数日が過ぎようとしていた。
次の対象モンスターが来ない。
何かあったのかと思って連絡をしてみたが、順調に運ばれている最中だと言われてしまった。
それでは待つしかないじゃない! とクレアはリビングで温泉に入り、ティノは新しく買った杖を使いこなすために日夜振り回していた。
俺は何をしよう。
ぽけ~っとベランダで日光浴をする。
はあ、何もやることがない。
「ねえ、ヨシキチ~」
「なぁんだ~」
「ギルドに行って来たら~」
「何で~?」
のんびりとクレアと話をする。それしかないのではないか。
日本ならスズメやら鳩が飛んでるのを見たりできるのに、ここでは特にこれといって飛んでいない。青い空を見るしかないようだ。あ、あの雲なんかスライムに似てる……。
「はあ……」
「あんたね! 聞いてるの!! いつもいつも! そこに居られちゃ! 私の気持ち良い入浴の邪魔なのよ!」
ビチャ!! と急に服が濡れた。
「アツッ!!」
「分かったら行きなさい」
温泉の女神が怒って立ち上がって、玄関の方に人差し指を向けている。
「俺は犬か? 犬なのか? いや、違う! 人間だ!」
「じゃあ、働きなさいよ。今、待機中だとしてもこの仕事は他の仕事もできるのよ? その日限りの仕事だってギルドや他の所に行けばあるでしょ!」
「だってさ、そういうのって命の危険があるのとかじゃん。何かよく分からない薬飲まされたりさ、魔法の実験に付き合わされたりさ、嫌だね~命を何だと思ってるんだか」
「それはそうね……って、違うわ! 大切なのは働くことよ! この世界に来たから働くようになった人いっぱいいるんだからね!」
「あのさ、もっとこう、俺が行っても良いかな~って思えるような言動はできないわけ? 最近、何か知らんけど怒られてばっかでつまんないんだよな……」
「な、何よ! 私だって好きで怒ってるんじゃないんだから! あんたが怒らせるようなことするからでしょ!」
「はあ~、行く気失せたわ……」
俺はまたリビングから出られるベランダから日向ぼっこを再開する。今度王都に行ったらここで座れる折りたたみ椅子でも買って来ようかな……。
「はあ、温泉なんて入らなくたって気持ち良いじゃないか……」
俺は久しぶりに太陽の暖かさを感じていた。この温もり好きだ。太陽の匂い最高。
「ねえ、ヨシキチ~」
「んー? 何だ?」
ビチャ……と急に腰辺りの服が濡れた。
「ちょ! 何してんだよ!」
でも今度のは全然熱くない。人肌ぐらいの温度。でも何かの感触はない。
「お前! また塗れただろ!」
そう言って水着姿のままでこちらにやって来たクレアを見る。
やはり、その水着、温泉マークが付いてる!!
そんな事には気付いていない女神が少し不満そうな顔をして言う。
「だって、居なくなんないんだもん。ちょうどティノちゃんは外で魔法の練習してるし、対象モンスターもいない。二人っきりね?」
急に変な事を言い出した!! 何だよ、何すんだよ? 何でちょっと笑ってるの? この女神。何して俺を追い出そうとしてるんだよ! そのいたずらっぽい目は何だよ! 困るんだよ! こういう展開が一番困るんだよ!!!
「あのさ……、クレアさん、俺に何かした? 俺にどきどきさせちゃう魔法でもかけた?」
「あら、そうなの? どきどきしちゃってるの? ヨシキチのくせに? どうせ何もないんだろ? 的な感覚でいるのに? どきどきしちゃってるんだー、ヨシキチのくせに!」
「何だよ、そのヨシキチのくせに! ってやつ。止めてくんない?」
「止めてあげない! だって、ヨシキチが言ったのよ! 行く気にさせれば良いんでしょ? 簡単なことよ!」
堂々とこの温泉の女神はいつもの水着姿で言う。
「ヌルヌルにされたくなかったら行きなさい! ヌルヌルって何? って少しでも思ったらいなさい。残ったが最後、この女神の魔法の餌食になってもらうわ!」
「は? 堂々と何言ってんだ? そのヌルヌルやってみろよ、さあ、早く!」
「良いわよ! ぬるぬる温泉!!」
魔法陣の反応あり! と誰かの声が聞こえた気がした。
「ワ! ちょ! たんま!!」
本当に湯がぬるんぬるんだ! 何かいつもよりヌルンヌルンにしてますぜ!! ってな感じに……く、息ができな……。
「プッはぁ~!!!」
運良く顔出せた俺にクレアは跪いて言って来る。
「良いわね~ヨシキチ、ぬるんぬるんになって、もっと欲しいならもっとやったげる。私、入りたかったのよね、こういう温泉。でも、この温泉って実は……」
「何だよ……」
「教えてやんない! さあ、欲しいの? 欲しくないの?」
選べってか?! だったら!!
「何やってんですか? 二人で変な事してるんですか? どんなプレイ中なんですか? 何か湯みたいなのが江東さんを覆い被さってますけど、そういうプレイ? とうとう江東さん、お湯と合体しちゃったんですか?」
「どのお口が言ってるのかな~? ティノちゃん! これはこの女神の陰謀だ!」
「は~、やあね、ヨシキチがしてくれって言ったからしてあげたのに」
「ハア?!!」
「もう良いです。近所迷惑ですし、そういうプレイは他でやってくれませんか?」
「何言ってんだよ! ティノ! 俺はこの女神に!!」
「働きもしないで、お湯と合体するプレイを選ぶなんて、とんだヤロウですね、江東さん! あたしが思っていた江東さんはもっと、もっと……ノーマルな人だと思っていましたっ! 泣き!!」
「おいおい、待てよ。待てよ。この展開、おかしいだろ? 何で俺が良くない方に行ってるんだよ……、ここは俺がおいしい思いする所だろ?」
「だったら、ギルド行ってお姉さんのお尻でも見て喜んでれば良いじゃない?」
「あーもう良いよ!! 行ってやるよ!! 逆ギレだろうが何だろうが!! ギルドだったらこうはならない!! もっと良い出会いが待っているんだ! 知ってるか? 人ってのはな、口に出して言ったことが大体本当になって、それがフラグなんてのになるんだよ!! だから!」
ぽん! とヌルンヌルンのお湯が消えた。
「じゃあ、行って来なさいよ」
「今からダメ人間になるんですね、だったらその格好で行っても大丈夫ですよ」
「ッばっかか!?! 俺はまともな人間だ! ジャージになって! お前達を! お前達を~!!!」
良い言葉が思い付かなかった。仕方なく、俺は濡れた服を洗濯機に入れて、初めてのダンジョンで着て行ったジャージに着替えて近所のギルドに向かった。
あのリーズナブルな冒険者の服を着る気にはなれなかった。もしかしたら、そうしなくても良い感じになるかもしれないからだ。こういう思いだってそうなる要素の一つだろうと俺は思う。