二百年くらいもう生きているから良いということはないんだ。
「クレア、レギナの目はどうなんだ?」
「んー……」
俺は握っていた手に力が入りそうになり、慌てて力を入れないようにする。
「視神経ごと取ってるみたい」
クレアの見立てが事実だとすると。
「首だけはねてもしょうがないと判断したようね。それも何人かやっての結果だと思うけど」
クレアは淡々と説明する。そうして、このレギナが最後の一人になったのか。というか、クレアが女神様だからだろうか、俺が望んでいる答え以上の事をどんどん教えてくれる。そういえば、こいつに目潰しされた時、見えちゃいけないものも見えていたから……神の目にはどこまでが見えているのだろう。
「何よ?」
そんな疑問のせいでクレアを見てしまい、俺は焦った。
「このメデューサ一族はどうやって出来たんだ?」
ヤバイ! 俺は聞いてはいけない質問をしてしまった。
握った手から伝わって来るのは、恐れ。
レギナを見なくとも分かる。だが、ティノが喋り出してしまった。
「メデューサ一族は元は人間の王族であり、女だけの一族ではありませんでした。その昔、隣国との戦いにより敗れた際に報復として、男と呼ばれる者は全て殺され、女と呼ばれる者には不老のメデューサの呪いをかけたそうです。その呪いこそ、隣国の王の願いを叶えたとされる美の女神が与えたとされ、美しい髪を全て毒蛇に変え、麗しかったその目は見た者全てを石に変えるもので」
話をずらさなければ!!! でないと、この話は終わらない!!!
「どうして、そんな戦いになったんだ?」
「その呪いを与えし、美の女神はその隣国の王と恋仲であったとされています。ですが、その隣国の王がそのメデューサ一族となってしまう王族の娘に手を出し、それが発覚した際にその娘があろうことか、その美の女神に対し、私の方が綺麗よ! おばさん!! と言ってしまい、神の
どっちもどっちじゃないのか……と言えない状況。
「じゃあ、レギナは」
「その頃からずっと年を取ってない、モンスターよ」
「それはいつの話?」
「二百年くらい前の事よ」
淡々とクレアは言う。
「じゃあ、レギナがこうなったのは?」
「つい最近の事よ。その目の状態から診るとだけど」
リアムとサラ王女が言っていた事の裏は取れた。
それにしても、同じ女神なのにこうも違うのはクレアが湯治も出来てしまう温泉の女神だからだろうか。
その美の女神様はきっと自分の美貌を武器にしていたはずだ。
それを取られたら、そうなってしまうかもしれない。
けれど、こんな幼女にまで呪いをする必要がどこにあるだろうか。
まして、その目を恐れ、こんな姿にする必要がどこにある?
その目を失くす為に、どれだけのこの世界の奴隷が使われた?
命を
「ちょっと、ヨシキチ! どこ行く気?」
レギナを連れて行こうとした俺にクレアが慌てて言った。
「レナード侯爵に言いに行くんだよ! レギナを日本に連れて行くと言うなら、保護するべきだってな! そりゃ、見世物として連れて行こうとしているのは知ってるさ。けどな、そんなの間違ってる! 言ってどうにかなるかって言われるとどうにもならない。それも分かっての」
「バカな行動は慎みなさい! それが彼女の為になるのだとしても、そうなったら最後、あんた共々、二つくらい命が亡くなるわ!」
それが神の見立てか。
「そういう運命だったんじゃないの? じゃあ」
俺はカッコ良さとか関係なく言ったのだが。
パアン!! と良い音を立てさせる平手打ちを左頬に、女神の右手から食らった。
「痛ってー……」
思わず空いていた右手でそこを軽くさすってしまった。
「その痛みだって、死んじゃったらなくなるんだからね?! あんた、あんなに死ぬのは嫌だ!! って言ってたのに何? 私が生き返らせると思って、やろうとしてるの? ねえ! 何なの?!! その投げやり感は!!」
「別にこれに関しては、俺の意見で意志だから生き返らせてくれなくて良い。父さんみたいな人が居なくなると困るんですけど……みたいな顔してるティノとか、心配させてるみたいだけど、俺としてはそういう風な方が生きた……って気がするし、こういう現代っ子って思われてもしょうがないような事で動いてしまう自分がどこか、嫌いだけど、どうしようもなく、動いてやりたいと思ってしまうんだよな、レギナには」
「あんた、レナード侯爵が生き返りを許すなんて思ってないでしょ? 職を失ったら探せば良いけど、命を亡くしたら、そのまま天国行きよ? 良いの?」
「良い」
「あんたねぇ……」
もう俺の心は動かない。どんなに良い女が現れようと! 動かない。
「じゃあ、こうしましょう」
いつの間にか、一台の上等な貴族以上の者が乗るような黒い箱馬車が近くに停まっており、それに似合った服を着て、乗って来たのだろう……この紳士そうなおじさんは、リアムが見せてくれた写真の通り。
レナード侯爵!
やっと来た!! 少し投げやり感は出てしまったが、これが一番命の危険を避ける方法……とリアムとサラ王女が考えていた作戦。
実行に移したくてもタイミングが合わなくては出来ないと言われたが、時間はたっぷりある! と言って、手始めにやってみた感じだったが……。
上手く引っ掛かった!!!
毎日、暁の頃にレナード侯爵は仕事場へ向かう。その道の一つがこの大通りであり、誰かと俺が揉めていれば、絶対見過ごさないと言っていたが、なるほど、やっぱり見てはいたんだな……、レギナよりも俺を見ている。
関心はもう変わっている……。
これから先の作戦はないが、やるしかない!!
「初めまして、エトウさん。ワタシがレナード侯爵ですよ。そんなに驚かれてない? だが、周りの彼女達は驚いている。聞こえましたよ? あなたはその幼女というような見た目をしているのを保護するべきだとね。そう言うのなら……と考えたわけです。こちらもね、今回の分の給料は全て支払わず、この後に任せようとしていたゴブリン達に日本の事を教えていただくという仕事も取り止めにしましょう。そして、新たにあなた達、お三方にはノイデフィを通して仕事を受けてもらいたい。奥地の地図製作調査も兼ねて、人間嫌いのエルフに日本の事を教えていただけないでしょうか。女神がおいでだから、こちらもこんな口調で話していますがね、本来ならあなた、とっくに日本の殺傷能力がない物でも殺せていますよ。包丁も銃も使わずにね」
クフフ……と笑った。
やはり、あの変な笑い方をする男の上で働くだけはある男だ。
怖いったらありゃしない。だけど、そんな物騒な事を言われても俺はへこたれない。レギナをこれ以上、可哀想な運命に進ませたくない。
俺は後ろに隠れたレギナを庇いつつ、レナード侯爵を見据えて言っていた。
「では、そうしてください。ちゃんと、この子、レギナを日本に送り、あなたもきっと世話になったであろう保護施設にレギナをやってください! 東京の異世界保護施設です!! ちゃんと日本で生きて行けるように手配はこちらでします!」
「ちょっと、何言ってんの?! ヨシキチ!!」
「俺の知り合いにその保護施設で働く女性がいます。もちろん、日本人です。モンスターの知識もかなりのもので、あなたより良い子に育ててくれますよ! 彼女なら!!」
江東さん、その知り合いの女性はまたそのろくでもない大学で知り合ったんですか? というような顔をティノがしていた。
そうだ、彼女は俺と同級生! でも年下!
そんな彼女なら、きっと上手くやってくれる。
合コンで知り合ったという国家公務員の男の人も何人か知っていると言っていたし、大丈夫!!!
俺は勝負に出た!!!
「分かりました、良いでしょう。見世物にするなら、やはり、あの目の方だ。あの目は今、ホルマリン漬けにしていてね、上手く行けば博物館行きだ。そのくらい価値がある。その幼女のようなのにはまだ価値があったのだが、泣かなくてね。泣いてくれないなら価値はない。泣けるようになった頃にまた考えますよ、生かすか、死なすか。エトウさんのせいで、彼女の人生は台無しだ」
「いいや、アんたが、アナタに捕まったから台無しになったんだよ! レギナは!」
それ以前に、神の呪いを解こうとか思わなかったのか! 誰も! なんて
何故なら、神のした事は絶対で事実として残り、何も変わらない。もしかしたら、このまま生き延びることになるレギナはここで殺されて、やっと解放されるかもしれないが、『いきたい』と言ったその心は守ってやりたい。
「では、もうレギナを連れて俺達は出てって良いんですね?」
「ええ、良いでしょう。ただし、こちらからは仕事内容を変更したいとだけ伝える。ゴブリンの契約はまだでしょう? あなたのような人物はあまり見たことがない。それで上手く行くなら是非、このまま使っていきたい。全ての事情を内山さんに話すな! それを呑んで契約してもらう! きちんと奥地で働いて来い! 難癖もあるエルフ相手にな! それがアンタ達がするべき事だ!! きっとノイデフィはその条件を呑みますよ。そうやって出来ているのだから、この世界は。いや、他の派遣会社だってそうだ。素晴らしい額は我々の方が握っているのだから」
最悪貴族ジジイとの話を終え、俺達は日本に一度帰ってください! それから異世界の奥地です!! 今後このような事は絶対しないで下さい!!!! と激しくノイデフィの方から怒られ、国の問題にならなくて良かった……とか言われ、少し居心地悪く、レギナを無事に日本の東京異世界保護施設へと連れて行けることとなった。
だが、その前に……サラ王女に会わなくてはならない。