早退で出来た時間。
それを使って俺はまずジイヤの所に行った。
「ジイヤさん!」
ジイヤはいつもこの時間、勉強室近くの部屋で読書をしながらロサお嬢様に言われ、待機させられているから見つけるのは簡単だった。
「どうなされました? 今夜は早くに終わったのですか?」
「いいえ、今日は俺、早退することにしました」
「そうですか、それで何か御用が?」
「あの、ロサお嬢様は何歳なんですか?」
「十四歳でございます」
「そうですか……、それはずっと?」
「はい、ヴァンパイアとして生きることになってからずっとその年齢のままです」
「どのくらい……と訊いても良いですか?」
「それは……お嬢様とお話された方がよろしいかと」
ジイヤはそれ以上話してくれないらしい。
「すみません、そうですね、そうします。じゃあ、俺、行きますね。また明日からはちゃんと仕事しますので、お先に失礼します」
「お疲れ様でございました」
ジイヤと別れ、そのまま俺は自分の部屋に入り、ロサお嬢様と居る時は使えないスマホをスーツの内ポケットから取り出し、考える。
志多さんの連絡先、知らない!!
考えろ! 大学時代からの柊月と同い年の友達であるメガネの彼女、志多さん……、もし柊月にこの事を話し、志多さんの連絡先を教えてもらった場合、彼女が隠しているその活動が知られてしまったら……、いや、もうあれから時間が大分経つし、柊月にカミングアウトしてるかもしれない。というより、最初からカミングアウトしてるかもしれない。
だが、こんな深夜に柊月は起きているだろうか……、起きていたとしても働いているんじゃないのか……。
そして、機嫌が悪くなる……予想が出来る。
それを回避する場合、他の誰かに頼らなければならないが、志多さんの連絡先知ってそうな人物で俺が知ってる奴って言うと……アイツしかいないか、やっぱ……。
あ、あ……
俺はスマホを操作し、数年ぶりにこの時間でも起きてそうなアイツの連絡先を見つけ、メールした。
急用! 志多さんの連絡先、知ってたら教えてくれ!
それだけで済む奴だ。後は待っていよう……スーツから私服に着替えている間に返事が来た。
『何? どうしたの? 急に……、志多さんって、志多心夏? だったら、知ってるよ』
ほ、本当かぁ!!! 浅岡!! やはり、中学からの同級生である男友達は違うな!! と思いつつ、俺はこちらの連絡先を教えて折り返してもらうか、その連絡先を教えてくれるように頼むメールを送った。
『何?! 異世界居んの? 良かったじゃん!』
そんな話はまた今度だ、浅岡! 今は!!
『あー、今、彼女から返事来た……良いってさ、彼女の方から連絡するって言ってるから、お前の連絡先教えといた。そのうち、メールか電話で来るんじゃないの?』
ありがとう!! 浅岡! 異世界から無事に帰れたら何かおごる!! というメールを送る前にスマホが知らない電話番号の着信を告げた。
彼女か?!!!
「もしもし、江東です……」
俺は違ったらどうしよう……と思いながらも、その電話の相手に声を聞かせていた。
「あ、ずいぶんとお久しぶりです、志多です。あの、ひーちゃんの友達の」
「知ってる、柊月にはもう言った?」
「はい、言ってありますよ。わざわざ浅岡さんに頼まなくても良いのに、やっぱり、江東さんとひーちゃんってそういう関係なんですか?」
「違うって、それより志多さんにお願いしたいことがあってな。言っても良いか?」
「ひーちゃんに告白するんですか!!? 江東さん!! 私、頑張って、そういう系のイラスト描きますよ!! 最近では『フタマル』っていうフリーペーパーの表紙とか中のイラスト描いてるんです。お手伝いって感じなんですけど」
「あー、そうなんだ……って、え! そこまでやってるの?!!」
「はい! そうですか……いよいよ……」
やっぱり、この子とは話が噛み合わない。
「柊月に告白はしないし、そういう関係でもないから。何回はっきりとそう言えば気が済むの? 志多さん」
「え、でも、やっぱ……がある世界じゃないですかぁ……」
もう良いや……。彼女の頭の中で好きにさせとこう。まあ、あながち間違ってはいない。告白する事などないのだから、良い。
「俺はね、浅岡に頼んでまで志多さんに連絡したのにはちゃんとした訳があるんだ」
「何ですか?」
やっとまともに話が出来そうだ。
「今、俺はヴァンパイアお嬢様に『スーツを脱げ』と言われている」
「あー、ヤバイ展開なんですね」
「そうそう、それでね、スーツを脱がない方法があるんだ」
「えー、脱がないって、それはないですね……」
「いや、したらチュッてされる確率が上がるだろ?」
「まあ、チュッは危険ですね」
「だから、俺はスーツを脱ぐ理由を聞いたんだよ、そのお嬢様に」
「そしたら、どんな答えが?」
「何やら描く為の事らしくて、それで言っちゃったんだよね、志多さん持ってたそういうのがあるから買います! って。ついでにその時、志多さんの名前出しちゃって、そしたら志多さんが本当に居るかどうか……っていう話になってね、可愛い女の子のイラスト一枚描いてくれない? それで俺は命の危険が少なくなるんだ」
「それは……大変ですね……。にしても、ひーちゃんには言ってないんですか? 異世界に居るって」
「異世界に居ることは知ってるよ。でもね、どんな仕事をしているとかは言ってない。だから」
「分かりました。ひーちゃんには秘密裏にやるんですね?」
「ああ、ヴァンパイアお嬢様の為にな。ちなみにそのヴァンパイアお嬢様は『フタマル』をずっと見てるみたいだ。日本語が読めないのに日本語の方を持ってる。最新号のスーツの表紙、それで俺はスーツ着せられて仕事してるわけだが」
「そうですか……、私はそのずっと前くらいの表紙のやつで、おこたに入って、みかん食べてる女の子描きましたよ」
「おこたって言うと、こたつ?」
「はい、そうです!」
きっと柊月に関することだったら、すぐにでも『描きましょう』と言ってくれる。けれど、この話は全然関係ないアンデッドの為の話。彼女は乗ってくれるだろうか。そもそも、志多さんは何故、あの大学に入ったのだろう……。
「志多さんって、何であの大学入ったの?」
「え?」
唐突な事でそれまでの思考が止まったようだ。だけど、彼女は喋り出す。
「江東さんは確か、異世界が好きだから……でしたっけ?」
「ああ、そんな感じ」
「私は、気になってたので入ったんです。ずっと気になって、気になって……、やっぱり異世界が来た最初の日から数か月くらいって、かなり、誰かしらが異世界人やモンスターにやられて、結構凄まじかったじゃないですか……、でも、それでも助けてくれる異世界人なんかが居て、今はこんな感じになって……、だから気になったんです。その理由を少しでも知りたくて、あとそういう絵を描く時に良いかな……ってのもちょっとあったりして……。あ、ひーちゃんは親戚の人に言われたから入ったって、よく言ってましたよね」
「ああ……」
今もあの穴は小さくなりながらも開いたまま。時々、そこから日本に来てしまう異世界人やモンスターがいるらしく、それで保護したりして、柊月を困らせる……というのを繰り返していたりするのだが、そろそろ彼女の考えは決まっただろうか。
「それで、志多さん、考えは決まった?」
「はい、ヴァンパイアお嬢様の詳細を教えてください!」
良し、乗って来た!!
「ヴァンパイアお嬢様のお名前はロサ様。十四歳の金髪ボブでカジュアルなロリータファッションの美しい女の子だ」
「ふむふむ……」
「その子は、まあ、そんな感じで、命の危険がある仕事だから、パーティメンバーが二人俺に付いているんだが、そのうちの一人に十五歳の魔法使いの女の子がいてな、その女の子より一つ年下のくせに、その女の子より胸があるボクっ子だ」
「ふーむふむ!」
とても興味がある言い方!! これぐらいで志多さんは落ちる!! はずっ!!!
「金髪ボブの十四歳胸ありボクっ子、ロリータファッションのヴァンパイアお嬢様なんですね?!!」
「ああ、そうだ! その屋敷の執事、ジイヤに直接年齢は聞いたから間違いない。志多さんってそういう可愛いのや、美しいのが好きだろう? だから良い感じになるんじゃないか?」
「そうですね、何かそのロサお嬢様の為に描きたくなってきましたよ。身長はどのくらい?」
「ちょっと平均より小さいかな? その魔法使いの女の子よりほんのちょっと小さくて」
「ふむふむ……あの、江東さん、描いても良いんで、写真か何か、その子が現実に居るんだって分かるもの、私のスマホの方に送ってくれません?」
「良いけど、相手はちゃんと写るか分かんないぞ? 太陽や電気ダメみたいで屋敷の中、ほとんどろうそくの火だけで真っ暗な感じに近いし、ご飯はやっぱりチュッで、いろんな味を楽しんでいるらしい」
「そこを何とかお願いしますよ!! どんだけ美しいか見てみたいです! 一度もヴァンパイアは見たことないですからね!」
まあ、明る過ぎるだろう……あの街ではすぐに生きていけなくなる。
「分かったよ、パーティメンバーの二人にやらせてみる。だから、志多さんはフタマルに載るようなの描いてくれ」
「自由に描いて良いんですか?」
「ああ、まあ、ヴァンパイアお嬢様にヴァンパイアのイラストをあげるってのは避けてほしいけどな。本当の貴族様だからな……何が引き金になって、やられるか分からない」
「じゃあ、何描いたら良いか聞いてください。それが分かり次第、描きますよ」
「ありがとう、あと本」
「あー、それですね、良いでしょう! その本も差し上げますよ!! ちゃんと送ってくれるなら!」
「分かった!! やる!! 必ず成功してみせる!!」
楽しみだなぁ……と言う志多さんとの電話を終え、俺は明日、パーティメンバー二人にこのミッションを言うことに決めた。
どんな方法でやるかはその二人と話し合いながらで決めようと考え、俺は寝ることにした。