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4 : 野菜シチューと奴隷の烙印

「うわぁ、広い庭 ! 」


 到着したイラブチャ · アクエリアス侯爵の屋敷は、予想取りの立派な御屋敷であった。建物まで辿り着く前に花の咲き乱れる庭園があり、その小道を行くと屋敷の玄関に辿り着く。

 コバルト領土の海側はほぼ断崖絶壁の地形で、カイリの港だけがなだらかな為栄えたのだ。港を一度出ると、この大陸は他に船着場が無い。幾重にも積もった歴史の層を、突然削ぎ落としたように反り立っている絶壁。コバルト城もそうだが、イラブチャの屋敷もまた高い崖の上に存在した。

 潮の香りと、庭園の草花の香りが爽やかに鼻腔をくすぐる。


「お疲れ様でございました。我々馬車が出入り出来るのはここまでです。この先は侯爵の私有地でございます故」


 リリシーが馬車屋に報酬を払いながら少し微笑む。


「夕暮れ時に、ありがとうございました」


「帰りは如何されますか ? 」


「お願いしたいんですけど……。でも時間は何時になるか……」


「大丈夫です。この火薬筒を撃って下されば馬車屋から見えますので合図を頂ければお迎えにあがります。

 筒は空に……こう、こうして。あぁ、人に向けてお使いにならない様にだけお願いいたします」


「分かりました。ありがとうございます」


 老年の馬車屋は深々と頭を下げ戻って行く。


「スカーレット領の馬車屋より丁寧だったわね〜」


「いんや、多分アクエリアス侯爵の客人って知った上だからだろぉよ」


「……そうは言うけど……。ここの侯爵ってそんなに偉い感じしないのよね」


「昨日会ったんだって ? 偉くねぇ貴族なんかいるかよ。演技じゃねぇのか ? 」


「うーん……。リリシーはどう思う ? 」


 エミリアとクロウが呑気に話をしている間、リリシーは庭園の端を見詰めて足を止めていた。


『リリシー、どうかしたのかい ? 』


 エリナがリリシーの胸騒ぎを感じて、尋ねて来た。


「……」


 リリシーは答えることなく、庭園の中に入って行く。

 屋敷までは一本道で、およそ百メートル程あるだろうか。場所はカイリの町を一望出来る岸壁の上。


『リリシー ? 』


「待って……海の方に何か感じるの。オリビアは感じない ? 」


 突然、オリビアと会話し始めたリリシーを、エミリアとクロウは少し驚き、無言で様子を伺う。


『……俺は感じる……。すぐそこだろ ? なんだろうな ? 感情が流れてくる 』


『はぁ ? あたしは、そういうの信じないよ ? 幽霊なんているわけが無いじゃないか。現にウィスプやゾンビがいるんだ。霊になる理由がないだろう ? 』


 エリナは見たものしか信じないタイプだ。

 だがリリシーも、本来占い師のような、何かを感じやすい職業タイプでは無い。


「わたしも……こんな経験無いんだけど……。なんでだろう。気になって仕方ないの。あの崖の……下かな ? 」


『エミリアはどうだ ? 上位の踊り子は身体に精霊を降ろして舞う事もあんだろ ? 』


「そっか……」


 オリビアの提案にリリシーは振り向くと、エミリアの手を取りゆっくり岸壁を向く。


「リリシー。急にど、どうしたの ? 」


「ねぇ、エミリー。何か感じない ? 」


「えぇ ? なになに ? 幽霊とか ? 」


「真面目に。踊り子のエミリーなら……感性が強いかなって……」


「えぇ !? う、うーん。見てみる」


 説明するまでもなくリリシーがエミリアの方を向くと、エミリアは顔を顰めてたじろいだ様子で後退る。


「………。

 あー……なんか……。わ、分からないわ。何これ ! 」


 明らかにエミリアも何か不穏な空気を感じ取ったようだ。


「あたし、こういうの分かんないよ ?

 でも……なんだろ。そこには行きたくない……。鳥肌が…… !

 リリシー、何か視えるの ? 」


「いいえ。何も。でも、何か違和感は感じる。よく感じ取れないんだけど……何か……気になるわよね……」


 エミリアの反応はリリシーより強かった。小さくブルっと震えると、すぐに視線を逸らして地面を見つめる。


「……。凄く……。怖い。いや、怖いってより……なんて言えばいいのかな ? 悲しいっていうか……ビックリ……とも違うなぁ。

 あ、あたし、もう居れないかも」


『え ? 俺は複雑な……罪悪感みたいな感じするけど ? 』


「どうした ? 何か訳ありか ? 」


 クロウがそばに来てリリシーとエミリアを見下ろす。

 エミリアは顔面蒼白で、さっきまで浮かれていたとは思えない。両手で肩をさすり、何かに怯えるように場を離れて小道に戻っても深呼吸を繰り返していた。

 リリシーとクロウも花木を掻き分け腑に落ちない様子でそれに続き戻った。


「何かしら。もしかしたら土地の残留思念なんかかも。でも、オリビアとエミリーが感じ取ってるモノが、同じ人じゃないみたいに感じる」


「オリビアもか。

 ……ここで悩んでても仕方ねぇ。デカい港だ。それなりに歴史もあんだろ」


『気にするな』。クロウはそう言いたげだが、リリシーは慌てて否定する。


「……別に、今必要な情報じゃないしね。ただ、わたしは鈍感な方なのに……それでも気付いたから」


「下は落ちたら一環の終わりって場所よね。町から一番目につく崖だし、昔はそんなこともあったのかもよ ?

 でもさぁ、そんな不謹慎なところに侯爵だって家を建てないわよね、うんうん」


 エミリアの口調はまるで自分に言い聞かせているようだ。


「そうだね」


『だといいけどな。残留思念が強いって事は、それだけ最近か、もしくは念が強いかじゃないのか ? 』


「……。ごめんねエミリー。さぁ、行きましょ」


『アクエリアス侯爵が何を語るか……だね』


 三人は扉の前に着くと、大きなドアノッカーをゴンゴンと鳴らす。

 すぐに中年の女性が扉を開け、明るい声で手を差し伸べてきた。


「まぁいらっしゃい !! ギマ · アクエリアスよ。よろしくね ! 」


 力強くリリシーから順番に手を握る。


「リリーシアさんと、クロウさん、エミリアさんよね ? あら、ノアさんって男の子は ? 」


「お会いできて光栄です、アクエリアス夫人。

 ノアは知人の家で用事があるようでして……」


 イラブチャ · アクエリアス侯爵の妻である。

 ドレスを着て、実年齢より若く見えるが、如何せん地味目だ。

 ミラベルがわざと地味なドレスを選んでリリシーに取り入ろうとしたような事とは全く違う。

 単純にセンスがないし、好みも地味な保護色で装飾も少ない。そういう色合いが好きなのだろう。だが、それがかえってあの庶民的なイラブチャを思うと、釣り合いが取れた夫婦なのかもしれない。


「そうなのね。『霧の魔法剣士』『白い扇動者』『白霧の女神』、噂より可愛らしくてテンション上がっちゃうわ ! 」


『どんな噂だよ……』


「エミリアさんは理想の踊り子って感じね ! まるで絵本から出てきたみたい〜、このウエストなんかどうなってるの〜 ? クロウ君、隠れたの見えてるわよ〜。ふふ。警戒しないで !

 さぁ、入って入って。ナントカ夫人〜なんていいのよ。ギマって呼んで」


「いいんですか ? 親しみがあって、わたしたちはとても嬉しいですが……」


「あらあら、素直で嬉しいわ。貴女のお兄様はいつも堅苦しくて、絶対に表面を崩さないのよね」


「あ、あ〜……。あちこち行ってると、どうしても仕事のスイッチが入りっぱなしになりがちで。兄は特に息の抜き方が下手だと思います」


「真面目なのね。彼にはいつもお世話になってるわ」


『あれが ? 真面目 ? 』


「そうですか」


 屋敷の中もこざっぱりしている。

 大きな絵画や、高そうな美術品もない。

 唯一、花の生けられた花瓶があるが、それも素人が趣味で焼いたような歪な物だ。


「あなた。リリーシアさんが到着されたわ !

 さぁ、こちらへ」


「おお、リリシー ! エミリア ! 待ってた待ってた !

 そちらは初対面だな。イラブチャだ、楽しんでいってくれ ! 酒好きだと尚嬉しいんだが」


「どうも。クロウ · ハクってぇます。リリシーの専属鍛治をしてる大酒飲み」


「そりゃあ良かった ! ……ああ……いい手だな。指も手の厚みも……俺たちに似た職人の手だ。

 専属鍛治か……食事でも取りながら話を聞かせてくれ。

 酒は何が好みだ ? エールもワインも、スコッチもある」


 全員防具を脱いだところで、どこからともなく料理人が二人来て、前菜と冷えた酒瓶を運んできた。


「スコッチってウィスキー ? 」


 料理人の一人がボトルを見えるように抱える。


「スモークウィスキーです。隣国にも輸出している名産品でございます。独特の癖が深い味わいです」


「じゃあ飲んでみるかぁ。オメェらは ? 」


「そんなバラバラに注文していいのかしら ? じゃあ遠慮なく、あたしはワインをいただきまーす」


 エミリアは完全に、最初から遠慮する気は無い。

 リリシーは何も見ず、料理人に果実酒を頼む。

 反応したのはギマだ。


「まぁ、いいの ? 果実酒はわたしが趣味で漬けてるものなのよ」


「へぇ ! 楽しみです ! 器用なんですね。わたしは料理はさっぱりで……」


 リリシーの判断は昔培った経験の名残りである。

 果実酒は一般的な料理より配分も、入れる果実も好み次第で失敗がない。その分、その屋敷で妻が趣味で作っている確率が高い、まさに庶民の酒である。特に果物の採れる家柄では義母から受け継がれる事も少なくは無い。


「お兄様は梅をお召になられたけど、何がいいかしら ? スノーベリーや黒オレンジもあるけど……」


『お前がやること、すべて兄貴がやらかしてんな』


『処世術の意味が無いねぇ。逆におべっかがバレる勢いじゃないか。兄妹で同じ事してるの笑えるねぇ』


「〜〜〜〜っ !! スノーベリーがいいです ! 楽しみぃ〜」


『顔引き攣ってねぇ ? 』


(やめて……黙っててよ)


 料理人がなにやら大きなクローシュをテーブルの真ん中に置き、ガパッと開け放つ。


「うぉ」


「わぁ〜美味しそう〜 ! 」


 鶏の詰め物のようだ。ふかした芋も付いている。ナイフを入れると、香味野菜とニシンがぎっちり入っている。


「素敵ね。イラブチャさん、本日はお招きしていただいてありがとうございます。旅の疲れが吹き飛びます」


『これも、兄貴も言ってんだろうね』


『リリシーの建前って、えげつない程分かりやすいもんな』


「……ゴホン……」


「ガハハ。口に合えばいいんだが。さぁどうぞどうぞ。温かいうちに食べましょう」


 シェフが全員に取り分け、リリシーもエミリアも口に頬張る。


「ん〜 ! やば !! 最高〜 ! 酒が進むわね〜 !! 」


『こういう時、エミリーは単純でわかりやすい分、得だな』


「……ねー。お、美味しい〜」


 オリビアの内なる茶々に、リリシーがどんどん掻き乱されていく。

 エミリアは上機嫌だが、酒のペースは……今日は安全なようだ。

 問題のクロウの食べ散らかしだが、何故かクロウは食事にはすぐありつかなかった。酒ばかりをガバガバ飲んでいる。基本的には強い方だ。滅多に泥酔はしない。


 リリシーはコバルト蛸のピラフを食べながら、イラブチャが話を切り出してくるのをひたすら待っていた。すべて聞くまではなんだか味もよく分からないのであった。

 何かが引っかかっている。

 冒険歴が長いリリシーだが、自分でもよく分からない。

 あの庭園で感じた感情が抜けていない。

 取り分け現実的で、勘が強い方では無いリリシーは、自身が感じたものに半信半疑なのであった。


 □□□□□


「あ、美味しい ! 」


 一方、人形屋敷の二人。

 ソフィアのシチューを一口食べたノアは思わず顔が緩む。


「懐かしいなぁ。思い出の味ぃ」


 ソフィアが作ったシチューは、奴隷商人に連れ回されていた頃よく年上達が作った物だ。当時は自分たちで勝手に作れ、と残飯を渡されていた。渡された食材で調理する年上達の中に、ソフィアもいた。

 奴隷商人の元に来たのはソフィアよりノアが後だった。故に荷台に詰め込まれてる期間、ノアはソフィアの料理を食べて育ったと言っても過言では無い。懐かしく思うのは当然だが、当時より勿論調味料も新鮮な材料で作る今のソフィアの料理は上達している。それでも分かる、身内の味だった。


「ノアはどこで馬車を降りたの ? もしかしてリリシーが…… ? 」


「まさか ! 結局、奴隷撤廃になるまで馬車にいたー」


 奴隷解放宣言をだしたのは、あのミラベル女王だ。他の国にも掛け合い、奴隷商人を一掃。しかし、そこにいた国籍不明の奴隷たちはどうなったのか……。


「僕は解放宣言の時にまだこの大陸にいたんだ。

 ねぇ ? 世界地図ってある ? 」


「ええ。待ってて」


 ソフィアはスプーンを置くと、チェストの中から折りたたまれた地図を広げる。

 世界地図。

 今、二人がいるコバルト領土とスカーレット領土があるこの大陸は、世界地図の中でも北部にあるほんの小さな島程度の大陸だ。

 表記はエルザ大陸。

 あの大きなエルザ山脈がある故の地名だが、そう大きな大陸では無い。ぐるりと三日月型にそびえる山脈。山側がスカーレット領、海側がコバルト領だ。


「エルザに来るにはこのカイリの港を通るしかない。ここに来てソフィーはすぐだったね」


「ええ。奴隷制度が禁止になるかもって……噂だけは前から独り歩きしてたわよね。どうせ嘘だろうと思ってたし、引き取り希望した神父様が……悪い人に見えなかったから」


「実際、いい人だった ? 」


「……うん。だから……引き取ってもらって……。

 それからすぐ……急に逝った時は辛くて……。

 ノアは ? 」


「ソフィーが馬車を降りてからカイリの港を出て、スカーレット領に入った頃、その噂が真実味を帯びてきたんだ。兵士が子供連れの馬車を止めるようになって。

 炎城の手前の街では連行されて、制度が確立したって兵士に聞かされた。

 で、残った僕らはそれぞれボランティアの里親を探されて引き取られた。僕はダンジョンの麓の村の教会に引き取られたんだ。けど、特に放ったらかしだったなぁ……ご飯と寝床があるだけマシ。

 それで働こうと思ってさ。酒場でお手伝いしてたんだ。

 そこにリリシーが来たの。夜来たって聞いて、僕とはすれ違いだったけど、届け物をしたらリリシーはミラベルに追われてて……成り行きで一緒になったんだ」


「そう……」


「リリシーの状況を見たら……僕も離れにくくなっちゃって……。なんてね。おこがましいか。守って貰ったんだ」


「そんなことはないと思うけれど。

    そうだ。リリシーとクロウは……恋人 ? 」


 ノアは複雑そうな顔で頷く。


「分かんないけど、多分 ? みんながいるとこでそんな素振りないし、全然そう見えないんだけど……それが逆に……。信頼関係が半端ないんだよね」


「うんうん、それ分かるわ !

 わたしの依頼も、リリシーの一言で急に……躾られた犬みたいに……って、流石にクロウに失礼ね」


 ノアは一度茶を口に含み、切り出す。


「……ねぇ。ソフィーは人前で服を脱げる ? 」


「え ? 」


 言い方が悪かったと、ノアは否定する素振りを交えながら頭を抱える。


「ち、違うんだ。

 リリシーの身体の事って、聞いたんだよね ? 」


「オリビアさんとエリナさんの事 ? 」


「うん。そう、それ。

 リリシーが兵士に追われながら、クロウの用意した装備に急いで着替えた事があって。緊急だったし、出会ったばかりな上にリリシーも多くは語らない方だから……身体の継ぎ接ぎを見た時、僕も少しビックリしちゃって……」


 ソフィアはまっすぐノアを見詰め、真剣に話を聞き入る。


「確かに上半身は男性な訳だから、気にならないのかもしれないけど……繋ぎ目は見えるわけじゃん ? どう見ても……魔術文字も入ってるし、魔法で繋いだ身体って分かったし。そんな魔法……精霊魔法でも白魔術でも聞いた事ない…… 」


「ショックを受けた ? 黒魔術に否定的 ? 」


「ううん。そういう事じゃないんだ。

 黒魔術で繋げた傷って……普通なら隠すじゃん ? 」


「でも実際……隠してるわよね ? もうそろそろ南の方は初夏だけど、リリシーの装備って首もハイネックだし、長袖だし」


「僕らの前じゃ隠さないんだ。信頼してくれてるんだと思う」


 ソフィアはそろそろノアが何に悩んでいるのか、察しがついてきた。


「それが凄く、かっこよくてさ。気持ちと状況を切り離して考えてるっていうか。本当は悩んでると思うんだけど……。でも現状は中の二人と一緒にいたいから、身体は継ぎ接ぎのまま。

 隠さない以上、僕やエミリーに見られてもなんともないんだ。僕らももう気にはしてない。

 でも……僕には、出来ないなって……」


「そうだね……」


 ノアは子供とはいえ素っ裸で歩くような歳ではない。に、しても人前で肌を晒すのは怖くて仕方がなかった。


「装備を見繕ってくれた時、僕の裾が長くて……リリシーが夜通し縫ってくれた事があってさ。

 ……気が気じゃなかった。朝までウトウト半眠りだったんだ。

 奴隷だった事は言ってあったけど……それでも『烙印』を見られるのは今でも抵抗がある……。

 今でも悪夢を見る時あるんだ……」


 ソフィアは立ち上がると、そっとノアの背に手を差し伸べる。

 ちょうど肩甲骨の辺り。拳程の大きさの焼き印があるのだ。奴隷になった者全員が受ける仕打ちである。


「焼きごての痛みとあの臭い……」


「それはわたしも分かるわ。魚はいいけれど、お肉は今も食べれない」


「そういえば昔からシチューにお肉なかったね」


「お肉なんて支給されなかったもの。でも、されてても……入れなかったかもね。匂いがダメなの。狭い場所も……。

 そういう子は他にもいたわ」


「そっか……」


「ノアだけじゃないわ。わたしも人に烙印を見せたことは無い。

 でも、リリシーもエミリアさんも……あのパーティの人達が、ノアの烙印について何か言ったりしてくるとは思えないわ。奴隷にはみんなあるものだし。

 あのクロウって人も……本質は生真面目そう。エミリアさんは正義感が強そう」


「当たってる〜 ! そうなんだ。エミリーっていい女の塊なんだ……けど……お酒が入ると……まるで凶悪生物。

 ……しかも海辺の情報屋の詐欺に引っかかりまくってた 」


「ふふ。あそこは多いからね。

 お酒は、わたしは飲まないから分からないけれど。楽しく飲んでるならいいんじゃないかしら」


「絶対身体に良くないよ。今日も見たでしょ ? ヘロヘロだよ。

 クロウは普段単独行動だしさ。リリシーが気になるなら一緒にいてくれればいいのに。天邪鬼だよね」


「なんだか想像がつくわ。

 次はどこに行くの ? 」


 ソフィアが広げられた地図を見る。


「目的地は……あれ ? どこだっけ ? いつかは魔王大陸に藤色の桜を見に行くって言ってはいたけど、これから行くとは思えないし……今行ったら、僕のレベルじゃ死んじゃうね」


「リリシー、虹竜について聞いてきたけど、東の大陸とかは聞いていない ? 」


「虹竜 ? 何も聞いてないけど……。それ、ドラゴン ? 」


「そう……。虹竜は七色のそれぞれの個体が集合体になった瞬間の姿の総称。でも、七色のドラゴンも見た事ないし、それが集まるなんて……正直、伝説レベルの話だわ……何とも答えられなかった」


「そうなんだ。うーん。東を目指して虹竜ってのを探しに行くのかな ? だとしたら随分遠いね……」


「辿り着いた頃は成人しちゃうかもね」


 ノアは食べ終わった皿を片すと、再び世界地図に齧り付く。


「カイリの港がここで〜。行くとしたら……そんなに遠くまで一気に行かないからぁ……例えば、真下のグランドグレー大陸なら地続きで色んな場所に行ける。

 目的地、相談しておけば良かったなぁ」


 楽しげに地図を見るノアを見て、ソフィアは先程のノアの不安定さが消えた事にホッとしていた。


 □□□□


「あー……。そろそろ本題ですが……。

 いやぁ……お察しの通りだとは思います……」


 食中、ある程度腹に物が入ったところで、ようやくイラブチャが口を開いた。


「魔物退治をお願いしたいんです」


「あ、その前に一つ。手紙を預かって来ましたんです」


 リリシーはポシェットからソフィアの手紙を取り出そうとしたが、見当たらない。


「やだ……落とした ? うそ……。

 すみません……大事な事だったのかもしれないのに」


「どなたからですか ? 」


「ソフィアです。ソフィア · ブルー」


「ふむ……」


「後でまた持ってきます。謝らなきゃ……。

 あの……ソフィアは献身的に海で亡くなった方を供養するため働いていますが、町で良い扱いをされているとは思えません」


「ソフィアさんですか……。あー……その方は……えぇと……」


 この反応では。

 ソフィアの町での扱いの改善には期待出来ないかもしれない。


「あ……すみません、話を遮ってしまって。

 依頼内容を詳しく聞かせて下さい」


 ひとまず話を進める事にする。


「魔物退治でしたら、討伐依頼をギルドに要請すると思いますが、何故わたしに直接お持ちになられたのですか ? 」


「実は、最初は依頼していたんですよ。でもギルドの連中も最近は気味悪がってしまって。

 その魔物なんだが、どうも人の形をしているようで……」


「人型 ? ……なるほど。それは羽はありますか ? 」


「羽 !? さぁ……。

 俺も詳しくは……皆、怯えて話さねぇんですわ。でも、今日戻った船の乗組員は見たんじゃねぇかな。三隻いた漁船の内の一隻が餌食に……。観光船や貿易船は襲わんのですよ。訳が分からなくて」


「その方達に状況を詳しく聞きたいです。話をつけていただけますか ? 」


「ええ。是非、紹介しますんで。何とか港での事故が少なくなればいいんですがね。

 漁船の連中は……俺の仲間なんですよ……。身内です……。炎城での情報を旅人に聞いて、貴女ならと、相談した次第で」


 イラブチャはふと言いにくそうに口を開く。


「あの、さっき言ったソフィアさん……ですが」


「ええ。そうでした。

 彼女の行いに対して、町の人が……」


「……どちら様でしょうか ? 」


「……え…… ? 」


 これには全員のフォークがピタリと止まる。


「え……っと……。ご存知なのでは ? 町外れの赤い屋根の御屋敷に住んでる少女ですけど……」


「なぁ、お前。知ってたか ? 」


 ギマも首を傾げる。


「女の子 ? ……町外れの御屋敷は知っていますよ。でも……あそこは長らく空き家のはず……林の中の御屋敷でしょ ? 」


「嘘〜 ? あたしたち、今日の夕方までそこにいたし、クロウは何日も泊まってたのに ? 」


 リリシーは混乱した頭の中、記憶を探る。

 ソフィアは欲しいものがあるとき、侯爵に頼んで輸入してもらうと言っていた。

 しかし侯爵がシラをきっているようには見えない。

 屋敷で飲んだお茶も、独特の茶器も、この辺りのものではないのは確かだ。

 加えて、ソフィアは町で買い物はしない。髪切り屋の話も本当だとしたら、町では買い物はしていない。それにしては食料なんかはどうしているのか。

 イラブチャはポカンとリリシーの次の言葉を待っている様子だ。……ならばソフィアの方に偽りがあるのか。


「あ……えと……そうですか。わたしたちも土地勘が無いので、何か勘違いしてるのかも……」


 そう話を納めるしかない。


「そうですか ? 困ったことがありましたらいつでも遠慮せずに言ってください。

 今日はベッドの用意も出来ますが、休んでいかれては ? お酒も入っていますし」


「い、いえ。町に宿を取りましたので」


 本当は取っていない。

 しかし屋敷にノアがいる以上戻らない訳にもいかない上に、その空き家なはずの屋敷に戻るとも言い出しにくくつい嘘を言ってしまった。


「そうですか ? 」


「ええ。お気遣いありがとうございます。

 では、そろそろ。明日、お話をお伺いしますので。わたしたちも少し防具の手入れに入りたいと思います」


「そ、そうね。あたしたちで助けになればいいけどねぇ ! 」


 リリシーもエミリアも急に狐につままれたような気分で、早くここから退散したくなってしまった。


「分かりました。では、明日の正午に宿屋の下の酒場でお会いしましょう。例の目撃者を集めて貸切にしておきますので」


 それでは宿屋に泊まらないと、店の主人と話が合わなくなる。


「えっと……ええ ! はい……」


 リリシーはなんとも情けなく、話に流されたまま侯爵宅を後にするしか無かった。


 □□□


「なになになに !? どういうこと !? ソフィーの事、侯爵知らないじゃん ! 」


 門を出てすぐ、エミリアがパニック状態に陥る。


「ソフィーの屋敷も空き家 ? 勝手に住んでるって事 ? そんで、あんな人形だらけにしてるの ? ヤバ〜 ! 」


 しかし、もし本当にヤバい人間なら、最初から侯爵との繋がりなど話さないはずである。


「うーん……聞いた時はびっくりしたけど……。

 よっ ! 」


 リリシーは火薬筒を空に打ち上げる。


「……そうね。隠れたモノを見つけるならこっちも隠れないと見つからないわ」


「どうするんだ ? あの屋敷に戻るのか ? 」


 クロウが一番、気味の悪そうな顔をしている。


「まず、ノアが無事かは確認しなきゃ。

 クロウはこのまま屋敷に戻って作業を続けて」


「了解。ノアは無事かぁ ? あ〜作業に気が進まねぇなぁ〜」


「危ない時は屋敷を出ていいわ。

 海の討伐依頼にノアを連れていくから、正午に酒場に来るように伝えて」


「わかった。とりあえずノアの保護と、あのソフィアって奴の観察か……」


「エミリーは今日は宿に泊まって。宿に泊まるって言っちゃったし……ソフィーの方に問題があった時のために、一人は万全な状態でいて欲しいから」


「それって……例えば。ソフィーが……ゆゆゆ幽霊だったりする !? 」


「それは無いかな。実体があるんだし、魔物や幽霊なら流石に気付くわよ。バレなかったミラベルが異例だと思うわ」


「リリシー。オメェはどうすんだ ? 」


 クロウの言葉に、リリシーはゼンマイの切れかけたブリキ人形のようにギギギと振り返る。


「ま、まぁ。こうなると……誰か……客観的に……侯爵と……ソフィーを知ってそうな奴に……話を聞くしか……」


『まじかい』


『爆笑。爆。笑。』


 冷や汗ダラダラのリリシーを見て、クロウは哀れみの表情で呟いた。

 兄に会って話を聞く。これが手っ取り早い。


「おいおい何年ぶりだよ。

 ……オリビアとエリナは爆笑しそうな展開だな」


「……うん。してるのよ。もうしてるのよ……中でしてるの……」


「どこにいるのか検討ついてんのか ? 」


「兄のルートはエルザ大陸とグランドグレー大陸の北西部だから、風を利用してブリトラを飛ばせば気付くと思う」


「え !? 何 !? リリシーの噂のお兄様 !? 会うの ?! 紹介して ! 」


「待て待て待て ! オメェ、酔ってるだろ ! 」


「酔ってないわよ ! 」


「じゃあ逆に怖ぇよ ! この状況でよく紹介しろとか言えんな ! 野獣もびっくりの下心だよ ! 」


「だってリリシーのお兄さんでしょ ? 知らない不審者じゃあるまいし、絶対美形よねぇ」


「「……」」


 兄嫌いで落ち込んでるリリシーと、エミリアに呆れているクロウ。二人同時にため息が出る。


「ちょっと、そんなめんどくさい顔しないでよ……」


「顔だけで選ぶと、オメェ失敗すんぞ…… ? いや、それでいいならいいけどよぉ」


「と、とりあえず、このごちゃごちゃを片付けたら……紹介の件は……言って置くけど……うん」


「そう ? 楽しみに待ってるわ !

 じゃあ、まずは明日の聞き込みね ! あたしは綺麗な宿屋〜、クロウは謎のおっ化け屋敷ぃ〜」


「ぐ…… ! 俺に当たんなよ……ソフィアが化け物って決まった訳じゃねぇだろ ! 」


「馬車来たわよ。さぁ、レッツゴー ! お化け屋敷 ! 」


「や め ろ !

 じゃあリリシー。夜間飛行、気をつけろよ」


「うん」


 リリシーは馬車に乗った二人を見送ると、町とは反対の草原の方へ向かう。


 半月が高く、背の低い植物を貪るように動いている大人しい魔物たちが遠くにいるのが分かる。


 キィィィン……


 背のロングソードを抜く。小さな金属音が周囲に響いた。他には何の音もしない広い草原。

 静かだ。

 崖から吹き上がった風が豊かな草を凪かせる。


「風よ ! 我が友 ブリトラドラゴンをここへ ! 」


 卵が無くても、主人の呪文があればブリトラはやってくる。

 風の精霊が呪文を運ぶ。

 だが召喚とは違う為、即効性がないのだ。卵の異常事態ほどブリトラも本気にならない。ブリトラの気が向くのを待つしかない。


「結構、遠くにいるように指示したからなぁ。

 グランドグレーかぁ。……朝まで戻って来れるかしら……」


 ブリトラはその頃、まだスカーレット領の山脈付近に留まっていた。


 〈グルルル……〉


 〈キュルキュル ! 〉


 〈ピャー ! 〉


 産まれたばかりのスノーワイバーンの子ドラに懐かれ、じゃれ付かれていた。親のワイバーンは夫婦で狩りに出ている。


 リリシーは周囲を見渡し、ポツンとその場にへたりこんでブリトラを待つ。


「……来なぁ〜い……」


『兄貴のドラゴン呼んだ方がすぐ来るんじゃねぇか ? 』


「わたし、あのドラゴンに嫌われてるし……」


『難儀だねぇ』


 その時、リリシーの裾の辺りからモソモソと何かが這い出して来る。


「わっ ! なんかいる !? 」


 ポプ !!


「ポポちゃん ! 」


 白鳩のポポ。クロウの伝書鳩だが、リリシーについて行くよう忍ばせたのだろう。


『クロウも自分で言えばいいのにね』


『心配だって ? 言うわけねぇな。あいつがそんなこと』


「ポポちゃん可愛い。狭かったでしょう」


 それから数十分程してからだった。ようやくブリトラがリリシーの元に来たのは。


「どこに居たの ?! いくらなんでも遠すぎよ ? 」


 〈グルケケケ ! 〉


「もう。機嫌は良さそうね……乗せて。

 グレー大陸方面へ向かって。ズメイに信号を送って。兄に会いに行く」


 〈クルル ! 〉


 バサッ !!


 一気に急上昇すると、南に向かい海の上の雲を突き破り、夜空に一筋の雲を作り出す。


「行ったな」


 クロウが大きな航跡雲を馬車から見上げる。


「ねぇ、大丈夫なの ? お兄さんとリリシーって仲悪いんじゃないの ? 」


「良くはねぇな。でも、別に敵じゃあ無ぇのさ。兄貴は特にな。歳が近い分、リリシーの行く場所を選んで担当箇所を選んでる節がある」


「心配なんだ」


「リリシーは鬱陶しいと思ってる」


「……えぇ ? そうなの ? 」


「まぁ、確かにオメェの予想通りの美男だとは思うけど……」


「やっぱり !? 」


「ちょっと……変わってんぞ ? オメェがいいなら……うん。もう嫁に行っちまったらどうだ ? 」


「え……そんな特殊な…… ? 」


「……」


「……なんか言いなさいよ」

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