カレンダーを見たハクイさんが久しぶりに来た患者さんにこう言っていました。
「明日からお休みですけどこの日数で大丈夫ですか?」
こういう確認も大事なんです。
お休みの間にお薬なくなっちゃったら困りますしね。
……ということで明日はお休み、何をしましょうか?
私がそのことについて宮上さんに話したら宮上さんは「俺は明日出掛けるけどな」と言いました。
「どこ行くんですか?」
私が何気に訊いたら宮上さんもすんなりと教えてくれました。
「あそこ。あのモニュメントがある所」
「ああ、疑似街のモニュメント広場ですか。結構、端にありますよね。あれ。広場って言ったら普通中央部分にありそうなものなのに」
「そうなんだよ……って何でそんな顔してんだよ」
宮上さんがそう言うのも無理はないです。
私は考えたのです! 一瞬で。
「名案です! 宮上さん、私も一緒にそこに行きます!」
「どうしてだよっ」
明らかに宮上さんは驚き、嫌な顔をしました。でも、負けません! 私は。だってまだ、宮上さんは声を荒げていないからです。
「一人で行くんでしょ? 宮上さん、あんな所……女の子が行くわけないです!」
「じゃ、お前来るな」
妥当です。
「でも、行きます! シカコさん連れて行きます。ほら、あの若社長さんも言ってたじゃないですか……『人間みたいにしろ』って」
「だからって連れて行ってもな……」
宮上さんは考え出したようです。これは良い傾向ですね。
「ああいうの知っていくことこそ、近道だと思うんですけどね……」
追い討ちかけてみました。
「そういう感情について、か」
「はい」
私は自信たっぷりに今も考え中の宮上さんにそう言いました。そしたら、宮上さんは、
「まあ、一度なら良いかもな……。休みの日ならあんまりいないだろうし、この街の人」
――ということで、私は明日の暇を潰すことに成功しました。
*
「宮上さん、シカコさん、着きましたよ! 疑似街のモニュメント広場」
私の陽気な第一声とは裏腹にそのモニュメント広場にはやはり何もありませんでした。ただ、特徴的な赤い物が広場の中央より少し奥にでんと透明のプラスチック製の箱の中に入って置いてあるのみでした。これは……。
今日ここにいるのは私と宮上さんとシカコさんだけのようです。
それもそうでしょう。今日と明日はこの擬似街だけがお休みなのです。全面的に。平日とか関係なくその日になったら休みというやつです。
どうしてそんな休みがあるのかそれは……大掃除をするためです。
要らないものは捨てる。その為の準備をする。……それがこの休みの最大の理由です。
でも、私達のような一般人にはこの休み、ただの休みなのでこうしてお出掛けしてしまうのです。
私達は早速その特徴的な赤い物を見ました。
他に何も見る物がなかったからですが。
繁々と見る私達の横でシカコさんはずっと停止をしていました。何故でしょう?
まさか! 考えるだけでも怖いので考えないようにしましょう。今は……。もしかしたら動き出すかもしれません。
という訳で私はさらに繁々とそれを見つめました。
それは……私の眼の高さくらいにあり、深紅、食べ物の桃くらいの大きさで球体になっており、浮いてはおらず、所々に隙間があり、その隙間からは何やらよく分からない青というより清らかな水色と言った方が良い感じのきらめく光がほわんほわんと出たり入ったり……続けているものでした。
「これ、こんなにすごくても模型なんですよね……。これが当初の計画の残骸、ですか……」
私はそれを初めて見るように言いました。何度見てもそう言わずにはいられません。そのくらい驚くものなのです。これは。
宮上さんもそれをじっと見ながら口を開きました。
「すごい言い方だけど、それが正解だな。お前の年じゃまだだったのか? 近頃じゃここ、小学校の子供さん達の社会科見学の場所になってるんだぞ。いとこの子供がこの前ここに来たらしい。疑似街の始めを知るために」
その声に反応したのか勝手に説明が音声で流れ始めました。こちらとしてはその音声ガイドのことを知っていたとしてもこれは何かのドッキリか? と疑ってしまうくらい唐突でびっくりすることでしたが……シカコさんはまだ黙ったままでした。
「こちらは『疑似街モニュメント』と呼ばれていまして、『夢の落とし物』とも呼ばれております」
まだ音声ガイドの説明が続いているのに宮上さんはそこで話を始めました。もうそんな話知ってるよ……という気持ちからでしょうが……。
「まあ、どっちもどっちの言い方だな。これ、見ての通りこんな形に出来るわけがなかったやつな。ロボットならできるだろう……ってまだあと何年、何百年かかるか分からないって言い合って結局今の疑似街だろ? 良い飾りだよ、これ」
呆れた顔をした宮上さんに私は話題を逸らすべくぽろっと違う話をしてみました。
「そういえば、これ、売ってますよね。駅の売店で。疑似街キーホルダー、この辺来た人は必ず買って行くって言うね……」
「まさか、駒村、買ったのか?」
真剣に訊いてくれました。宮上さん……。
「いえ、そんな疑う目しないでくださいよ。宮上さん、買いませんよ。地元なんですから。私、いつでも買えますっ」
そんなことを言ったら、心からのあちゃー……っていう顔を宮上さんにされました。
どうしてですか! 買うのは自由です。そのはずです! 違いますか? ……までは言いませんでしたが。
「だめなんですか?」
とだけ訊いてみました。そしたら、宮上さんは、
「まあ、良いや。長くて一本、赤いリンゴの皮むき終わった感じのそれをまたリンゴのような形にして戻したのをもし、持ってたとしても、俺は気にしないさ。好きにしろって感じ」
そう言うと宮上さんは歩き出しました。
もう、見る所はないはずですが……。
ということは……帰るのですね、お家に。
早いですが今日は休日、大掃除をしている人の邪魔にならないように帰るのが常識の日です。
なので私も歩き出しました。宮上さんの後に続いて。シカコさんもそれに続きました。
ロボット薬局にシカコさんを置いて帰るために私達はロボット薬局に向かいました。
ここからだとロボット薬局までは数十分くらいです。今の季節汗もそんなにかかないのでどんなに歩いても良いな……と思います。でも、そのうち寒い冬が来てしまいますが……。
ちなみに、今日の集合場所はそのロボット薬局でした。シカコさんをどちらかが家に持って帰るのは禁止だったからです。
ふいに宮上さんが言いました。
「夢の落し物か……。あれ、本当は夢の残骸、ロボットの焼却炉なのにな」
なんだか重い話になってきました。
「それって今度ある疑似街の儀式……行事みたいなものの話ですか? 本物がどこに隠されているか未だ知っている人はごくわずかの数人のみ……っていうトップシークレットのやつ。確か報道なんかでさらっとやってますよね……この時期になると」
「ああ。ほら、あそこの山とか……あれ、全部それに使うんだ。駒村も報道見てるなら知ってるだろ? 話だけは」
「はい、話だけは。生では見たことないんですけど」
「あれは見ない方が良い。まあ、駒村が見た時点でそれは終わってしまいそうだが」
「どういう意味ですか!」
「そんなに怒るな。分かるだろ? 自覚は……ないかもしれないがお前にはそういう力があるんだよ。『破壊力』という力がな」
「そんな力……いらないですよ」
「でも、あるから……。まあ、良いや。……そのための準備なんだよな、今日と明日って」
「だから早く帰るんですか?」
私は宮上さんの真意を知りたくて訊きました。そしたら、宮上さんは。
「いや、もう見る所ないから帰るだけだ。それに……叱られ屋さんが心配だからな」
ぎく……。気付かれていましたか……。
少し挙動不審にその辺を見ればそこには壊れたロボット、使えなくなった物で溢れていました。もちろん、全てこの私が壊したわけではありません。そんなこと、とても無理です。と言うより、私は一回もそういうことになったことがありません。
ただ、少し、不具合が生じるだけです……。愛する気持ちから……。
そんな私にも出来ないこの行事は一般的には『大掃除』と呼ばれています。
新年になる前にやるあの大掃除ではありません。
数年に一度あるかないかの大掃除です。
今、歩いていても一目でそれが本当に壊れて使えなくなった……または、使わなくなったロボット、アンドロイドの山なのかは分からないようになっています。
これはたぶん、小さいお子さんが見た時のことを配慮してだと思います。
ハクイさんのようなロボットは、こんな壊れ方をしているなら仕方ないね……で済ませてしまえますが、シカコさんのようなアンドロイドには……どうしてこんな風になってしまったの? という疑問を与えてしまうからです。
まあ、これはこう見えてもロボットなのよ。ほら、ご覧。なんてやっている親御さんもいるようですが……。
なので、その上にはブルーシートがかけられているのです。何枚も何十枚もかけられたブルーシートで出来たその山は何個も何十個もありました。
たぶん疑似街の全てのそういった山がここに集められているのでしょう。
たった一日経つだけでその量は倍以上になるはずです。
ロボットやアンドロイドは可燃物なのかどうなのか……いろいろな議論の末にこれが最も効果的だろうと……そういう訳であのモニュメントよりも数倍デカイあんな物が造られ――。
だから、近日中に行われることになっているその行事は全国民が関心のあるものになっているのです。
今まで使っていた物がどうなるか、その最後を知っているのにそれでも見てしまうのは……そこに思いがあるからでしょう。
さまざまな思いが――不思議できれいな光の中に消えていく命なき動く物達。
本物の夢の落し物は何処からかやって来て私達の夢を完全に終わらせてくれる――。
あれはそういうものなのです。
大人になればなるほど思い悩む人が出て来る。……そうじゃない人もいるみたいですが。それがあまりにも当たり前すぎて考えられなくなるくらいに私達はここで生活しているのです。
だから、あの時、聞こえたのかもしれません。
ドゴォン……。
という重圧のようなあの音が私の
*
学生の頃、よく読んでいた本があります。
その本には古本屋で出会いました。
お気に入りのお話が三話くらい入っていてその中の一つにとても気になるお話がありました。
それはあの行事について書かれたものでした。
ドゴォン……、この中に入れられた物はもう二度と出て来ることがなく、その一部になる。
そして、それはまた一段と大きくなる。ただそれだけだ。
だから、もう、見ることはないのだ。
あの形、あの声も今はこの形だけだ。
異なる物に生まれ変わってここに存在する。
それがこれの意義だ。
――ドゴォン……。
それが何の音なのか? 考える。
するとそれは必然的に鼓動の、息吹の音に聞こえて来る。
そうしてまた耳を澄ませると、今度は悲しい音に聞こえる。
それは何の思いからか?
泣いてはいない……などという確証は誰も持ち合わせてはいない。
だからこそ、ここに来るのは嫌なのだ。
あの音がずっと耳ではなく、胸の、心の方に打ち響いて来る。
とても重く。とても主張する。
ここにいる――と。
それでも、どうすることも出来ない。
それは誰もがそうだ。
これこそが『夢の落し物』の正体だ。
そして、このモニュメントの下には年に一度くらいしかその姿を現さない現物のモニュメントが静かに大きく眠っている。
姿を現した時、このモニュメントは眠りから目覚め、大きく動き出す。
とても不思議な青い光を放ちながら、それを食らい続ける――。
それがこいつの存在意義だ。
空想でもなく、真実でもないお話。
三十数年前に書かれた、私が生まれる前のお話。
これが何だって言うんだ? って友達には言われましたがこれが私にとっての一番の謎で解き明かしたい事でした。
でも、それは無理だと今は思うのです。
知ったとしても何も残らないでしょう。
ただ悲しい現実が待っているだけ。
再生出来る部分も全てそれに放り込む。
決して表面化してはいけない部分。
大事なデータ。
膨大な活動記録。
それの消滅だけにそれは動く。
それが壊れたらこんな現実と無縁の形をしているこれはあっさりと消えて行く気がします。
もう誰もそう思わないことにはならないでしょうが……。
*
何となく行きと違う道を通っているからでしょうか……建設途中の物を見つけました。
「あ、あれ人間が作ってるんですね」
「ああ……。ロボットの博物館造るんだと」
あまり興味なさそうに宮上さんは言いました。そして、疑似街のお休みの日だというのによく働いています。この人達は……。
「それにはシカコさんみたいなアンドロイドもいるんですよね? きっと」
「ああ、よくは知らないけどな」
「どんな感じになるんですかね?」
「さあな」
「ずらーって並んでるんですかね? いっぱい」
「まあ、普通の博物館と同じだろうな」
「あんまり夢がないですねぇ」
「だからあんなのが出来るんだよ。夢の落し物って言うな」
「宮上さん、嫌いなんですか? 本物の『夢の落し物』」
「ああ、誰だって好きじゃないだろ。夢のゴミを捨てる場所なんて」
「そうですね……ってシカコさんに聞かせちゃいけない話ですよ! 宮上さん!」
「お前が話して来たから答えたんだろ。シカコさんに聞かれちゃまずいんならシカコさんを連れて歩くな」
注意をされました。少しきつめに。
ずっとしたかったのかもしれません。宮上さん。
「うーん、でもこれが真実ですからねぇ……」
「お前、ひどい奴だな。俺よりきっと」
そう言われればそれでおしまいですけど、これが本当です。
シカコさんに見せたくなくても良かった真実です。
後ろにいたシカコさんを見ればずっといつもの顔をしていました。
何も考えていないような……無表情でした。
私はもっと楽しい時を目指していたのに……。
どうしてこうなってしまったのでしょうか?
……って、やっぱり、宮上さんのせいだと思います。
宮上さんがそんなこと言わなければこうならなかったのに……。
そう思って私は立ち止まったまま、宮上さんを見ました。
そしたら宮上さんはもう、スタスタと前を歩いていました。
少し早めに。
逃げたんだと思います。この場から。
*
「え? 昨日のあれ手伝ったんですか? 宮上さん」
そんな驚いた調子で会社の人は宮上さんに言いました。今日もこのロボット薬局には全く患者さんが来ていません。
一昨日の私服からいつもの白い作業着に戻って落ち着いている宮上さんは、
「ああ、その前の日は下調べ」
と言いました。
そんな理由だったなんて知る由もない私です。
あの後、シカコさんはすぐに普通に戻りました。
何かがあったのは確かなのですがその原因が全く分からず……。
結局、私のせいになりました。
それでも……、責める気がありません。
だって……、ほんの少しでも私のせいかも……なんて思ったりしてしまったからです。
「あれってモニュメントと同じ光があるの、いつも不思議なんですよね……。移せるものなんですか? 簡単に」
「さあな。俺もよく知らんが確かにあれはあの光だ。あれが光ってなきゃ何もならないってやつだ。当初の計画が最後の拠り所になってしまった。それがとても」
「嫌なんだ」と私には聞こえました。
宮上さんはそんなこと一言も言っていないのに。彼はその後「すごい話だろ?」と言って話し続けていました。
どうしてそう聞こえてしまったのか、自分でも分かりませんがそう聞こえたのです。
本当にこの人は……。
ロボットが好きなんだと思います。