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11 : 闇の果てで

「ミラベル ?

 ……そうよね……貴女も黒魔術師だから……」


 ミラベルはニィっと口角を上げ、リリシーの言葉に静かに笑った。


「ふふ。まさかぁ 。

 私は魔族よ ? 魔族が黒魔術を使うのは普通だもの。

 ほらぁ、貴女の貧相ななりとは違うでしょ ? 」


 そう言い、緋色のドレスをヒラりと見せ付ける。


「じゃあ……わたしとは違う…… ? 」


「ふん。そうみたいね」


 ミラベルは小さな光の破片を摘むようにして、目の前の空間を撫で付ける。すると、まるで壁紙がめくれるように別の光景が姿を現した。


「ご覧なさいな」


「どういうこと !? これは……別の場所…… !? 」


「あそこも地獄の一部よ」


 ドス黒い煙と不気味な紫月。

 全てが焼け野原になった地面で、行き場のない者達が何か理解できないモノに襲われている。


「……惨い世界だわ…… 」


 想像を絶する光景。

 思わず喉が鳴る。

 眼下にはとてつもなく残虐で、永遠の苦しみが続く世界が広がっている。


「あそこはクロツキと呼ばれる地獄の一部よ。熱砂の荒野。あの下層には、更に酷い拷問がお待ちだそうよ」


「これで……一部…… ? 」


「それはそうよ。信仰によって死後の世界は違うもの。

 四大精霊信仰だと有り得ない場所に見えるかもしれないわねぇ。

 精霊信仰は『死後は埋葬され、肉体は大地の精霊に還り、情熱は火に還り、水が魂に癒しを与え、悲しみは浄化され……やがてその魂は風に乗り精霊樹へと向かう』……だったかしら ? 」


「ええ……そうです……」


「今見えるあそこは別の宗教の死後よ。まぁ結局、善行を積めば地獄に堕ちたりしないらしいけど。

 そして、黒魔術師と白魔術師に待っている死後は──この闇よ。

 私たち魔族には『輪廻転生』という概念がある。

 そうじゃなきゃ魔王が復活したりしないでしょ ? 」


「……魔族や魔王は分かります。でも何故白魔術師もここへ堕ちるんですか ?

 わたしが今、探しているのは白魔術師なんです」


「白魔術師探しでここへ ? ふーん、それは面白いわねぇ。

 白魔術師の死後は『魂は教会に留まり、神格化して礼拝堂に宿る──』これが白魔術師の死後よ。

 ただし、全員じゃないみたいね。

 白魔術師はなまじ白と黒の知識がある故に、禁忌魔法に手を出してしまう者が多いのよ。

 生前、私もグレーな魔術師を沢山見てきたわ。

 つまり、リリーシア。あなたのような『他を信仰しながら黒魔術も使う者』よ」


 全ての禁忌魔術を行いし者はここへ堕ちるというわけである。

 そしてそれはソフィアにも当てはまる。


「その白魔術師の探し人も、黒魔術を使ったということよ。ここを歩くというのは、そういうこと」


 リリシーは無言の同意。今更、ミラベル相手に隠すことでもない。


「ねぇ、ミラベル。その光はどう出すの ? 」


「これ ? 自分の魔力を具現化して集積させるのよ ? 」


「……具現化…… ? 」


 リリシーが真似ようと試みるが、指先に集まった魔力は塊になれども、すぐにサラサラと零れてしまう。


「……難しい……。

 あ、いえ。今はすぐに帰る予定なんです……。

 っ !! そうだった ! 時間が ! 」


「あら、本当にアンタ死んだんじゃ無かったのね。残ぁ〜念。話し相手になるかと思ったのに。ふふ」


 ミラベルはクロツキと言う世界が見える空間の切れ目を、指でツイッと閉じた。

 今まで差していた光源が無くなり、再び漆黒の世界に戻る。


「安心なさいな。

 この世界に時間は無いわ。正確に言えば、ここで一生を過ごしても、元の世界では0.00001秒にも満たないわよ」


「そ……そうなの…… ? 」


「……ええ……」


 ミラベルはふと思う。

 リリシーの探し人が仲間なら、今まで通り自分の肉体に魂を呼び寄せて容れれば済むものを、この闇まで追いかけてきた理由とは ?

 それは連れ帰っても、リリシーの身体には容れない魂なのだろうと。

 そして、そのような術は自身がリリシーに奪われた自分の魔導書にも書いてなかった事を知っている。


「……本当に勘だけはいいわね。才能って訳 ?

 魂を見つけて、どこか他の媒体に容れる応用魔術を使うつもりなのね ?

 ここに来れたって事は、まぁ半分クリアかしら」


「はい。どうしても救いたいんです。

 彼女はわたしとは違う……根は真面目な聖人だわ。環境がそうさせなかっただけで……」


 そう言って俯くリリシーの姿を、ミラベルはつまらない物を見るように軽く溜息をついた。


「ふん。でも、その探し人を早目に見つけなければ意味ないわね……。時間経過がほぼ無いとはいえ、魂が傷むの」


「魂が……傷む…… ? 」


 何を言っているのか分からずリリシーはぼんやりとミラベルを見上げる。

 対して、ミラベルは何も知らずにいるリリシーへ、ニッと笑みを向ける。そして真っ赤なネイルペイントをした長い爪を、リリシーの足元に向けた。


「きゃ !! 」


 いつの間にか、足首を掴まれていた。

 視認した瞬間、ようやく痛みとヒヤッとした相手の体温が伝わる。その腕は年老いた老婆のように筋と皮だけで、鼠色をして指が三本しか無かった。

 慌てて振り払うと、諦めた様に闇の中にフッと消えていった。


「ほ、他にも人がいるの !? 」


「それはそれは。歴代の悪しき魂が彷徨う場所だもの」


「な、なんで貴女は…… ? 貴女には何が視えてるの ? 」


「…………。何も ?

 さぁ、分かったでしょ ? 皆、新鮮な魂を喰らいたいのよ。早く戻るに越したことはないわ」


「……ミラベル、この応用魔術……合ってるのよね ?

 ……貴女がそう言うなら心強いわ……」


「……。変な子ねぇ。私、アンタの下品なドラゴンに食べられて死んだのよ ? 嘘を言ってるかもしれないわよ ? 」


「いえ……貴女は感情で利己的になりがちではありますが、基本的には外面はとても合理的ですから」


「舐めてんの ? はっ倒すわよ小娘が !

 まぁ、私の善政を認めたって事かしら ? 」


「……一部は……」


「YESかNOで答えなさいよ。面倒ねぇ。

 ……飛竜一族って皆そうなのかしら ? 前に城に来てた者も、とても口の減らない男でやたらと軍事関係に煩くて…… ! おかしな武器ばかり押し売りされそうになったり……」


「……兄です……」


「……は ? 」


「それは……わたしの、実兄です……」


 リリシーとミラベル。

 同時に二人、頭を抱える。


「…………そ、そうなの ? 実兄 !?

 ……………………引くぅ〜〜〜 !! 」


「うわぁぁ ! やっぱりリズル兄さん、貴女のところでもそんな事してたァ〜 ! 」


 ミラベルは遠い目をしながら微笑む。


「ふ……ふふ……アレが兄妹だったら、私も家出するかもねぇ」


「あぁ。いえ、わたしの家出は兄が原因じゃないですよ……」


「アレが原因じゃない !?

 じゃあ、やっぱりアンタもおかしいんじゃないの ? 」


「わたしは兄とは違います ! 」


「どうだか ? 」


 リリシーは再び闇の中から肩に掴みかかろうとする魂を見つけると、無情にもパンッとその手を叩く。

 その既に闇の世界に慣れが出始めているリリシーを見て、ミラベルは何とも言えない心境に至る。


「相変わらず、奇抜な人生送ってるわねぇ」


「それを言ったら、貴女もですよ」


「私は……。ふふ……そうね……そうだったわ」


 炎城での最後の悪足掻きとは想像も出来ないほど、今のミラベルは落ち着き理性的だ。

 これが本当に狂乱せず、長く炎城の主だったならば惜しいと思えてならない。過激な不老への執着さえなければ、彼女は優秀だったのだ。


「湖の件は終わった事です。わたしたちはもう勝敗が付きましたし。貴女が女王として、してきた事を尊敬してます。

 わたし、今コバルト王の領土内から来たんです。正しくはカイリの港からグランドグレー大陸に渡る所で……トラブルに巻き込まれまして」


「あぁ〜。コバルト王ねぇ……。

 生憎、生前友好的な関係では無かったわ」


「そうらしいですね……。

 そうだ。あのエルザのダンジョン……。周囲の村が、また魔物を招こうとしてるとかで、新女王が止めてるそうです」


「新女王はノーランの妹ね ? 上手く見つけてくれたのね……安心したわ。

 エルザに再び魔物を……ねぇ。

 想像は付くわ。あの辺は山を越えないと作物を育てにくいから。

 最も山の影は水源が乏しいけれど、これがバランスを取れれば解決するわよねぇ」


「……それって…… ! アドバイスですか ? 」


「別に。私ならそうするってだけよ。

 意味のある労働に、価値のある報酬がつけば人は納得するものよ」


 エルザ山脈のトンネル開通の示唆。

 これが打開策という案であるが、なかなかに現実味がある。


「水があるスカーレット領と土地は良いけれど水源が無い山脈裏ですね……。でも結んだ後は……」


「簡単よ。山脈裏にも港を作るの。その為に外部から労働者を招いて、周辺の村はそれを受け入れもてなすのよ。地元の人間は職を変えずに済むし、職に溢れた者も使える。

 その後何年かかるか分からないけれど、港の近くは必ず人が集まり集落が出来るものよ。その時、エルザ大陸が何を売りに客を取り込むかは知らないけれど……魔物を入れるのだけは違うわね」


 やはりミラベルの感覚は魔族より人間に近いのだ。

 人に憧れ、魔族を捨てた女。

 しかし黒魔術を使う魔族だから、と言うだけでこの闇にいるというグレーゾーン。リリシーには少し哀れに見えるのであった。


「そうですね。

 早速、兄にそのプランを提案するように、けしかけようかな。貴女の意見だもの。きっとそれが最前なはず」


 なんの疑いもなく納得してしまうリリシーは世間知らずか、自分を本当に信用してるのか。ミラベルには不可解だった。

 リリシーは同じ狭小大陸に二つの王国という状態で、コバルト王のような暴君とミラベル元女王の評判を比べて、ますます王族の権力の意味を知ったのだ。

 ミラベルと直接関わらない者から見たら、やはり優秀な女王に見えた事だろう。


「……ったく。仕方ないわねぇ 」


 リリシーの言葉に調子を崩され、ミラベルは声を上げてドレスを翻した。


「ついてらっしゃい。

 誰を探してるか知らないけど、コツを教えてあげる」


「ミラベル…… ! ありがとう ! 」


 既にドレスの裾しか見えない闇の中、慌ててミラベルを追いかける。


 □□□□□


 しばらくミラベルに付いて歩く。


 体感でおよそ一時間程とリリシーは感じたが、実際にはその半分である。

 暗闇の中、必死でミラベルのドレスを追う。気を抜くと闇にのまれて、すぐに見失いそうになる。

 ミラベルの歩くスピードの問題ではなく、この闇が孤独をもたらそうと作用するのだ。


「私の魔導書。本当に処分したの ? 」


 ミラベルは不意に立ち止まると、リリシーを見下ろし不安気に尋ねた。


「は、はい。全部燃やしました。人間に渡ってはいけないものだと思うので」


 下を向き、気まずそうに答えるリリシーを見てミラベルは思う。

 本当に燃やしたのか、嘘なのか。


「中身は暗記した ? そのレベルじゃないと今回の応用に辿り着けない気がするけれど」


「暗記は得意な方です。全てではありませんが」


「ふん。まぁ、読んですぐ難術を使えるくらいだから、それは事実なんでしょうけど」


 ミラベルは胸の前に両手を出し、包み込むようにする。すると、何かの光がフワリと周囲を照らし、ミラベルの指の隙間から一匹の大きなトンボが這い出て来る。


「これの眼を見て、探したい人間を強く思い浮かべなさい」


 そういい、手の甲にのったトンボをリリシーの目線近くに近付ける。


「は、はい……」


 トンボは頭を搔く様な仕草をした後、すぐに光を纏ったまま闇の中へ消えて行った。


「あっちね。行きましょう」


「はい……」


「今の術は知ってた ? 」


「いいえ」


「……」


 再び歩き出すミラベルの傍には先程のトンボが待っていた。誘導するようにまた羽を飛ばす。


「その探し人って言うのは ? 男性 ? 女性 ? 」


「女性……です」


 リリシーは事の顛末を全てミラベルに話した。


 途中、ミラベルは何も無い場所に腰を下ろし、リリシーにも座るよう勧めるがリリシーには椅子なのか台なのかすら判別できない闇の中だ。両手でぺたぺたと確認し、ミラベルの用意した何かに腰を下ろし、二人で並ぶ。


「ここへ来た時、貴女『その子はわたしと違う』って言ってたけれど、本当に聖人なら黒魔術なんて使わないわ。例え恨みを持って死ぬ運命でもね」


「一度だけですし……たまたま体がルサールカになってしまったから事が大きくなっただけで……」


「本当にその魔術のページ、覚えてる ? 」


「そこまで聞かれると、自信はないですが……」


「リリーシア、貴女の勘違いで話が混乱してしまうわよ ?

 ルサールカを作るあの魔術は、まず魂が身体から抜けるようなことがあったら一つ目の魔法が発動する────つまり、死ぬ前に次の肉体を造る必要があるの」


 ソフィアはリールに刺され、崖から転落死した。その後、海の中で魔術を使ったのでは無いということだ。

 事実、ソフィアの身体は魂側とはいえ、人間と見間違ごうのない人の姿だった。それは死期を悟り、魂だけで構成される仮の身体を造る術をリールに刺される前に用意して魔法を使っていた事になる。


「殺される前に事前準備をしていたって事。

 そして死の時、新しい身体に魂を移し、自分の古い身体を引き上げ、呪いをかける。そして悪魔が誕生するって訳。

 後はアクエリアス侯爵への記憶操作。これは白魔術だけれど、本来の用途とは反した使い方よ ?

 それでも本当に聖人と言えるのかしら ? 」


「……それは……でも……」


「だからね。結局、本当の聖人なんかいないのよ。

 感情のある生き物は皆、心が弱い。欲もあるし、恨みを持つこともあるでしょうしね」


 ミラベルの言葉は生前の自分がそうだと言っているようにリリシーには聞こえた。

 現に今はこんなに穏やかなやり取りをしている。


「さぁ、行きましょう」


 光の欠片を持ったミラベルは再びトンボを追う。


 □□□□□


「精霊樹は全ての……全ての精霊の生まれる神聖な……」


 闇の中。

 ソフィアは一人、歩幅を狭くトボトボと歩いていた。

 疲弊仕切った身体と、何かに掴まれたり引っ掻かれたりした傷あとが全身についていた。

 いつもの真紅のワンピースは姿を消し、肌着一枚に素足という格好で、白い足が闇の中では青白く光るように目立つ。


「し、神聖な樹……であり、人の魂も精霊樹がい、癒しを与える……」


 何度、聖典を繰り返した所で変わらない闇。


「精霊樹の大精霊は全てを統べる神であり……神であり……何人をも救ってくださる……」


 泣き腫らした顔に、冷や汗がジットリと湧き上がる。

 一生この闇を彷徨うという確信をどこかに捨て去りたい。信じたくない。

 ソフィアはただただ、認める事が怖くて歩き続けた。考えることが怖くて喋り続けた。


「その精霊樹の姿はまるで一つの森のように生い茂り……」


 気力だけで歩いたところで、分かっている以上、長くはもたない。


「はぁ……はぁ……」


 歩いても歩いても続く闇。


「神よ。巫女として神を讃える。エルザの山々に眠るイフリートとシヴァを讃えよ……。噴火が山を創り……雪中の……雪中の…… ! 」


 足が止まる。


「……う……うぅぅぅ…… ! 」


 泣いたところでどうにもならないのだ。

 頬から落ちた涙が足元で跳ねる。音も立たないものだと言うのに、その純真を目掛けて闇から手が伸びる。


「いやっ !! 離して !! 」


 体まで見えない腕の持ち主達は、互いに重なり合いながらソフィアの足にしがみつき、それが尽きると太腿へ、腰へと上がってくる。

 新鮮な魂に触れたとて闇が消える訳では無いが、ほんの一瞬、安らぎを得られるのだ。


「ングっ !! 」


 腕はどれもガリガリに生気を失った者ばかりだ。その中、唯一新しいと思われる太い腕がソフィアの首を掴んだ。

 指についた王家の紋章の指輪。


「コバルト王…… !!? 」


 ソフィアは知らされていない。

 コバルト王が黒魔術を使った事を。

 だが、瞬時に察する。

 自分の魔導書をリズルに差し出したあと、それがコバルト王に流れたのだと。

 そして王は誘惑に負け、今やソフィアより朽ち果てた魂となっていた。コバルト王の魂の半分はシービショップになった。しかし浄化しきれない黒魔術師の部分だけ堕ちたのだ。


「ふ…… ! ふふ !! 私が怨めしい !?

 そうよ…… ! リールが悪いんじゃないわ ! 全部アンタが悪いのよ !! 」


 互いに姿は見えない。

 コバルト王の魂の残骸もほぼ本能で彷徨っている。

 ソフィアの金切り声に、首にかかったコバルト王の腕が思い切り力を込める。


「あっ ! ググッ…… !! 」


 これ以上死にようがないと言うのに、苦痛はいつまでも続く。逃げたくても他の魂が掴んで離さない。


 そこへ小さな光が視界へ入った。


「闇にお戻りっ ! 」


 突然の声と共に、燃え尽きるように劈く激しい光。


 〈うあぁぁぁ ! 〉


 その場にいた魂達が散り散りに逃げていく。コバルト王の魂も、小さな舌打ちと共に気配を消した。


「ソフィー ! 」


「リリシー !? ……と、スカーレット女王……」


「元、よ」


 リリシーと、リリシーに倒されたはずのミラベルが一緒にいることにソフィアは困惑した様子で立っていた。


「ミラベルが助けてくれたの。

 さぁ、戻りましょう」


「も、戻る ? 」


「身体を用意したわ。もうここにいなくていい。ゴードンが貴女を引き取ってお世話をしてくれるって。彼女も記憶が戻ってるわ」


「帰れる……帰れるの ? 」


「ええ。

 貴女を町からもルサールカからも引き離すには、一度ここへ来てもらうしか無かった……」


 ポロポロと泣き出すソフィアの肩を抱き寄せリリシーは謝罪の言葉を口にした。


「手荒な事をしたわね。ごめんなさい」


「……言ってくれれば、自分で死んだわ」


「それは違うわよ」


 ソフィアにミラベルが言う。


「自害したとなると、少し複雑になるわ。ここより更に深い闇に堕ちてしまうかもしれない。

 話を聞くからに、これが最良だと思うわ」


「そ、そうなんですね……」


「さぁ、早く戻りなさい。さっきの奴らがまた戻って来るわよ」


 それはごめんだ。

 リリシーとソフィア、二人は顔を見合わせ頷く。


「あ、そうでした。ミラベル、貴女の骨。全部拾ったわ」


「拾…… ? 嘘でしょ !? 」


 うんこから拾った。


「自分の飛竜ですので、ペットの世話と変わりませんよ」


「そ、そういうもんかしら……」


「王子と貴女の大半の骨は王の棺の中に眠りました。貴女の分骨は、必ず藤紫の桜の地に。

 約束でしたから……必ず埋葬します」


「……ったく。 今でもあの飛竜の口のヌメヌメ思い出すわ ! 本当に最悪の思い出だわ ! 」


「仕方ないじゃないですか。小瓶を割ったのはわたしじゃないですし」


「もう思い出したくないわ。早く帰って ! 」


 しかしミラベルは二人を見つめ、一度瞼を伏せてからリリシーを呼んだ。


「ちょっと待って。

 リリーシア、こっちへいらっしゃい」


「…… ? なんでしょう ? 」


 自分も助けろ、等と言い出すのではないかと思ったが、どうもそんな素振りもなくミラベルは落ち着いている。

 一方、ミラベルは溜息をつくと冷静に語り始めた。


「私の魔導書が残ってるなら何も文句は無いんだけれど。でも本当に燃やしてしまったのなら、必死に思い出すか……誰かから奪うかしないといけないわよ」


「何故 ? 魔術を知っていたら……何か変わるの ? 」


「言ったでしょ ? 私はこの闇に堕ちても、再び魔族として生まれ変わるの。現に私は最低限の魔法と衣服を着ているわ」


 リリシーは静まり返った周囲を見回し、不信気に眉を寄せる。


「でも……魔術が使えても、ここには何も無いし。

『生まれ変わる』って具体的には ? 誰が迎えに来るんですか ? それともある日突然、魔族の母親の胎内に吸収されるとか ? 」


 すると、ミラベルはまたも指先に魔力を溜めると今度はコインを生み出す。


「そういう問題じゃないのよ。

 本当に誰もいないと思う ? 」


 そう言い、コインを目の前に差し出す。


 〈はい、どうも〉


「きゃ !! 」


 突然老人の手が闇からぬっと現れ、ミラベルに傘を差し出した。その腕はやはり身体までは見えないが、確かに生気のある質感だった。


「だ、誰が…… !? 死者の魂っ !? 」


「見えないだけよ。貴女には。だって、その術を知らないんだもの」


「じゃあ ! ここに堕ちてもその術が使えれば何かが…… ! 誰かが居るって事なの !? 」


「そうよ。ここは闇の者たちの街。見えてない者はすぐ分かるわ。フラフラと手を伸ばして ! まるでゾンビのようだったわ ! あはは ! 見つけた時、アンタもそんな感じだったわね ! 」


「うぅ……」


 ミラベルはケラケラと笑った後、ソッとリリシーの頬を撫でる。


「まぁ、そんなところよ。

 リリーシア。今更後戻りは出来ないのだから、ここに来る前に精進なさいな。

 死後、闇に飲まれないようにする準備よ 」


「ここは……闇の世界……じゃなかったの…… ? 」


「闇よ。けれど極めし者にとっては違う。それだけよ。第八章、三十節から死後に関しての事が記されてるわ。

 それと、貴女の中に居る二人の魂。いつかは解放する手立ても考えないと。ここまで堕とす訳にもいかないでしょうに」


「そうですね……分かりました」


 リリシーは頬を撫でる手をキュッと握りミラベルを見上げる。

 この気遣いの出来る女性が、何故あの様な残忍な人生を辿ってしまったのか。ミラベルが黒魔術を知らず、普通の人間として生まれていたら、こうはならなかったのでは無いか。

 結局、黒魔術という禁術が運命の歯車を狂わせてしまう元凶なのではないかとも思えてならなかった。


 ミラベルはリリシーから離れると、二人を見送るように日傘をさして上を見つめる。

 太陽の光に似た柔らかい帯がキラキラと二人を引き上げて行く。

 人形の身体に移るソフィアは二度と死は訪れない。

 例え黒魔術で狂わせられた運命でも、リリシーはここへ戻るのが決定している。ミラベルが最後に語った『闇へ堕ちる準備』は必要なことだ。


「ありがとう、ミラベル」


「ええ。また、ね」

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