女神であることを忘れていたわけではないが、この世界の者達はすぐにクレアのことを女神だと分かってしまうらしく。
「女神様、お助けください」
「女神様!」
「クレア様!」
「あらあら、大変ねぇ」
この言い方、誰これ……。浴衣姿の温泉の女神は皆の神様というような顔をして、その人だかりの中心に居た。
王都に着いた途端、これだ。
今までは会う人、会う人、挨拶程度だったが、これじゃ先に行けない。
そんな俺も一時はその人だかりの中に居たのだが、今は追いやられている。
「おーい、クレアー!」
なんて叫んでも聞こえて来るのは女神クレア様、聞いてください! などと言う人の声だけ。
「こりゃ、間に合わないな……」
俺はリリーさんにメールした。
少し遅れますと……、いや三十分はあれか……十五分経ったら一人でも行こう! そう決めて、俺は人だかりから少し離れた所まで行き、その光景を見ていた。
「お兄さん、お兄さんは言いに行かないの?」
十一歳くらいの少年が俺に声を掛けてくれた。
「まあ、俺はあんまり言うこともないからな……」
「え! 神様だよ!! 痛いとか悲しいとかごめんなさいとか聞いてくれて、救ってくれるんだ!」
「そうか、それは良かった。なあ、少年、何で皆、一瞬で神様だ! って分かるんだ?」
知らないの? というような顔をされたが、少年はしっかりと教えてくれた。
「奇抜な服装で、神様独特の余裕を持ち、神殿にあるシャシンとそっくりだからだよ」
「シャシン?」
シャシンって、あの写真のことか? 俺はもっと聞いてみたくなった。
ちょうど近くを通ったおばあちゃんに訊いてみる。
「あの、すみません。そこに女神様がいらっしゃるみたいなんですが」
「ああ! 本当だ! あれは女神クレア様かい?」
おばあちゃんは人だかりの方を見て、行きたそうにした。
「何故、すぐに女神クレア様だと分かるのです?」
「いつ見ても姿が変わらず、綺麗で美しくて、魔法とは違う神様だけに使える力で救ってくれる。ありゃあ、本当に神殿にあるシャシンとそっくりそのままで最初見た時はびっくりしたものさ!」
「そのシャシンというものは……」
「シャシンはね、すごいんだよ! 似顔絵よりもすごくて! 鏡のようにここに居る人全てをずっと写してられるんだ!! もちろん神様もね!」
「へー……」
「そのシャシンを一番最初に神殿に置いたのが、クレア様だよ」
「クレア様はいろんな事を教えてくれて良い神様なんだ! でもね、ある日突然この世界から消えたんだって。でも、またこの世界に戻って来てくれて、時々こうして姿を現しては僕達を救ってくれるんだ!」
「へー……その女神様は何の神様なんですか?」
「もちろん、風呂の神様さ! いや、オンセンだったか……」
「あとフリー!!」
「そうなんですか、ありがとうございました」
「そんじゃ、行くかね」
「うん!」
おばあちゃんと少年は一緒に人だかりの方に行ってしまった。
なるほど……、それであんなに人気なのか。
それに何かティノが前に言っていた単語が出て来た。
今はまだこの事に触れないでおこう。そうしないといつまで経っても目的地に着かない。
十五分とか思っていたが、これはどんどん人だかりが大きくなるばかりだ。
俺はもう一度人だかりに向かって叫んだ。
「先、行ってるぞー!」
よし、これで良い。行くか。
一応言ったには言ったんだし……と思って俺は歩き出し、人だかりも見えなくなった所で呼び止められた。
「ちょっと! ヨシキチ! 待ちなさいよ!」
「何だよ? お前、人だかりは?!」
「今日はこれでおしまい! って言って、逃げて来たわよ!」
「最悪女神……」
「何ですって? 何か言った?」
「いいえ、言いません」
よく見れば、クレアの浴衣はちょっと乱れていた。
「お前、無理矢理抜けて来たのか? 追っかけて来るだろ! 近くに居るなよ」
「大丈夫よ、今から酒を飲むとも言って来たから。これでしばらくは寄って来ない!」
「本当に飲む気か? だったら、連れて行けないからここでさよならだな」
「ちょ! 飲むわけないじゃない! 何の為にここまで来たのよ」
「それもそうか……、行くぞ!」
俺は少しでも遅れを取り戻す為に軽く走ることにした。
「え、ちょっ、待って!」
サンダル女神の走りを見れないのは残念だが、こうして馬車も使わず歩いたり、走ったりしているのだって体力作りの為。
そして、やっと魔法学校に続く緩勾配(かんこうばい)の坂道が見えて来た。
「はあ、はあ……。よ、よしきち……」
疲れた様子のクレアがやっと来た。
「あともうちょっとだ、頑張れ」
「あの、ちょっと……提案があるんですけど」
クレアはもうダメ……という風に言う。
「何だよ、来る前に言っていた策か?」
「そうよ……」
クレアは俺を見て言った。
「おんぶ!!!」
その声はその疲れを吹っ飛ばす元気さを伴って響いた。