ロサお嬢様と二人っきりの深夜が何日も何十日も続いている。
それはとてもときめくものではなかった。
その間に私服になって良し! というのはなかったし、それどころか、休みなく働けということになり、一時間の休憩があっても毎週残業深夜休日出勤だ。夢の毎日八時間労働はない。ただ時給は残業をやれば高くなるが、それで何が嬉しいのだろう。ただヴァンパイアお嬢様のやる気が増し、命の危険が増え、こちらが疲弊するだけだ。
残業って言ってもお嬢様に日本の事を話して聞かせるんでしょう……とクレアとティノは気軽に言うが、その聞いて来ることがマニアック過ぎて、なかなか上手く答えることができず、また明日聞かせてもらおうか……となり、一生懸命にやらなければならなくなる。
幸いなことに、このヴァンパイアお嬢様は太陽が出る時間はダメなアンデッドだ。太陽よ、クレアのお友達さん! もっと長く出ていて!! と何回願っただろう。
「ふう、ナ行も終わったな」
確かに、柊月に送ってもらったテキストを見れば、カタカナのナ行が終わりました。次はハ行です。と異世界語で書かれている。進みが早い。
「どうした? こちらの方が疲れていると思うのだが」
確かに、俺はずっとあの日から変わらない勉強室でロサお嬢様の勉強する様子を見ているだけだ。ジイヤが居れば少しは気楽に話ができるのに、居ないからかしこまらないといけない。それも
「キミ、ツライか?」
急にそんな事を言われた。
「いや、ずっとスーツで辛いな……なんて思ってませんよ?」
「そうか、人間とは本音がぽろっと出るものだ」
「そうですかね……」
ちらっとロサお嬢様を見てしまった。こんなにじっくりと見てしまったのはこのお嬢様に初めて会った時以来だ。
「何だ? おかしいか? この髪型が」
「いえ、ただずっと思ってたんです。どうしてその髪型にしてるのかって」
「ふふ、それはとても簡単な事だよ。日本というものを少し知り、ボクは女性でも短い髪が似合う人を知った。その女性のおかげで長年の悩みだった髪が長くて邪魔というのを解決出来たわけだ。使用人達はボクが勝手にやったこの髪型を見て、ひどく心を痛めていたが、病気でもなく、オシャレとして受け入れることになったのだから、良い事をしたと思っているよ」
「その女性って誰です?」
「気になるのか? 良いだろう、教えてやる。キミだけの特別だ」
そう言って、ロサお嬢様はあの日みたいに部屋を出て行って、数分で戻って来ると自分の席には座らず、俺の横にやって来て、それを見せてくれた。
やっぱりフタマル!! 一年前の表紙にそのボブが良く似合う金髪女性が桜と一緒にいた。
「桜についてですか?」
「そうだな、これを知っているのか? やっぱり、キミは」
「ええ、何回か読んだことがあります。日本で」
「そうか、なら、話が早いな。この最新号のスーツ姿の絵がとっても気に入ってな、実物を見てみたくなった。今までの派遣社員は皆、私服だったから……、ジイヤの服、あれは執事服だ」
「そうですね……ちょっと違いますね……」
「だから、キミ、ボクにそのスーツを脱ぐところを見せてくれないか?」
「は?」
おいおい、待てよ。これは……ちょっとヤバイ!!
「お、お嬢様がそんな! ダメじゃないですか?!」
「何、大丈夫だ。ジイヤはボクが呼ばなければ来ないし、キミの裸が見たい! と言っているわけではないのだ、良いだろう?」
「いやいや、ロサお嬢様、俺の着ているスーツじゃなくても、着てないのがありますから、それを!!」
「それはいらない」
ティノぉぉぉー!!!! と叫んで良いだろうか。このヴァンパイアお嬢様に首を見せるということ、それはチュッてされる確率が上がるということ!!
「ロサお嬢様?」
何故かムスーっとし出したロサお嬢様は急に俺の膝を見出すと、ニヤッと笑った。
「キミ、ボクは誰だか知ってるか?」
「ラミア伯爵令嬢、ロサ様ではないのですか?」
「そうだ、そしてボクはそのラミア伯爵の一人娘となっている。それはつまり」
ごくっとなる。何、何を言おうとしてるの? このお嬢様!!
「ヴァンパイアであるということだ。キミ、ボクは東京に行ってみたいんだ。だから、眷属を作る気はない。使用人達だってそれが分かっているから毎日、栄養バランスなんかを考えて、ちょっとずつ一人一人順番に新鮮な血を分けてくれるんだ」
何? 何の話をしてるの!!? このお嬢様!!
「キミ、ボクのご飯になる気はないだろう。だったら、そのスーツを脱げ」
このヴァンパイアお嬢様も力業かよ!! 俺はクレアを思い出していた。
「大抵の男ならこれで落ちるのだが、キミは落ちないな……。もっと激しいのが好きなのか? 良いだろう!」
良くない!!
「ロサお嬢様! 何の為に脱ぐ必要があるのか、説明して下さい!! それで納得できたら脱ぎますよ!!」
うわ、やってしまった。
「そうか、それは簡単な事だ。ボクは絵を描いていてな、それの資料が欲しいのだ」
何の絵だよ……とは聞かない。そうか、その手の資料が欲しいのか、ならば!!
「買います!!」
俺の言った言葉にロサお嬢様はきょとん……とした。
「あ、いや、日本にはそういう本があるんですよ。俺の知り合いの友達が確か持ってました」
「男が?」
「いえ、女です!! 大学の時に知り合いましてね、彼女はまあ、そういうのを趣味で描いてるんです。どうです? その方が描く時の勉強にもなると思いますよ」
「そのカノジョの名前は?」
「
「ふむ、そのカノジョの腕前を見てみたいが……」
本当に居る人物なのかどうか……ってことか……。
「そんなに怪しまなくても、今も日本で絵師として活動してますよ。女の子の絵がとっても上手いんです!!」
「本当か?! では、ぜひ、見てみたいものだ! その現物を」
「お、それは少し待ってくれませんか? 何せ、相手は日本の会社で事務としてちゃんと働いてますし、そこまでしてくれるかどうか……」
ムスーっとしてしまった。これでは最初に戻るか……。
「一応、そういう話があった……とは言っておきますが」
「連れて来い……とは言ってないんだ……できないのか」
うーん、困った。太陽の出る時間でもないし、本当に困った。ティノが来る気配はないし、どうしたものか。
「キミ、良い考えがないのか?」
……ない!!
「ロサお嬢様」
「何だ?」
「今日は俺、このまま早退で良いですか? ちょっと用事がありまして、出来るだけ早くそういう本をご用意させてもらいますし、現物もご用意できるように交渉してみます」
「そうか……、なら、出来なかった時こそ、そのスーツを脱いでもらう!! 良いな?」
「はい」
ニヤッと笑うヴァンパイアお嬢様に俺は覚悟を持って言った。