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この手で!

 翌朝、朝食を食べ終わったティノを誘い、クレアの所に行き、俺は昨日の話をした。

「それは……」

「何で、私達がそれをやらなきゃいけないのよ?」

 ティノとクレアで反応が大分違う。

「だから、言っただろう、何もしてないんだから、せめてこれくらいやれ! って」

「それが、隠し撮り?」

「隠し撮りはティノの提案だろう。別にそれじゃなくても良いんだ。志多さんに送れる物が撮れれば良いんだよ。きっとあれだな、志多さん的に本物が来ちゃうと困るから、だからスマホの画像で……ってことなんだろうな……。志多さんの部屋は今、すごい事になってるようだから」

「何がどう、すごいんですか?」

 またろくでもない大学で知り合った方ですか? と言ったティノが俺を見て言う。

「物が溢れて散らかってるっていう意味。きれいにしてもきれいにしても、何でかすぐに汚くなっちゃうんだと……」

「それは掃除の仕方がなってないんじゃないですか?」

「違うな、新たなお宝をどっさりと、その日に集中的に買い、それでも尚、気になったのがあると即行買っちゃうたちだからだ!」

「よく知ってらっしゃる……」

 皮肉を言われ、俺は黙ることにした。柊月ほど、志多さんについて知ってることは少ない。

「で、この全ての窓が光を遮断している屋敷の外からどうやって撮らせる気なの?」

 俺は外から見ても光がない理由が分かるそれを見る。

「分厚いカーテンで全部を閉め切ってますもんね。窓いらないってくらいに」

「それでもあるのは空気の入れ替えとかそういうのが関係してるんだろ」

 俺は適当に言って、この案はないと思った。

 遠くからでもこのスマホがあれば拡大して撮れますよ! それは隠し撮りだ!! と言うティノと俺に対し、隠し撮りをさせる気なの?! この私に?!! と言うクレアだったし、他の案を考えよう……。

「他に何かあるか?」

 何も思い浮かばない俺としてはこの二人のパーティメンバーに考えさせるしかなかった。もう眠い……、早く終わらせてまたぐっすりと寝て、日没から日の出前までの仕事をしなくてはならない。

「そうですね……」

「これはどう!!? この屋敷で飼われているモノマネスライムを使って撮るの!!!」

 クレア、声デカイ!! 非常に良い案なのだろうが、ロサお嬢様に気付かれたらどうする!!?

 いくら太陽があるからと言ったって、あのジイヤは起きているんだ。

 いつぞや、ティノはジイヤにいつ寝ているんですか? と訊き、それはちゃんと規則正しく生活をしておりますのでご心配には及びませんよ……なんて言われてたりしたっけ……、そんなちょっと気の毒なティノを見る。

「何ですか? 江東さん、あたしの考えはもう言ってありますよ!! 隠し撮りです!! 隠し撮りをするのです!! そして、早くこの仕事を終わらせ、夜ではなく、朝から夕方、もしくは夜九時くらいまでの仕事をしましょう!!」

「ああ、そうだな……そうしなきゃ、ティノは使えないし。それ以前に建物に入れない女神とか、本当使えねーから、俺が苦労するしな」

「何ですってぇ!! 私だって、頑張れば入れるもん! ただちょっと、派遣切りとかの心配があるだけで」

「だから、それが使えねーって言ってるんだよ。全く、スケルトンの時はどうして出来たんだよ」

「だって、あの時は最初だったし……、我慢してたの……、ヨシキチに迷惑かけちゃいけないと思って」

「じゃあ、今もそういう気持ちでやれよ! 俺のテント、すんげー酒臭くしてるんじゃねえよ!!!」

「な、何よ、何よ!! そう言うんだったら、早くモノマネスライム見つけて来なさいよ!! そしたら私が調教して、あのお嬢様にしてやるんだからぁ!!」

 なんて言いながら、使えない温泉の女神は俺の貸したテントに入って行く。

 くそ、もうこいつにこのテントをくれてやろう。そうすれば少し、荷物が減る。

「じゃあ、それが終わったら隠し」

「あ、それはやらねえよ。隠し撮りは却下だ」

「がぁーーーーん!!!」

 セルフ鐘かと思ったくらいにティノはがっくし……とし、すぐに元に戻った。

「まずはこの屋敷で飼われているモノマネスライムを見つけるのが先決ですね!」

「何、やる気出してんだ? ティノ」

「だって、久しぶりな仕事ですもん! 働きますよ!!」

「何か嫌な予感……」

 俺はそんなティノと一緒に屋敷の中をこっそりと調べ出すことにした。

「居ましたよ!!」

 案外早く見つけ出せれた。

 食堂の長いテーブルの上に数匹たむろっていた。

「あー、早く見つけてしまいましたね……」

 何でそんなに残念……という風な声なのだろう、この魔法使いの女の子は。

「では、見つかる前にこの一匹をクレアさんの所に持って行きましょう」

 そう言って、ひょい……と平気でそれを持つとティノは歩き出し。

「何をしている?」

「うわ、嘘! ロサお嬢様?!!」

 とっても機嫌悪そうなヴァンパイアお嬢様が食堂の出入り口に立っていた。

「あの、これは……」

「ロサお嬢様でございます」

 ジイヤがロサお嬢様の後ろから出て来て言った。

「あの!」

 俺は謝ろうと思った。こんな太陽が出ていても平気だなんて信じられないが、この屋敷の伯爵令嬢であるロサ様が俺達の前に立っている。

「申し訳ございません! ロサお嬢様!! って、その、首の所の赤いリボン……どこかで見覚えが……」

「よく見られておりますね、エトウ様。このお嬢様はモノマネスライムが化けたもの。太陽の出ている時はこうして影武者のようにしております。それで、何をしようとしていたのですか?」

 俺は正直にジイヤに訳を話し、ティノは連れて行こうとしていたモノマネスライムを元に戻した。

「それはお嬢様が起きられた時に話させてもらいます。全てはお嬢様の為、許してくださることでしょう」

「はあ……」

 ジイヤはそう言っていたが、果たして……。

 やる事のなくなった浴衣姿の女神は寒い!! と言って、またテントの中で酒を飲んでいるみたいだし、ティノは今日こそは起きています!! と言ったものの、寝ているようで来ない。

 俺は仕方なく、その勉強室の扉を開ける。

「おはよう、キミ!! 今日は喜ばしい事をジイヤから聞いたぞ、キミ、ボクの為にいろいろとやってくれそうになっていたんだってな。それで、キミはどのボクが良いんだ?」

「へ?」

 俺はよく分からないままに進もうとしている話に待ったをしても良いのか考えた。

「どうした?」

「いえ、あの何の話をしているのでしょうか? 分かりやすく教えてくれません?」

「だから、ボクの為に頑張っているキミに選ばせてやると言っているんだ。昼間に見たモノマネスライムが化けたボクか、そこにあるボクの絵か」

 そう言って見たロサお嬢様の視線の先には俺の目の前に居るロサお嬢様と瓜二つな油絵があった。だが、この絵のロサお嬢様の髪は長く、軽くウェーブしている。

「素敵ですね……」

「そうだろう。これはボクがヴァンパイアになった時に描いてもらった絵だ。ラミア伯爵の部屋にはこれと同じボクが人間だった頃の絵がある」

「へー……、人間?」

「ああ、人間だ」

 これ以上、この話をして良いのか迷うが俺は言う。

「お嬢様はどうやってヴァンパイアお嬢様になったのですか?」

「教えてほしいか? 良いだろう、教えてやる」

 そう言うとロサお嬢様が席を立ち、俺の前まで来て言った。

「キミ、そこのイスに座れ」

 命令口調……素直に言われた通りにする。

「あの、それで」

「ああ、こうやって噛まれてヴァンパイアになるんだ。特殊な血を入れられてな。それは苦しい……けれど、まあ、いつもはこういう感じで使用人達の首筋から少しずつ血をもらっているだけだ、安心しろ」

 いや、これは実にいけないことをしている気持ちになる。何たって、このヴァンパイアお嬢様は今、俺の方を向き、膝の上に座ろうとしているのではないかと思ってしまうほど、近くにいらっしゃって、俺の首筋を狙っている。

「噛んだりはしない。眷属を作る気はないからな。だが、みなは言う。これはとろけるような事だと」

「はあ、とろける……」

「だが、ボクに言わせれば、これは実にいけない事だ。遠慮をしなければ全ての血を吸ってしまうからな」

 何でこんな時にそんな命の危険的な話をするのだろう。このお嬢様は。

「キミ、ボクが何故、日本人の血を知っていると思う?」

「さあ、見当もつきませんね」

 お嬢様は俺の膝上から身軽に下り、俺を見た。

「お土産にもらったのだ、一口な。輸血パックという物らしい。くれた相手はは」

「レナード侯爵って言うと、俺の派遣先の会社である社長の……」

「そう、レナード侯爵は、その名の通り貴族でね。十年前か、あの強風は。それで日本に行ってしまったんだが、戻って来られて、今はこの世界に初めての『会社』という名のひどい組織を作り、そのキョウコウ社の社長として、この世界で多大なる力を持ち、もっと豊かになるように……と暗躍しているよ。まあ、表向きは良い顔をしているけどね。確か五十代のおじ様さ」

 ロサお嬢様はサバサバと話す。

「それでそのキョウコウ社にラミア伯爵は入ってしまったんだ。全く、あの頃のような自由が減ってしまったよ。キミは会社についてどう思う?」

 こんな話をする日が来るとは思わなかった。

「そうですね……、あんまり良い思い出はありません」

「そうか、それでキミ、どちらにする? ボク自身を撮るというのはなしだ」

「では、絵の方にしときます。モンスターが化けたのより良いでしょうから」

「そうか、そうだな。この絵は有名な画家に描いてもらったのだが、その

画家ももうこの世にはいない。呪われてはいないから安心しろ」

「はあ、まあ、では、明日の昼にでも撮らせてもらいますよ」

「そうしろ、今、撮ろうとしたら、ボクはキミの首筋がどうなろうと知っちゃこっちゃない!! と言って、もてあそんでやろうと思っていたのだが」

 危ない所だった!! ふう、これで命の危険も少し減っただろう……。

 さて、勉強だ!! と言って、切り替え早くロサお嬢様は何事もなかったようにいつも通り、柊月が送ってくれたテキストで日本語の勉強を始める。

 そうだった!! 俺はやっと休憩になった時に思い出した事をロサお嬢様に言った。

「あの、ロサお嬢様はどんなやつを描いてほしいとかあります?」

「何だ? 急に……、ああ、あれか。ボクが見たいと言ったやつか……そうだな、ホクホクの焼き芋というのが見てみたいな……。それはとても美味しいのだろう?」

「そうですね、時期的にもうすぐ日本の街中をそんな車が走る頃ですね」

「そうか、その車というのも見てみたいが……キミは車の運転出来るか?」

「はい、免許は持ってますし、いろいろと休みの日には遠出なんかしたりしてましたよ。自分の車もありますし、まあ、こちらに居ることが最近は多いので、家族に乗られたりしてて、でも、前に日本に帰った時は乗りましたね……」

「そうか。楽しそうだな、東京という所は」

 焼き芋と車……どちらも入ったやつを頼もうと俺は思った。

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