クレアが呼んでいるとティノに言われ、眠いのと寒さを我慢して太陽が出ている昼の庭に行く。
あの温泉の女神様に会うのがとても久しぶりに感じられた。
着けば、クレアはテントから出て、こちらを向いて立っていた。
今日もあの浴衣姿。頑張るな……。
私服姿の俺を見るなり、クレアは言った。
「ヨシキチ! 私、考えたわ!! 光の魔法を覚えなさい!!」
「は?」
訳が分からない。
「良い? 光の魔法一つ覚えておけば、私達が居なくても何とかなるはずよ! 逃げる隙くらい作れるはず!!」
「それ、この仕事が始まる前に言ってくれないか……、もう、そのお嬢様とは、そんなに深くはないが日本の行事の話とかについてしてるんだよ……。まあ、お嬢様自身についての話は怖くてしてないんだけど」
「だからこそよ!! だからこそ、護身用に光の魔法なのよ!」
「それ、口に出して言わなきゃ使えないやつだろ、どうせ……」
「何よ? あんたのレベルじゃ、そうしなきゃ出来ないわよ?」
「そうですね、でも、俺にはそんな魔法に頼るより、もっと良い方法があると信じてる!」
「何ですか? それは」
ティノが余計な事を言った。
「言え、ないなぁ……、これは絶対、言えない!! フレイムじゃダメなのか?」
「あー、江東さんのフレイムですか……、あの弱々しい火では、このお屋敷のろうそくの火の明かりと同じくらいですから……」
「あーそうですねー……」
言うんじゃなかった。
「だから、新たに魔法を教えてあげる! って言ってんのよ!! それとも狩って良いの?」
「良いんですかぁ!!?」
大いに喜ぶティノ。こいつ!!!
「ダメに決まってるだろ!!!」
俺は久しぶりに大声を上げた。この二人、やっぱり今回は使えない。
相談させた俺が間違いだった。
でも……と思い、俺は聞く。
「一応、その光の魔法の呪文を教えといてくれ」
すぐに良いですよ! と言って答えてくれると思ったのに何故かティノは少し黙り、言った。
「今から教えるのは『照らす太陽』という意味がある呪文なんですが、それを言うとかなり広範囲に強い光が辺り一面を包むことになるのですが良いですか?」
「それはつまり、狩っちゃうぞ! ロサお嬢様を!! ってことか?」
「はい」
ここはスラッと答えるのか! ティノ!! 間違ってる! 間違ってるぞ!! ティノ!!
「そんなもんを教えようとすんなよ!」
「まあ、言ったところですぐに使えないわよ、ヨシキチじゃ」
「どうだか……やってみなきゃ分かんないだろ」
「練習が必要なの、レベル1じゃ無理。だから護身用になるのよ。私やティノちゃんがそれを使うとヨシキチが言った事になっちゃうの。言っただけで発動しちゃう魔法なの。フレイムよりも簡単お手頃魔法なの。分かる?」
分かりたくない。
「練習いらないのを教えてくれよ」
「そんなこと言わないで」
ガサ。何か今、そんな音が聞こえた。この三人で動いた者は居ない。
「何? 今から大事な呪文を教えるんですけど……どこ見てんの? ヨシキチ」
「いや、今、音」
「しましたね……。この庭のどこかに隠れてますよ、何かがきっと」
「そうだな、そういう音だ。でも、この屋敷に住んでる人達じゃない。その人達だったら、絶対すぐに出て来てくれる。失礼しました……とかって言って」
「じゃあ……」
「ああ……」
やっとこの使えないと思っていたパーティメンバー二人が使えそうな感じになって来た。
ガサゴソ……と枝しかない庭なのに音しかさせないやつ。それは何だ……。
辺りを見てもそれらしい姿はない。
だが、ティノは言った。
「カクカク?」
何を言い出すんだ、こいつ……。
「カクカクってスケルトンのことか?」
「はい……」
「何か、その単語聞いただけでぞわぞわが増した気がするんだけど」
クレアがそう言いながら、その方向を見据える。
ゆっくり、ゆっくりと来ているのだろうか。二人とも真剣に見ている。
だが、その姿は俺には見えない。何故だ……また見えなくなってしまったのか? いや、それはないだろう。俺は今もレベル1でありながら冒険者なんだし、フレイムと言えば、ティノが言ったような火を出せるのだから!!
「あの、どうしました?」
ビクッ!!! と三人そろって、後ろを振り返れば、あの日からクレアにご飯を持って来てくれる係になったこの屋敷のメイド服を着たメイドさんが一人居た。
「いや、何かスケルトンが居ると、この魔法使いの女の子が」
「あたしは女の子ではないですよ! ちゃんとした大人なんです!!」
ふふふ……と失笑されてしまったではないか!! ティノのせいで。
でも、そんなメイドさんの隣に何か居る。
赤いリボンをした濃い半透明の紫色のホースのような物……、どこかで見た気がする。
「あの、それ……」
「ああ、これですか? モノマネスライムです」
「何故?! そんなモノがここに居るんです?」
ティノが食い気味に訊いた。
「飼っておりますので」
「どうしてそんなモノを?」
パーティメンバー二人が適切でない言葉で言ってしまった。
「すみません! こいつらが失礼な質問しちゃって!!」
「いえ、やっと見つけられたのです。洗濯をしていたら突然森の方から数匹出て来ました。今までどこに居たのか……。旅に出られているラミア伯爵にお手紙でお伝えしたらとっても喜ばれます。ご存知ですか? このモノマネスライムは物真似が得意なモンスターでスライムの一種なんです。何かを見ただけで一瞬でそうなってしまう。その物真似度は人や物が持つ雰囲気、口調、匂いに至るまで全ての再現度において群を抜いているんです。一度覚えるとそれをずっと覚えていて利口であることも分かっています」
「だからこそ、レベル上げに良いんです! そこまで行けるのはなかなか居ませんから。とんでもないモンスターなんですよ!」
ティノがまた食い気味にそう言った。
きっとそうだろうと思う。前の仕事の時にやられてしまった俺としてはもっとぎゅっとしとくんだった……という後悔もないほどにそのモンスターを知ってしまっている。
「じゃあ、その数匹のモノマネスライムのどれかがスケルトンに化けてたのかね」
「それはないと思いますが……、逃げている時に一度でもそれを見てしまったなら、それもありえるでしょう。放し飼いですから見つけたらやってもらうのが一番なんですが」
「あ、でも、きっとそうだ。だって、そのモノマネスライムが狸寝入りするスケルトンをやってますよ?」
「まあ!!」
俺が言った言葉で見たメイドさんがびっくり!! という風な高い声を上げた。
「驚かせてしまって申し訳ございません。こんな、事になってるなんて思ってもなくて……」
「これでは、いけないのでしょうね……」
ティノが何かウフフ……といけない雰囲気になって来た。
「狩る時なのではないでしょうか!!!」
「そうね!! きっとそのラミア伯爵もここに居るメイドとかに化けてくれる方が良いと思うの!!」
お、こいつら、やる気が出て来た。
「いけません!! 勝手にそんな! ダメです!! 確かにラミア伯爵は男性より女性の方を好まれますが、ちゃんとこの首の所に赤いリボンを着けられたモノマネスライム達はラミア伯爵の言葉を聞いてからでないとダメなんです!!」
そんなメイドさんとパーティメンバー二人が言い合う間、俺は考えていた。
このスケルトンに化けたモノマネスライムを見るに、スケルトンとはどれもこれも狸寝入りをするヤツらなのだろうか……と。
それともあのスケルトンが捕まる前にこのモノマネスライムが会っていたのだろうか……その答えには到底辿り着きそうにないので、困っているメイドさんを助けることにした。
「おい、お前らその辺にしとけよ。これ以上、使えないやつらだと思いたくないからな」
「何ですってぇ!!」
クレアがいつものようになって来た。元気そうで何より。
「俺はもう寝る。また何かあったら言ってくれ。モノマネスライムは絶対狩るなよ! 狩ったら、派遣切りになるかもしんないんだからな!!」
釘を刺し、俺はその場から離れることにした。深夜の為に無駄な事はしたくない。
あれからすぐにティノが追い掛けて来て、呪文を書いた紙を渡して来たが、俺はそれを見る気もなく、そのまま部屋へ行って眠ってしまった。
すぐに使えないのでは意味がない。
あのお嬢様にはそういう即時性の効果が期待できるのでないと困るのだ。