よっこいしょ。と少しの距離しかクレアが動かせなかった縦長の木箱を持ち上げる。
クレアの言葉を信じた俺がバカだった。
「何これ、軽い」
ウソ……!!! という表情をするクレア。
「まあ確かにこの縦長の木箱は多少思いが、中身ないんじゃないか? これ」
「うそ……、嘘よ! 絶対重かったんだから!!」
「じゃあ、もう一度持つか?」
「う……。何かもう二度と持ちたいと思わないのよね、それ」
「へー、何でだろうな?」
「さあ? でも、何かぞわぞわして来るの……。虫関係ではないと思うんだけど」
何か気持ち悪い事言って来る、この女神。
「ねえ、ヨシキチ。何となくなのだけど、この木箱開けるの朝にしてくれないかしら?」
「何で? すぐに開けて仕事を」
「時間外労働……そういう言葉を知っているかしら? したいなら止めないけれど」
「うん、時間外労働。それは良くないな。正社員ならよくあることだけど。俺達は派遣社員だ。まして、これはギルドのクエストではなく、日本国の仕事だ」
「そうね、ギルドのクエストにしたって、こんな遅い時間まではやらないわ」
「よし!」
「そうしましょう!」
俺とクレアはガッシリと握手した。そう、これは合意の握手。もう今日の仕事は止めよう。
「あの……」
ずっと静かに様子を見守っていてくれたリリーさんが声を掛けて来た。
「わたし、帰っても良いですかね?」
「ああ! ごめんなさい。俺が呼んでしまったばかりに!」
「そうよ。謝りなさい! ヨシキチ。お詫びに私が出した温泉にでも入ってく?」
「ひ! い、いえ、あの、わたしは本当にこれで帰りますぅ~! すみませーんっ!!」
逃げた。余程怖い思いをしたに違いない。可哀想に……。
「ヨシキチ」
「何だよ?」
「その木箱絶対に私に近付けないでね! 何かさらにぞわぞわして来たわ……」
「女神様でも恐れるものがあるんだな」
「違うわよ! これは女神だからこそよ!」
「じゃあ、やっぱ……虫で」
「いっやぁぁぁぁ!」
急に叫ぶやつがあるか! クレアが自分の部屋へと逃げてしまった。
しーん……とする時間。
「はあ……」
両隣から壁ドンされなくて良かった……。ここのマンションはこういうモンスターをも一時的とはいえ、住まわせるのだ。かなりの防音対策がされているに違いない。
ホッとして歩き出す。
「さてと、これはリビングに置くのが良いか……。でもそうするとクレアがまた悲鳴のようなものをあげそうだし……」
「何ですか? それ」
今日もまたトイレに起きたのだろうか、眠たそうな声と目をして縦長の木箱と俺を見るティノが背後に居た。
「お、おはよう!」
「おはよう……って、まだそんな時間じゃないはずです……」
「そうだな、だけどもう今日は始まっているんだ! 時間的にはな」
「そうですか。ふわぁ~」
彼女が欠伸をする。やはり、子供。眠れば良いと思う。
「何か、それ。見たことがあります」
「どこでだ?」
「思い出せないので、あたしの部屋に連れて行って良いですか?」
「ああ。でも……」
「大丈夫です、変な事はしませんよ。これは江東さんの仕事の物でしょう?」
「まあ、そうだな……」
「だから、これは何があっても江東さんが開けなくちゃいけないものなんです」
そう言って、ひょいっ! とティノは俺の手から縦長の木箱を奪い、しっかりとそれを抱えてのそ、のそ……と持って行く。
「重くないか~?」
「大丈夫でーす。また朝に会いましょう、おやすみなさーい」
「おやすみ!」
よし、今日も! ぐっすり寝れる!!