カイリの港から続く林道の中。
浜辺から歩き通しでそろそろ少女の息も上がって来た頃だ。
大木の側から大きな影が、ゆらりと立ちはだかった。
「待ぁーってたぜぇ」
「……あなた……誰 ? 」
細身だがそこそこの大男だ。だが少女は鋭い視線を向け、気丈にも一歩も引かない。
「いやいや、そんなおっかねぇ顔すんなよぉ。
ギルドで依頼を受けた鍛治屋のクロウ · ハクだ」
黒い影はモップのような毛の長いコートを脱ぎ、少女に顔を証した。
「あなたが…… ? 依頼を受けてくれたのは女性だったわ」
「ああ、リリシー……じゃねぇ。リリーシア · バイオレットだろ ? 俺ぇ、そいつの専属の鍛治屋ぁ。カイリで待ち合わせなんだけど、先に到着しちまったんでよ。あいつが着く前のバイトだ。バイト。
俺、ギルドに正規登録した冒険者じゃねぇから依頼受けれねぇんだ。
これ、ギルドから依頼の下請け書。ちゃんと『依頼はリリシーが受けたけど、仕事をすんのは俺』って書いてあるぜ」
クロウが差し出した封筒を少女が訝しげに受け取り、文書に目を通す。
「……本当……らしいわね。
……。専属の鍛治屋がいるなんて……リリーシアは余程優秀なの…… ? 」
「んまぁ。そこは気にせんでくれ」
「そう……。
はい。書類、確認したわ」
「あんがとよ。
それより、屋敷に作業部屋を用意してくれるって本当か ? 」
「ええ。食事も付けるわ。
ただし条件があるの」
目元が更に釣り上がる。この歳らしからぬ気迫がある。
「条件 ? 」
「屋敷の事は外部に漏らさない。
わたしの話も誰にも話さない。
後は……」
少女は両手に抱えた人形たちを握りしめる。
「人形に関して口を出さないこと。
これに似た人形を作ってくれるだけでいいの」
クロウはくだらない話を聞くように、野草の茎をくちゃくちゃと噛みながら薄笑いを浮かべている。
「そりゃあ都合がいい。俺も余計な詮索されたくねぇし。しっかり造るから一人にしてくれんのは有難てぇ。飯もドアの前に置いといてくれればいい。
作業中、中断されるのは萎えるんだよぉ」
「あら、本当に職人なのね。
じゃあ、改めて……わたしはソフィア・ブルーよ。
お願いするわね、クロウ」
「おう。よんしくぅ。
道具運ぶのも助かったぜ」
クロウの側には黒馬が一頭、鍛治道具を括り付けられ道草を食べていた。
「馬くらい……別に。屋敷では餌になるものも清流もあるし、ほぼ放し飼いの子だから……ただ躾はしてないんだけど……」
「あぁ。いい子だったぜ。なぁ ?
あ、そうだった」
クロウは懐から白い鳩を取り出した。
生きた本物の鳩である。
「何 ? ペットなの ? 」
「伝書鳩だ。リリシーに送るのさ」
「ふーん。仲がいいのね」
「おめぇもいるじゃねぇか。友達がよぉ」
〈カ……アリ……カカ………〉
それに応えるように、ソフィアが抱えた人形達がカタカタと動き出した。
「やめて。これは友達なんかじゃないの」
〈…………〉
「そうなのか ? いや、詮索は無しだったな。
じゃあ、とりあえず……これもだ。『俺が屋敷に住み込みで作業する』って成り行きも、別に書いてくれ」
「はぁ ? なんで私が ! 」
「俺、数字以外の読み書き出来ねぇんだよ」
「そう……」
この時代になっても、まだ読み書きが出来るのは身分の高い者しかいない。商人や自営など、町で真っ当に仕事にありつける者は親から学ぶ。だがそれも必要最低限だ。食うにも困る家というものが、まだまだ沢山あり、勉学通い所はあっても遠く、行かせられないのが現状だ。
「はい、書いたわ。その人達を返して」
クロウに書類と手紙を突き出したソフィアが、人形を返すようにせがむが、クロウは人形を真剣な眼差しで観察していく。
「関節は球体なのか……初めてみたな。土の種類に拘りは無いんだな。全部この近隣で掘れるような粘土を泥漿にして……。服は古着か ? 使い込まれた感じがシンプルだがよく映えるし、顔が違うから個性がある、性別もバラバラだな……」
一人、自分の世界に入っていくクロウをソフィアは物珍しい物を見るように見上げていた。
今まで自分をなんの偏見もなく受け入れ、真剣に人形のことを考えてくれる者など町には居なかったからだ。
「……コホン。
あー……えっと…… ! この手紙……鳩ちゃんに結んで飛ばせばいいのね ? 」
「ん ? あー頼む。ポポってんだ」
そう答えると、またクロウは人形の服を剥き、更に深部を見ていく。その眼光は職人のそれそのものだ。情報をインプットしていくクロウの職人気質に、ソフィアも家に帰ってからやれ、とは言い出せなかった。
「じゃあ……ポ、ポポちゃん。ま、丸めたけど、重くない ? リリーシアさんにこの封書をお願いね 」
ポプっ !
鳩は一気に飛び立つと、北に向かって飛んで行った。
□□□□□□
町の外れの小高い丘。
どれだけ前の物か、朽ち果てた座礁船の陰に一人の少女がいた。
霧の様な白い髪に、雪のような白い肌。十代後半ほどだが、落ち着きのある所作のせいか随分大人びて見える。
カイリの港が見えるこの場所で休憩をして、大きなロングソードと鎧を脱ぎ、その下の魔法使いのローブも脱ぎ捨て、白いシャツ一枚で海風を感じる。
座礁船の船首に止まった鳩に、グローブを外した両手を差し伸べる。
鳩は人懐こく両手の中におさまると、羽を広げて首を振り甘える。その鳩の足に結ばれた封書を優しく解く。
少女の右腕は体毛こそ薄いが確実に男性のものであり、筋張って太い血管が浮き出る大きな手だ。
一方、左手は褐色肌で美しい筋肉を持つ女性の腕。硝子のように磨かれた爪が美しい。
彼女がリリーシア · バイオレットである。仲間にはリリシーと呼ばれている魔法剣士で、風の魔法を得意とする。
ダンジョン攻略中の事故でパーティが全滅し、一人だけ生還する『地獄帰り』をした経験がある。その時、とある方法により仲間の身体の一部を、自身に接合することになった。それが継ぎ接ぎのような身体の原因である。
右手から胴体にいるのは男性槍使い オリビア。褐色肌の左手は武術家のエリナ。リリシーの本体は首から上と、下腹部から爪先までである。
いつもは長袖とグローブで隠している。
誰も居ないのを見計らって袖の無いシャツ一枚になったのが開放的で気分が良かった。
バサバサバサ !
両手を広げて風をうける。
「気持ちいい…… ! 」
吹き抜けていく爽やかな風と、青い海。食べたくなる様な白い雲。カラフルに塗られたカイリの町並みの特徴的な建造物の美しさが視界に喜びを与える。
『クロウ · ハクと合流完了。クロウは屋敷で住み込み作業を開始。町外れの林の中です。依頼人 ソフィアより〜』
鳩が運んできた手紙にはそう書いてあった。
「……子供の字だわ…… 」
読み書きの出来ないクロウだ。恐らく依頼人に代筆して貰ったのだろうが、ギルドに依頼を持ち込んだのが子供だったとまでは知らなかった。依頼人 ソフィア・ブルーとは何者なのか…… ? そもそも依頼人の年齢は防犯上、ギルドで請負人に公開されていない。会ってみて初めて……と言うのが通常だが、それでも子供が依頼人だった事など今まで経験は無い。
リリシーは手紙をポシェットに入れると、
「何かトラブルが無ければいいけど……」
離された鳩はリリシーの上をクルクル飛ぶと、眼下に広がるカイリの町へと飛んで行った。
「天気がいいわね。カイリの町はこの大陸に来た時以来。
久しぶりだわ……」
その時、背後で女性が駆け寄ってきた。
「リリシ〜」
「エミリー !! ……その格好……ど、どうしたの !? 」
パーティが全滅したという、リリシーにとってショッキングな傷を癒したのは、新しいメンバーの存在でもあった。
その一人がこの踊り子兼魔法使い、エミリア · ホワイトである。水の精霊の加護が強く、現在は魔法総合をリリシーに習っている身だ。踊り子らしいプロポーションにウェーブした赤毛の髪が美しいエミリアだが、どうも風の魔法だけは苦戦していた。
「飛んだのはいいけど、止まんないの !! 木に引っかかっちゃったわ〜 ! もう〜 ! 風の魔法腹立つ〜 ! 」
暴漢にでもあったのかと言うほど破れた、踊り子の露出的な衣装。ボロボロだが、凹垂れることだけは無い、エミリアの豪胆な性格をリリシーは同じ冒険者として尊敬している。
「エミリー、水の魔法は得意なのにね……。うーん。火や土と違って、風は水と似てるんだけどなぁ……」
「全然違うけど ? あーんもう〜」
肌けた胸元をサササと結びながら、悪態を付く。
「水は止まるイメージは湧くけど、風が止まるイメージって何 ? 風って止まるの ? どこで ? そもそも風ってどっから来てるの ? 湧いてるの ? 」
「肌で感じた通りでいいのよ。ほら、あそこに鳶がフワフワ気持ちよく飛んでるでしょ ? そんなイメージ的なものでいいの」
「あれは……風じゃなくて羽で飛んでるんじゃん ? 風がぶっ飛ばしてるわけじゃないし」
「羽で……そうだね。うん……確かに羽で飛んでるけど……ぶっ飛ばしてる……か。
……多分、風に受け身を取るのが難しいのね。
風を自分で操ろうとしてない ? 」
「操んないと魔法じゃないじゃないの ? 」
「そ、そうなんだけど……もっと身を任せて……」
そこへ最後のメンバーが不貞腐れたように歩いてきた。
まだ十歳程の子供だ。
身軽な格好をした男児だが、その面持ちは極めて少女に近く美しい。長めのブルネットがサラりと風に靡く。
「エミリーはさぁ、そのイメージがガサツなんだよ ! リリシーみたいな繊細なイメージなんか持ち合わせてないんだよ ! 無風か台風か、HIGHとROW、ONとOFFしかない ! 」
まさにその通りなのだが、リリシーは何も言わずに微笑み、二人を見守る。
「何よ〜 ! 体内魔力濃度が薄いアンタに言われたくないわよ〜 ! 頑張ってんだからね ! 」
「あ〜 ! 魔法使いになれないの気にしてるのにぃ ! 」
「生意気 ! こうしてやるぅ〜 ! 」
エミリアがガバッと少年に飛び付くと、わちゃわちゃとくすぐり始める。
「だー !! やめて ! あははは ! や、やめ…… ! だはは !! やめてってば !! 」
「エミリー、やめてって言ってるわ」
「ふふーん。参ったか、ガキンチョめ ! 」
このガキンチョ……
「リリシー、風邪ひいちゃうよ」
木に掛けていたリリシーのローブワンピースと鎧を側に持ってきた。
ノアは元々、奴隷商の元にいた身分の者だ。誰にも買われること無く、上手く人生を切り抜け、孤児院に引き取られてからも軽窃盗を繰り返して生きてきた。年齢より経験が豊富な子供故に、頭の回転が早く空気を読みたがるタイプだ。
「ありがとう。風が気持ちよくてつい……」
大人の扱いも上手いのか元々人懐こいのか、リリシーとはすぐに信頼関係を築き、エミリアとは対等な仲間として打ち解けている。
「ちょ、ノアぁ !? こんなボロボロのあたしには何も無しぃ !?
何か羽織物とか差し出さないの !? 乳ハミ出そうなあたしよりリリシーの心配 !? 」
「はぁ ? エミリーは自分で半裸着てる遊び人じゃん !? 別にほっといても大丈夫でしょ ? 」
「職業差別反対 ! 大丈夫じゃないわよ ! 」
「別にしてないよ !
はぁー……。エミリーはリュックの中にポンチョがあるはずでしょ ? 僕も知ってるよ。自分で着れば ? 」
「な、なんであたしの持ち物バレてんのよ ! ど、泥棒 ! スケベ ! 」
「シーフでもそんなの要らないよ ! バッグに物を詰めるの下手すぎ。はみ出してるんだもん」
「ウギギ」
ギルドに元窃盗犯を盗賊として登録するのは難しく、盗賊の場合に限り数ヶ月の仮登録冒険者となる。
ノアは無事、それぞれと出会ったスカーレット領を出る頃には仮契約を取得し、遂にカイリのギルドでシーフとしての冒険者身分証が交付される。晴れてシーフになるのだ。
「装備買い直さなきゃ ! 早く町に行くわよ ! 」
「魔法使いにもなったんだし、踊り子辞めればいいのに……。エミリーの踊りってセンス無いもん」
「こら。駄目よ。エミリーには助けられてる。言っていい事といけない事以前に、わたしは踊り子のエミリーも好きよ」
「う……リリシーが、そう言うなら……まぁ」
三人で切磋琢磨し、農村や山間の小さな町を旅し、ようやく初めて大きな町に辿り着いたのである。
ずんずんと丘を降りていくエミリアのあとをリリシーとノアも追う。
「クロウからなんて来てたの ? 」
「無事に仕事の依頼を受けたって。当分この町にいることになりそうだわ」
「クロウって、リリシー以外からも仕事受けたりするんだね ? 」
「……普段は無いかな……。軽作業はいつでも探してるみたいだけど、納得いかないみたいなの。
今回もどうせ断るだろうと思ってたけど……引き受けたなら、きっと内容に満足したんじゃないかしら……凄く珍しい事なのよね……」
「ふーん……。確かに、人形造り……だっけ ? 鍛治屋がやるような作業じゃないよね ? 」
「あいつ手先は器用だから。
滞在が多少長引いても、大きな町だしわたしたちも暇はしないしね。
ノアはギルドで身分証貰うし、今日は皆で乾杯しよ」
「ありがとう ! 」
普段口数の少なく大人しいリリシーだが、ノアの人懐こさにつられて最近は変化が見られた。それはノアもエミリアも、リリシーを知り、理解しているからだ。
リリシーには仲間以外には言えない秘密がある。
『懐かしいねぇ』
『一年ぶりくらいか ? 魚卵の美味さが忘れられねぇぜ』
接合した仲間の一部に、未だ本人たちの魂が宿っている事だ。
『リリシー、町角にあった魔法具の店にサメの歯が売ってたろ ? いいアミュレットだ。港でしか買えないぜ ? 』
「名前入れて貰えるんだよね ? 前回は行列で……今は空いてるかなぁ ? 」
『リリシー、出来たらでいいんだけどここの髪切り屋にはいいネイルカラーがあるんだ』
「磨いてはいたけど遂に色が入るのね。ネイルカラーってしたことが無いから、ちょっとワクワクしちゃう」
側で聞いていたノアはなんともない。特に不思議な顔をすることも無くリリシーの左手を見上げる。
「あ ! エリナの爪の事 ? エリナって何色が好きなの ? 」
『好きな色はゴールドさ』
「金色だってさ」
声はリリシーにしか聞こえない。
「き、金色の爪になるの ? 染料の素材はなんなんだろう ? 僕の村では木の実を潰したモノをお姉さん達がつけてた ! 」
『俺の爪には塗るなよ !? 』
「ふふ ! 確かに金色って不思議ね ! 」
今でもリリシーに語りかけ、時には助力してくる。
『魂が宿っている』等、最初こそ疑わしく思っていたノアとエミリアだが、既に日常と化してしまった。リリシーが独り言を呟き始めたら、決まって内側にいる二人を話している時だ。
リリシーにとっての、パーティが全滅したと言うダメージを、魂達が精神を浄化している。再起不能になる程の絶望的な経験を、この接合魔術がリリシーを癒してもいるのだ。
故に、それが自然の理に背いた行いであっても、誰も口を出せずにいた。
例えその接合魔術が、魔王軍に用いられる禁断の黒魔術であったとしても。
□□□□□□□
港町の大通りはどの商家も宿屋も、果ては路地裏の小さな個人宅まで、白い下地に原色の塗料で思い思いのペイントがされている。絵に一貫性はないが、ビビッドな色合いは青い海によく映える。
一度自由行動として三人バラバラで別れた後、リリシーは髪切り屋で店主に手を差し出していた。
「あぁ〜ん♡綺麗な手ね !
色はぁ〜、そう。そうよ ! うふん ! 分かったわぁ ! 」
なにやら頷くと、ショッキングピンクの女性らしいドレスを着た男性店主は、テーブルに小瓶を並べて行く。
「金色が好きなのね ? ベースは青色がオススメよ ! 貝を砕いた物で特産なのよ〜️♡
まずはオイルマッサージからするわん。うちの店は調香師の作ったオイルを使ってるのよ〜」
「あ、へぇ。あ、ありがとうございます。
わぁ……本当にいい香り……」
「でしょ〜 ? ️♡」
左腕だけを差し出したリリシーに、店主は何も言わなかった。
肌の色も、どう見ても顔や胴体とアンバランスな腕の創りも、左手だけという注文も。
「……あの……。片手だけって迷惑でしたか ? 」
リリシーの問いに店主は目を丸くして首を振る。
「全〜然〜️♡ 爪のメンテナンスは指一本からやってるから、珍しくないわよん。
そうね、貴女が気にしてるのはこの褐色肌の事かしら ? 」
自分から振った話題だが、あまりにストレートな物言いにリリシーもギクッと店主を見上げてしまった。
「うふふ️♡そうなのね ?
ならば意地でも聞くものですか。ふふ️♡まぁ、それがプロってやつよ️♡お客さんにまた来て欲しい。その為に必要な情報は……恋人とワインの好みくらいかしら️♡」
「ふふ。なるほど ! プロ相手に失礼しました」
「いいのよん️♡ ……ま。アチシの仕事はここに来た者に美を与える事だからねぇ〜ん ♡
うふん、これは内緒のお話だけど……三年前くらいからかしら。ここには魔物も来るようになったのよ」
「魔もングッ !? 」
店主の毛ガニのような手がリリシーの唇を覆う。
「こらこら️♡」
コクコク。
( なぜ魔物って分かるんです ? )
(だって手の甲が鱗で覆われているんだもの。どう見ても、魚人か人魚か……)
通常なら危険だ。しかし、何故髪切りの店に来るのか疑問に思った。
「問題とか、トラブルは…… ? 」
「無いわ。髪切りをお願いされるとハサミの傷みが早いくらいかしらねん。
魔物も人間も……綺麗になりたい事に理由なんて無いものなのよ。きっとね ️♡ 」
『おいおい。どうなんだ ? 人魚は船乗りを海に引き摺りこむための美貌だろ ? それに加担した事になんねぇのか ? 』
『それも一理あるけど、この大女のプロ根性は肝が据わってていいねぇ ! 』
『そういう問題じゃねぇだろ』
店主はガバガバのフリルの付いた襟から胸毛をチラつかせながらも、丁寧にエリナの左手をマッサージしていく。
「そういう事もあるんですね……なんだか……少し見聞が広がった気がします。
知能がある魔物なら、種族関係無く美を求めるのは普通の事かも知れませんね。
……それにお姉さんはプロ意識高い方だから、相手もトラブルにはしたくないのかも……」
「うふ ♡ ありがとん️♡
実は、貴女の事も少し知ってるわリリシー」
「え !? 」
「確かぁ……本名はリリーシア · バイオレット ? じゃない ? 」
「そうです。わたしです……」
「噂では、白い霧のような髪で、大きな剣に可憐な少女の風使い。その真の姿は飛竜一族の御令嬢だとか ?
ここに来た時の佇まいで、すぐに貴女だと思ったわ️♡」
店主はネイルカラーを手に取ると、ゆっくり丁寧に塗りながら落ち着いた声色で続ける。
「二週間前くらい前かしら。飛竜一族の運搬があって、港に積荷を降ろしてたわ。このコバルト王家の領土の中で、カイリの港はアクエリアス侯爵が仕切ってるの。今回、アクエリアス侯爵の荷物も多く届いたから、それは個別に纏めて、お屋敷に届けてもらったのみたいなの。
ドラゴンて大きいのねぇ ! 子供も大人も、初めて見る子は大はしゃぎしちゃってたわ。アチシもその一人️♡」
「確かにこの大陸に来るのは、そう多くは無かった気がしますね」
「折角、個別に運搬してくれたからって、お礼がてらにアクエリアス侯爵が飛竜のお兄さんをお誘いしたの。
その時に貴女の話が出たのよ。侯爵が飛竜のお兄さんに、貴女のミラベル討伐の賛辞を述べてたわ」
「お姉さんは、何故そこに同席を ? 」
「アチシ ? アクエリアス夫人に呼ばれたの。夫人の髪結いと着付けにね。
たかがお茶と言えど、独立国家で世界中にコネのある飛竜一族なんでしょ ? 貴族は目の色変えてさぁ……何とかお近付きになりたいようねぇ……。呆れるわね。
だから……貴女の話を聞いたのはたまたま。
もしかして、親族が港にいらしてた事、貴女に伝えない方が良かった ? 」
みるみる顔色の悪くなってったリリシーを見て、店主が驚いてしまった。
「い、いいえ。家業の方は随分……逃げ回ってて……気まずいだけです」
「あはは ! そうなのぉ〜 ? 家業を隠してお忍びの旅️♡いいわぁ️♡夢があるぅ️♡
まぁ、実際飛竜一族は大変そうなお仕事だと思うわぁ。陸にいるより空を飛んでる時間の方が長いなんて。
あれ ? って事は、貴女の飛竜は今どこにいるの ? 」
『おい、余計な事言うなよ ? 』
「躾は済んでるので、自由にさせてます。人里に来るのはわたしが呼んだ時だけで……。皆さん驚いてしまいますし」
「あぁ、それもそうねぇ〜。
アチシねぇミラベルにも、一度フットケアに呼ばれた事があったの。話を聞いてやっぱりって思ったの。アチシくらいプロになると分かるのよ ! やっぱり魔族だったのね」
『リリシー、なんかこいつ口軽くね ? マジで、あんま余計な事言うなよ』
「そうですね。でも、全てが悪い女では無かった……と言う印象です……」
「ん。功績も数多いし、特に水路の整備や人身売買禁止法は素晴らしい善政だったのは確かね」
「彼女こそ、永遠の美を求めた存在だった気がします。ただ度が過ぎた……」
「でも魔族は流石に……いけないわね〜️♡」
そこまで言い、ふと思い出したように店主が窓の外を見る。
「そうだわ。魔族と言えば。
最近この辺りを不気味な女の子が徘徊しててね。皆んなも近寄ろうともしないの。
……でも流石のアチシも、なにか嫌な感じがするのよ」
「嫌な感じ……ですか ? 」
「こう……上手く言えないけど、ミラベルに会った時も同じ感じがしたわ。もしかしたら魔族だったりするかしら ? いつも大量の人形を抱えてるのよ ! 」
「子供が……ですか ? うーん……」
『その子供って、多分クロウのところの依頼人じゃないかい ? 』
『ああ、そうかもな。トラブルの気配してきたな』
皆が憶測で物を言う中、リリシーは難しそうに首を傾げる。
「……心当たりはありませんね。魔族って分かる目印とか、無いですし」
「そうなの ?
でも不気味なのよねぇ。この店に来ない事だけを祈るわァ」
「そうですか……」
『何がプロ意識だっつーの。思いっきり人選んでんじゃねぇーか』
『全くだね。
それにしても、この北部地域の配送担当はリリシーの兄上じゃなかったかい ? 』
『んあ、そうそう。あの感じ悪い奴だろ ? 一度会ったな。
リリシーがこの大陸にいるのはバレてんだな』
『今、連れ戻してどうこうって事では無い様子だね』
「……」
「まぁ、色んな人がが来る町だから、気をつけるのよん️♡
はいっ️♡終わりよ ! 」
「わぁ……綺麗な色」
希望はゴールド系と告げてはいたが、単色じゃない。海と同じ青色のカラーに、サラサラと金色の砂を乗せて出来たネイルカラーだ。まるで月夜の砂浜のように、物語性を感じる仕上がりだった。
「お気に召したかしら ? ️♡」
「はい ! とっても !! 」
『ああ、こりゃあいい腕前だね。満足さ。ありがとうリリシー』
「良かった ! 」
店を出て機嫌よく大通りを歩く。
「ふふ。変わった人だったけど、この色、素敵ね」
浮かれたリリシーは今、ローブの袖を捲り、グローブも外している。手の平を翳しながらほころんだ笑みでエリナの爪を観る。
案外、他人の腕がどうなっているかなど、行き交う人々は気にしないものだ。特にリリシーの場合は顔の美しさの方が強いのだ。
颯爽と風を切り、白銀の髪を靡かせ歩くリリシーに、通行人は皆うっとりと振り返って見ていた。
□□□□□□□
「お姉さんや、踊り子さんでしょ ? 」
一人の老婆が植物製パラソルの下に座ったままエミリアを見上げ、愛想のいい声色で話しかけてきた。
「そうだけど、何 ? 」
装備を買い直し、更に際どい衣装にチェンジしたエミリアだが、この時点では警戒心を持っていた。
「いい装備だね。あたしゃ情報屋でね冒険者に情報を案内して小銭を少ーしばかり……ね ? 」
「ああ、そういう事ね。別に間に合っ……」
「凄いねぇ。踊り子でも特級品の装備に魔法石のバングル。あんた、若いのにベテランのやり手冒険者だね ? 」
「え ? え !? ま、まぁね !! 」
思いがけず持ち上げられたエミリアは、蜂蜜色のウェーブヘアをシャワシャワと手で梳きながら満更でもない返事を返す。
警戒心はどこかへ飛んだ。
「だろうと思ったよ !! 本職は魔法使いだね ? 踊り子の姿で油断させようとは……はぁー……。流石、この港に来るだけある冒険者だぁ〜。
そんなあんたには北の神殿の伝説を教えてあげるよ ? 」
「北の神殿 !? あたし、スカーレット領土から南下してきたのよ ? 北に神殿なんか……」
「そりゃ皆が祭りで行くような場所じゃないからねぇ。もう魔物だらけだろうし誰も寄り付かないよ。
ただ、御神体と希少な魔石はそのままなんだ。皆んなエルザのダンジョンに目がくらんでるから、弱い魔物のその神殿は穴場ってわけさ。
どうだい ? このネタ買うかい ? 」
「ん〜。いいわ。いくら ? 」
エミリアが一通り聞き終わると、次は向かい側の男性が声をかけてきた。
「お嬢さん、北の神殿の話を聞いたのかい ? どんな事を聞いた ? ガセじゃないのかい ? 」
「ガ、ガセ !?
あ、あたしが聞いたのは───」
その言葉に不安に思ったエミリアは、老婆の情報を話した。
「───と、言うわけ。合ってる ? 」
「うん。正しい情報だ。俺も負けてらんねぇな。
その神殿だが、楽に攻略できる武器と属性があるんだ。特に踊り子は注意が必要なんだが……お嬢さん、魔法も使えるなら安心か……」
「え、踊り子って不利なの !? 」
「多少ね。でも魔法使いが本業なんだろう ? 」
「そ、そうだけども……。い、一応聞くわ ! 」
「そうかい ? 毎度ありぃ ! 」
数分後。
ノアはギルドから正式登録証を受け取った。
これで身分証が必要な依頼や、船による大陸の移動の冒険者割引き等、ギルド公認のシーフとして各種可能になる。
「はぁー。盗賊だけ申請面倒過ぎ ! 魔物をスッたところで、ほぼ半裸だし何も持って無いだろうしなぁ。リリシーの役に立つ為の立ち回りってのを考えないと……。シーフの役割……かぁ。
クロウなら教えてくれそうかなぁ」
橋の上の植物製パラソルを見かけ、怪訝な顔をした。
あのパラソルは情報屋の目印だが、そうそう知りたい情報など金で売られているわけが無い。事実、ガイドブックや情報屋に踊らされ、浮かれた冒険者達がエルザ山脈のダンジョンで犠牲になったように……。
「どこにでもいるなぁ、ああ言う悪質な商売人。あからさま過ぎて、もう誰も引っかからなi……」
踵を返して立ち去ろうとした瞬間、聞き慣れた甲高い声がして足を止めた。
「嘘でしょ…… ! バカダンサー !? バカミリア !? 」
ノアが橋の上に駆け上がると、エミリアが…………踊り子兼魔法使い見習いのエミリアが。
何故かバニーガールになって頓珍漢な小道具まで買わされていた。
「あ、ノア。
これ、魔除けのマラカスと、魔物の嫌いな音を出すギロっていうんだって」
「……」
「なんかね、踊り子嫌いと言いつつ、お色気好きのモンスターが北の神殿にいて、満月の夜にこの格好で米で練ったデスフードを備えると……」
「……帰るよ。とりあえず、ほら……早く。行こう……」
「な、何よぉ〜まだ説明が……」
ノアは情報屋を睨みつけ引き離す。
そして、年上のエミリアにまず何から教えるべきか、悩んでしまった。
□□□□
「信っじられない !! あんな詐欺に引っかかってさぁー !! 」
リリシーと合流後、ノアはリリシーに言いつけるようにしてエミリアを捲し立てていた。
「だって〜。炎城にはあーゆーのいなかったし〜」
「あそこはエルザのダンジョンに行くパーティしか来ないからだよ !
この先、大きな町に行く度にこんなことされちゃ……。
リリシーもなんか言ってよ ! 」
「ん ? 」
リリシーは機嫌良さげに微笑み、通路の石塀に頬杖を付き海を眺めていた。
ノアの良識と、エミリアの気取らない性格が二人の年齢差を埋めている。
炎城から出たことの無いエミリアが人一倍世間知らずなのは最初から分かりきった事で、リリシーはトラブルさえなければ口を出さずにいるつもりでいた。
失敗も経験のうち、いざと言う時は助ける。ガチガチに縛らず、珍しいものに積極的に触れることを臆して欲しくない。
ノアはエミリアがいるからこそ、しっかり者でいられる。女所帯のこのパーティでは、どうしても甘やかして可愛がってしまうが、エミリアへの教育とリリシーに対してのリスペクトの精神で、元の生活のような非行に走らせない。
自分がオリビアとエリナにそうして育てられた様に。
「いいじゃん、北の神殿。ふふ。位置を地図でみたらアクエリアス侯爵の御屋敷よね !
町人と侯爵が仲がいい証拠ね」
「リリシー。ちゃんと気を付けるようにエミリーに言って !
それにしても、貴族ってもっと気取った奴ってイメージだなぁ」
「人によるんじゃない ? 侯爵って、コバルト王家からカイリをよろしくねって任されてる人でしょ ? 立場としては辺境伯って方が近いのかもしれないけど」
海の向こう。
サンセットに穏やかな波。
仲間と共に見る茜。
かつてエリナとオリビアがいたその場に、今は新しい仲間がいる。
それだけで。
「…………」
リリシーは微笑みながら、本来の感情を押し殺す。
「リリシー、全然聞いてないわよ」
「んも〜リリシー…… ! 」
「けど、確かに凄い景色よね……。海がこんなに綺麗だなんて……」
三人、石畳のビュースポットから無言で日入りを見守る。
地平線だけが赤くなった頃、伝達屋の格好をした子供が近寄ってきた。
「封書を預かって来ました。リリーシア様でしょうか ? 」
「はい。わたしよ」
「これです、どうぞ。あ、サイン帳にサインをお願いします。ここに」
伝達屋はサインを受け取ると、足早に元来た道を戻って行った。
「クロウなら鳩でしょ ? 誰からなの ? 」
封書を読んだリリシーが深くため息を付いて、エミリアにも見せる。
「この紋章って…… ! 侯爵からの招待状 !? 」
「たまにある。噂が広がるのって早いわね。
お金持ちの道楽よ。数週間前、兄がここに運搬に来てたみたいで……飛竜一族に少しでもコネクション持ちたいのね。わたしは家で中だし、意味ないんだけどなぁ」
「え……どうするの ? 御一行ってあるけど……これあたし達も入ってる ? 」
「ガッツリ入ってるわ。
断る訳にもいかないし、行くしかないわね」
招待は明日の晩である。
「その前にクロウの様子を見たいわ。依頼人が子供だったみたいだし。
今日はノアの正式登録の歓迎パーティをしましょ ? 」
「やったね ! 飲むわよ〜 !! 」
「今日は宿でゆっくりはいいんだけどさ。
エミリー、せめて宿屋に泊まれる時くらい、寝ボケて僕のベッドに入って来ないで ! 」
「好きで入ってんじゃないわよ ! あたしがあんたのベッドに行った時ゃ、まーそんときはあたしのベッドに避難していいわよ特別に」
「えぇー…… ? そ、それじゃリリシーと隣同士になっちゃうし……悪いよ……」
「なんでリリシーにだけ紳士な気を使うのよ ! 」
「そういう ! そういうところだと思うよ !! 」
宿に向かって歩く道中、リリシーは鬱陶しそうに封書を握り締めた。
飛竜一族と聞いて群がる貴族達も、口を揃えてドラゴンがかっこいいという観衆にも、リリシーは心を許せなかった。
リリシーの飼い慣らすブリトラは元々飛行系のドラゴンでは無い。飛行系ドラゴンの原種を乗るほど一族で位が高い。
一度飼い慣らした相棒を地位が変わる度、物のように乗り捨てるシステムも、飛竜一族の全てがリリシーにとって不快だった。
挙句に貴族達はそんな情報を根掘り葉掘り聞いてくる。
今から気が重かった。