起きているかどうかなんて関係ない。ワン切りでも良い。
早く彼女に連絡して、
仕事用とプライベート用の両方の番号に掛けといたから、緊急事態だということは分かってくれるだろう。
トントンという軽いノックの音。
無事に初日の仕事が済んだ早朝に誰だ? 俺はもう眠いのに……とちょっと出たくない感じでのろのろとその扉を開けた。
「あ、おはようございます、江東さん! 元気ですか?」
「……ティノ……」
この顔を見て、よくそう言えるな……なんて言う気もなく、ただ魔法使いの女の子をじっと見下ろしていた。
「あの……、昨日はどうでした?」
「スーツ着て、お前が部屋に来るのを待っていたら、突然停電に遭い、そのままお迎えに来たヴァンパイアお嬢様に日本語の読み書きを教えることになったよ。それが今回の仕事になった。で、お前はぐっすり寝た!! っていう顔してるけど、昨日の夜はどうしてたんだ?」
「えっと……その、夜食を食べ終わって、この姿のまま少しソファーに座っていたら、夜の記憶が一切なく、朝になってました!!!」
「つまり、寝ていたのか……お前は……」
もう眠気が限界に近い。この数日、徹夜に慣れようとしたりしていたのだが、この魔法使いの女の子を見たせいで昼間は何もしないで寝てしまおう! という気が一気に来た。
東京の彼女からの折り返しの電話が来たら、すぐに今日の夜の為に寝よう……。
「お前とクレア。今回は使えないな……」
そんなぁぁぁっ!! という表情で俺を見るティノ。
「それとも使えるパーティメンバーだって言えるのか? 日本語の読み書きを教える
「……持ってません。謝ります。今回は何の役にも立たない……いえ! 待ってください!! 良い物があります!」
じゃじゃーん! と出して来たのはティノのスマホ。
「言っておくけど、無料アプリでそういうの探したって、教える相手があのヴァンパイアお嬢様だぞ、無理があるだろ」
「無理ですかね……やっぱり。電気苦手って聞きますからね」
やっぱりそうなの!!? 柊月、ありがとう!!
「クレアさんと相談して来ます!!」
「そうして来い」
俺はティノが行ってしまってから、ちらっとスマホを見た。
音が鳴らないようにしてあるから確認しないといけない。
まだか……。
あのニヤ笑いと良い、大人しく日本の紙でひらがなの練習をしてくれたことと良い……何か裏がある。
そもそもあのお嬢様の食事は何だろう……俺達と同じではないことは確かだし、考えるな……と言われてはいないから考えてしまう。
「寝て時間潰して、それからだな」
何となくまたスマホを見てしまった。初日の仕事を終え、部屋に戻って来ると何事もなかったかのように電気が点いて、安堵というより、恐怖を感じ、すぐにジイヤに言って、見てもらったのだが原因不明ということで、うやむやになってしまったのを思い出した。
それもあのお嬢様が関わっているように感じられる……。
時刻は午前六時四十五分過ぎ。
まだ……あ、仕事用の番号の方から掛かって来た。
「もしもし、江東さんですか? おはようございます、何ですか? こんな忙しい朝早く」
「すまん!!」
俺はそう言うと彼女に事情を話して聞かせた。
「ふーん……、あの『フタマル』の内容を読みたいって言うヴァンパイアお嬢様の為に日本語の勉強をさせたいと?」
「ああ、すぐに用意できないというのは分かってる。だけど、そこを何とか頼む!!!」
俺は目の前に居ないのにも関わらず、頭を勢い良く下げていた。
内山さんに相談しても解決しそうにないし、だからあの時、お嬢様にもそう言っておいたのだ。
彼女の返答は……。
「はあ、今度はそういう用件ですか……」
呆れたというような声で言って来るが気にしない……。
「分かりました。上の者に言って許可が出たら、郵便局からそれらを一式送るようにします。異世界の方の為に……があるので送料は無料です」
「そうか、良かったっ!」
「で、その送り先の住所、教えてください」
「えっ、と……」
俺は正直に言った。でなければ、それが届かないからだ。それがなくては二か月ちょっとがもうちょっと……とどんどん長引いて行ってしまう。
「やっぱり、異世界に居るんですね」
「なっ、何だよ! 悪いか?」
「いいえ、私も仕事の研修で異世界行ったりしますから。働いているみたいですし、何も文句は言いませんよ」
上から発言……。俺はそれ以上この話をしないことにした。
「じゃあ、今日中に送れたら送りますから。それが無理なら速達にしときますね」
「悪いな、本当……。ありがとう、柊月」
「いえ、江東さんがそれで救われるなら良いんです」
さらっと何かカッコイイ事を言われたような気がした。
電話を終えるとメールが来た。何だろう……。
電話では言えなかったことがあると前置きがあったが……。
『今、
なんてものを思い出させたんだ、柊月……。
あのヴァンパイアお嬢様の髪型、それはそういう流れなのか……やっぱり、この世界の者は大体髪を切らないで長くしている。それがボブ。ちょっと変わっていると思っていたが。
この件に関してロサお嬢様に直接聞くのもあれだ。ジイヤにでも聞いてみよう。
忠告ありがとう。でも、仕事をするにはしょうがないことだ。今回の仕事はパーティメンバーの二人が本当にダメだ。一人はぞわぞわすると言って、屋敷の中にすら入れないし、もう一人は夜に弱い。魔法使いのくせに夜がダメって……子供かよ!! と言ってやりたいが、今まで頼りにして来た分、俺が頑張らないといけないのだ。
結局、そのまま寝、日没に合わせて起き、そんな物は届いておりませんとジイヤに言われ、そのまま昨日の勉強室で俺が極力綺麗に書いた五十音のひらがなを一字、一字声に出しながらロサお嬢様に書いてもらうという……書き順はこの際、デタラメでも良い。テキストが来てからちゃんとやれば良いのだ。そう思って、その日もパーティメンバーが居ないまま無事に終わらせ、日が昇る! と言われて、俺はその勉強室から追い出された。
ドン! とその朝、屋敷の玄関に届いたのは山のような日本語のテキストとノート、鉛筆付き……。
すごい量だ。
ロサお嬢様は届いたその日の夜、勉強室に運ばれたそれを見て言った。
「これが? 日本語とは覚えるのが大変そうだ」
「まあ、そうでしょうね。日本語だけじゃなく、この中には英語や数字なんかも入っていて、日本で住んで困らない程度に覚えられるようなものが全てそろってますからね。そういう日本語の勉強一式セットですよ」
しげしげとそれを見ながらロサお嬢様は言う。
「ジイヤの分はないのか?」
「それは、また頼まないと……なんですが……」
「まあ、良い。ジイヤはそれなりに出来るからな……。ボクに内緒で文字の方も派遣社員達に教えてもらっていたらしい」
そう言ってちょっとぷんぷんしながらも、ロサお嬢様は鼻高々に言った。
「さて、勉強を始めよう。スーツ姿の似合うキミ!」
まだ『キミ』呼ばわり。けれど、その方が良いんじゃないか……と思うこの頃。
早く、この仕事を終わらせたい!! じゃないと何かと命の危険があり過ぎる!!
「どうした? キミ」
「いえ、じゃあ、まずは……これ、異世界語で説明書かれてる!! 一人でも出来ますね!」
「いや、キミに教えてもらいたいんだ。その姿でな」
またニヤッと、このヴァンパイアお嬢様は笑った。
「ハハハハ……」
何故だろう、ゴクッとなる。命の危険がプンプンして来る。
本当に早くこの仕事終わらせたい!!!