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通称フタマルと呼ばれる東京のフリーペーパー

 数日、この部屋で過ごして分かったことがある。

 それは電気についてだ。

 自分の思いで勝手に点いたり、消えたりするようで、便利と言えば便利なのだが、それはつまり、魔法を使ってそうしているのか……ということで、その場合、この部屋を使っている俺にしかそれは出来ないのか、それともジイヤといった他の人でも出来るのか……という、非常に悩ましい問題についてあれこれ考え出そうとした時、パッと部屋の電気が全て消え、真っ暗になった。

「あ……」

 これって、停電!?

 明かりが点かない。カーテンも全て閉めていたから本当に真っ暗でビビる!!

 こんな夜中になることじゃない……。

 確か、ジイヤが言っていた。自家発電だって。

 それなのにこれ……何かあったのだろうか、こんな仕事始めの日に。

 何となく、幽霊でもいたら困ると思って、スマホの明かりを使う気にもなれず、手に持ったまま、カーテンの所まで何とか歩き、それをちょっと開けて外を見る。

 かろうじて月が出ている。それだけで少し安心する。

 窓のない廊下に出たら、今持っているスマホか日本から持って来た懐中電灯でも使って、ろうそくの火だけが頼りの夜の屋敷を明るく照らそうと思っていると、ガチャッといきなりノックもなく、開けられた扉の外に居たのはまぎれもなく、あの日から姿を見ていなかったこの屋敷のヴァンパイアお嬢様だった。

「うおっ!!!」

 本当にビビるから止めてほしい!!

「やあ、今日の夜から二か月ちょっと、キミはボクのモノだ。スーツに着替えて待っているとは良い心掛けだな! だが、ボクは言いたかった! スーツを着ろ! と」

 何故?!! その目は夜目よめなの?!! そんな突っ込みも出来ない。

 相手は貴族様。それも伯爵令嬢であり、下手な事をしたら首をはねられる前にチュッてされて、命の危険が……と言って来た俺の人生があっけなく終わってしまうかもしれない。

 ここは慎重に。

「ロサお嬢様」

「何だ?」

 ジイヤの呼び方を真似してみたのだが、怒る気配はない。今後はこの呼び方で行くか。

「俺は何をすれば良いんですか?」

 というか、その前に命の危険を少なくする為にもパーティメンバーであるティノを呼びたい。スマホは手の中にあるが何となく使えない。クレアにしては何かあるまで呼ばないで! と仕事をする気がほとんどないのを知っているから、これくらいで呼んだら、何で呼んだのよ!! と言って、怒り、また目潰しされるに決まっている。

「そうだな……、今までの派遣社員には日本に行けたとして、その『日本語』について教えてもらっていた。主に会話だな……。そのおかげか、ジイヤはボク以上に堪能になったし、使用人も何人かは上手く日本語が話せる。だが、それももう完全に近い……」

 そうだろうか……とは、言えないので黙っている。

「キミには、そうだ! 付いて来い! 前の派遣社員が持って来た土産を見せてやろう。何、キミが土産を持って来てないのは知っている。というより、持って来ないのが当たり前なのだろう。頼んでおいたのだ、その前の男と女の派遣社員には、ぜひともソレを持って来いと。簡単な事だったよ、何せ、その二人だってソレを集めていたのだから」

 そう言って、勉強室として使っているという俺の部屋よりも広いほとんど明かりのないカーテンを閉め切った机と椅子しかない部屋にロサお嬢様は俺を招き入れ、待っていろ……と言って、部屋を出て行くと数分で戻って来た。

「これだ」

 渡されたのは一人の可愛い体育着姿の女の子が体育座りをして『知ってみませんか、日本の○○《まるまる》』なんて描かれた表紙のやつと夏のお祭りに来た浴衣姿の綺麗めの少女が右手にわたあめ、左手にうちわを持って『知ってみませんか、日本の○○』と描かれた表紙の……この女の子達のイラストかわいい!! 欲しいっ!! ってこれは!!

 知る人ぞ知る、薄い本呼ばわりもされるくらいのページ数しかない全ページフルカラーのフリーペーパー!!!

 東京の限られた所にしかないやつ!!

 通称フタマル!!

 これの特別版はもっと限定的な場所にしかなく、俺も数冊持っているが、中身は異世界から日本に来てしまった者向けに書かれてはいるが、全ページ日本語で日本人が読んでもそうだったんだ……と思うもので、時々一般向けではないイラストや話の時があるから見つけても手に取るには勇気がいる……という人もいる代物で、その表紙のイラストを見れば、その号の○○の部分が何なのか分かる仕掛けとなっている。

 最近ではこれを日本語の読み書きの勉強にも使うという異世界人がいたりするらしく、日本語が全く分からないという者にとってはただのイラスト鑑賞になってしまう為か、全ページ異世界語なんてのも出て来ている。

 パラパラとめくって見ても良いだろうか。

 きっとこの表紙から『日本の秋』もしくは運動会、『日本の夏』について書かれているんだろうな……ってのが分かるが……。

「どうだ?」

「え……」

 感想を言えってか? うーん、たまらないですね……と言うのもあれだ。

 コレを見るのは初めてではないが、これは……ここにあって良い物なのだろうか……。

 ちらっとお嬢様を見てしまった。

 弱々しいろうそくの火しかないからよく分からないが、ニヤッと笑ったような気がしたし……、マズい! 今、目が合ったぁー!!!!

「アノ! これって……」

 言い難いので、開く前に訊く。

「頼んでおいた土産だ。噂で聞いたことがあったから見たくなってな。それだけではなく、他にも何冊も持って来てくれた。そして、今でも最新号を送り続けてくれている。ボクは気に入ったそれらを毎日見て研究しているんだ」

 何の為に?!!! なんて言えないから、ごくっとなりそうになった。

「その中の絵の意味は分かるのだ。とても分かりやすい。これが最新号で、こっちがその前のだ。ヴァンパイアになってしまったボクでもその意味が理解できる」

 最新号はスーツ男子とスーツ女子で、その前のは……妊婦とその夫!?

「ただな、絵は分かっても、字が日本語になっていて、読めないのだ。異世界語もありますけど……と前もって訊かれたのだが、本物が見たくてな、日本語にしたんだよ、全部な」

 そこは異世界語にしとけよ!!! なんて、そんな事も言えない。

 ちょっとこれから何をするのか考えるとその……。

「キミ、それを声に出して読んでくれないか?」

「え!!!?」

 バカじゃないのか?!!! このお嬢様は。これは声に出して良い物じゃない!!! この妊婦さんが表紙のは特にそうだ。これは……!!!!

「あ、あれですね!! ロサお嬢様も日本語が読めるようになれば良いんですよ!!」

「何故?」

 そんな事も分からないのか!!?

「他のやつだって読めるようになりますよ。ちゃんとしたマンガとか小説とか、テレビにだって字幕やテロップで日本語表示されますからね。日本の事を知りたいんでしょう? だったら、日本語の読み書きをして、日本語が読めるようになるのが一番です。最近では小学校から異世界語教育が始まってますし」

「そうか……、なら、飽きるまでやってみようか……」

「そうですね!」

 ふう、危なかった……。中身を見ていないが、妊婦さんが表紙のやつは特別版。それをも読めないで、何がその前のだ。全然違う。過激になってる、絶対!!

「で、日本語の勉強とやらは何を使ってやるんだ? テキストはないぞ?」

「えっとですね……今日は何もないので俺がお手本として『ひらがな』を書きますから、それを読んで書いてみてください。数日のうちにはテキスト用意できると思うので」

「そうか、では、ジイヤにペンと紙を用意させよう」

「ありがとうございます!」

 この場合、頼りになるのは……彼女だけだ。朝になったらすぐに東京のあそこで働いている彼女に連絡しよう。一刻を争う。

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