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衝撃の事実

 よろよろではなく、きびきびと歩き、こちらに来る人。

「何をしておる?」

「校長先生!」

 ひゃー! という風な顔を一瞬したが、リリーさんは校長に向き直り言う。

「こちら、わたしの妹、ティノの仕事仲間のエトウヨシキチさんです。冒険者登録をしたにも関わらず、魔法が使えないので一時的に魔法を使えるようにしようとしていたのですが」

「ふん……」

 俺の目の前で足を止めると、じろじろと俺を見出した。

 前後左右、いろんな所を見る爺さん、いや、校長先生。

「この男、日本人か?」

「はい、そうですが」

「ふん! この男にこんなものはいらない! たった今、ワシがその邪魔している存在を外に出す!」

「え?」

「このスペシャル聖水で!」

「は?」

 校長の両手にはそれらしい透明な水が入ったクリスタルの大瓶が一つずつある。

 それを何の躊躇ためらいもなく、ドバドバと俺の頭上から降り注ぐ。

 そりゃ、この校長が高身長なのは認める。だけど、こんな……全身びっしょりにさせることはないんじゃないか? 何も起こった気配がない。ただずぶ濡れただけだ。

「校長!!」

 驚くリリーさんに校長は笑うこともなく。

「これで良し! そこの火には他にやることがあるじゃろ、帰ってもらい」

「校長ー!」

 リリーさんはこの場を去って行く校長に声を掛けながらもずぶ濡れの俺を放っておくわけにもいかず、この場に残った。

「すみません! うちの校長が」

「いえ、まあ、ちょっと……寒いかな……」

 怒りたかったけど怒れなかった。あの爺さんはリリーさんの職場で一番上の立場の人で異世界人。日本の常識など最初から通じない。

「あの校長は日本に行ったことのない人ですか?」

「そうです……。ほんとすみません! すぐに乾かしますから!」

 そう言ってリリーさんは杖なしで呪文を言い、温風の魔法で服を乾かしてくれる。

「乾きました?」

「ええ、ありがとうございます」

 リリーさんは良かったぁ……と少しほっとしたが、すぐに困ったような顔をして俺を見た。

「あの、魔法……使えそうですか?」

「分かりません。フレイムしか俺、分かりませんし」

 ぼっと、何かが俺の手から出た感触がした。

「あっつぅ!」

「程良い温度の火ですね」

 そんなまったりとした感想……、でもこれって……。

 その感触があった方の手を自分の目で見てみる。

「火が出てる……俺の左手から火が出てますけど!! リリーさん、これは!?」

「ええ、フレイムとは言ってみたものの、フレイムには程遠い魔法学校に通い始めた子が出すような火に近い気がします。赤ではないオレンジ色の火ですね。魔法陣も出ていましたし、これは冒険者レベルやステータスに合ったものだと思いますよ」

「それじゃ、俺、自然界の火に頼ることなく、自力で出来たってことですか?」

「そうみたいです……まさか、あんなスペシャル聖水で何とかなってしまうなんて……そんな感じの詰まり具合ではなかったのですが……」

「え、どんなのが俺の腹辺り詰まってたんですか?」

「腹……というか、目も手も、魔法を見たり、使うべき所全てではないのですが、所々がそうなっていまして……一番ひどかったのがそこという感じで。あの、女神クレアに何かされました?」

「目潰しをされました。一回、両目に」

「目潰し……」

 軽く引いていたが、リリーさんは持ち直したようで話し出した。

「その……効果もあったのでしょう。それで魔法が使えない……というくらいに抑えられていたんだと思います」

 それじゃ、あの目潰しにも意味があったということになる。何かそんな感じの目潰しではなかったが。

「あの、校長が言っていたスペシャル聖水って言うのは? 俺達が前に取りに行った聖水とは違うものなんですか?」

「あ、ええ、あのスペシャル聖水は校長がいろんな聖水をブレンドしたもので、校長にしか作れないものなんです。大丈夫ですよ、変な物は入ってないと思いますから」

 そんな風に言われてしまうとちょっと疑いたくなってしまう……けれど、もう事後だ。何も出来ない……。

「あの、他の属性の魔法も使えるんでしょうか?」

 こうなるとそこが一番気になる。

「そうですね……、きっと水系とかならすぐに出来ると思いますが、その火並みだと思いますよ」

 ということは、今だショボい火を出し続けているこの魔法……。

「たき火とか、キャンプになら使えるかな……」

 日本でなら……。

 悲しくなって来て、それ以上何も言えなかった。

「あ! でも、レベルが上がれば、その魔法力も上がりますし! その火だって、いつかは『フレイム』となりますから!! 一緒に頑張りましょう! ね!!」

 何か、俺、魔法学校に通っている落ちこぼれの生徒みたいな気がして来た……。

「ヨシキチさん、大丈夫ですか?」

「はい……」

 俺は元気なく返事をした。

「あの、そんな状態のヨシキチさんに打ち明けるべき事ではないと思うのですが……、最近のティノってどうですか?」

 突然、何を言い出すんだろう……リリーさんは。

「ティノですか? とてもよく家事をしてくれますし、最近買った杖を使いこなすんだと張り切って一日中外でも家の中でも振り回してますよ」

「そうですか……それで、あの迷惑は……」

「そんなには……」

「そうですか……あの……」

 リリーさんは何か決心したように言った。

「父さんっ子なんです!!!」

「は? 父さん?」

「はい、ティノが」

「ティノが……父さん?」

「はい、ああ見えて、ティノってば、父さんっ子なんです!」

「え……!?」

 俺はまじまじと見て来るリリーさんと目が合ってしまった。

「とうさん……」

「はい! 父さんっ子なんです!」

 それしかリリーさんは言わない。

「ははは……、それはそれは……、パパっ子?」

「はい! そうなんです! 珍しいですよね……、今時あんまりいません!」

「そうかな……、ははははは……」

 俺は笑うしかなくなった。

 そんな俺にリリーさんは言う。

「父がどこかの勇者様のパーティメンバーとなって遠征に行ってしまってからはいろいろありまして……」

「いろいろとは?」

「えっと……、いろいろとその、迷惑沙汰を起こしていまして……今のところ、全員小さな事で済んでいるのですが、それが全部父さんっ子のせいでして、あの年でですよ……。ですから、あの、えっと……そういうわけで! これからもうちの妹をよろしくお願いします!!」

 そう言い切って、校長の行った方に駆け出してしまった。

 リリーさーん! その話詳しくー!! なんてできないくらいの速さだ。

 呆然としたまま、リリーさんが見えなくなるまで俺はそこに居た。

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