ティノを説得するのは無理だった。
「はあ……分かったよ、お前がそう思ってるならそう思ってれば良い。俺も俺としてお前に変わらず接してく。ところでクレアはこの事知ってるのか?」
「クレアさんですか……」
何だか急にしゅん……とし出した。
何かあるのだろうか。
「王城です」
ティノの目には夕陽に染まる美しい城が見えているのだろう。
ここからだと全体を見るのはちょっと無理だが、本当に真っ白な城なんだということが分かるくらいにどの物よりも今の空に近い色をしていた。
「オレンジ色です」
「そうだな……」
「良い匂いがします」
「そうだな……」
俺は上の空で言っていた。
だからティノが唐突にその事について話し出したのに気付かなかった。
「ここに来る前、日本のテレポートでクレアさんがどうして江東さんの口に指なんて置いたと思います?」
「へ?」
間抜けな声だったろう。
それでもティノは話し出した口調と変わらずにいる。
「何だよ、急に……」
「他の人が居たからです」
「他の人? この異世界に来る人ってことか?」
「そうです。江東さんのように生まれも育ちも日本の生粋日本人なら聞かれたって構わないのですが、あたしやクレアさんのように台風で来てしまった異世界人には酷な話なのです」
「は? 酷と言うと?」
俺は聞くことにした、この話を最後まで。それからでも遅くはないだろう。
「あちらへ行ったモノ達は二度とココを永住の地にしてはならない。と今の王がお決めになったのです」
淡々とティノは言う。周りには誰も居ない。浮いてないその格好で言うからだろうか、悲痛に見える。
「親、家族、友人と一緒に暮らせないということです」
「どうして?」
「日本という国がバッチイと吹き込んだ奴がいるみたいで、それを信じてしまった王様の発言です」
「バッチイって」
「クレアさんが言っていました」
「クレア?」
あの女神が言う言葉、信用できるだろうか……。
「仕事なら三年、ここに住めます。けれどそれが終わったら一度離れなくてはいけません。旅行ならその限りではないのですが、最低でも十年、それが終わったらやっぱり離れなくてはなりません。辺境の地ではそういうのはあまり重視されていなくて十一年くらい住んでいる人もいると聞いたことがあります。でも、見つかったら最期……だとも言われていて、そこまでやる人はいません。それに里帰りもあまり許されていません。だから一度、日本に行ってしまった者達は仕事という形でこの世界と日本を行き来するしかないんです。自分の居場所を見つける為にこんな仕事をしているんです」
何か悲しくなって来たな……この話。
「そういう話をしておけば、日本の男なんてイチコロ。
「ああ?」
「だって、そんな……涙出そうな勢いじゃないですか!」
「バカか? お前、本当は何が言いたい? 父さんっ子の次は何だ?」
「お気付きでしょう!! 今、私は金欠です。お金を奢ってください!」
「ハア? お前ッ、日本語がなってないなぁ……ティノちゃん」
「あ、この人、今、セクハラをしましたよ、セクハラです」
「心にもないこと言うなよ。ティノちゃん」
「セクハラとは本人がそう思えばそうなるので、声を大にして言いましょう! ティノちゃんですって! この人、セクハラです。セクハラ男ですよー、皆さん!」
本当にそうしやがった! 俺は慌ててティノの口を押さえ、にやっとしたティノを見た。
「オマエな!! 分かったよ……五百円ならくれてやる」
「ありがとうございます!! 感謝します!! さすが江
「こいつ……」
たったった……と足取り軽やかにティノは俺から手に入れた五百円を持って、一人で行ってしまう。
あいつ、めぼしい物を見つけていたのか!!
何だかよく分からない海系モンスターのイカ焼きみたいなのを買っている。
この辺の露店の物は大体五百円もあれば十分買える。まだまだ買っていなさい、お子様よ。
俺はその様子から離れ、城の奥に見えていたモノに目を移す。
やっぱり、あれは……。
「橋の上に女の人が一人座っている……」
それをティノは気付いていなかった。
こんなに美しい
「ってことは、神の力がやっと使えるようになったかな……ハハハハ……」
一人でそんなことを言ってみたりして……紛らわす。
これはやっぱり、見えちゃいけない者だったのではないか!!?
俺はティノに声を掛けようとティノが居る方向に目を移そうとした。
「短髪のお兄さん」
彼女が音もなく、俺の目の前に現れた。
一瞬で、嘘だろ……!
うふふ……と笑う彼女の顔はやはり、橋の上に座っていた女と同じで、良い匂いがする。長い髪のせいで人間なのか、モンスターなのか、どの種族か分からない。
それでも……、これは何だ? クラッとして来る。そのくらいの超良い匂い!!
このまますぐにでもお布団に行きたい気持ちになる。
そうだ、これはティノの嗅いでいた食から来る匂いではなく、その者から発せられる甘い良い匂い。
俺を見て、彼女は言う。
十九歳から二十四歳くらいに見えるのはどうしてだろう……。
そのくらいに彼女はその時々で見え方が変わっていた。いや、本人の顔は変わっていない。ただ、その匂いが、表情が、動きが……全てのせいでそう見える。
「黒髪短髪のお兄さん、平気ですか?」
「ああ……平気です……、お姉さんは飛んでここに来たんですか?」
「そうですね、でも、飛ぶ姿は見せません。だって、その方が驚かせられるし、面白いし、良いでしょ? 突然やって来て、こうやって……」
不意ではないのかもしれない。けれど、彼女は段々と耳元で良い匂いを発するから。
「ッ!!」
「フフ、はむはむだってしたくなっちゃいますよ?」
あれ? この子、あのギルドのクエストの子? いや、違う……この子はもっと他の何かだ。
「江東さん!!」
ティノの声に救われたのかもしれない。
「どうしたんですか? 何をぽけーっとしてるんです?」
「は? いや、だってここに居たじゃん。さっきの子……」
何を言っているの? という顔をするティノ。俺の目の前にはそんなティノしか居ない。
「あれ、あの子は?」
キョロキョロと辺りを見てみるが居ない。
「なーんか、好きません!!」
ティノはリリーさんと同じく、俺の腕を引っ張り、歩き出す。
「おい!」
「帰りますよ! お家に!!」
その顔はとっても怒っていた。
何故だろう……。
今もあの橋の上の彼女が俺を見ている気がした。