目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
2 : ジョブプレートと人形屋敷

 ゴッ !


「ふぃーっ ! 生き返るぅ〜」


 エミリアが割れんばかりにウィスキー入りの陶器を叩き付ける。


「エミリー、飲みすぎないでよ ? エールにしとけばいいのに……」


「ふふーん。一杯目でそんな事言われると酒が不味くなるわ〜。大丈夫よ ! 」


 ノアのジト目に、エミリアはニッコリとご機嫌な眼差しで答えた。

 リリシーは二階の宿に、まだ荷物整理すると言い残っている。恐らく、オリビアとエリナの二人と感傷に浸りたいのだろう。エミリアとノアはそう感じた為、強引に誘わなかった。後でひょっこり顔を出すのは分かっている。

 まずは二人でささやかに食事だが……エミリアの酒の飲み方はいつもムラがある。今日は怪しい気配だ。ペースが早い為、ノアは警戒している。


「それよりノア、ギルドの登録証見せてよ」


「え ? あぁコレ」


 ノアが首から木片で出来たプレートを取り出す。熱を入れて耐久性を上げ、そこへ焼印で職業の判別の付く印と名前を刻印されるのだ。エミリアも自分の物を取り出し二つ並べる。


「へぇ、踊り子の印って花なんだね。綺麗な模様」


「そうよ。登録した町で花が違うの。炎城のギルドはテマリ花ね。きっとそろそろ咲く頃なのよね。友達は別の花がいいって、わざわざギルドの登録を違う町にまで遠征して取ってきたわ」


「エミリーの友達って……前に会った吟遊詩人さんとか ? 」


「吟遊詩人は音符と楽器ね」


「エミリーのは裏もあるね。魔法使いの六芒星だ」


「そうそう。魔法も使い始めたんだってギルドに報告したら裏面に貰ったの。これ、もっと掛け持ちしてたらジャラジャラ持つようになるのかしらね ?

 それにしても、シーフの印って初めて見たわ。ただの三角なんだ。プレートに対して印が小さ過ぎない ? 」


 木片は三センチ程だ。

 踊り子のプレートは木片いっぱいに華々しく印と名前があるのに対し、ノアの焼印はどう見てもただの三角形な上に、五ミリ程しかない。


「そうなんだ。盗む賊から、ギルドで公認のシーフって職に就いて、初めてこれなんだってさ。それでね、年数とか成績でここに印が足されるらしいんだ」


「足される ? 」


 そこへ、テーブルを通りかかった体格のいい中年男が、ノアのプレートを見て目を輝かせる。


「うお ! おめぇさんシーフかい !? その歳で面白ぇ人生設計だな ! 」


 エミリアは酒に口を付け、不快な表情を隠す。

 一方、ノアは慣れたものだ。その男をテーブルへ呼び込む。


「うわぁ〜 ! 凄い筋肉ぅ〜 ! 」


(ちょっと ! )


(大丈夫。悪い人じゃないよ)


 普段は男好きなエミリアだが、今日はあくまでノアの祝いも兼ねている上に、これからリリシーも同席する。割り切りが早いのも、遊び慣れたエミリアらしいところではある。

 ノアはトラブル回避が大前提だ。体格ではかなわない男相手に、機嫌よくお帰り願う様に立ち回る。子供で絡まれやすいが故に、良くも悪くもそんな癖が染みついている。


「この辺に有名なシーフさんは居ますか ? 」


「いんや。しばらく見てねぇ。昔は居たよ。シーフも、その上は……なんだっけ ? あぁ、罠師、そして最後にトレジャーハンターって出世していくんだぁ 」


「え ? そうなの ? 」


 驚くエミリアに、男は人の良さそうな笑みで頷く。


「そんだよ ? その三角に、次は円が足されて、トレジャーハンターになったら、波線が入る。

 三角は山、円は罠、波は海を表すんだってな。

 そんで、その頃にゃ社会貢献度なんかがギルドの耳に入ることがあれば、もっといい素材で作ってくれるはずだァな」


「へぇ〜 ! お兄さん、詳しいね ! 」


「いやぁお兄さんって年でもねぇんだ。嬉しいけどよ」


「あたしは何年か踊り子してるけど木のままだわ。特に活躍もしてないけど」


「……ん〜。リリシーとか、凄いの持ってたりしてね。いつも首に下げてないもん」


「た、確かにね。

 あぁ、あのね。あたしたち以外にもう一人仲間がいるのよ、お兄さん」


「へぇ ! 旅も楽しそうだな !

 俺はこの町で育った。漁師のイラブチャだ、よろしくな。乾杯 ! 」


「エミリアよ。か、乾杯〜」


「僕はノア。カンパーイ ! 」


 漁師。

 確かにイラブチャは武器を携帯してない。大柄で無精髭があるものの、服は綺麗に洗濯された清潔な物で、左手には美しいリングが光っている。しっかり者の妻がいる既婚者なのだろうとノアは人柄を読んでいく。


「トレジャーハンターって、珍しいんですか ? なるの難しいかなぁ ? 」


「さぁなぁ。他の大陸は知らねぇけど、この港にはいないし、いても公言しないんじゃねぇかな ? 」


「なんで ? ギルド公認の盗賊でも言えないものなの ? 」


「印象が悪いのさ。

 昔からこの町は、エルザ山脈のダンジョンに行く冒険者が多くてな。あとは輸入品、漁場メインの港だったんだが、二十年程前かな。海賊や盗賊が多くなったんだ。輸入品を纏めて襲う奴、エルザに備えて完全防備で来た冒険者から追い剥ぎをする奴。物騒な奴らの吹き溜まりでな。挙句に賊同士で、この港の縄張り争いまでするようになった」


「最低ね。人の物を奪う事になんの意味もないわ。しかもこんな綺麗な町をねぇ〜、許せないわね。

 でもうちのノアは違うわ。戦闘でも機転を利かせる脳があるもの。ガキンチョだけど結構頼りになるのよォ〜。

 お兄さんの言うような輩じゃないわ。もし港の方に心配をかけたなら……」


「え !? あぁ ! そんなんじゃねぇよ ? いやいや、そう言うつもりで声掛けたんじゃねぇって〜。美人に嫌われるとキッついなぁ〜 !!

 まぁまぁ。単純に、この町のシーフの歴史さ。懐かしいもんでつい、な」


 イラブチャは慌てて悪意がないことを伝えた。


「でも、なんで今はこんなに平和なんですか ? 」


「海賊が蔓延った時、漁師達で相談して、コバルト王家に視察に来てもらったんだ。それで王家も『すぐに何とかせにゃならん ! 』と、なってなぁ。ここからコバルト王の城までは距離がある。中継地点になる管理人が必要となった。

 天の運命なのか、精霊のイタズラか。漁場にいたアクエリアスって奴を侯爵にしたのさ。理由は、あいつが一番の強面だったからさ。ハハ !! まぁ、押し付けられたとも言うな ! ガハハ ! 」


「へ〜え。漁師上がりの貴族ねぇ。大抜擢ねぇ。

 じゃあ……侯爵とはお知り合いだったりするの ? 」


 エミリアの問いにイラブチャは簡単に頷く。


「おうよ。仲間内ではアイツが侯爵なんて笑っちまうよ ! 昔からの知り合いだぜ ?

 駄目駄目 ! 地位なんかあったって、根が海の男なんだから ! 今でも落ち着かねぇだろうさぁ ! 海の男は腐っても海の男なのさ !! 」


 ゲラゲラと笑うイラブチャの後ろ、二階の宿屋からリリシーがようやく降りて来た。

 絹のような純白の髪を揺らしながら、朗らかな視線でテーブル席の側へ立つ。

 しかしその眼光だけは、決して浮かべた笑みとは真逆の彩を放っていた。


「お、仲間かい ? 失礼失礼 ! シーフ君に呼ばれたもんで、つい御一緒させて貰ってたんだ !

 いやはや、こちらも綺麗なお嬢さんだ ! 」


 リリシーはただ無言でイラブチャのそばに座ると、少し安心した表情に戻り話し出した。


「おじ様こそ、現役離れしても素晴らしい肉体美。きっとご自分にも厳しい性分なのでしょう。ですから先にお声掛けしていただいたのですね。

 挨拶が遅れて申し訳ございませんでした。仲間に無礼はありませんでしたか ? アクエリアス侯爵 」


 それを聞いたノアとエミリアは勿論、イラブチャ本人も酒を吹き出してしまった。


「えぇ〜 !? アクエリアス侯爵 !!? な、何で !? 」


「ほ、本物 !? 明日の夜に会うんじゃなかったの !? 」


「いやぁ……かなわんな。

 どうしてバレたんだぁ ? 」


 腑に落ちないイラブチャ · アクエリアス侯爵は首を傾げて無精髭を撫でる。


「初めまして、飛竜一族のリリーシア · バイオレットです。

 ふふ。分かりますよ。

 そうですね……強いて言えば……漁師さんにしては高価過ぎる結婚指輪ですし。職業柄それを付けて漁には行かないんじゃないかと。

 それと、決定打は上流階級のご婦人に人気のコロンの移り香が。そのコロンはこの大陸には無い他所の特産品なんですよ。黒蓮華草の……仲間が持っていたので、よく覚えてるんです」


「いやぁ、びっくらこいたね。

 そうそう。今回の積荷でお願いした、妻が頼んだ隣の大陸のコロンだよ。フンフン……臭うのか ? 」


「僕は感じない」


「あたしも。こんだけ食事や酒の匂いが充満してたら無理だわ」


「わたしの一族は風を読むので、特別鼻がいいんです。勿論、同席歓迎ですよ。

 でも、明日のお話は別件……ここではお話出来ないような事、と言う解釈で合ってますか ? 」


 リリシーの『明日会うのに、何しに来たんだ ? 』との質問に、イラブチャは顔を真っ赤にして縮こまってしまった。


「いやぁ〜。深い意味はねぇんだ。一度やってみたかったんだよな〜。前日とか普通に会って、次の日、屋敷で『あ ! 貴方は昨日の !? 』みたいなよォ〜」


「あっはははは ! そんな理由 !? 嘘ぉ !? 」


 エミリアが笑い転げる。

 気を悪くもせず、赤面した顔を仰いでいるイラブチャは、本当にそんな理由で来たようであった。悪意というものが全く無い。


「あ〜あ。今回は上手くいくと思ったんだが !! 」


「アクエリアス侯爵、もしかして……兄にも同じことをしましたか ? 」


「したよ ! 最悪だぁ〜 ! バレないと思ったんだけど。あと俺もリリシーって呼んでいい ? あのお兄さん、妹さんなら引っかかるかも〜なんて言ってたけど、全然だなこりゃ」


 リリシーの兄は変わり者だ。なにか吹き込まれたのだろうが、それは単純に暇潰しのゲームのようなものだ。


「いやぁ。漁師を辞めてから暇で暇で。最初のうちはオラついてたゴロツキも、今じゃ全くだ。人気のない釣り場で一日の大半を費やしてるんだ。ストレスやべぇんだよぉ」


 酔いが回るのが早いのか、突然の愚痴にエミリアとノアは気の毒そうに目の前の貴族モドキを見つめる。


「どうぞどうぞ。お話ならいくらでもお聞きしますよ。

 すみません、エールを追加で」


「はぁ〜い ! 」


 リリシーがやっと納得の表情を浮かべる。ウェイトレスの持ってきたエールを片方差し出す。


「今はお忍びですよね ? イラブチャさんとお呼びした方がよろしいですか ? 」


「うんにゃ。もうバレてら」


 周囲を見れば、男たちもウェイターも手をヒラヒラさせて挨拶をしている。

 悪ノリしたノアがイラブチャに挙手をする。


「じゃあ ! 明日御屋敷で形だけでも、僕が言いましょうか ?

『あ、ああああ貴方は昨日の !! 奢りのお兄さん !!? 』って ! 」


「ガハハ ! おいおい流石シーフ !! 『奢りのお兄さん』って ! なぁーんだよ ! まだ奢るとは言ってねぇよぉ〜 !

 勿論、奢るがな !このくらいあれば足りるだろ ! 」


 アクエリアス侯爵は金貨を十枚程テーブル席に置くと、機嫌よくエールを飲み干す。


「さ、流石にそんなにかからないですよ ! 」


 断る方向に行くリリシーの目の前で、エミリアとノアの顔色が明るくなる !


「本当に !? やったぁ」


「かーっ !! 人の金で飲む酒 !! 最高 ! お兄さん、太っ腹 !

 あ、お姉さん。ワインお願いします」


「僕はエビの網焼き追加で ! 」


「ふ、二人とも……」


「ガハハ !! 頼め頼めぇ !! 力付けろよ若者ぉ !

 ……これくらい。いいですよ、リリーシアさん。明日でないと話せない……なんて。皆を不安にさせてしまいますからね。

 さてと……」


「明るい話題では無いようですね。

 もうお帰りになるんですか ? 」


「ええ。妻も大事にしませんと。

 では、皆さん楽しんで ! 」


「ご馳走様でーす」


「ご馳走様でした ! 」


 イラブチャが去った後、リリシーは額に手を当てる。

 明るい話題でなければ、恐らく家業にまつわる話か、何か不穏な仕事の依頼だろう。

 頭を抱えたリリシーに、エミリアはまだ酒の臭いがしない溜め息をついた。


「癖がありそうね。うふふ〜 ! あのおっさんも、リリシーのお兄さんも」


「うーん……嫌な予感するわ……」


 □□□□□□


 次の日。


 海のすぐ側にある林の中。

 赤い屋根の屋敷があった。

 庭には水の止められた噴水に落ち葉が溜まり、周囲の雑草も生え放題だが、放牧された黒馬は逃げもせず黙々と草を口にしている。屋敷の裏手には大きな樽があり、湧き水が地面からゴボゴボと湧いている。馬はトストスと自由に歩き、樽に鼻を突っ込みカプカプと水を飲む。

 その水場のそばには新しい薪と、釜があった。


 屋敷の中、クロウは粘土を手に難しい顔をしていた。ここに来てから休んでもいない。作業中の飲まず食わずはいつも通りだが、作業が進んでいないのだ。


「食事だけど……」


 家主のソフィアがトレイに朝飯のバゲットとサラダを持ってきたが、夜に置いたシチューがそのままテーブルに乗っていた。


「……あぁ〜……置いといて……」


 クロウは粘土を一度包みに戻し、床にしゃがみこんだまま、バラバラに分解した人形をジッと見詰める。組み立て、また分解し……そんな事を繰り返していた。


「あの、やっぱり難しいのかしら ? 」


「……いや。作るのは別に……。

 しかし……」


 クロウが部屋を見渡す。


「こんなにあるのに、まだ欲しいのか ? それも全部そう古くない物だ。あんたマニアか ? いや、ビンテージってもんじゃねぇよなぁ」


 クロウが通された作業部屋に限らずだ。この屋敷は玄関からみっしりと壁や棚に人形が置かれていた。何十、いや何百とある人形は全てが新しい。


「限定品ってわけでもないし。作った人間もまちまちの玩具だ。ソフィア、おめぇが作ったもんもあるのか ? どうもしっくりこねぇんだよ」


「……いいわ。何が知りたいの ? 」


 ソフィアは自分で人形を作っていることを認めた。


「そうだな……例えば。型は無いのか ? 人形師の仕事を見学した事があるが、量産するなら型を使って、そこに流し込んで固めた方が早い。

 コレクションにしては、ここにある物は見てくれに差がありすぎる。収集家や生産屋には好みとかセンスが出るもんだ。でも、統一感も感じねぇ。

 なぜ、色んな人形を作る必要がある ? それは俺にも必要か ? 」


「ええ。個性を重視して。綺麗に出来ても、太って出来ても構わないの」


「そういうもんか……。じゃあ、もう一つだ」


「何 ? 」


 ソフィアの目が釣り上がる。


「この人形の体にある魔法文字の事だ」


「詮索はしないと、言ったでしょ ? 」


「作業上、支障があるから聞いてんだよ。

 文字のあるパーツは不規則だ。気になったのは組み立てる時。どうしても魔法文字のあるそのパーツだけがハマりにくい。引っかかるわけでも、サイズが合ってない訳でもない」


「…………」


「詮索しねぇとは言った。だが、なんだか分からねぇ物を作るほどモチベーションが上がらねぇもんはねぇ。

 この人形はなんだ ? 」


「そ、それは……」


 クロウが引っかかったのはその魔法文字の種類だった。一度目にした事がある文字の形。それは炎城を支配していた魔族、女王 ミラベルの城で見た魔術印や文字列。

 ミラベルが実子のノーラン王子を杖に変えてしまった時も、その文字が浮かび上がってた事を思い出していた。


「……魔法だろ ? ……魔法の人形ねぇ……。どうして自分以外に人を雇ってまで作る必要があるんだ ? 量なら十分だろ」


 詮索されたくないと言っているソフィアだが、もしかしたら怪しい魔法アイテムかもしれない。そんな物の製造に関わり、法に触れるのはごめんだとクロウは考えた。

 しかし、これが黒魔術の魔法文字かどうかは判別がつかない。せめて何に使用してるかだけでも知りたいところではある。ただの玩具ということではあるまい。

 クロウは黒魔術に使用されるかもと知っていても、仕事として割り切るか悩んでいた。


 その時、玄関から騒がしい声がする。


 ゴッ ! ゴン !!


「ちょ、ちょっと待って」


 扉を叩く音がして、ソフィアは一度エントランスヘ向かった。


「はい」


 扉を開けると、ロングソードを背負った鎧の女剣士と、踊り子、少年が立っていた。


「おはようございます。リリーシア · バイオレットです」


「あぁ、貴女が ! どうぞ」


 リリシーとノア、そして絶賛二日酔いのエミリアがノロノロと招かれる。


「クロウ、来てますか ? 」


「はい。でも作業は進まなくて……もし気が向かなくなったのなら、無理には……」


 そこまで言って、ソフィアは何かに気付いた様子で足を止め、リリシーを険しい顔で見上げる。

 そしてリリシーもまた、崩れた笑顔を隠すように左手で口元を隠し、ソフィアを見下ろす。


((こいつは黒魔術を使っている人間だ ))


「……」


「……」


 お互いに分かる。漂う魔力の質が違う。それが分かるのは互いに黒魔術に手を出した者のみ。

    凍りつく空気の中、割って入ったのは二日酔いのエミリアだった。


「うえ〜ん。あなたがソフィアちゃん ? ごめん、座らせてぇ〜」


「あ、はい ! どうぞ ! 

    お連れ様は具合が悪いんですか ? 」


「気にしないで。ただの二日酔いです」


「うぇえ……ごめんなさいね。踊り子のエミリアよ〜魔法勉強中〜よろしくねぇ〜」


 エミリアはズカズカとリビングに向かうと、なんの躊躇いもなくフカフカのソファに転がる。


「あうぅぅー ! 」


「すみません」


「いいえ。

 そちらの方は大丈夫ですか ? 」


 ソフィアが視線をノアに移した瞬間、ノアもソフィア本人も声をあげた。


「……えっ !!? あ !! 」


「う……そ……ソフィー…… ? 生きてた…… ? 」


「ノア……どうしてここに…… ? 」


 偶然の出会い。

 ノアの知り合いならそう言う事だろう。

 ソフィアも元々、奴隷商の元にいたということだ。

 だがソフィアはノアとの思い出を懐かしむでもなく、眉を顰めて後退りを始める。


「ち、近付かないで……わたし、本当に何も悪いことはしてないの……」


 黒の魔力。

 感じているのはリリシーだけだが、ソフィアは極端にノアに対して隠そうとする素振りを見せた。


 リリシーは少し難しい顔をしたが、正直に話し合うつもりで口を開く。


「ソフィアさん。一度二人でお話しした方がいいかもしれませんね。

 でも、ノアとは積もる話もあるでしょうし……。夜は予定があるので……」


 ソフィアは静かにノアを見詰める。


「あ……はい。せっかくなんで。

 あの、夜の用事ってノアもですか ? そうでなければ……ノアとは夜話します。

 まずはあなたと話したいし……」


 しどろもどろと、今にも逃げ出しそうなソフィアの背後に、クロウが部屋から出てきた。


「おう、来たかリリシー。

 少し苦戦してよォ。詮索無しって約束なんだが。さっぱし埒が明かねぇんだよ。

 来い。見てもらいたい物がある 」


 クロウがリリシーを呼ぶ。

 ソフィアに拒否の気配は感じない。言われたままクロウの後を追う。


「あうぅ、人形が何重にも見えるゥ〜。ダメだわ。あたしはちょっと外の空気吸ってくる〜」


 エミリアは外へ出て行った。


「人形は重なってるんじゃなくて大量にあるんだけどね……。

 えと……僕、エミリアの介抱に行ってくる。

 ……ソフィー。夜、ゆっくり話そ ? 」


「……うん」


 一先ず、残ったリリシー、ソフィア、クロウは作業部屋に入る。


「これを見てくれ」


 クロウは何も、ソフィアを何処かに突き出そうなんて考えは無い。

 単純に「なんだか分からないものを作ってたら呪いに加担していた」等という状況を避けたいのだ。呪いは必ず無効化した時、術者に跳ね返る性質を持っている。リリシーと共にいる以上、災いなど少ない方がいい。


「……なるほどね……」


 リリシーはバラされた人形のパーツを見て溜め息をつく。

 だがそれ以上は何も語ろうとはしなかった。

 周囲の人形たちを眺める。


「凄い……。これ、全部…… ? 」


「あなた……この術が分かるの ? 」


 ソフィアの狼狽えた様子に、リリシーはそっとロングソードを立て掛けて、鎧を脱ぎ、ローブを少しはだけて見せる。


「それって…… !! まさか…… !! 」


 ソフィアが怯えたように、露になったリリシーの胴体を見る。


 首、胸、左腕、それぞれ違った肌の色にそれぞれ違った魔法文字があった。


『イヤン♡』


『黙ってなオリビア、ぶっ叩くよ !? 』


 クロウはその文字を見ると頭を抱えながらも頷いた。


「だよな。何かの勘違いかと思ったが……。俺は、繋ぎ目を見るのは初めてだ。でも首の裏。その文字だけは髪が長かろうがどうしても見え隠れする。

 この人形にある文字と同じだ」


「そういう事みたいね。ソフィアさん。

 それで…… ? 干渉しない……だっけ ? いいんじゃない ?クロウ、作業を進めて。

 この術者全員が悪者ってわけでも無いでしょうし。お互い見なかったって事で……。

 納得出来なければ立ち去るわソフィアさん」


 ソフィアは何か後ろめたそうな顔をするものの、胸元でキュッと手を握りながら首を振る。


「いえ、そう解釈していただけるなら願っても無い事ですよね……。うん。そうですね。

 では、事情を話しますので……」


「ああ、それは別に……」


 リリシーは装備を元に戻すと、クロウを見下ろす。


「クロウ、お願いね 」


「おめぇがそう判断すんならいいぜ。

 さぁて、始めるか !

 気が散る。出てけ」


「あんたねぇ……全く。

 行きましょうソフィアさん」


「え、あ、はい。

    では、クロウ……さん。お願いします」


 リリシーとソフィア。二人が廊下に出る。

 エミリアは外庭の噴水にもたれてクタッとしている。その側でノアが手に水を持ってきているが……あれは馬用のものでは無いだろうか ? そう思って眺めていても、止める気力もない。


「リリーシアさん……あなたは一体……」


「わたしは……。飛竜一族のはみ出し者です」


「飛竜…… !? じゃあ、地獄帰りをした後、炎城の民衆を導いて魔族の女王を討伐をした白霧の女神って ! あなたの事 !? 」


『くく、白霧の女神 !! ダーッハッハッハ ! 』


『ふひひ、いいじゃないか ! 英雄の爆誕てわけだね ! あたしは嫌いじゃないよ』


「え、何 ? そんなの呼ばれた事ないんだけど」


「有名人ですよ !! 今この町に来てる観光客だって、あなたに運良く逢えるかもってゲスな考えの連中もいるし ! 」


    リリシーにとっては初耳であった情報だ。


「く、詳しいですね……。でも、わたしは身体を見ての通り、女神なんて上等なもんじゃないです」


「身体……。

 ……繋ぐと言うより……。繋ぐのは呪文。でも、文字が繋ぐのは身体じゃなく、精神 ……だわ」


    リリシーは察する。このソフィアも、決して生半可な黒魔術師じゃないのだと。


「……ええ。わたしの中にはこの胴体と左腕の、二人の魂が未だ中にいるわ。

 文字が精神を繋ぐの ? わたしは初耳だわ。そうだったのね」


「ええ。そうです……。

    ……わたしの人形たちには、それぞれ一体に一人分の魂が入っています」


「ソフィアさんはどこで黒魔術を ? 」


「……引き取られた先が、教会の神父様だったのですが、彼はグリモワールに目が無いコレクターで。黒魔術書もその中に。

 でも、まともな方でした。酷い仕打ちなんて何も。彼は単純にただの収集家だったんです。

 でもわたしは、好奇心を抑えられなかった……」


「読んで、術を使ったのね ? 」


 ソフィアが頷く。


「隣の農村で、以前『案山子が愛の告白をしてくる怪奇現象』を起こしたのはわたしです……」


「……う………ん ? 」


「昔から記憶力が良くて。でも……」


 ソフィアが自分で羊皮紙に描いた魔術の使用痕を広げる。そこには見慣れない魔法文字の羅列と……。


「こ、これは…… ! 」


 リリシーの身体が斜めに斜めに曲がって行く。


「これ、魔法陣……なの ? 」


「う〜ん。わたし、絵はダメなんです ! 線も真っ直ぐ引けないのに円を描いて模様を描いていくなんて、無理です〜 ! 」


「そ、そう。でも、あの人形の術は出来てるのよね ? 練習とかじゃなくて」


「はあ。魔法陣を使わない、魔術文字だけの黒魔術しか使えないんです。

    唯一、これは文字だけで成立する魔術なので……」


「……それで、なんの為に術を使っているのか……聞いてもいいかしら ? 」


「そう……ですね。あなたになら……」


 ソフィアはリリシーをリビングに呼ぶとティーカップを差し出す。そして、ゆっくりと話し始めた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?