世界最高峰レベルのダンジョンがあるとされる北の大陸。その大陸で最大の領地と権力を持つのがコバルト王家である。
ダンジョンのある最北端のスカーレット領から南下すると、無所属の小さな村が点在するが、大陸の中心部から南側はほぼコバルト王家の領地となる。
最南端、カイリの港。
侯爵の屋敷のある町で、貿易商や冒険者ギルド運営の移動船、沢山の漁場等、常に活気のある港だ。
町より少し小高い丘に登れば、入港を待つ帆船達が沖にごちゃついているのも見渡せる。港は大混乱だが、観光客や冒険者はその光景に目を輝かせる旅立ちの港だ。
路上市場に大漁の鮮魚を並べ、それに見合う食材もズラリと揃う。
「いらっしゃい ! 」
「この魚ってどう調理するの ? 」
「おばちゃん、道中で日持ちする乾物ちょうだい」
「じゃあ、この魚がいいわよ〜」
宿屋の主人は極上な素材を仕入れ、常連客の獲得を継続する。干し肉や山野草に飽きた冒険者は魚介類を求める。
常に市場通りは人で溢れている。
しかし、賑わっていた大人達が、突然割れるように道を開けた。
「……〜ぶ……じょう………も……〜ぶ……」
何かブツブツと呟き、うつむき加減に歩いてくる七歳程の少女が歩いて来た。
決して身なりの悪い子供では無い。
真紅のワンピースに黒いフリルのブラウス。
上質な生地で出来たドレスだが、この晴天の港の通りには似つかわしく無い装い。蜂蜜色のロングウェーブは前髪を覆い、その異常な雰囲気と左目の眼帯が本来の少女の美しさを掻き消している。
誰が見ても不気味な雰囲気の少女。
そして、両手いっぱいに抱えた陶器の人形達。どれも新しい人形だが、町の人間はそれに恐怖を感じていた。この町に人形売りは居ない。子供用具店に聞いても、販売している商品にそれらの人形は無いという。
あんな七つ程の少女が、どう新しい人形を仕入れているのか、何故大量の人形を抱えて町に来るのか、親は居るのか、誰も知らなかった。
町人の雰囲気を旅人も敏感に感じ取り、その少女を見下ろすが、誰も声をかけたりはしない。
この少女は奇異の目で見られている以上に、『除け者』として扱われている節があった。
「……ね……から……じょう……そ」
少女は町の大通りを抜けると、町外れの繋がる林道へと歩いていく。
「なんだったんだ ? アリャ」
「知らんよ。いつの間にかこの町に住み着いてたんだ。ああやって決まった時間にブツブツ喋ってここを通って行くのさ」
「まぁ、大きな町だからね。
さぁさぁお客さん ! 気にしないで ! お兄さん ! このイカはどうだい ? 味がいいよ」
町人は横目で少女を疎ましそうに睨むと、すぐに業務に戻る。
少女は脇目も振らず、何かを呟き鬱蒼とした林道のぬかるみを歩いていく。
光沢のある赤い靴が汚れる事も厭わず、人形達に顔を埋めながら、町外れに続く一本道を行く。
少女に抱えられた人形たちは、徐々に穏やかな表情に変化したようにも見えるが、それに気付く者はカイリの港には存在しない。