にノアは目を丸くした。


「……意外。リリシーとはあんまり気が合わないのかなって思ってたよ」


「ん〜。今までならそうだったかもね。

 でも、今は本当に心配してるわ。色んなモノを抱え過ぎてる。

 甘えられる人が必要だと思うの」


「そんなの……」


 クロウがいる……と言いかけてノアは口を噤んだ。

 クロウは当初、リリシーがオリビアとエリナを自分の内側に取り込んだ事に、怒りを顕にしていた。

 更に今回は助かる見込みは無いとしても、ソフィアを一人逃がそうと本気で考えていた。


 リリシーが何に悩んでいるかは分からないが、クロウに相談をするようにも思えなかった。何故ならクロウならリリシーの不調には敏感に反応するはずだからだ。最も大袈裟な態度を取らないから分かりにくいが。そのクロウがリリシーに絡まず、アクションを起こしていない。


「……うん。大丈夫。僕がちゃんと見てる」


「ええ。それがいいわ。

 手紙には日付け、ちゃんと書いてね ! 立ち寄ったギルドで受け取るわ ! 」


 二人手を握る。

 エミリアが『見てませんよ』の後ろ姿のまま「ピュー」っと口笛で茶化す。

 一気に顰めっ面に変わる二人にようやくクロウが声をかけた。


「ソフィア。体に不具合が出たらすぐに連絡寄越せぇ。ギルドがチンタラしてっときゃ、リズルに連絡しろ」


「分かったわ。クロウも、本当にありがとう」


「人形なんざ作ったことねぇから興味が出ただけ。ただの気まぐれぇ」


「ええ。ありがとう」


 やがて多くの冒険者が船に乗り込む。

 乗船管理の者が鳴らす鐘に、リリシー達も歩みを進める。


『これからだよ、しっかりしな』


『あんな一般人のオッサンの言う事、真に受けんなって』


「リリシー、行くわよ ! 」


「待ってエミリー」


 小走りでリリシーは船に足を踏み入れる。


『大事なのは今だろ ? 』


『魔導書も次は死後の為に勉強するだけ。別に悪用する訳じゃああるまいし』


『そうそう』


「うわ〜 ! こんな広い船初めて乗ったよ !

 リリシー、甲板の方に行って見ようよ ! 」


 ノアが目をキラキラさせてリリシーの裾を引っ張る。


「いいよ。

 ……ほんとだ ! 広いわね ! 」


「バイバーイ ! 」


 ノアが無邪気にソフィアとゴードンに手を振る。


 ガランガランガランガラン ♪


 船乗りの一人が大きなベルを思い切り鳴らす。

 出港の合図だ。


 やがて船はゆっくり港を離れていく。


 穏やかな波に、大きな帆船が浮かぶ。ザザザと海を縫い、ミストのような飛沫が太陽で照らされ、

虹を作る。


「綺麗だね ! モモナ港はどんな町だろう ? 」


「楽しみだね」


 ノアの明るさにリリシーも気分を底上げされていく。

 ノアはキラキラとした水飛沫がリリシーの白い髪にまとわりつき、輝きを放つのを見て思わず見惚れてしまう。

 そんな中にエミリーが上機嫌で、ガバッと二人に肩を組んできた。


「ねぇリリシー、次の町でもネイルペイントするの ? 」


「あ、うん。エリナが言うには青い染料が採れる木の実 ? が、あるらしいの」


「今回はあたしもオソロイでやってもらおっかなぁ〜」


「それいいかも。わたしも嬉しい」


「ね ! オソロイ !!

 うーん、腕がいい人探したいわね ! 」


 リリシーは左の手の平を太陽に翳すようにして、ゴールド色のネイルを見上げた。


「そう言えば……ドンちゃんのネイルって、エリナが今までやった中で一番長持ちしてるかも」


「あ〜、そうね。普通、二〜三日で剥げて来ちゃうもんね。あの人、髪切り屋ってだけでギルドに申請通りそうよね。さすがにそんなジョブは無いけど……何でも器用に出来そうなのに……希望が踊り子とはね……」


「ふふふ ! 面白いわよね」


「ほんと強烈 ! でも、凄いいい人なのよねぇ」


 いつものリリシーに戻っていく。


 明るい仲間と共に行く旅路。


 悩んで、足を止めるのは簡単な事。しかし、確実に人生を歩むには一人では歩いていけない。

 ノアもエミリアも、リリシーを慕い、信頼している。

 ソフィアの一件はイレギュラー的な依頼。あれ以上、方法が無かった。

 誰に何を言われようとも。

 何より、本人があれだけ感謝してくれたのだから、それが一番なのだ。

 リリシーはそう自分に言い聞かせた。

 目前に広がるコバルト色の広い海を眺めると、決して自分のした事は間違いじゃない……きっとあれが最善だったと。


 白い髪が風に吹かれてキラキラと靡く。


 仲間達と気分良さげに海を見渡すリリシーに安堵し、クロウは静かに客室へ戻って行ったのであった。


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