何て言ったんだ、こいつ。
「ア?」
「だから、おんぶだって言ってるの!!」
この浴衣姿の女神はまたしてもそんな事を言った。
「お前、何言ってるか分かってるか?」
「分かってるわ!!」
本当かよ……そんな姿の女神様をこの俺がおんぶ?
「嫌だね」
「何でよ!!」
俺は歩こうとする。
「ちょっと、待って、待ちなさいよ。いや、待ってください!!」
女神がこの俺に敬語を使った。
「あの、江東良吉さん、私をおんぶして?」
可愛く言ってみる作戦に出たらしい。
「そんなんでおんぶ? してもらえると思うなよ! 行くぞ!」
「じゃ、じゃあ、もう走らない?」
「それはお前の歩く速度によってだな」
俺はそう言いながら歩き出した。
「女神は疲れ知らずだとか思ってるでしょ! ヨシキチ、残念! 私はもう疲れてしまったの!」
「だから?」
「おんぶが、ヨシキチにおんぶしてほしい……女神からのお願い! ねえ、叶えてよ!」
「叶えるのはお前の仕事だろ! 俺は行くんだよ!」
「少し、私歩いちゃったじゃない! ねえ、ヨシキチ! おんぶしてくれたら、良い温泉に入らせてあげる! これでどう?」
「その温泉はどんなのなんだ? 俺が喜びそうなものか?」
「え、ええ、あんたのご要望通りのやつ、出してあげるわよ!」
「へー、じゃあ、一人で入る系じゃないやつな」
「広いやつが良いのね」
「そうそう、それで俺一人で入ることがない」
「ふんふん」
「出来れば良い匂いのする」
「気持ち良くなっちゃうやつね! 任せて! リラックスできる温泉ならたくさんあるから! それに一人で入ることがないって言えばアレよ! そうなの……、ヨシキチってそういうのが趣味なの……」
どういうのを想像してるんだ、この女神は。
「言っておくけど、動物と一緒じゃないからな」
「へ? じゃあ、他に何が」
「クレア、俺が思う温泉はもっと良いやつだ。男女で入れるやつ」
「目潰し」
「う、この女神!」
「当たり前じゃない、私があんた好みの女の人を出せると思わないでよ! あんたの好みよく分からないわ!」
こいつ……。
俺は目の痛みを抱えながら、歩く。
「もう、良いよ、お前……一人で歩け。何かこっちが疲れて来たわ……」
「ちょ、ヨシキチ!」
待って! とか言われたって、もう待たないし、俺の向かってる先には仕事を終えたリリーさんが待っているんだ。急がねば!
少し離れたか……、まあ、あいつだって子供じゃない。どうにかするさ。
俺は少しゆっくり歩き出した。もうメールはしてあるし、遅れを取り戻すにしても遅い。ここは紅葉なんて見て歩くかな……。
「よーしーきーちー!」
背後から声が聞こえる。それに足音? 駆けている。何故?
「ぐえ!」
ふいに背中に衝撃が、それに重み……温もり?!!!
「ヨシキチのいじわる! もう良い温泉なんてヨシキチの為に出さないから!」
背中にクレアが。それに俺の首が!!
「止めろ! クレア! 首が締まるっ!」
「う~、ヨシキチぃ、このままおんぶぅ」
「分かったから! その力を抜け」
やっと楽になった。
「はあ、お前……、やる事もっと考えろよ」
しょうがない、俺は女神の太もも裏を持ち、おんぶしてやることにした。
「ちょ、ヨシキチどこ触ってんのよ!!」
「だから、おんぶだろ? それとも何、お前はこうなる事を予想してなかったとでも言うのか? それでおんぶ、おんぶと騒いでたのか?」
「う、だって。こんな……、こんな風なおんぶは考えてなかったんだもん……。もうちょっと優しく触ってよ、痛い」
「わがままだな……。何で俺がお前の為に」
「何よ! さっさと歩きなさいよ」
「はあ……はいはい……」
億劫になってるな、少し。
「ふう……」
この道は結構長いし、今日は重い。
「お前の策ってのは、こんな事だろうと思ったよ!」
「何よ~!! 女神様をおんぶ出来てるのよ! ありがたく思いなさいよ!」
もう! 嫌だ。人目がないからってわがままにも程がある。
「ねえ、ヨシキチ」
ぐっと俺の首をクレアの両腕が締めて来る。けど、今度はそんなに力を込めてない。良かった。
「何だよ?」
「少しは体力が出来てるのね?」
「は?」
俺はクレアを見ず、目的地の方を見て緩勾配の坂を上ってく。紅葉した木々がトンネルのようになってる夕方前。彼女の柔らかさは伝わって来るし、温もりも感じる。それに言うほど実はクレアは重くない。だけど。
「だって、少しは筋肉がついてきたと思うの。それはまあ、冒険者登録をすると少しの運動量だけでも体が鍛えられるという特典の一つみたいな効果なんでしょうけど。魔法の練習の為に日夜、腹筋やら背筋、腕立てなんかもやって鍛えてるんでしょ?」
「まあ、何か俺の魔法の練習見た校長が『お前にはそれも必要じゃ!!』とかって言ってな……、時には運動場を走れ! とかな……俺はこんなこと望んでない! これって必要? って思ってやってる」
「そう、それで軽く体が全体的に引き締まって、程好く良い体になってるのね」
そう言って、クレアは俺の二の腕を触ったり、なぞる。何の確認なんだ、これは。
「何だよ……急に、お前、変な事するなよ?」
「しないわよ! 私はただ、あんたの体を思って言ったのよ! これも訓練だと思いなさい! ちゃんと私が重しになって、あんたを鍛えてあげるから!」
何を言い出すんだ! この女神は。
「はあ……」
やっぱり、こいつが億劫になる原因だと思っていると突如、目の前に魔法陣が現れ。
「っとぇ!!!!」
「お?」
「リリーちゃん?!!」
はわはわしているリリーさんが現れた。
「あの、あの! これは、これはどういう……」
彼女が見たものはもちろん、クレアをおんぶしている俺で。
「あの、女神クレア! これは!!」
「おんぶよ? でも、全然変な事はしてないの!! ただ疲れてしまって……、テレポート使いたいけど、一度も魔法学校には行ったことないし、仕方なく!」
「そ、そうですよ! でなければ、おんぶなんてしませんって!!」
「そ、そうなのですか……?」
怪しんでいる。かなり怪しんでいる。別に本当に変な事なんてなかったはずなのに!!
「あの、わたしはなかなか来ないので何かあったのかと思い、校長にお願いして水晶でヨシキチさんが今どこに居るのか調べてもらって、それでテレポートで来たのですが……、こんな事になってるなら、もう少し後でも良かったかもしれません! 失礼しました!!」
何やら魔法を使おうとしている。
「ちょっ! ちょっと待ってください!! リリーさん!! テレポートするならこいつも、この女神連れて行ってくれません?」
「え……、でも……」
何故、こんな歯切れが悪いんだ。
「な、お前からも頼め。リリーさんお願いします!」
「そうね、私もそろそろ着きたい頃だし、リリーちゃん、私達を魔法学校までお願い」
「女神クレアに言われたのなら、そうしますが……。本当に良いんですか?」
「良いんです!!」
俺は力強く肯定した。