あれから二日が過ぎた。
お昼過ぎ、クレアがどうしているかと思って、ティノと一緒に来てみれば、寒いのにテントから出て空をじーっと見ていた。
「何してんだ?」
「天気になれば、営業の人が来るんじゃないかと思って」
「え、そのお友達に頼んでんの?」
「そうよ」
あまりにもバカ過ぎて、言葉にならなかった。それより聞きたかった事があったんだ。この二日ずっとしていた魔法の練習を少し休んで、ぐふぐふ……と自分のスマホの中にある俺が撮った部屋の写真を思い出してなのか、何とも気持ち悪い笑いをするティノと今もそれを続けるクレアに言った。
「なあ、ティノより先にクレアはノイデフィに登録してるんだよな?」
「そうよ」
そう言いつつ、その目は空から離れない。
「前の前の仕事の時にそのノイデフィでティノちゃんと知り合ったのよ! まあ、ニホンイセカイはその前から登録していたし」
俺は全然こちらを見ないクレアから、やっと笑いが止まったらしいティノを見た。
「あ、あたしは、その、クレアさんに知り合ったことでニホンイセカイに登録したんです。それまではやりたい仕事があるからその派遣会社に登録という感じだったんですが」
「ふーん、なるほどな……、俺ももっと登録する派遣会社増やした方が良いかな?」
「うーん、増やせば良いってもんじゃないしね。登録したは良いけど全然仕事をもらえない! って時もあるし。運とかタイミングとかよ、きっと」
「そうですね」
そうか、こんな派遣社員の先輩方のお話を聞きながら俺は今日のやるべき事を考えた。
魔法の練習…それしかない。リリーさんに見てもらっていた時からあまり変わりがないのだから仕方ない。
何となく、時給五十万円の今回の仕事が嘘のように感じられてしまった。
こんなに高いのもきっとヴァンパイアお嬢様という狩られるべき対象のアンデッドだからで、パーティメンバーが付いているからと言って、その本人の命の保障は絶対なわけではなく、危険だからで。
俺は空を見た。
曇り空は全然晴れそうにない。
寒さの方も変わりなし。
それでも変わるとしたら。
「こちらにおいででしたか」
突然の明るめの男性の声に俺はそちらを向く。
「ノイデフィの営業の内山です」
いかにも営業マンといった感じの明るい愛想笑いをするスーツ姿の四十代くらいのおじさん。
それが待ちに待った人だった。
俺達はこの庭からどこにも移動しないわよ!! というわがままな女神のせいで、その場でこの仕事の契約内容の再確認をすることとなった。
「では、これでよろしいですね?」
「はい」
仕事をする期間が変わったこと以外、変更はなく、それぞれの名前を契約書に書き、ハンコを押し、その控えをもらって、本来ならその挨拶はロサお嬢様にしなくてはならないのだろうが、今は寝ているということでジイヤにし、次の仕事からは更新日近くになったら書類が届くようにし、それを返送してほしいと言われ、さらにこういった挨拶は今後しなくて良いと派遣先であるキョウコウ社の社長に言われているということで、内山さんは一人、帰って行った。
とってもあっさりとしている。どこも同じなのだろう、こういった事に関しては。
さて、俺は翌日から始まる仕事の為、何着か持って来たスーツを見る。
また、これを着る時がやって来た。
どんなに辛い仕事もこの服を着て、乗り越えて来た。
ヴァンパイアお嬢様からは特に言われていない。スマホは絶対手放せない。音が鳴らないようにしてあるし、靴もちゃんとしたのを用意した。シャツ、ネクタイ、ハンカチにいろいろ良し。
服が変わるだけで特には変わらない。清潔を保ち、やるだけだ。
「よし、寝るか! いや、起きてた方が良いのか? 明日からはこの時間まで……っていうか、太陽がない時間が起きてなきゃいけないんだもんな……」
はあ、何でこんな仕事に就いてしまったのかとふと、やりもしないうちに考えてしまった。
「結局、異世界の仕事がしたいんだよな、俺……」
何でもやってみなきゃ分からない。無理なら辞めて新しい仕事を見つけるだけ。
正社員と違って気楽なもんだ。
そう思い直して俺は新たな仕事に挑むこととなった。