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10 : 三死者三様

 リールが町に戻ると、シービショップの噂を聞いた大人達は慌ただしく祭りの用意に取り掛かり、商人達はこの時ばかりと屋台を更に飾りつける。


「リール…… ! 」


 リールを見かけた姉が、浮かない顔で歩くのを見かけてすぐに引き止めた。


「姉さん……」


「話の子には会えたの ? 」


「…………会えなかったよ。もう家を出たって言われて……」


「そう……」


「……俺は人殺しだ……。あれは戦争なんかじゃない、ただの虐殺だった。どうして俺は軍の言いなりになったんだ。彼女を愛していたのに……」


「……それが兵隊の役目なのかもね。

 でも、こうして別の道を選んだじゃない。港でも皆、快く迎えてくれたし。新しい人生が始まったのよ。

 それにソフィーって子も、生きてるんでしょ ? なら、会える機会はあるわよ」


 リールは屋敷でエミリアになだめられ、ガックリと肩を落として帰った後だ。


 姉の言葉が気休めに聞こえてならない。

 何故なら沖にいる魔物が倒されたら、ソフィアは助からないかもしれない。

 生き残れても噂は広まる。町の人間に知れ渡ったら、ソフィアはもうこの町には居れない。故にもう、この町には戻らないだろう。そもそも、殺しておいて今更会いに行ける立場では無い。リールはやはり自分の感情だけで先走ってしまう所がある。事の発端ですら普通なら虐殺を断るか、覚悟を決めて兵になるべきところを訓練が嫌というだけで町に戻ってきた。


 色とりどりの提灯、キャンドル、小型発動器の光る玩具が今は煩わしいくらいに町は活気に満ち溢れていた。


 それでも最後に一言話したかった。

 そして、町を出る情報すら自分には教えられなかった。ソフィアにとって自分はまだ恐ろしい虐殺者のままなのだと理解し、受け入れるしかない事実だ。


「……さよなら……ソフィー……」


 予期せぬ祭りの開催に出くわした旅人や入国者は皆楽しそうに沿道に出ていた。子供たちが大笑いしながらコインを握り締め駆けて行く。


 そこへ知った顔が通り掛かる。


「お ! リールとお姉さんじゃねぇか。どこにいたんだ ? 」


「あら、船長さん」


「こないだの御守りは効いたよ。ありがとな。

 リール、この供物を祭壇に持って行ってくれ」


「はい……」


 大量の食料を抱えた船長が二人に気付き声をかけて来た。


「海岸に台があるから、そこにな。

 コバルト王から派遣された神官がいるから、分からないことは聞いてくれ」


「神官 ? 白魔術師ですか ?

 じゃあ、海の魔物は白魔術が…… ? 」


「いや、祭りの為に来た神官だ。

 あの魔物はコバルト王が何とかして下さると聞いたぞ」


「コバルト王 ? なんで王が ? 」


「さぁな。イラブチャの奴が派遣要請を出してたから、他に腕の立つ奴を連れてきたんじゃねぇか ? 」


 にわかに信じ難い王の気遣い。


「そう……なのかな ? 」


「まぁ、解決に向かってるみたいだし期待しようぜ。

 ほら、重いぞ。気をつけろ」


 リールは供物を受け取る。


「じゃあ、姉さん。行ってくるよ」


「ええ」


 心配そうに見送る姉に背を向け、リールは野菜の入った籠を持ちながら沿道を進む。

 途中、髪切り屋の前に立つ数人の女性達とすれ違った。


「折角だから結ってもらおうとしたんだけど」


「わたしも〜。デート前に来たんだけど、まさか休みだなんてねぇ」


    CLOSEを伝えるプレートを見ながら、女性達は口々に困った困ったと口にする。


 リールは朧気な記憶の中、ソフィアと仲の良かった風変わりな大男の使用人を思い出す。


「ゴードン……か。どこに行ったんだ…… ? 」


 その時、女性達の一人が遠くの崖にいるシービショップを目撃し悲鳴を上げた。


「シ、シービショップだわ !! 」


「何あれ !! ワイバーン ? 下にも何か飛んでる ! 」


 町が一気にザワつく。


 リールはその崖の方向を見ると、過去に見たソフィアの最期がフラッシュバックする。


「ま、まさか……。ソフィーはあそこに…… !? 」


 持っていた供物を近くの屋台に置くと、全力で走って行きピタリと足を止める。


「う、うわっ…… !! 」


 それはまさにコバルト王が息絶える瞬間だった。


 □□□□□


 崖下ではクロウが待機していた。

 地響きを上げる白波。少しの岩に命綱を巻き海へ入り、何とかソフィアのロープを手繰り寄せる。

 落ちてから既に三十分は経過していたが、恐らくすぐに沖には流されなかった。

 シービショップの帰って行く大きな波の中、ソフィアの身体はその場にまだ滞留していた。


 その姿は既に死後数日は経ったかのような酷い状態だった。


「よし ! 戻ったな !! 」


 ルサールカはやはり来ていたのだ。


 ソフィアの身体を抱え、引き摺りこみ、やがて自分の半身だと認識する。

 そして一つになったのだ。


「だぁぁっ ! クッソ重てぇ ! 四肢がもげちまう ! くそ !!  」


 何とか岩場に引き上げた瞬間。


 〈ギャルルッ ! 〉


 ブリトラがそれを鷲掴みにし横取りする。


 ザバァッ !!


「ブリトラ !? 」


「クロウ ! 乗って ! 移動する !! 」


 リリシーがクロウに叫ぶ。

 持ってきたドールの木箱をブリトラに括り付け、何とか腹をよじ登る。


「ここで封印するんじゃねぇのかよ !? 」


「しないわよ ! 捕まってて ! 」


『リリシー ! 急がねぇと ! 』


 急がないと────


 オリビアも声を荒らげてリリシーを突き動かす。


 勢い良く飛んで行くブリトラの姿を呆然と見ていたイラブチャにリズルが声をかけた。


「侯爵。ソフィアはあのままでは……ルサールカを退治したら死ぬしかありませんでした。

 ですが、妹の力を持ってすれば大丈夫です。

 さあ見に行きましょう」


「だ……大丈夫……だと ? 今、ここから落ちたんだぞ !? 王も死んだ !! 」


「いえいえ、全て計画通りです」


 リズルは高く拳を突き上げると、口笛を吹き合図を送る。

 暫くし、シルバードラゴンがひょっこり岩山から伺うように姿を現す。


 〈クルルル……〉


「ズメイ。ブリトラを追ってくれ。

 さぁ、行きましょう侯爵」


 イラブチャは訳も分からぬままドラゴンに乗せられる。頭は絶望とパニックで何も考えられなかった。足が浮いたようにフラフラする。


 一方のブリトラ、向かうは石の村。


「ドールは完成したの ?! 」


「ああ゛ !? 誰に聞いてんだ !? 全力で作ってやったぜ ! ブリトラァ ! 静かに運べよなぁっ !? 」


 〈プププ ! 〉


「ったく ! 減らず口ドラゴンがっ !!

 そんで !? どこに向かってんだ !?

 後ろ、ズメイが来てんじゃねぇかよ !! 」


「グランドグレーの石の村よ ! 人目につきたくないの ! 」


「く ! 速ぇ ! 」


 前回の飛行より倍近く上がっているブリトラの速度。風の魔法をかけていてもしがみついているのがやっとな程だった。


「急がないと戻れなくなる ! 」


「待て ! 見ろよ ! 後ろ ! シービショップのやつ !! 」


 クロウが振り返り、海へと沈んで行くシービショップを見て、信じられないと言う声を上げた。


 神官帽を被った巨大な人面エイのようなシービショップ。

 その帽子のシンボルマークがコバルト王家の紋章になっていた。


『シービショップが変わってるねぇ。何を吸収したらあんな風になるんだい』


 クロウに気付いたリズルとイラブチャもシービショップを見て、全員同じ印象を受ける。


「お、おい。海で見たシービショップって……あんなだったかな ?

 なんか、誰かに……似てねぇか ? 」


 イラブチャはゾッと鳥肌の立った腕を摩る。


「成程 ! 魔術はそう作用したのか〜 ! 」


 リズルはケラケラと笑いながらポンと手を打つ。


「シービショップこそ、この海の主 !

 王は願いが叶ったんですよ !

 ずっとずっと、この港が欲しかったんですからねぇ ! 」


 この海を我が手中に──コバルト王の黒魔術は願いを叶えたのだ。


 □□□□□□


 石の村の、かつて広場だった場所。

 円形の空間で、石畳の地面の中央にシンボルツリーが植えてあったところがある。

 既にそのツリーは枯れ果て跡形もないが、それがかえって障害物の無いスペースが確保出来、都合が良かった。


「……キャンドルはここね……あとは、回復薬でしょ……。うーん、これでいいはずよねぇん」


 ピンクのドレスを来た大柄な女は、メモを見ながら広く平面的な広場に道具を並べていく。


「あぁ〜ん♡いいわ ! このキャンドルの仄かな灯り ! 如何にも魔術って感じ !

 まるでアチシが魔法使いになった気分だわぁ♡」


 メモを持つ指には剛毛がちょっぴり生えている。

 髪切り屋のゴードンだ。

 彼女はリリシーに記憶を戻され、石の村へ来ていた。あの時、この村からソフィアを連れ帰るタイミングで、である。

 何をするか全てを見た上で、彼女はソフィアの全てを受け入れる覚悟があったからついてきた。


 ゴォォゥッ !!


 一瞬、風が強くなったと思った時、二匹のドラゴンが町の側へ着陸した。

 民家を流れ縫い、中心部まで豪風が突き刺さる。


「到着ねぇ !

 あぁぁん♡アチシのお気に入りが、やだぁ〜ん」


 思わず飛ばされそうになった白い帽子を抑える。


「待ってたわぁ ! 」


 大きなヒールをガツガツ鳴らしながらドラゴンに駆け寄った。


「リリーシアぁん ! 」


「ゴードン ! 」


 ブリトラから降りてくるリリシーを心配そうに見上げる。


「ソフィーは無事なのぉん !? 」


「大丈夫よ。予定通り連れて来たわ !

 ただ、早くしないと魂が闇の世界から戻れなくなる ! 」


「準備は済んでるわん !

 あと、ドンちゃんって呼んで♡」


「ド……。わたしは……準備の確認に入るわ……ド、ドンちゃん……用意ありがとう」


 続いてクロウが木箱を抱えて降りて来る。


「あんたが髪切り屋か。化粧は出来んのか ? 」


「あんらっ !! いい男ぉぉっ !! 」


「出来んのかぁって聞いてんだよ !! ボケナスがぁ !! 」


「ンャっだ !! 失礼ぃっ。出来るわ ! 」


「ならいい。これだ。

 〜〜〜。パーティの女に頼んだらよぉ。ソフィアの原型がねぇくらい厚化粧しやがってよぉ」


 そう言い、クロウはソフィアを模したビスクドールを取り出し、広場手前の家の寝台に寝かせる。


「まぁ ! 本当に人形 !? ああん ! ソフィーだわぁ〜 !

 OK、任せて ! 」


 ゴードンの取り出したメイクブラシが、指の間でギラリと光る。


「アチシの本業よん !! 」


「よし、頼んだぜ。時間が無ぇ !

 リリシー ! こっちは化粧待ちだ ! 」


「分かった !

 リズル兄さん !! ソレはこっち ! 」


 リズルはブリトラが海から引き上げたソフィアの亡き骸を布に巻いて、イラブチャと共に運んで来た。


「いやぁ〜。ブクブクで掴めなかったよ〜……コレ、巻かれたままでいい ? 」


「うん。右のハーブの上に寝かせて」


 リリシーは炭を手に取ると、広場に魔術文字を描いていく。

 一度はやった魔術だ。

 思い出しながら、正確に再現していく。


「な、何をするんだ …… !? 」


 ソフィアの亡き骸を置いたイラブチャは、その埋葬布を抱いたままリリシーの行動を伺っていた。


「俺にもよく分かりませんけどねぇ」


 リズルは他人事のように、あくせく動く妹を眺めながら答えた。


「魔術は応用の世界。

 妹の身体の事はご存知で ? 」


「身体 ? …………あぁ、それはまぁ。炎城での噂は……。

 あのダンジョンで『どう生還したのか』も……」


「そうそう、それです ! あの時は仲間の魂を自分の身体に入れた黒魔術ですが。

 応用で、自身の肉体では無く、死人の魂を迎える受け皿を最初から用意する……。

 つまりあのビスクドールに、ソフィーを呼び戻そうと言うことらしいですよ」


 リズルは何か観劇でも観ている風に、ずっと笑顔で語っている。


「……」


 イラブチャは答えなかった。

 何か分からない納得のいかなさが、フツフツと腹に溜まるのを感じるだけ。

 黒魔術を使うと言うことに偏見もあるだろうと、リズルは更に言葉を畳み掛ける。


「彼女は聖職者でありながら黒魔術に溺れた。挙句、海での狂乱。

 残念ながら、侯爵の言う『安らかに眠る』ということは本来、出来ないんですよ」


「出来ない…… ? 何故…… ?

 いや、死の世界とはそんなにバリエーションがある事が意外だが……」


「精霊魔法が主流なのでそう感じるかもしれませんね。

 ですが彼女は白と黒の世界の術士。そうはいかない。

 本人が罪を認め、一人苦しい地獄に堕ちる事を望めば別でしょうけどね。そう簡単な世界じゃないですよ。闇に堕ちた者だけが逝く世界。まさに虚無。

 リリシーの呼び掛けには必ず応じるはずです」


 イラブチャの前にリリシーが立つ。


「侯爵。これより儀式に入ります。

 魂の扱いはとても複雑な上に、わたしも上手くいくか分からない……けれど、最善を尽くします。

 一度、広場から離れて頂きたいんです」


 ソフィアの亡き骸から手を離すよう誘導される。


「……リリーシアさん……。ソフィーは今どこにいるんですか ? 」


「闇です。暗い暗い深海のような牢獄に。とても寂しい場所でこのまま一人きりです」


「人形に……そして生き返らせる ? それが最善なのか ? 」


「わたしの呼び掛けにソフィーが反応しなかったら、闇を受け入れるという事です。選ぶのはソフィー本人ですから」


 イラブチャはそっとソフィアの遺体を寝かせると、ヨロヨロと力無く出て行った。


「兄さんもよ。集中出来ない」


「はいはい」


 リズルとすれ違うようにクロウとゴードンがビスクドールを運んで来てキャンドルの側へ寝かせる。


「こっちもOKよん ! 」


「ありがとうゴ……ドンちゃん……。

 ! ……凄い綺麗 ! 」


 白みが強いビスクドールの肌だが、やはりゴードンの美容術は格別だった。


「触れなければ分からないわね」


「メイクはいつも通りよん♡この人形がそもそも精巧なのよ〜。んもぅびっくりしたわぁ〜ん」


「リズル兄さん達と一緒にサークルから出てくれる ? 近付くと危険だから離れてて」


「分かったわぁ」


 ゴードンが去る中、クロウは何か言いたげにリリシーを見下ろしていた。


「……。分かってるわよ。

 ダンジョンで使った黒魔術を、そう簡単に……頻繁に使って……軽蔑してるんでしょ ? 」


「ああ。してるねぇ。大反対だ」


 香木に火を灯し、紫煙を燻らせる手を止めリリシーは深く息を吐く。


「他に方法が無いわ。

 死も望まれず、生きていたら被害が出る。記述してあった『白魔術師の使う解決策』は、ルサールカとソフィーのどちらも封印する術よ。つまり屋敷にいたソフィーも助からない方法なの。

 何とかソフィーを蘇生させるには…… ? これしかないのよ。

 死の世界に還す……確かにそれは正しいわ。でもそれが闇の世界なんてあんまりだわ……」


「黒魔術の使い手が闇に堕ちるなら、いずれお前も行く所か ? 」


 クロウの質問に、リリシーは答えなかった。


「……別に責めちゃねぇよ。ノアにも、最悪の報告をせずに済むしな……。

 ただ、死者の魂を自分の身体に入れるのがお前の知ってる黒魔術だよなぁ ? 用意した器に呼び戻すってのは……」


「うん。手探り。ヘマをしたらわたしも引き込まれるかもね」


「ふー……」


 クロウが呆れた様に溜息をつく。


「かもね……じゃねぇよ。ゼッテェ成功させろ。オメェがいなくなったら、俺が路頭に迷うだろうが…… 」


「ふふ。すぐにスカウトしたい奴が、そこにドラゴンと居るじゃない」


「あいつ怖ぇよ」


 最後のアイテム、魔法石を祭壇にした石段に並べて行く。

 クロウはするりとリリシーの髪を掬い上げ、名残惜しそうにさらさらと指で撫でる。


「……気をつけろ」


「うん……」


 全員の気配が消えた石の広場で、リリシーは瞳を閉じると全神経を祭壇に集中させる。同類の魔術ではあるが、オリビア達を身体に容れた時とは違う。

 闇の世界からの強い引力。

 リリシーは座り込んだまま、身体から何かが抜ける感覚に陥った。


 □□□□□□


「……」


 一瞬だった。

 瞳を開くと、そこは闇であった。

 闇。

 漆黒。

 深淵。

 無──無──無──


 リリシーはハッと身体を見下ろす。

 身に付けていたはずの防具やローブスカートが無かった。

 白いシャツにサポーターと言う肌着だけの状態。恐らく魔力や妖力、魔法石の類は持ち込めないのだ。


「ソフィア…… ? 」


 か細い声色。

 壁や障害物が無いのか響きもしない。


 何か照らすものがあればいいが、そう簡単には見つからない。


「オリビア、エリナ……どうすればいいのかな ? 」


『……』


「オリビア ? エリナ ? 」


『……』


 返事は無かった。


「本当にここに堕ちたら一人きりになるのね……」


 リリシーの中に不安が芽生える。

 オリビアとエリナの二人の魂も入った自身の肉体。それが朽ちた時、黒魔術師の堕ちる地獄はこの場所だ。

 自分が死ぬ前にオリビアとエリナを解放しないと、二人の魂は天へは上がれず宙ぶらりんになってしまうという事になる。


 一人でここに堕ちるのだ。


 死後、自分だけこの場所に堕ちる。


 一人。


「…………」


 若い自分ならそんなに早い死期じゃないはずだ。しかし、このまま冒険者を続けたら…… ?


「ソフィー……」


 自分のか細い声。

 これだけ広い空間だと言うのに、反響もしない。ただただ、闇の中に吸い込まれる声と足音。


「ソフィー。わたしよ。リリーシア。

 お願い現れて ! 」


 リリシー自身初めての魔術に初めての場所。

 自分なら出来るはずという自信があった。魔法の才能に、持って生まれた悪運の強さ。

 しかし、ソフィアが自分で闇の世界から抜け出さないと連れて帰ることは出来ないのだ。


「……ソフィー……。まさか……ここに残る気なの…… ? 」


 諦めてはいけない。

 呼び続け、強い気持ちで求める。

 その念が届けば……。

 しかしどんどん芽生える恐怖心と絶望感。

 ソフィアはもう自分の死を受け入れる覚悟をしたのかもしれない。

 最後の最後まで、リールだけでなく、リリシーにも裏切られた。ソフィアから見れば当然そう見えるはずだ。


「ソフィー……」


 諦めた方がいいのかもしれない。

 若しくは来るのが遅かったのか……。


 その時、ようやく視界の端に人の気配を感じた。

 小さな光りだ。

 丁度、子供用の発動器に入れるサザレ魔石だとあの程度の光りを放つだろうが、ここには魔石を持ち込むことは許されてはいない。

 しかしその光は、ゆらゆらと、人が歩くスピードと揺れで近付いて来る。


「ソフィー ? 」


 返事は無い。


 一寸先は闇の世界で、息遣いが聞こえるような位置にきてから、ようやく顔を認識する。


 女だ。

 真紅のドレスに大きな鋤き彫りの扇子。長い黒髪を上品に巻いた、生前と見まごうはずのない姿。


「あらぁ。リリーシアじゃないの。アンタ、まさかもう死んだの ? 」


「…… !! ミラベル !!? 」


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