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3 : 白と黒の使い手

「全員乗ったな ! よし ! 出すぞ ! 」


 漁船の甲板で、船長の親父が乗組員を確認し、発動器へ手をかける。

 船の最後尾には固定型の魔法発動器が付いている。魔法使いに特定の魔法をかけて貰い、誰でも好きな時に封入した魔法を使える便利なものである。大抵は水晶や護符、聖水などで作られた簡易的な物で、魔法も一種類しか入れられない。

 この漁船に関しては船を動かす一日分のエネルギーを発動器に入れている。ギルドと契約し、派遣された魔法使いに水魔法をかけて貰う。仕組みは単純で、吸い上がった海水が強く吹き出されるだけ。

 それでも一日沖にいても十分な魔力なのである。


「あ、待って ! 親分さ〜ん」


 一人の女性が慌てて船に駆け寄って来た。エプロンに樹皮の編み靴と、随分慌てて家を飛び出して来たようだ。


「リール、お前の姉様じゃないのか ? 」


「えぇっ !? ちょ…… !!

 勘弁してくよ姉さん ! 」


「だって心配じゃない !

 これ、持ってって 」


 リールの姉は懐から手作りのアミュレットを取り出した。


「いや、要らないって。大丈夫だよ。考えすぎだし」


 リールは随分若年で、まだ漁にでて日が浅いのかもしれない。

 そんなやり取りを見ていた親分が、姉のところへ行き、アミュレットを持った手ごと、包み込むように握り頭を下げる。


「ご心配なく。必ず帰還します。異常事態には深入りせず、人命を優先しますので」


「船長さん…… !

 ええ。ええ、お願いします ! 」


 アミュレットは乗組員ら全員が見えるところに下げられた。中には手で触れ、祈る者もいた。


「出すぞ ! 」


 船が港を離れる。

 他の船の合間を縫ってゆっくり進行し、やがて視界が広がると発動器のレバーを上げて放出量を増やして行く。


「もう一度言うぞ。いつもと同じ海域に行く。目当ては藍蛸だ。アクエリアス侯爵がコバルト王への献上品にピックアップされている。状態の良いものを狙いたいが……状況が状況だ。深入りはするな」


 船長、乗組員、新米リールもどんどん顔色が変化していく。

 周囲にも何槽か漁船はいる。

 沖に出ても驚くほど波は静かで、まるで湖のように海面は平らなままだった。

 リールが隣の漁船を見ると、乗組員達と遠目だが視線が合う。皆、恐る恐るここへ来ているのだ。


 その理由は魔物だ。


 海の魔物と言うのは、そう珍しい話では無い。どんな場所でも野生動物がいるように、海にも人間が解せない生物や謎はまだまだ多い。

 しかし、今回のは別だった。


「おお、結構掛かってるな ! 」


「よし。仕掛けを戻したらすぐ離れる」


「リール、焦ると怪我すんぞ」


「はい」


 手先が震えるのを力仕事で誤魔化す。

 籠を引き上げ、蛸を出す。空の籠が積み上がり、最後まで引き上げたら再び海へ戻して行く。


 集中か恐怖か。

 皆無言だ。


「……よ、よし。終わりか ? 」


「船長 ! 今日の分終わりです」


 日は既に高く、正午に差し掛かる頃だ。

 一番沖にいた他の漁船で声が上がる。

 何か大物でも引き揚げたか ?

 船長が船首の方へ向かい様子を伺うが、ワラワラと動く乗組員らは、どうにも嬉し楽しく踊っているようには思えない。

 何かから逃げるように船の上を右往左往している。


「出た ! 戻るぞ !! 」


「ヒィ……」


「発動器 ! 」


「はい !」


 リールを乗せた船は一目散に陸に向かう。他の漁船も同じだ。皆襲われた船を諦め、戻るしかない。


 対処法が分からないのだ。


 リールが恐る恐る今日の贄となった船を見る。沈んで行く漁師仲間の船。

 その船の船尾に、青く光り輝く少女がしがみついていた。


 魔物は人の形をしている。


 精霊なら呪われる。

 冒険者たちも名乗り出る者は少なく、居たとしても船を壊されたら戻ることは出来ない。

 しかし漁に行かない訳には行かず、漁師達は辟易し始めていた。


 青い少女は船尾の発動器にしがみつきながら、リールをジッと見つめているような気がして──リールもまた人ならぬ質感にも関わらず恐ろしい程に美しい少女を見つめていた。


 □□□□□□□□□□


 コッっと言う音を立ててテーブルに飲みきったカップを置く。そのまま両手で包み込み、リリシーがカップの中を覗き込む。


「中まで柄があるの素敵ね……。お茶もこの辺のものじゃない。……えっと……。確か、東の大陸でこんなの飲んだ記憶がある……」


 ソフィアはリリシーが飛竜一族と言う事を思い出しながら頷く。


「ええ。茶葉は同じですが、製造工程が違うんです。

 ……流石ですね。世界中を回っているのだもの、見聞が広いんですね。冒険者になったのはいつからなんです ? 」


「今から六年前くらいかな。飛竜一族は代替わりや出世を機にドラゴンを変えるの。

 体力があるドラゴンはそのまま二匹同時に使う人もいるけど……わたしは最初のドラゴンを手放せなくてね……」


「……後悔はして無いように見えます 」


「ふふ。そうなの。

 わたしの相棒は本来、飛行出来ない土竜種から進化したドラゴンなの。パワーはあるし可愛い奴なんだけど、どうしてもわたしにしか懐かなくて……客前には出せないって……。

 ただアノ子に労働をさせないなら、二匹使役するのもいいかなとは思ってたんだけど……」


「それで……一族の中で相談されたのですか…… ? 」


「したわ。

 でも、どのドラゴンもわたしと相性が悪くて。

 どうせなら自分で選ぶって家を出たのが理由。野生のドラゴンを使うなんて事は、結局反対されたままだけど……冒険者の方が楽しくてズルズルと、ね。

 相性も考えるなら、二匹目もやっぱり土竜系から派生した飛竜がいいなっては思ってるんだ。

 ソフィア。この茶器、東の大陸の物でしょ ? 『虹竜』の噂って聞いたことある ? 」


 ソフィアは目を丸くすると、若干気まずそうに口を開く。


「いえ、わたしが行ったのは一度だけですよ。ノアと出会う前です。

 ここは貿易が盛んだから、望んだ物は頼めばすぐ手に入るし……」


「そう……辛い事を聞いたわね……」


「いえ、それが。そうでも無いんですよ。わたしとノアは。

 ノアはあの外見ですから、凄く高値で、丁寧に扱われていましたし……売れ残ったのは高額すぎたのが原因で……。

 わたしも……女性としては……その、綺麗な身体でしたし……奴隷商もわたしの身支度には人一倍気にかけて高値で売ろうとしていました」


「……それは、あなたが処女である以外にも価値があるという事 ? 」


「はい。わたし、所謂白魔術師なんです」


「まさか ! 」


 リリシーは今までのエルザ山脈の一件をソフィアに話した後だ。

 ソフィアも腹を割って素性を話したのだろうが、風使いのリリシーが黒魔術を使うのとは訳が違う。


「今、人形に使っているのは黒魔術よ !?

 そんな事をしたら……わたしも光魔法のライトは使えなくなったわ」


「ええ。精霊魔法と違って、白魔術はどんどん使えなくなって行きますね。

    でも、この港は本当に事故が多いんです。海難事故でさ迷った魂を、少しでも陸に戻して導きたいんです」


「……そこまでして……。

 あなたのしている事は町の人にも知ってもらうべきじゃないの ? 悪いことじゃないもの 」


「リリシー。黒魔術なのよ ?

 無理ですよ……。人間の先入観は強いものだから……それにわたしは教会にいる時は、賢者候補にまでなっていたんです。それが今は黒魔術を使ってるとなると……恐らく心象は悪いままです」


「でも……」


 そこまで言いかけてふと疑問が浮き上がる。

 ソフィアが町の人間から疎まれている事は髪切り屋の店主が言っていた。町の人間皆が怪しんでいる、と。

 しかし、ソフィアは不自由ない暮らしに、港で輸入品を求め、買うことが出来ている。


「……あなたの人形を容認している人がいるのね ? 」


 ソフィアは静かに茶器を置くと、複雑そうに微笑む。


「イラブチャ · アクエリアス侯爵です。彼はわたしを保護してくれた神父の、古い友人だそうで……。

 コバルト王の城には町がないの。海沿いの岸壁に建ってる御屋敷よ。でも、兵士専属の鍛冶屋や教会なんかはあるけど。わたしはその教会に拾われたの。

 アクエリアス侯爵が屋敷を建てた時、この町が正式にコバルト王国の保護下に入ったみたいで……その時わたしもこの町に流れてきたの」


「王の膝元を離れて ? 」


「王家の教会なんて優秀な神父がやればいいわ。わたしは亡き養父の遺したグリモワールを隠し、それを善行に使いたかった。バレたら元も子もないし」


 これにはリリシーの方が黙り込んでしまった。

 同じ、黒魔術の魔導書を見付けた者同士のリリシーとソフィア。しかしリリシーは自己の為にだけ使い、ソフィアは白魔術を捨ててでも黒魔術で人を助けようとしている。


 ソフィアの行っている人形制作。

 それは魂を人形に封印する黒魔術を逆手に取った白魔術との応用魔法。


 黒魔術で海難事故者の彷徨える魂を人形に入れ封印し、白魔術によりその魂を天に導く、人形供養である。


「成程。……あなたは聖女ね……」


「いえ……それはお互いに違うのではないでしょうか ? 黒魔術を使う聖女なんていませんよ……。

 今夜はアクエリアス侯爵の家に行くのですね。よろしくお伝えください」


「ええ」


 □□□□□


 夕暮れ時。

 リリシー達は町の馬車屋に行き、そこからアクエリアス侯爵邸宅へ向かう。


 リリシーとエミリアは支度をし、ソフィアとノアが屋敷に残る事を聞いたクロウは、なんとも儘ならない様子で作業部屋を後にする。


「別に、俺ぁガチャガチャ音立てて作業してるし、会話とか気にしねぇよ」


「二人は久々の再会なのよ !? もっと気を使いなさいよ ! 」


「……ガキの行動に興味無ぇんだわ、マジで」


「まぁ、あの二人の性格からして、別に気を使うような事には……ならないと思うけれど……」


 リリシーも少し微笑んだ様子でエミリアに言う。


「だはっ !! 分かって無い ! リリシー ! 雄はケダモノよ ! 年齢なんて関係ないの ! 」


「ギルドのバーカウンターじゃあ、オメェの方がケダモノじゃねぇかよ……聞くに耐えねぇ噂を道中いくつ聞いたか……」


「女のケダモノはいいのよ。セクシーだから。許される ! 」


「……そりゃ若ぇからだ。

 五年後も同じ発言してたら引っぱたくぜぇ」


「何よ ! 五年後なんて今よりエロ可愛いわ ! 」


「ねぇよ ! すっこんでろ ! 」


 そこへ町で買い物を済ませたノアが戻ってきた。


「ただいま。エミリーとクロウ……また小競り合いしてるの ? 」


「いつもの事だけどね」


「「して無い !! 」」


 今日の夕食はソフィアが手料理を振る舞うらしく、材料をノアが揃えて来た。


「おい、ノア ! 女に媚びるなよ ? デレデレすんじゃねぇ」


「ノア !? いい ? ここぞと言う時に行くのよ ! 度胸よ度胸 ! 」


 ノアはしょうもなさそうな顔をすると、荷物をダイニングテーブルに降ろす。


「二人とも……何考えてんの ? もう、リリシーはちゃんと説明してよね」


「ふふ。だって人生分からないしさ。

 クロウ、エミリー。ソフィアは白魔術師よ。だから二人が思ってるような事にはならないわ」


「えぇっ !? 白魔術師って恋愛禁止ってこと ? じゃあ、恋したら ? キスまではいける !? 」


「く、詳しくは知らないけど……精霊魔法を使うわたしたちとは信仰が違うし……」


 ソフィアは今二階で、アクエリアス侯爵宛の手紙を書いている。

 いないのを見計らい、クロウが小声で尋ねる。


(でも、白魔術師って言っても純粋な白じゃ無ぇだろ ? 黒魔術も使ってる。恋人作らねぇなんて意味あんのかね ? )


(少なくとも今の彼女の作業の中で、白魔術は必要だわ。安易な行動は取らないはずよ)


 ソフィアがしている人形供養。

 これはリリシーは黒魔術だと認めた上でも、パーティでは口にしなかった。

 作業をしているクロウもまた、リリシーが止めないなら何も文句は無い。

 エミリアとノアに関しては来る者拒まずの好奇心の塊である。賛否を唱えるようなことは無い。


(ソフィアの作業はアクエリアス侯爵も認めているものらしいから、問題ないわ)


(その侯爵ってのが嫌な予感するぜ……)


 ソフィアが手紙を手に降りてくる。


「リリシー、これを侯爵にお願い出来る ? 必要な物資の輸入を侯爵にお願いしてるの。彼なら仕入れ出来ないものは無いから」


「へぇ。結構、顔がきくんだな」


「侯爵らしからぬ、人並みな素朴さが彼なりにわたしに居場所を与えてくれてるわ」


 あの漁師上がりの貴族。イラブチャはソフィアとは随分親しいか、何か接点があるのか。リリシーは何も言わず、とりあえず侯爵の話を聞くまで何も考えないようにしていた。


「ええ。預かるわ。

 それじゃあ、行ってくる」


「……美味しいもの、出るでしょうね……」


 会話を逸らしたのか、自然体なのか、エミリアはぼんやりと夕食に思いを馳せる。


「クロウ……海老は殻を剥いて食べてね。初対面の人は結構ビックリするから」


    ノアの茶々にエミリアがニヤッと顔を歪ませ笑う。


「下品ね〜。高いワインとか、ガブガブ飲むんじゃないわよ〜」


「そりゃテメェだろが。俺をなんだと思ってやがんだ ?

 だいたい元漁師の役人だろ ? エビの喰い方ひとつであれこれ言わねぇよ。むしろがっつかない方が失礼ってもんだろ」


「それはどうだろうね……」


「それよりアクエリアス侯爵の言い出す話の方が問題じゃねぇのかよ。無茶難題じゃあなけりゃいいけどよぉ」


 それはリリシーも一番警戒している事だった。ソフィアがしている人形供養。この屋敷の人形の数を見ても尋常じゃ無い数の被害が出ている。

 これがただの魔物討伐となれば話は早いが、そんな事なら酒場でも話は出来たはずだし、何よりソフィアの口からも情報が出るだろう。

 しかし、ソフィアにその素振りは無い。だがリリシーは何となく、ソフィアはアクエリアス侯爵の話を先に勘づいていると感じていた。


「彼自身は悪人には感じないけれど……ギルドを通さずわたしたちに直接って事は気になるわね。とりあえず行ってみましょう。

 ノア、行ってくるね」


「うん。気をつけてね。エミリーにあまり飲ませないように……」


「……はは……うぅん……エミリーも大人だし……多分 ? 多分大丈夫 ? 大丈夫かな ? 」


「いや、僕に聞かれても……大丈夫じゃなさそうだからさ」


 リリシーは余裕の笑顔で屋敷を出たが、豪華な食事にテンションの上がっているエミリアとクロウの後ろ姿を見て、なんとも言えない笑みに変わった。

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