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仕事が始まるまで

 朝の光を感じて、目を開ける。スマホが鳴るよりも先に起きれた。

 俺は私服に着替え、外に出ることにした。このぐらいの時間なら、ティノも起きているだろう。

 廊下を靴のままで歩き、あの部屋の前に立ち、ドアをコンコンとノックする。

 しばらくして、ティノがドアを開けてくれた。

「江東さんですか、おはようございます」

「何だよ、そのちょっと残念風な言い方は」

「いえ、少し、ジイヤさんと話してみたくて」

「ジイヤね……、きっとあれだな、ジイヤはあの『爺や』だろうさ。そんな気がする。お前の父さんっ子部分が気になっているのか?」

「どういう意味ですか? それ!!」

 朝からこんなくだらない事を言い合って、俺達は階段を下り、あの温泉の女神様がどうなっているか見に行くことにした。

「おはようございます、エトウ様、ティノ様」

 玄関前にジイヤが居た。

「おはようございます、今日も寒いですね……」

 そんな事を言う俺の隣で、ちゃんと名前を覚えられていることに感動したのか、ティノが明るく元気に挨拶をした。

「おはようございます、ジイヤさん! あの、お散歩行っても良いでしょうか? あと、朝食は?」

「もちろん、お好きな時にどうぞ」

 やったー! と喜ぶ魔法使いの女の子を横目で見ながら、俺は訊く。

「でも、ジイヤさん、使用人さん達はこれから寝る時間じゃないんですか?」

「そういう者もおりますが、そうでない者もおりますので、ご安心下さい。エトウ様達が派遣として働く際にもこちらでお世話させていただきますので」

「よろしくお願いします!」

 そう言って、俺達はクレアの居る庭までやって来た。

 しっかりと着込んでいるのに、さらに寒くなった気がする。

「クレアー」

 テントはしっかりと出来ていた。だが、中から返事はない。

「クレアさん?」

 ティノもちょっと心配したように呼ぶ。

 ……応答なし。

「クレアー!」

 何だか本当に心配になって来た。

 もう一度強めに呼んでみようとした時になってやっと。

「なによー……、がんがんするんですけど。頭がんがんするんですけど、静かにしてもらえませんか……」

 という女神の声が聞こえた。

 これは……。

 俺は意を決してそのテントを開けた。

 もわ~ん……と広がるのは温かい酒臭さ。

「お前……」

「何よ~、良いじゃない。好きにさせてよね、これくらい」

「お前、俺のテントで何してくれてんの?!!!」

 ブチ切れそうだった。新品だったのに。この仕事の為に日本で買って来たやつなのに!!!

「何よ、ヨシキチ、どうしたの?」

 そんな事は知らないクレアは聞いて来る。

「オッ前、バリア!! とでも叫んで、スケルトンの時みたいにやれよ!!!」

 そう言うのがやっとだった。クレアは俺の気持ちを汲み取ったのか。

「えー、だって、そうしたら私何するか分からないわよ? 穏やかでいられるかしら? 酒でも飲まなきゃやってられないぞわぞわ感に襲われているのに。原因は分かるの。あんたがこれから派遣の仕事でやらなきゃいけない相手だってのは。でもね! 無理なのよ!! だって、私、女神様だし!! やっぱり、こういう時はやってやろう!! っていう気持ちになっちゃうのよね……」

「ああ、分かりますよ。狩ってやろう! っていう気持ちですね……」

「何、言ってんだよ! ティノまで」

「だって、あのヴァンパイアのお嬢様、ラミア家って言ったら……」

「何だよ?」

「狩ってやろう……という気持ちになります」

「それにあの子、何て言ったか、覚えてる?」

 女神は何故か怒り出した。

「チュッですって!!」

「ますます狩りたくなりますね!!!」

 二人がヤバイくらいに興奮し出したので、その『チュッ』について訊けなくなってしまった。ジイヤに訊いたら教えてくれるだろうか。リリーさんに訊いたら? ちゃんと答えてくれるだろうか。香住ちゃんは……知らない……あと知っている異世界に通じているのは……。本人に訊くというのはないし、内山さんに訊くのもな……と思い、俺は庭でちょっと魔法の練習をしてから、女神の為に朝食を持って来てくれた心優しいメイドさんにお礼を言い、ティノと一緒に暖かい屋敷の食堂で朝食を食べ、ティノの食後の読書に付き合う気もなれず、一人部屋に戻って、ベッドに座り、スマホを開き、日本にメールをした。

 すぐに返事が来た。

『江東さん、おはようございます! 何事かと思っちゃいましたよ! 施設にヴァンパイアはいません。だからって、保護して来ちゃダメですよ? 分かってます?』

 とてもこの前のメールとは違う……仕事のメールだとは思ってないのだろう。彼女は元気なようだ。

 続きのメールが来た。

『分かってるんだったら教えてあげます』

 こいつ、また……怒ってらっしゃる……。

 電話の方が早い気がして来た。

「電話、しても良いかな……」

 一応、掛けてみる。

 電波はあるんだし、日本に居る時と同じ料金になるんだし、時間だってそんなには変わらないだろう……。

 そんな軽い気持ちで東京に居る彼女が電話に出るのを待った。出なかったら出なかったで良い。少し、気になる事もあるし。

「もしもし? 江東さん、短気ですね」

 相変わらずの声。ちょっと仕事用の声か……。

柊月ひづき、今日は休みか?」

「そうですよ、だって、休日じゃないですか? 日曜日ですよ? まあ、私にはあまり関係ない日なんですが」

「そうだろうな……、で、メールした件なんだが」

「ああ、ヴァンパイアの言う『チュッ』とは何か? でしたっけ?」

「そうだ、柊月も……もしかして、知らない事だった?」

「たまたまこの前見たテレビでやってましたよ。現代の異世界でも通じる日本の若者言葉でヴァンパイアに対する『チュッ』とは」

「何だ?」

「吸血を意味するそうです。まあ、当たり前ですよね。ヴァンパイアなんだし!」

 明るい! 明るい雰囲気でとてもヤバイ事を言った。清楚系美女と言われ慣れてる彼女の顔がすぐに思い浮かぶ。

「あのさ、柊月……、その、ヴァンパイアの弱点って何だと思う?」

「何でそんな事を聞くんですか? 江東さん、今、何の仕事してるんですか? サラリーマンしてないんですか? 日本に居ます? それとも、そういう所に居るんですか?!」

「どういう所に居るんだよ、俺。柊月の頭の中の俺が見てみたいわ……」

「そうですね……きっとやばい所に居ます。飲み屋ですか? 飲み屋のねーちゃんがヴァンパイア美女なんですか? ヤられそうなんですか? 江東さん、ちゃんと生きて帰って来てくださいね?!」

 何故、ティノみたいに言われなきゃならない。清楚系美女にして、二歳年下の彼女に少し心配された。飲み屋のねーちゃん? 会えるもんなら、会いたいわ!! 今!!

「柊月に俺から電話したの、とっても久しぶりな気がするんだけどな……」

「そうですね、いつも私からしてます。で、いつ来てくれるんですか?」

「柊月の家にか?」

「違いますよ、施設の方に決まってるでしょ?」

 おふざけが通らない。

「ちょっと今は無理かな……、近くに行ったら行くから、絶対!! 俺、逃げないから!! 面倒な事もちゃんとやるから!!」

「分かってますよ、そこん所は。ただね、ちゃんと予定を組みたいんです。そうしなきゃ、いつ休んで良いか分からないじゃないですか。私が居ない時に来られても困るんですよ! いろいろ手続きあるの、知ってるでしょ? 江東さんの担当、私なんですよ? 知ってます?」

「知ってるよ、だから、いろいろ世話になってるだろ?」

「堂々と言う事ですか? いつも電話なしに来て、どんだけ迷惑か、分かりますか?」

 うわ、始まった……。

「しょうがないだろ、いつも急なんだから。柊月にしか頼れないの、知ってるだろ?」

「知ってますけど……、江東さん、少しくらい、他の方に頼もうという気はないんですか?」

「ない!!」

 きっぱりとこれは言える。信頼している具合が違い過ぎる。

「はあ、ヴァンパイアの弱点……ですか……、待っててくださいね、調べますから……」

「ネットとかで調べた事を言う……だとかだったら、しなくて良いからな。それくらいなら俺でも調べられるし」

「そうですか、じゃあ、最初からそうしてください。それで、あとは?」

「あのさ、もし、吸血されちゃったとして、自分もヴァンパイアに?! とかはあるかな?」

「さあ? 今のヴァンパイアって、今までのヴァンパイアとは違いますからね。こっちの事を知り、眷属を作る意味だとか変わって来てるみたいですし……。あ、弱点って言えば、電気! その『チュッ』の意味のついでのように、今まで言われていた事に付け足したように太陽の光に似た強い光を発する物、電気が苦手らしいってやってましたよ。あと、月の光も。月って太陽の光によってじゃないですか? だから、ちょっとの太陽要素があるから苦手らしいって」

「らしい……ばっかだな」

「試してみれば良いじゃないですか? 近くに居るんでしょ?」

「そんな怖い事できねーよ。相手は貴族様だぞ? 下手な事は出来ん」

「へー、貴族ね……。江東さん、本当、今、どこに居るんですか? 異世界にある飲み屋ですか? 屋敷の中?」

「まあ、飲み屋ではない。柊月に怪しまれて来たし、そろそろ電話を切ろうかな」

「あ、良いですね」

「賛成するなよ……」

「何ですか? まだ話し足りないんですか? こっちとしては、電話切ってくれた方が良いんですが」

「何で?」

「この電話続いてると私のしたい事出来ないんです」

「朝風呂すんの?」

「もう、昼になりそうなんですが……」

「そうだったな。でさ、もし、俺がそのヴァンパイアにチュッてされちゃって、眷属にでもなってしまった場合はどうなるんだ?」

「何が、でさ? どうなるって何がですか?」

「俺がやってる事だよ!」

「ああ、江東さんが抱えられている……、そうですね、死んだ場合は他の誰かになって、眷属とかになってしまった場合は……きっと死んだ場合と同じ扱いだと思いますよ」

「そうか、教えてくれてありがとう、柊月」

「そう言って、本当にそうならないでくださいね? 日本人しか後見人はなれないんですから。それも江東さん、他の人よりそういうの多いんだから、気を付けてくださいね?」

「分かってるよ、何かあったらまた電話かメールするから」

「しなくても良いんですが、また新たに……となると面倒なので、ちゃんとして来てください。異世界人やモンスターの後見人って、普通の後見人と違って、保護した人がなることが基本ですからね。働いてなくても出来るし、行方知れずでもなれちゃいますからね……」

「別に行方知れずではないからな。ちょっと遠くに行ってるだけで、すぐに東京に帰るんだから」

「分かりました、待ってます。ちゃんとその時にもっと話してもらいますから。今の現状。素行悪いとかってなるとまた問題になりますからね……」

「分かってるよ、ほどほどにってことだろ?」

「違うんですが。江東さん、忘れないでくださいね。私との約束があることを」

「分かってるよ、それじゃあな」

「はい、失礼致します」

 彼女との長電話で多少、時間が潰せた。もうすぐお昼だ。俺は部屋から出て、食堂に向かった。

 この異世界では一日二回の質素な食事が一般的だったが、多くの日本人によって一日三回でも良いんじゃない? という風になり、今では主食のパンにスープ、いろいろな日本料理等が食卓に並ぶ。この屋敷のヴァンパイアお嬢様は日本人の血が好みではないとジイヤが言っていた。それはたぶん栄養があり過ぎて、味が濃いとかそういう感じでダメなのだろう。どういった経緯でその血を知ってしまったのか気になるが、今はここの席に座ってティノと昼食だ。

 十人は座れる長いテーブルの端と端に俺とティノだけの食事がある。パンとポトフと水。とても質素な食事。それでも一日三回はあるのだ。ありがたく食べよう。

「江東さん」

「何だ?」

「あのお嬢様はどうしてますかね?」

 遠く離れているからこそこそ話せない。

 だけど、ジイヤが居ないから良いか。

「寝てるんじゃないか?」

「江東さんのお部屋は何色ですか?」

「え、オレンジと水色」

 何も考えずに言ってしまったのだが……何かティノの様子がおかしい。

「どうした?! 何かヤバイ物でも食べちゃったのか?!!」

「いえ……」

 そう言って、ティノはうつむく。

「お、おれん、ジ……」

「どうした? ティノ?」

 心配する俺をよそにティノはバッと俺を見て強く言う。

「ぜひ! その部屋にっ! いえ! あたしの緑色の豪華な部屋と交換しましょう!!」

 何だ、その意見。それに顔がとてもキラキラしている!!

 そういえば、こいつ、オレンジ色が好きだったっけ……。

 く、だけど、無理だ!! 何があっても無理なんだ!!!

「残念だが、交換は出来ない!! 何故なら、その部屋しか常時電気が使えないからだ! お前はあまりそういうのを使わないだろう?」

「そうです……」

 がっくし……と項垂れたティノは、ごうちそうさまでした……と言って、席を立ち、食堂から出て行ってしまった。

 ちょっとやってしまっただろうか。残りのポトフをフォークとスプーンを使ってのんびり食べていると、ティノがまた食堂にやって来た。

「どうした?」

 そんな俺にティノは自分のスマホを見せ。

「これで撮って来てください」

「は? 俺の部屋をか?」

「はい」

 仕方ない。それが条件と言うならば。

 俺は食べ終わると自分の部屋へ行き、ティノのスマホでオレンジ色の部分を撮り、一度この部屋に入ってしまったら、絶対入り浸ってしまうので!! ここで待ってます!! と言う自分の部屋近くの廊下に居るティノにそれを渡した。

「おお~!!!」

 と言いながら、ティノはスマホを手に持ったまま、では!! と言い、自分の部屋へ行ってしまった。

 閉まっているドアから良いなぁ~……と言う声が聞こえる。

 きっとそれを見ているのだろう。まあ、このままそっとしといても良いだろうと俺は魔法の練習をしても良い外に出て、すごい魔法になるように練習をし出した。

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