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5 : シルバードラゴンの主

 グランドグレー大陸直前の海上。

 150メートルという体長を持つブリトラが雲の合間から翼を広げて低空飛行に移る。

 その雲の上。

 ブリトラより大きな影が並走してくるのに気付く。


 〈ゲッゲゲ…… ! 〉


 怯えるブリトラを宥めながら、リリシーはダガーに灯した光を消す。ブリトラの鱗に指を掛けながらゆっくり立ち上がり、ロングソードを構える。


「風よ ! 」


 ドラゴンに乗るには、その凄まじい風圧で飛んでしまわぬよう風の魔法が必須なのだ。ブリトラのように体毛も無く、手綱を嫌がるドラゴンや調教中の子ドラは特にバランスが取りにくい。

 風の抵抗を魔力で調整し続けながら、鱗から手を離す。


 ガシャ !!


 ロングソードの柄の奥にある切り替えを押し、刃を二つに分ける。


紫咲斬しざぎり…… ! 」


 双剣にエメラルドグリーンの輝きを纏わせて、険しい表情で頭上を見上げる。

 暗雲の中、一瞬だけ何かがキラリと光った。


 ヒュオッ !!


 風を斬る音と主に切っ先が降って来る。


 ギィィィンッ !


「くっ !! 」


「おっと ! はは。双剣 ? いつの間に ! 」


 降って来た男は軽々と身をこなすと、ブリトラの尻尾の方へ下がる。とてつもない切れ味の刀を持った男だ。


「ブリトラ ! 糸雷しらいを ! 」


 〈グルルル ! 〉


 雲の合間から双剣に、糸のように細く小さな雷がパリパリと巻き付く。


「雷撃は魔法じゃなく、ブリトラの能力だろ ? そりゃあ、反則じゃないかぁ。リリシー」


 トッ !!


 踏み込み一度で、男のブーツも風を使い距離を詰める。


 ガキィッ !!


 風でふわふわ身をこなしていても、力は男性のソレである。


「ふっ !! 」


 一度は受け止めた刀。

 エリナとオリビアの筋力ならば支えられるだろうが、リリシーの剣に筋力は必要としない。

 風魔法で連動したリリシーの剣は、持たずとも手の側に浮き、ついて来る。それにより思い切りスピードを伴った遠心力で敵を斬る。

 だが、あの刃をまともに受けて戦い続けたら、やがては刃こぼれするのは自分の方だとも思えたのだ。


「くっ ! 」


 今度はリリシーが踏み込み、上空へ逃げる。真上には相手ドラゴン。自分は雲の中か、下が見えないが相手からは影で丸見えのはずだ。


「ははは、勝負あり。飛んだら、着地と共に一撃。横に薙いでやるぞ」


「……」


 ピューーーイ !


 男は刀を鞘に収めると、上空のドラゴンに向かって合図を送る。ズババと言う雲を割る音を立てながらそのドラゴンがブリトラに並ぶ。


 〈キュルルル !! 〉


 〈ウゲゲ ! 〉


 ブリトラより体長は小さいものの、剛腕豪脚。以下にも絵に描いたような理想形だ。銀の鱗が硬質感な印象のシルバードラゴン。


「ズメイ。先に帰ってなさい」


 〈キューーーン〉


 ズメイと呼ばれたシルバードラゴンは、羽を大きく翻すと、見えてきた陸地の山岳地帯へ向かっていく。


「腕が訛ったんじゃないか ? リリシー」


「リズル兄さんの刀を、わたしの剣で受けたくなかっただけ」


「剣を庇ってたら戦えないぞ」


 リズルード · バイオレット。これがリリシーの実兄である。

 双子かと思うほど似ている容姿。陶器のような白い肌に、霧のような白い髪。

 だが、身体は防具を装備しているというのに極端に細く、リリシーが人形のように美しいのに比べ、リズルはあまりに青白く、切れ長の目元も相まって冷酷そうな男に見える。


「……依頼を受けてる最中なのよ。武器を壊されちゃ困るわ」


「クロウの武器だろう ? そうそう壊れるものか。

 ブリトラ、お前は相変わらず鞍も手網も付けずに飛んでるのか ? 冒険者に見つかったら攻撃されるぞ。今やドラゴンスレイヤーはどこにでもいる」


 〈ケッ !! 〉


「リズル兄さん。実は、カイリの港の事で話があるのよ」


「まだエルザ大陸にいたのか。随分、濡れてると思ったよ。急ぎか ?

 先に廃村がある。ブリトラ、高度を下げて。あの丘の先だ」


 〈フス〉


 リリシーは水滴にやられてズブ濡れだった。


「ブリトラ、お願い。わたしも風邪ひいちゃうわ」


 〈ププ ! 〉


 ブリトラは背にリズルがいることが不満そうだ。


「あそこだ」


 丘を越えてすぐ。

 廃村が現れる。石造りの建築物で、海風と風化により遺跡のようになった集落だ。


「廃村……残念。シャワーを浴びたかったわ。本当に風邪ひいちゃう」


「この先の宿屋にも発動器は無いから、シャワーは真水だよ。

 ブリトラ、お疲れ様。

 行こう。着替えくらいはある。あの家だ」


 人のいない村。

 夜明け前だが、月がその道を照らす。

 比較的屋根のある綺麗な建物の中、リズルは野宿をしていたようだ。

 荷物から暖かい服とタオルをリリシーに持たせる。リズルの長い髪がサラリと揺れる。村の外で蹲るブリトラの影を窓穴から眺めると、首を傾げる。


「ブリトラは相変わらず人間の好き嫌いが激しいな。普通のドラゴンより知能は高いのに、勿体ない事だ。アレは俺たちの言葉を完全に解している。実に愉快な奴だ。お前が捨てられんのも解る」


「まあね。本当に可愛いのよ」


「さて……カイリの港か。つい先日行ったな」


 リズルが指で、クイクイと、リリシーに要求する。鋭い瞳がリリシーを舐めるように全身を写す。リズルは会うといつも同じ要求をリリシーにするのだ。


「着替え代だよ。

 その剣を見せてくれ」


「……もう ! 話が進まないわ。

 勝手に見てて ! 」


 リリシーは防具と武器をドズンと床に落とすと、物陰で着替え始める。

 すかさず、リズルは床に這いつくばり恭しく剣を拾い上げる。


「ロングソード…… ? 双剣じゃなかったのか……ああ ! 変形武器 !!

 はぁ〜……いい ! ……素晴らしいよ、クロウ ! 」


「……」


 うっとりと武器を愛でる兄に、リリシーは無言の呆れ顔である。


 リズルは現役で空輸をしている。一族の中でも、長距離飛行と一度の運搬量が多いシルバードラゴンに乗っている為、優秀な稼ぎ頭である。しかし、父親とはわだかまりがあった。

 その理由がこれだ。武器マニアなのである。


「素晴らしい ! このカラクリを剣に仕込む。金属を掘ってない……つまり ! これは二枚のブレードで出来てるのか !? そんな隙間なんて見えない ! ピタリと……完全に一枚にしか見えん ! 有り得ない ! そうか、ハサミの様に…… ? しかしそんな厚みは……。

 これがハク一族の技術 !! 」


 クロウの家系、ハク一族は長年ドラゴンの鞍や飛竜一族の武器を拵える専属の職人である。世界中を飛竜一族と共に飛び回ることで、あらゆる知識と技術を吸収していった。


 そんな職人気質のハク一族に、幼い頃からリズルは憧れがあった。

『運ぶ事より、生み出す能力は素晴らしい。誰が見ても欲しがる程、扱いやすく、どんな土地の武器の形状も再現し最適化させる。

 ドラゴンは可愛いが、乗ってるだけでは芸がない』と。


 しかし、飛竜一族からハク一族になる……という事は出来なかった。

 飛竜を手なずけられるのは、古の頃から受け継がれた貴重な血。

 その一族に仕える形で同行している……言わばハク一族はバイオレット一族より目下、というのが古い時代の考え方だった。子が授からねば、バイオレットの兄弟姉妹の子を養子に迎えるだけだ。ハク一族との交わりは無く、一般に嫁に行った者は空から離れる。


 リズルが唯一、ハク一族になる日が来るとすれば婿養子という手段くらいしかない。それでも、あいにく既にドラゴンライダーとして生計を立てて独立しているリズルは、ハク一族の娘と縁談したところで職業は変わらないだろう。


 だからこそ、リリシーが家出をしても両親は追わなかった。

 リズル、リリシー、そしてクロウは互いに歳が近い分、仲が深まっていく一方だった。

 そのリリシーがクロウを連れて、跡継ぎ筆頭のリズルから離れて暮らすとあれば最善なのだと。

 苦渋の決断だが、長子のリズルだけ家業を継いでくれれば、それでいい。武器に魅了されているのも、恐らく歳の近いクロウが鍛治をしている事の影響に過ぎないはず。あわよくばクロウとは仲違いでもしてリリシーが帰って来ればいい等と安易に考えている。


 ポプ !!


 リリシーの脱いだ服からポポが飛び出して行く。


「おいで。

 ……俺には呼んでも来ないか……。そのまま……動かないでくれよ……」


 その足に付いた薄紙には、今回のリリシーの変形武器の構造が記してあった。

 こんな廃村にリズルがいる理由も、勿論ある。


「あ、相変わらず……絵も下手だな……。

 なるほど ! だからこの厚みが……。そうか……しかし軽量にする為の素材として……あぁぁぁその発想は無かった !! 」


「ちょっとリズル兄さん ! 片付けながら作業するようにクロウに言われてるでしょ !? 着替えで足を切っちゃうところだったわ !! 」


 武器製造。リズルが鍛治に興味を持つことに、ハク一族は決して邪険にしたりはしなかった。どんな金持ちに買われても、どんなコレクターに交渉されても満たされない職人魂。自分の武器を使う本人に認められる以上の名誉は無いのだ。


 幼かったリズルにハクの男達は口を揃えて皆同じことを言った。


『クロウは近年稀に見る逸材だ』


 そしてリリシーが一族を飛び出した後も、それを寛容に見守る……基本的に製造に携わらない期間中は温厚な一族なのである。


『リリーシアにクロウがついて行ったなら問題ないだろう』


 リズルはシルバードラゴンのズメイと共に、行動範囲を大幅に広げ、クロウと連絡を取りあった。しかしエルザ大陸に行った後は封書も届きにくく、加えてリリシーは兄が武器好きの戦闘狂で鬱陶しくて仕方がない。

 その為連絡が途絶えていたのだ。


「ん〜……」


「ねぇ。武器は後にして」


「ん〜……」


 生返事のリズルに、リリシーは月の傾きを見上げて話を急かす。


「リズル兄さん !! 」


「あぁぁぁもう ! ゆっくり楽しませてくれよ !

 なんだっけ ? そうそう。今回の刀の製造過程を……鳩に結んで……。東の大陸の剣は使いにくいけど、切れ味が抜群だ。これでソードを作るにはどうしたらいいのか……」


「兄さん ! 本当に時間が無いのよ !

 わたし、これからエルザ山脈の麓にも行きたいの。早くして。昼までにはカイリに戻らないといけないし」


 その言葉を聞いたリズルの手がピタリと止まる。


「麓の村…… ?

 炎城の話は聞いたし、スカーレット城にもお前が出た後行ったが……今エルザの麓の村や町は、お前の想像した世界とは違うものになっている」


「…… ? どういう事 ?

 わたしはただ……地獄帰りをした日、酒場のお爺さんに気使いを受けたの。そのお礼を……」


「やめた方がいいね」


「何でよ ? 」


「なぁ、リリシー。エルザ大陸は比較的自然に溢れ、獰猛な魔物がいない夢の経験値アイランドだ。

 ぬるい道中に、突然現れる世界最高峰のダンジョン。行く途中に死ぬこともない、気候も冬以外は安定している美しい大陸」


「なんの話 ? 」


「ミラベル女王が作った冒険者ホイホイだったんだろ ? あのダンジョンは。

 けれど、それだけじゃない。ミラベル女王とは一度会ってる。彼女がもたらしたのは奴隷撤廃と水路の整備だけじゃないさ。

 あのエルザのダンジョンは、冒険者にだけ都合のいいダンジョンじゃないんだよ。近隣の村や町にとっても、経済的に影響を与えていたのさ」


「経済……」


「冒険者は貧乏人が多いが、武器やアイテムを買うのにだけは金を落とすからな。女王陛下の金貨なんて物ある地点で、スカーレット領も町村が潤うように金を回していたのさ。あれはエルザに行く者にしか与えられないんだろう ?

 だが、ダンジョンは作り物だった上に、魔物が撤退して、近隣に冒険者を呼び込まなくなってしまった。それじゃ冒険者は来ない。一般人が観光に来てもカイリ周辺までだ」


「……そんなの……。そんなのわたしのせいじゃ……」


「魔族とは言え、王族に手を出すってのはリスクがあったな。炎城周辺、それまで順調だったから余計にだ。

 炎城で村人の集団を見た。ダンジョンに餌を撒いて、また冒険者を呼び込めるように魔物を繁殖させようって運動だよ」


「馬鹿な ! 愚かだわ !! あそこは水の精霊の住処だとあれ程言ったのに」


「騒いでるのは炎城の奴らじゃなく、ダンジョンに近い村や町さ。

 炎城の跡を継いだのは、孤児だったノーランと共に預けられた異母妹らしい。新生女王。まるでおとぎ話のような大抜擢さ。それまで農民だった娘。自分の出生も知らなかったと。

 その養父母の育てがよかったのかね……常識的だが肝っ玉座った女で、抗議を一蹴しているようだ。

 お前が今行ったら、あの抗議隊に石を投げられるぞ」


「……金で安全は買えないのに。魔物で困っている土地の人間が聞いたら呆れるでしょうね」


「人間は愚かなものさ。

 それで ? カイリの港の話ってのは ? 」


「ええ。何から話したらいいかしら……」


 リリシーは考え込むと、まずソフィアの依頼をクロウが受けたところから、全てをリズルに話した。


 □□□□□□


「まずはこれだけは事実だ。アクエリアス侯爵は本当に善人だ」


「……そんな事……断言出来る ? 」


「ミラベルが奴隷撤廃制度を隣国にも話を通した時、アクエリアス侯爵はすぐに賛成派として自宅の使用人を解放した。

 そもそも、カイリの港は海の男たちと商人で切り盛りしてきた独立地だ。

 しかし、エルザ大陸の船着場はそのカイリしかない。他の場所は断崖絶壁、山脈側は標高も高いし、何より山越えしなきゃいけないから運搬にも向かず、加えてスカーレット領土だ。

 コバルト王は何がなんでもカイリが欲しかったんだ」


「それで漁業関係者のイラブチャ · アクエリアスを侯爵として、貴族に仕立てあげたのね」


「辺境伯でもいい所をわざわざ侯爵位につけるくらいだ。わざとらしい特別扱いだね。

 これには『だが、しかし』が付く。

 コバルト王はまずアクエリアス侯爵を懐柔する為に豪華な庭園付きの屋敷を拵え、金銭や生活習慣から堕落させて王に媚びるよう贅の限りを尽くさせようとしたが……アクエリアスにとってそんな生活は窮屈なだけだった。

 一度見たが……普通使用人は寝場所も用意されず、敷地外の小屋で生活するだろ ? ギマ夫人は同じ女性や子供にそれを強制出来なかった。彼女もなかなかだ。

 屋敷の一部を解放し、使用人も寝泊まり出来るように改築した。その挙句、アクエリアス侯爵はここぞとばかりに、奴隷の男性陣を積極的に漁業に駆り出したんだ」


「真っ当に職を与えたのね。わたしが行った時も、料理人さん以外は見なかったわね」


「料理人は望んで残ったってさ。

 ほら。新鮮な食材が入る地域に、悪くない住まいと優しい主人だ」


「ふーん。

 それで、コバルト王のアクエリアス夫妻懐柔作戦は失敗だったのね ? 」


「そう。誤算だったようだ。腹を立てたコバルト王は、使用人を皆殺しにするよう言いつけ、兵がカイリに向かった。ここ三、四年の話だ。

 だが、既に侯爵の家には使用人として来ていた者達はほとんどいなかったそうだ。

 さっきお前が言った通り、使用人は新たな職を得て、カイリに散ってしまっていたんだ。

 そこからは冷えた関係さ。町は未だに独立状態だが、コバルト王も手荒に扱えない。

 事情を知った漁業関係者はいつでも応戦するってスタンスでアクエリアスを未だ身内として迎えて生活している。

 魔物退治もコバルト王に助けは求めないだろうな。それでお前を見つけてラッキーってところかな」


「そう。

 ……その侯爵が、ソフィアを知らないのはなぜなのかしら」


「考えられるのは、ソフィアって者の方が嘘をついている……だな」


 嘘をつくくらいなら、最初から侯爵と繋がりがあるなどと言うだろうか ? とリリシーは首を傾げる。


「手紙が途中で消えたんだろ ? なにかの術だったのかもしれない……例えば、侯爵の記憶を一時的に消すとか……これはトラウマの治療や癒しに使う白魔術だが、四大精霊を使う側から見ると不自然に不必要な魔術に感じるな。

 お前が思う以上に、白魔術は黒魔術に似通っているらしい」


「……」


 リリシーの顔が曇る。

 ソフィアが手紙を持たせた理由が不可解で仕方がないのだ。


「ふふ。一番お前が不安視してる事を当ててやろうか ? 」


「何よ……」


「依頼された海の魔物が、ソフィアって女に似てるんじゃないか……そう思ってるだろ。そして、それなら解決も早いとも考えている……倒せばいいんだからな。

 その自分の冷静さに戸惑ってるのさ」


 図星だった。

 タイミングを考えれば、ソフィアの存在は怪しすぎる。魔導書を見つけた後も、隠しておけばいいものを、人目のつくような時間に人形を持って町を徘徊したりと……夜間にやれば、少なくとも昼間より問題がないはずだ。


「結局のところ、お前は身内しか基本的に信用しない。俺とお前はやっぱり似てるよな。

 その魔物が知り合いでも、悪さをしていたら、お前は躊躇いなく闘うだろう。

 その時の為にも、シーフの子供はついてこさせない方がいいかもな」


「……まだ決まった訳じゃないわ……」


 □□□□□□□□


「おかえり、クロウ」


「ああ ? 寝てたんじゃねぇのかよ。まだ夜明け前だぜ」


 作業部屋の明かりの中、クロウはぼんやりと人形たちを眺めていたがノアが入ってきた。


「食事美味しかった ? ……どうかしたの ? 」


「いや。

 ああ、そうだ。侯爵の依頼はやっぱり魔物退治だ。正午、酒場に集合だとよ」


「僕も ? いよいよ実践だ !

 リリシーとエミリーは ? 」


「エミリーは成り行きで宿屋。リリシーは兄貴と会ってる」


「 ??? お兄さん、カイリに来てるの ? 」


 全く繋がらない話。

 ノアはポカンとしたまま、ただ浮かない表情のクロウを見下ろす。


「いや……。

 なぁ。この人形だが……。白魔術で魂を解放してるって聞いたが……本当にしてるのか ? してて、この量なのか ? 家中に人形があるんだぜ ?

 これは祟った悪霊や念を吸い上げた入れ物だ。これに囲まれて生活できるのはおかしいだろ。

 おめぇも、今眠れなくて起きてきたんじゃねぇのか ? 」


「はは……うん。さすがに気味は悪いよね」


「ソフィアは ? あいつは寝てんのか ? 」


「うん、多分。部屋の明かりはついてなかったよ」


「……」


「クロウ ? 」


「いや、なんでもねぇよ」


 そう言ったクロウだが、作業をする気は無いようで、そのままガランとした作業部屋にポツンと座ったままだった。

 黒魔術を用いて怨念や悪しき魂に変貌してしまった者を人形に封印し、白魔術で供養するソフィアのボランティア。

 どう見ても供養の方が追いついていない。

 家中人形だらけになる前に、供養を優先するべきである。

 クロウの手でもドールの制作は短時間でひょいひょい作れるものでは無いし、量産型では駄目だと言われる。何故追い付かない量の人形を作るのか。これだけあって尚、供養より封印を優先しているように感じて仕方がなかった。

 何より入れてすぐ供養するだけだったら、紙や縄を使った簡易人形でいいはずだ。供養した後、使い回しをするなら量は必要ない。だが裏庭には焼け焦げた炭が転がっていた。それはビスクドールを焼く釜のものでは無い。人形を焚きあげる時の場所。焼き、砕け散るまで潰していくのだ。それならば、どうせ焼くならビスクドールにする意味はなんなのか ? 考えられるのは、黒魔術を使う際に『人形で』と表記してあるということだ。


 悩んでいる様子のクロウを見て、ノアは急激に何か自分の周囲の状況が傾いている事に気付いた。

 クロウは人形に対して何か言いたげではあるが、依頼を突っぱねたりはしていない。

 だが結局、作業は進んでいないのが現状。

 しかし、ソフィアにはなんの悪意も感じない。これはソフィアに会った、リリシー含め、クロウもエミリアも一緒のはずだ。

 ノアにも訳が分からない状況となった。


「寝れる気しないけど、水でも飲んで部屋に戻ろうかな」


「おう」


 ノアが作業部屋を出た後、軽くため息をつく。


「んあ〜……。何なのか分かんねぇモン作る気しねぇ……。

    あ ? 」


    カタ……コンコン ! 


    クロウが目を凝らした先、窓を叩くエミリアの姿があった。


(うっ…… ! びっくりさせんなよ !! )


 クロウは引きつった顔をすると静かに窓を開ける。


(幽霊かと思った ? よっ……こいしょ)


(いやいや、玄関から入れよ……おめぇ宿にいる予定だろ !? )


(部屋はとったから大丈夫よ。話が済んだら帰るわ。

 ふぅー。ねぇねぇ。あんた、ソフィーの魔導書を盗めない ? )


(はぁ !?

 待て待て。盗んだところで、俺たちは読めねぇだろ)


(それさぁ。あたしたちは読めなくても、ウィンディは読めるって言うのよ)


 ウィンディはスカーレット領でエミリアが契約した水の精霊である。


(事情が事情でしょ ? 

    人形は封印の黒魔術に使ってるって言ってたらしいけど、本当にそうなのかなって思うのよ。他にも何かあるかもしれないじゃん ? だってソフィーがだんだん怪しくなってきたじゃない ! 黒魔術よ ? 全然違う事してるのかも)


(……)


 それは既に、ソフィアが白魔術を捨て、黒魔術にどっぷり浸かっている事を前提とした話になる。


(明日、水魔法の得意なあたしは属性不利で使い物になるかどうか……。出来ることをしたいのよ。宿で読めばバレないし)


(家は広いが……溢れた人形のせいで歩きにくいったらねぇ。ソフィアの自室は二階だろ ? 俺が出来るかよ。おめぇの方が余程身軽だろーが)


(あたしは駄目よ ! そそっかしいからぁ)


(自分で言うかよ。

 ノアは ? あいつなら出来んだろ)


(協力させるの気が進まないわ……なんて説明すんのよ。リリシーに聞かれたら止められるはずじゃん ? 黒魔術の魔導書を盗むなんて)


(じゃあ、あれだ。前にやったろ。踊り子の暗示だ。ノアに暗示をかけて……)


 バタン……


 作業部屋の扉が開く。

 固まったクロウとエミリア。

 それを呆れたように眺めるノア。


「そういう事 ? 何があったのさ」


「ノ、ノア……」


「こりゃ、あれだ。大人の会話ってぇやつだ」


「はっきり言って。僕が納得したらちゃんと持ってきてあげるよ。

 エミリーの変な舞い、見たくないもん」


「くっ ! 変な舞いじゃないわよ !

 はぁ……。ソフィーはまだ寝てるの ? 」


「多分」


    ここで騒いでも仕方がない。ノアがソフィアに警戒するよう言ってからでは身動きが取れなくなる。穏便に矛先を収める方が先決だと考えた。


「……多分じゃしょうがねぇだろ。魔導書があるとしたら自室だろうし、今は盗めねぇよ。ノア、今日はエミリアと宿に行っちまえ。

 ソフィアには昼間酒場でリリシーと食事するから、とでも説明しておく。

 おめぇはエミリアから話を聞け」


「そうね。……じゃあ、ノア。侯爵のところの話も説明するから……行きましょ。

 それにしても。……な〜んかおかしいわよね…… 」


「あ ? 」


「まだ何も分かって無いのに……あたし達、どうしてこんなにソフィーを警戒するのか……あたし、自分でも分からないのよ。でも……。

 ノアだってそうなんじゃないの ? 気の置けない仲に見えたけど、この状況で……あんたソフィーを庇ったりしないのね。どうして ? 」


「それは……」


 ノアもわからなかった。

 二人で食事をしたときは、あんなに懐かしく楽しかったのに、今はやっぱりこの屋敷が不気味な物にみえて仕方がなかったのだ。

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