小一時間も過ぎると、情報は出揃った。
予想外に被害は大きかった上に、皆一様に同じものを見ているのだ。
「そうですね……確かに、時化の時は船を出さないのだから、天気のいい日に限られますが。
それでも一年少しで十人以上、葬儀が出ているんです……異常です」
「ええ。いずれも、同じ個体の魔物で間違い無さそうですね」
「はい。……その……やっぱり『顔つき』が同じなので」
人型、人面……だとすると、個体によって顔の造形が違うものだ。だが特徴は皆、同じ身体的特徴を述べていた。
「ん。じゃあ、まとめると……」
エミリアがメモ紙を立ち上げ、読み上げていく。
「船を出せる天気の時に沖へ行くと、対象Aは水中から現れて、漁師さん達だけ襲う。見た目は女性で青い。その日狙った魚介は船によって様々だから餌の取り合いでは無さそうだし、故人は損壊されている事もあるから、対象Aは人を捕食する可能性もある、と。
確かに気味が悪いわねぇ」
どれも戦闘時に有益になるような情報では無いが、襲われた船乗りで生存者がいないのは絶望的だ。
リリシーが首を傾げて、メモを覗き込む。
「この『青い』と言うのは ? 具体的にどんな青さなんでしょうか ? 」
その質問に手を挙げたのがリールだった。
「あ、多分俺が一番最後の目撃者だと思います。今週なんで」
「お願いします」
「えと……こう、光ってるように見えました。水の反射とかじゃなくて……体の表面が青光りしているっていうか……。
人間は水を浴びても、ペールピンクなのは変わらないじゃないですか ? そうじゃなくて……魚みたいに、顔も身体も人の色じゃないんですよ……」
「着衣は確認出来ましたか ? 」
「え !? は、裸だったかってことですか !? 」
「はい。アンデッドなんかだと、生前の着衣を着たままの事が多々ありますので」
「いや……服って感じじゃないですね。ツルンとしていて。
この辺りの海産物は青い体色が特徴的なんです。ちょうど、こんな色で」
リールは手持ちのスカーフを取り出す。真っ青と言うのに相応しい、鮮やかな青色だ。
「コバルト王にちなんで、『コバルト○○』と銘打って魚介を売り出しています。
そういう感じの色なんですよ」
「青い体……で、人型 」
間違いなく精霊の線は消えた。
ウィンディもそうだが、精霊は水に限らず、体色以外にも魔力の塵が溢れるように纏わり付き発光している。
その光は神々しく、触れることも恐れ多い神聖なものだ。まず普通の人間は、目撃しても『危機感』や『嫌悪感』を抱かない。
人を襲うということに関しては、信仰心のない人間に仕打ちをするケースも無くはないが、何もしていない漁師を襲うことはまず考えられない。
そもそもこの海域の名産品がコバルト色をしているのなら、魔物が青くても納得だ。この辺で生まれたのかもしれない。だが外海から来たのでは無いと言うなら、今までなんの目撃も無かったのは何故なのか。
そこへ入口のドアをノックする者が現れた。
本日は貸し切りの食堂と宿屋だ。張り紙もしてある。
不信げにする男達の間を縫い、リリシーが扉を開けた。
「早かったわね」
「まあね。
お話中、失礼いたします。リリーシアに頼まれた物をお持ちしました」
まるでよそよそしく言う男だが、その出で立ちは確実に肉親であると全員が分かるほどリリシーに似た者であった。
「リズルードさんじゃないか ! おおっ !! 兄妹揃ったな」
唯一面識のあるイラブチャが笑顔でリズルの背を叩く。
今日のリズルは完全に仕事着で、まず武器防具等つけていない丸腰だ。加えて東の地域のフォルムだと思われる、優美だが個性的な装いに、リリシーより長い髪を途中で編み込んで香りをつけている。
いかにもな優男でお坊ちゃんらしい、金の匂いのするリズルだが、素直にそう扱えないのはやはり狐のように冷たい目元だ。
「こちら、リリーシアさんの兄上だよ ! 港で銀色のドラゴンを見るだろ ? あの乗り手だ」
「へぇ ! あんたが飛竜一族 !? リリーシアさんも ?! 」
「あぁ、だからスカーレット女王の最後はドラゴンに……」
「乗り手を見るのは初めてだ。もっとイカついおっさんかと思ってたが、随分なハンサムじゃねぇか」
リズルは営業スマイルのまま、リリシーに鍵を渡す。
「ギルドの船着場を一つ開けて貰った。そこに運んだよ。ロープに錠をつけてある」
「ありがとう」
リリシーは元の席に戻ると、全員に一先ずの調査内容を提案する。
「皆さん、情報提供ありがとうございました。見に行った先で漁船が襲われるのでは危険なので、こちらで船を用意させていただきました。
客船に見せかけた中型船と、漁船にしか見えない小型船です。
沖までは中型船で行き、途中で小型船にわたしが乗り込み調査します」
「だ、大丈夫なんですか ? 」
不安そうにするリールに、簡単に頷く。
「防御魔法も、水中呼吸魔法もあるので。
問題は相手の正体が見破れるかですね。魔物なら簡単ですが、幻獣や魔神……他の類いだと白魔術師の力を必要とするかもしれませんが……少し宛がありますので」
「白魔術…… ?
……この町には教会も無いしなぁ。ギルドにたまたま来てりゃいいが……」
「今まで申請しても来てくれなかったんだ。多分、この町に今は誰もいないさ」
この流れでイラブチャは本当にソフィアの事など口にもしなかった。そんなに白魔術師が珍しいと言うのに、まっさきに思い浮かばないわけが無いだろう。これは本当にイラブチャにはソフィアを認識していないと思われた。
気を取り直し、リリシーは男達に声をかける。
「ええと……この中で誰か、船の操縦と漁場への案内をお願いしたいのですが……」
「それなら俺が行くよ」
「そうだな」
挙手は最終目撃者であるリールと、その船長であった。
「ポイントまで案内するよ」
「何かあっから沖から火薬筒をあげてくれ。馬車屋から譲って貰ったのがあったろ ? 」
「わかった」
各々椅子から立ち上がる瞬間、空気取りに開けていた窓からリリシーに向かってポポが飛んできた。
「あれ ? ポポちゃん、クロウの所へ帰ったんじゃないの ? 」
プ〜。
不満気にするポポをリズルが覗き込んだ。
「ん。俺が付けた紙じゃないから、一度クロウの所へ戻ってるねぇ」
リズルがポポに結んだ設計図は無く、別の紙が結ばれてる。ということは、今結ばれているのはクロウがリリシーに宛てた手紙のはずだ。
ポポから解いた薄紙を見たリリシーの顔が曇る。
「……これ、リズル兄さんの案でしょ…… ? 」
「バレた ? くく。初動は何事も早いうちがいい 」
クロウからの手紙には宿屋のマーク、そして矢印とソフィアと自分を模した棒人間が書いてあった。
「え !? 二人がここに来るってこと ? 」
「そうみたいね」
エミリアも気まずそうに、リリシーを見る。
「ソフィーが断るんじゃないの ? 」
「それはそれで。後ろめたい事があるからだと思いませんか、エミリアさん。……綺麗な赤毛だ」
「えぇ !? あ、アリガトウ」
リズルはリリシーの事情を聞いた時から、まずは町人やイラブチャにソフィアを引き合せるべきだと考えていた。その時の反応を見ればだいたい察しがつくだろう。
リズルは船を置いたあと、外れにある赤い屋根の屋敷を見つけると、クロウの部屋へ忍び込み話をつけてきた。結果、リリシーには直前の報告という上で決行するという。
クロウは『実際に黒魔術を使うところを見て、モチベーションを上げたい』と言い、ソフィアを海岸へ連れてくる予定だ。人形を持って町中を歩く姿は、髪切り屋の目撃例からも、恐らく自宅のそばでは封印の術をやらないのだろう。どこか決まった場所があるはずだと思われる。
ついでに食事でもどうだ──強引にそう言い、この食堂の扉を開けるはず。
ガチャ。
男達はただボンヤリと「誰かな ? 」という表情で見上げる。
モップなコートを着たクロウにイラブチャが反応する。
「クロウさんじゃないか ! どうぞどうぞ。そうだった、そうだった。鍛治職人は同行はされないとばかり思い込んでたぁ。
一足先に話はまとまって、今リリーシアさんから提案が……」
「いんや。侯爵。全然別件〜。
実は紹介してぇ奴がいてよぉ。わざわざ連れて来たんだ」
クロウの手にはしっかりと掴まれた別の人間の小さな手があった。
「ほれ。挨拶」
クロウに引き入れられソフィアが食堂に顔を出すと、男達には微妙な空気が漂う。
「あ〜……見たことあるなぁ」
「ん〜人形の子か……知り合いだったのかい ? 」
ソフィアは無言だ。
船乗り達の口からもあやふやなセリフしか出て来ない。
「侯爵。昨日言ったソフィア · ブルーってのはこいつだよ。
知ってるかい ? 」
「……いや……しかしどこかで……。うーん、どうだったか……。いや、会ってるよなぁ ? ギマに聞けば分かるか ? どうだかなぁ。今、入ってきた時は「おっ」って思ったんだけど……」
イラブチャは突然、ソフィアを見ると脳内に霞がかかったように何も考えられなくなる。
リリシーは確信する。
イラブチャとは面識があるがやはり術をかけられている。しかし町の人間全員にまでは無理だったようだ。
「人形持って歩いてる子だよな ? 」
「あぁ、そうそう……」
「え…… ? 人形ってなんです ? 」
男達の中で、イラブチャと同じ反応を見せたのがリールだった。
「俺、知らないよ ? 見たかな ?
あれ ? でも……いいや……違うな……」
クロウはリリシーに目配せをすると、場を仕切り直すように笑う。
「はは ! なんか皆さんお取り込み中だったんすよねぇ ? すんませんね。
あ〜。でも、折角だから紹介したくてぇ」
ソフィアは状況を理解し、のらりくらりとヘラヘラするクロウの手を払う。
「どういう事なの ? 」
「いやぁ ? おめぇがやってんのは善行だろ ? なら、町の連中に知ってもらいてぇと素直に思っただけだが ? 」
「……白々しい……」
帰ろうとするソフィアの背後からリリシーが声をかける。
「後でゆっくり……聞かせて貰うわよ」
「……ふん ! 」
ソフィアとクロウが出ていったあと、しばらくしてリズルが跡をつけていった。
「なんだったんだ ? 」
ポカンとするイラブチャに、リリシーは一先ず状況を話す覚悟を決める。
「お兄さん……ほんと強引っていうか……変わってるわね」
「ええ。
……ノア」
リリシーは居心地の悪そうなノアに、残るか、討伐に行くかを問いかけた。
「なんでそんな事を聞くの ? 海にいるのは魔物なんでしょ ? 」
「そうね。人を襲っている以上やることは変わらないわ」
例えソフィアと関係があったとしても。
話の流れとしては理解出来ていたが、ソフィアをここまで警戒する理由がノアには分からなかった。
「ソフィーへの侯爵の反応を見たでしょう ? これは記憶を操作する白魔術。やましい事がなかったら、今ここに残ったはずだわ」
「……海の魔物とソフィーは関係ないんだよね ? 」
ノアの言葉にリリシーは真っ直ぐ見つめたまま答えた。
「侯爵の庭園に崖があって、海から物凄い念が上がって来てたの。突き上げるような激しい怨念。
悪い予感がして仕方がないのよ……」
「ちょっと……本当に ? やっぱりあれってソフィーのものなの ? 」
エミリアは歯をガチガチ言うのを堪えながら思い出す。
「ソフィーの家にあるビスクドール。あの中に詰まってる黒い……不穏なモノ。あの崖の上の怨念と同じ質だわ。
最初は念とか仄暗いモノってそんなものかと簡単に考えてたけど……違うわね」
「どうしてそう言い切れるの ? 」
「……あそこに行くまで気付かなかったし、ソフィーの個人的な事を知りたいとも思って無いわ。
けれど、朝方海を渡って帰ってくる時……気付いたのよ。
リズル兄さんが侯爵の記憶が無いとしたらソフィーが白魔術を使っているんじゃないかと言い出した時、ソフィーは何故海でビスクドールに封印の術を使っているのか。
筋道が通った仮説がたった」
「仮説 ? 仮説なんでしょ ? 」
エミリアも急にトーンが下がる。
「白魔術師なら記憶を消せるの ? だから侯爵の記憶が無いの ?
じゃあ……今回はやっぱりソフィーが原因なのね ? 」
他の漁師達が宿から出て行った後、船長とリール、そしてイラブチャは訝しげにその会話を聞いていた。
「な、なんです ? 魔物が人を襲う原因があるんです ? 」
「リリーシアさん……今の娘は一体……」
リリシーは立ち上がると、ドアを開けて船へと案内を始めた。
「敵ではありませんが、極めて重要な人物です」
□□□□□□
早歩きで屋敷に向かうソフィアに、クロウは肩に手を置き引き止めた。林に続く別れ道の直前だ。
「おい、ソフィア。逃がしてやんぜ」
「はぁ !? 」
ソフィアは今の今、自分の悪事をリリシーに晒されたばかりだと言うのに、クロウの発言に耳を疑った。
「どういうつもりで言っているの ? 」
「……そりゃおめぇにも言えんぜ。悪事の片棒担がせる人員募集をギルドに貼り付けるとはなぁ。いい度胸してやがらぁ。
ビスクドールは水難者の霊を集めてるんじゃねぇな ? 何か別のモノだ、あの人形の中にあるのはよ」
「そうかしら ? 」
「鍛冶屋はなぁ。作る時、武器と会話するんだよ。理屈じゃねぇ。感性。心を通わせる。できなきゃその武器は三流の仕事なんだ。
人形を見た時、どうしても納得いかなかった。人形から伝わるもんがあるんだよ。
それを知った上で、逃がすっつってんだ。
俺はまだ一体も作ってねぇ。リリシーにも全てはバレてねぇだろ。後味悪りぃのだけ勘弁だ」
「何故そこまでしてくれるのか、怪しいものだわ。たった今、わたしを晒し者にしたじゃない」
「確信が無かったからだ。
逃がすのは、ノアの顔に免じてだ。勘違いすんな」
「……」
「いんや。全てが終わって、おめぇがピンピンしてるならいいけどよ。帰って来ておめぇがくたばってたらノアはどう思うんだぁ ?
どうなんだ ? 海の魔物ってのはおめぇと関係あるんじゃねぇのか ? あれを倒しても、大丈夫なのか ?
全部話せ。聞いた上で、そんでも逃がすってんだ」
「……彼女にアレは倒せないわ」
ソフィアは足を止めると、全て観念したように俯く。
「リリーシアさんには倒せないわ。わたしレベルの白魔術師なら可能かもしれませんけど……」
「なら、尚更逃げるが勝ちだな。
リリシーは必ずやるぜ ? 冒険者だからじゃない。あの一族がそう育てる。白魔術師のツテなんざ腐るほどあんだよ。しかも今回は兄貴が絡んできた。おめぇに勝ち目はねぇや」
「無理なんだってばっ !! 」
振り向いたソフィアは既にグズグズに涙をこぼしていた。
「……もう……取り返しが……つかないのよ !! 何とかしたいけど !! どうしても許せない !! 忘れられないの !! 」
「おやおや」
クロウの足元にしゃがみこんでしまったソフィアを、何者かが背後で笑う。
「……っ。リズル…… ! 」
「意外だな。丸くなった ? クロウ。
この子は逃がさないよ。事情によってはコバルト王に恩を売れるしねぇ」
「てめぇ……」
悪い笑みを浮かべるリズルの耳飾りがリンっと鳴る。
「どちらにせよ、何があったか聞いてから逃がすんだろ ? 聞こうじゃないか。
納得がいけば、確かに逃がしてやる情くらいあるが。本当に優秀な白魔術師がいれば解決出来るのか ? それともお前自身が元凶か ? それによる」
「ソフィア。おめぇ正直に言え。聞いて俺が納得したら、責任もって……こいつとリリシーから逃がしてやんよ」
「はは !! そりゃ、逃げて貰った方が楽しそうだな ! リリシーとは昨日したんだ ! クロウとは何年ぶりになるかな !! 」
「おめぇの刀くらい、へし折ってやるよ ! 戦闘狂が ! 」
「ふーむ。じゃあ、まず。例のビスクドールを見せてもらおうじゃないか。出来が良ければ呪術師に売れるかもしれないしなぁ」
「全くおめぇはよォ……」
「……」
ソフィアはフラフラと立ち上がると、とぼとぼと屋敷に向かって歩き出した。
クロウとリズルもそれに続く。
□□□□□□
船着場まで来たリリシー一行と船長、リール、イラブチャ。
リリシーは遠回しにノアの参加をギリギリまで悩んでいたが、ノアは引かなかった。
「舐めないでよね。くぐった死線の数は負けないよ ! 僕が困難から逃げる事は無い !
リリシー ! ちゃんと説明して ! 」
「わかったわ。
侯爵、リールさん。お二人には白魔術師の記憶忘却の術がかかっています。まずはそれを取り除きます」
リリシーが両手を広げ、侯爵とリールに呪文を唱える。これは黒魔術である。白魔術を黒魔術で相殺する。
数分して、先に反応を見せたのがリールだった。
「うっ、うわぁぁあっ ! 」
大きな記憶の波に耐えきれず、海に走り込むと激しく嘔吐し始め、叫ぶように泣き叫んだ。
船長がポカンとする中、イラブチャも大きく息を吸い、頭を抱えて歯を食いしばった。
「……思い出せましたか ? 」
リリシーの問に、イラブチャは苦悩の面持ちで頷いた。
「あぁ……そうか……そういうことだったのか。
なんてことだ……ソフィー。俺のせいだ。俺が不甲斐ないばかりに」
「侯爵、どういう事なの ? 」
「僕にも教えてください ! ソフィーは僕の大事な人なんです ! 昔、同じ奴隷商の元で育ちました ! 」
「そうか。そうだったな。彼女も奴隷だったな……君は知り合いなのか……」
イラブチャもまた涙を浮かべ、リールの肩を抱く。
「リール……。お前のことも思い出した。兵士を辞めて町に戻ったとは船長から聞いてはいたが、俺たちは知った仲だったんだな……」
「お、俺のせいです ! 俺が ! 俺が…… ! 」
「お前は兵として仕事をしただけだ。責められん」
取り乱す二人を見ていた船長は不安に思い、リリシーに小声で話しかける。
(お二人をこれから乗せて大丈夫ですかねぇ ? )
(どうでしょう ? 漁船には来ない方がいいですね。商船の方に乗って、ゆっくり事情を聞きましょう)
六人は中型の帆船に乗り込むと、発動器を使わず、帆を広げてゆっくりと出港した。
「何分くらいかかりますか ? 」
「そうだねぇ発動器で十五分程だから。倍の時間はかかるよ。今日は風も穏やかだしな」
「では、少しお話しましょう。
侯爵、ソフィーとの出会いはこの町で ? 」
リリシーの聞き取りが始まる。
穏やかな波に頑丈な船。
甲板の段差を椅子にして。
ノアは生唾を飲み、真剣な様子でイラブチャの言葉を待つ。
「わたしと彼女の出会いは、コバルト城内にある聖堂でした」
▽▽▽▽▽▽
「あなた……見て」
そばにいるギマ夫人が、献花を片手に足を止めた。視線の先にはガリガリにやつれ、髪のほつれた少女が古い修道服を着て、スカイ神父の棺のそばに立っていた。
それを見たコバルト王が何やら神官達に、少女の保護を取り消すよう惨い命令を出していた。
「ああ ! 見ていられないわ……あんな年端もいかない女の子を…… ! 」
イラブチャは頷くと、ギマ夫人を座るよう言いつけ、話の中に顔を出した。そしてすぐにソフィアを引き取りたいと話をつける。
「別に構わんよ」
コバルト王のたった一言でソフィアの運命が決まった。
「ギマ、すぐに彼女を受け入れられるように改装しよう。来てくれるそうだ」
「ソフィアって言うのね ! よろしくね ! 楽しみだわ〜。うちに白魔術師が来るなんて ! 」
帰りの馬車内もギマは始終顔が綻んでいた。
「お医者様に子供は諦めるよう言われた時は辛かったけれど、こういう形の大家族も悪くないものね。本当に人生って自分次第……いえ、我儘をいつも聞いてくれるあなたがいるからだわ」
「何を言う。あの娘は確かに見てられんかった。亡くなったスカイ神父の養女だったようだな。彼は学者の如き、知恵と好奇心の塊だったな。……悲惨な事だ。あの娘にとって二度も家を失うことになって」
「うちに来たら大丈夫ね。みんな、今じゃ本当の親戚とか兄弟みたいだもの。上手くやれるわ」
数日後、リールに連れられてソフィアがやってきた。
ソフィアが侯爵家の他の使用人に挨拶するところを見届けたリールは、イラブチャに封書を渡した。
「コバルト王からです」
「……珍しいな」
おおよその中身を簡潔にするとこうだ。
『俺の与えた使用人を随分変わった使い方をしているようだな。気に入らない。侯爵らしい立ち振る舞いをしないなら覚悟しておけ』
そういうような脅迫文めいたものから始まった。
この日はイラブチャはその書面を夫人にも見せることなく、机の中へと放り込んだ。
自分が飾りの侯爵であることは理解している。別にいまこの地位を奪われても、イラブチャにとって痛くも痒くも無いのだ。
その時はまた海人に戻ればいい。
そう簡単に考えていた。
ソフィアは人一倍気の利く少女だった。
女性はゴードンだけで、他にはいなかった。ゴードンも体は男性のためか、夫人にたいして強制的に女性と扱う事を要求しなかったし、夫人は女性同士なのだから部屋に入ってもいいと言ってはいたが、ゴードンもまた、その礼儀をわきまえていた。
そこへソフィアが来ることによってゴードンとの関係も円滑になり、ゴードン自身、女性性で生きていくことに幸せを感じていた。
アクエリアス侯爵宅は全てが順調だった。
朝の礼拝を全員で聞き、ギマ夫人が趣味を始める頃には、教会に使った花が家中の目につく場所へ活け直され、特にギマ夫人の好きな季節の花を中心に飾り付けられる。その一つ一つの仕事に、ソフィアの感謝が伺えた。
「おはようございます。奥様、侯爵はいらっしゃいますか ? 」
「あら、リール君。今日も伝達を ? 」
「そうです。最近多いですね。俺は散歩気分で外に出れますけど……何が書いてあるんでしょうね ? 」
封書の中身についてギマはイラブチャから何も聞いていない。しかし、明らかにリールの持ってくる封書の数は増える一方だ。
リールが侯爵を探しに庭に出た後、ギマのネイルを塗っていたゴードンが含み笑いをしていた。
「あのリールって方。ソフィーと仲がいいのよん♡」
「まあ ! まあまあ ! ほんとに !? 」
「絶対に相思相愛だわ〜ん。羨ましいわぁ〜」
「やだ、わたしもドキドキしちゃうわ」
「コバルト王の文書と言いつつ、中身は白紙だったりして ? ソフィーに会う口実とか」
「ドンちゃん、それじゃ兵士は務まらないんじゃないの ?
でも意外ね。ソフィーは白魔術師でしょ ? 職を捨てて、お嫁に行くのかしら ? それはそれで楽しみね」
「その時はアチシがドレスを縫いたいものねぇん」
しかし、この幸せな時間はコバルト王の命により突然奪われる事となった。
▽▽▽▽▽▽▽
「確か兄さんの話では、コバルト王はアクエリアス侯爵を自分に依存させたかった節があると聞いていますが事実ですか ? 」
「ああ。俺が金に不自由せず、王に飼われることでカイリを好き勝手したかったのさ。その時はまだ外船の入国税も安かった頃だからな」
ノアはイラブチャの語る奴隷商から離れた後のソフィアの話に、大人しく聞き入っていた。
どうして、そこまでの幸せを手にして、今はあんな廃墟に住んでいるのか……。
不穏が見え隠れする。
「コバルト王は人伝に俺が使用人を自由にさせているのを聞いて、面白くなかったらしいな。
いや、自分で言うのもなんだが……人望に恵まれた俺を妬んでいる節すらあった」
「それで脅迫を受けていたの ? コバルト王って、小さい奴なのね」
エミリアが小さく鼻で笑う。
「そうかもな。そのうち、三日に一通は届くようになったんだ。中はなんて事ない。カイリを明け渡せ、もしくは使用人を使用人として扱えるよう鞭打ち指導しろ、なんぞと……。
感情的なものばかりで……当時はゾッとしたのを覚えているよ」
▽▽▽▽▽▽▽▽
「みんな、聞いて欲しい。
コバルト王から、この屋敷の使用人の扱いについての言及があった。
だが、俺はお前らをそんな扱いはせん。
まずは男たちだが、それぞれカイリの町中に手伝い先があったな。
お前はどこだっけ ? 」
「道具屋の在庫管理です」
「お前は ? 」
「釣具屋の生き餌の世話です」
「……他は漁師だな……。ゴードン、お前は髪切り屋をやりたいと言っていたな」
「ええ……いつかは、と」
「カイリにいい立地の空き家がある。そこで良ければ店を構えるといい」
「アチシに店を !? 」
使用人たちの顔が緩む。
遂に自由が約束された日であった。
しかし、次のイラブチャの発言に一気に青ざめる事となる。
「コバルト王から、お前たちの虐殺命令が出るそうだ。近々出向くから全員揃えておけと言われている」
「まさか……そんな」
「なんで突然 !? 」
「……すまん。最後まで守れんで。どうかカイリで上手くやっていってくれ。
明日までここを出て欲しい。お前たちの不幸な姿を見たくはないのだ」
「侯爵……」
「イラブチャ。あなたが気に病むことは無い。俺たちは十分救われた。カイリで自由になれるなんて願ってもない」
「ああ。それも、イラブチャが基盤を用意してくれたからだ。
イラブチャ。今までありがとうございました」
「侯爵 ? アチシはいいけれど、ソフィーはどうするの ? 」
「ソフィーは聖職者だ。流石にそこまではせんだろう。料理人の二人も残ると言っている。使用人か町から雇ったかの区別はつかんだろう」
「無事ならいいけど」
□□□□□□□□
「そんでおめぇは、馬鹿正直に侯爵んとこに残ったのか」
クロウとリズルも、今まさにソフィアから同じ二年前の話を聞き出していた。
「ええ。侯爵の話では聖職者は狙わないだろうって事でしたから。
でも家探しされたらまずい事もあった」
「スカイ神父って奴の黒魔術書だな ? 」
「ええ。ひとまず、目につかないこの屋敷の屋根裏に隠したの。当時、ここはもっと傷みが激しい廃墟だったから。後から魔法で少し修繕したのよ」
リビングでクロウと向き合うソフィアの背後で、茶器を取り出したリズルが目を細めた。
「あぁ。これ、ここにあったのか。どうりで侯爵の家で出されなかったわけだ。ふーん、君とは気が合いそうだなぁ」
リズルがソフィアにも茶を差し出す。ソフィアは茶器を両手で包み、指の震えを隠す。
「だが、実際に兵は攻めてきたはずだ。俺はそう聞いている」
リズルは容赦なく、ソフィアの過去を掘り返して行く。
「ええ。そうよ……」
▽▽▽▽▽▽▽
屋敷の使用人が避難した次の日。
人の減った屋敷で、ソフィアは料理人に頼まれたハーブを庭園に採りに来ていた。
籠いっぱいに摘む。
聖職者の自分は安全。
それを信じていた。
「チキン用のハーブはこれでいいわね。
あとは乾燥粉末にする分 ? これじゃ足りないかしら……あっちにあったはずよね」
ソフィアは崖の方へ足を踏み出す。
吹き上がる潮風と周囲の草木の緑の香り。
澄み渡る空が今日も地平線まで照らす、青い世界。
「みんな、上手く町に溶け込めたのかしら」
ガササッ !!
「っ !?? 」
突然、草木を掻き分ける音がして、それが近付いてくるのが分かる。
ソフィアの身体が強ばる。まさか、王の刺客だろうか ?
だがその予想も取り越し苦労に終わる。
姿を表したのはリールだった。
「やだ、もう。びっくりした」
「ごめんソフィー」
「今日も文書運び ? 王の刺客かと思ったわ」
「ごめん……ソフィ……」
様子がおかしい。
「リ……リール ? 」
リールの手元を見たソフィアの瞳に、鋭く光る剣の揺らめきが写った。
□□□□□□□□
「あの時の彼の目が忘れられないの。
窪んで、ビー玉みたいに、ただわたしを写しただけの……笑いも泣きもせず。無の表情でわたしに剣を突き立て、崖から落とした !! 」
ソフィアはテーブルの上に頭を垂れて、ひたすら大粒の涙を流した。
「信じてた。彼を。それに、聖職者だからって油断した自分の舞い上がりも。何もかも許せないのよ !! 」
恋人に裏切られた少女の末路。
「コバルト王の事だ。最初からそのつもりで少年兵を出入りさせてたのかもな」
「そんでぇ ? 結局、海にいるのは何なんだ ? 」
「あれは……わたしの怨念よ。黒魔術で生み出した、わたしの半身が邪悪な念の塊となったモノ。
だからこそ白魔術でしか倒せないのよ……」
「半身ってことは……怨念を消滅させたらおめぇは…」
「そうね。この半身も消えると思うわ。肉体ではあるけれど、魔術で記憶と思考回路を繋ぎ止めているだけ。もう魂を売った人じゃない身なのよ。
バカよね。リリーシアの事を何も言えない身分のくせに。
まさか依頼を受けたクロウが、黒魔術を知ってる
「なるほど」
リズルがビスクドールを手に取る。
「海の自分を回収して手元に置けば、誰にも攻撃されずに、自分も五体満足で生き残れるってことなのだな。
しかし君はリールが漁師になった事を町で知り、半身は漁師を襲いだした」
「生み出してすぐに気付いたわ。その半身は独立して意志を持っている……言い訳がましいけれど、わたしが制御出来るものでは無いの」
「ビスクドールに半身を詰め込んだとして、封印は可能なのか ? 今ですら人形は相当な量だ 」
事実、間に合ってないのは言うまでも無かった。人を襲えば襲うほど膨れ上がる半身。いたちごっこと言うならば、まだ状況がいい方だ。
「リリシーは白魔術を使えないが、君の過去は暴くだろうね。さて、話は終わりだ。
逃がして欲しいか ? ならば黒魔術の魔導書を俺に渡せ」
「リズル !! 」
「取引だよ。俺なら今すぐ君をグランドグレー大陸まで飛んで連れて行ける」
「リリシーがどこかで白魔術師を連れてきたらどうすんだぁ ? 」
「その時は覚悟しろ、としか。でも、この町に残っても追われるだけだろう。
正直に言うんだね。魔術書には、半身を消す方法は無くとも、何か代わりの方法はあったはずだ」
「それは…… !! な、無いわよ ! 」
「ふーん。じゃあ、もう一つ質問。
リリシーの使った身体の術を、君も知っているかい ? 」
「……載ってたわ」
ソフィアの返答にクロウは頭を抱えた。
ソフィアの持っている魔導書と同じものをリリシーは読んだ可能性が高い。焼き払ったとは聞いているが、どこまで覚えているか。
それによっては『半身を消す方法』が実は存在するとしたら、リリシーは行ってしまうかもしれない。
「そうか。
ここから逃げたいか ? 」
ソフィアはしばらく黙り込んでいたが、やがて首を縦に振った。