報告終わり!
あとは……。
俺はあの後もずっとリビングの机の上に居るスライムを見る。
「お前、どうやって返せば良いんだろうな……。日異モンスターマネージからは次のモンスターをお送りいたします……とだけ来た。悩むわ~」
ツンツンと突く……のは止めておこう。これ以上の触れ合いは心がツライ。
「ねえ、いつまで見てんの? 邪魔なんですけど?」
クレアの声が背後から聞こえる。
「お前は良いよな……そう言って、どの温泉に入ろうかな~くらいしか考えてないんだろ?」
「何よ! 温泉に入りながらでも聞こうじゃない!」
「ああ!」
ぽん!
リビングの家具は全てなくなり、湯けむりと共に樽風呂が出た。また一人用……。
「お前、やっぱり……」
「何よ?」
「……聞こうと思ってたんだけどさ。こんな所で温泉出すけど、下の階にこぼれた水とか行かないの?」
「なに、心配してるの? 大丈夫よ! これは温泉の女神である私が出したものなのよ! そう
「ああ、そうですか……」
微かに心配していたのが損だった。
「で、何をそんなに葛藤しているの?」
「葛藤はしてない……けどさ……、こいつ、どうやって送り返そうかなって」
「ああ、そのスライムちゃんね……、ああ、なんかポロポロと泣き出しそう……って
「こいつ、元気になってから少ししか寝てないって、さっきティノが言ってたな……」
コテ! とスライムが突然倒れるように眠った。
「ティノーーーーーー!!!!! お姉さんだ! お姉さんを呼べ!!」
「お姉さん?」
「そうだ、リリーさん! そして診てもらおう! こんな風な寝方今までしてなかったぞ?」
「そうね……」
クレアは樽風呂に入ったまま出て来ない。この状況なのに。
「クレア、何でそんなに落ち着いてられる? こいつが!!!」
「まあ、落ち着きなさいよ。ヨシキチ、どう? この温泉のお湯でも飲んでみない? すぐに違うこと考えちゃうんだから」
「いや、今は良い……後でいただきます」
「後? バカじゃないの!!!? 後なんてないわよ!! 今よ、今!! それにね、これはそういう魔法が最初からかけられていたのよ。少しでもこの仕事がしやすいようにね! 悲しみなんてこの子に残させない!! 最初からなかったことにする魔法も見えるわ!!!」
「ウソ!!? どこに?」
俺は探す、それはどこにも見当たらない。
「バカね、魔法陣よ。あんた見えなかったの? さっきの……」
「な、何だよ! ちゃんと冒険者登録はして来たんだ……何で俺……、普通の目だった時の方がそういうの見えてた気がする」
がっくり来る。この期に及んで……まだ魔法に慣れないってどういうこと?!!?
「分かったわよ……少しは優しくしてあげましょ……。で、ティノちゃんは? ティノちゃんも御眠なの?」
「あ!」
「何よ、急に? 何があればそんなに一気に元気になれるわけ? 問題はティノちゃんがいないとあれができないってことよね……」
また肝心な事を言うまでに時間が掛かるんだ。俺はスマホを取り出す。
「何する気?」
樽風呂の中の女神に背を向け、俺はあのお方に電話する。正座をしよう。もう夜も遅い。出ないかもしれない。その間にもクレアは言う。梱包には空気の魔法が必要だと。それを出せるのはティノみたいな魔法使いでないと無理とか。でも、ティノは呼んでも来ない。やはり、子供。寝てしまったんだ……。
「あ、夜遅くにすみません。ティノが寝てしまって、何かティノがいないとできないことがあるとか。来てくれます? お迎えは? いらないですか……分かりました。本当にありがとうござ……はい、お待ちしております!」
「ねえ」
電話を終えると水着姿で樽風呂に入るクレアが言った。
「誰に電話したのよ? とっても嫌な男になってると思うけど」
「常識は知ってるさ、この世界でも日本と同じ。メールだって出来るけど、今は急用だ。何たって、いつ来るか分からないからな。次のモンスターが来るまでに用意しとかないといけない。お前、このスライムの梱包方法知ってるだろ? 言えよ、そんでもってやってくれると嬉しい。それは樽風呂に入ってても出来るだろ?」
「自分でやりなさいよ。あんたの仕事でしょ?」
「そうだけどさ……、こいつは忘れちまっても、俺は覚えてるし、辛いんだよ!」
そんな理由でね! 来た時と同じ梱包にできないって言うの?!! と言うクレアに俺はあいつが最初入って来たダンボールを目の前に用意する。きっとこうなることを知っていたのだ。だから、あの時、そのダンボールは大事にとっときなさいよ! と二人に注意されたのだ。
「どうしたの?」
スライムを持とうとした手が止まる。
「やっぱ、できなーいっ!!!!」
「ダメだ、こりゃ……」
クレアは俺を見捨て、自分の時間を取ることにしたようだ。俺はあの人が来るまでに何とか自力でこのダンボールに入れようと格闘をしていた。
なかなかに困難な作業だ。こんな簡単なことなのに!
「う、くそ! ペットショップの店員さんと訳が違って、今の俺はパピーウォーカーの末の弟がいるちょっと上の小さい男の子のお兄ちゃんの気分だ!!」
「あー、はいはい。長ったらしいご自分の心情は良いから、さっさと入れなさぁーい」
「良いよな! お前は風呂入ってるだけで金はもらえなくても極楽気分を味わえるんだから!!」
「何よ! その言いぐさ! ……ふん! だからって、やんないもんね! べーだ! 私を誰だと思ってるの?」
「年齢詐欺の温泉の女神様」
「な!」
「絶対十八じゃない。それ以上だと俺は踏んでいる。で、実際はどうなんだ?」
「な!」
ムカムカとする音が聞こえるが俺は気にしない。この後の温泉の女神から来るいろいろな災いがあったとしても、今の方がツライ。
「私はねぇ!!!! あんたより確かに長生きで年上かもしんないけど!!!! これ以上年を取らないし、ずっとこの姿のままよ!!!!! 分かったらささっと入れなさいよーーーー!!! それはモンスターよ! 今はまだ!!」
「分かってるけどさ……来た時と同じ梱包方法にするんだろ? できねーよ……」
そんなやり取りが続いた三十分後。
俺のスマホが鳴った。
「ビックったぁ……、何? 電話?」
「いいや」
ワン切りでその音は止まった。
俺はスマホを持って立ち上がり、廊下を通り、玄関のドアを開ける。
「すみません、夜分遅くに」
「いえ、うちの妹が迷惑かけて……」
「いえ、ただ寝てるだけなので、そこまでの迷惑は」
「迷惑かけてないんですか?」
「はい、まだ」
「まだですか……なら、良かったです」
ふぅ……とリリーさんは大きな胸をなでおろした。
「いや? 何かさっき、はわわわわ……っていうおかしな声を出していたけど……あれはきっと疲れた俺に対する嫌がらせですよね」
「ははは、そうだと良いんですが」
「え?」
俺は冗談だろ? とリリーさんを見る。最初見た時と同じ服装で少しお酒臭い。
「お酒飲んでます?」
「飲んでません! わたし、
「何か……俺の後輩がすみません! なんて謝るのも筋違いか……、どうぞ、中に入ってください。クレアがまたリビングのど真ん中で樽風呂なんかに入ってますがお酒は飲んでないので」
「ひぃ!」
どうしました? と聞く前に、その小さな悲鳴で、きっと昨晩の出来上がったクレア達の事を思い出したのだろうと勘付く。
「怖がらずに入ってください! 今度は俺がいますから!」
「はい! よろしくお願いします」
なんかよく分からない展開になって来たが、まあ良い。ティノのお姉さんをまた呼ぶことができた。それだけでオッケーだ。
リビングに行くと樽風呂を消し、いつもの浴衣姿でスライムをダンボールに詰め込み終わった女神の姿があった。
「おい」
「何よ? 優しくしてあげるって言ったでしょ。その通りにしたまでよ、そんな口調で言うのなら、また出して、あんたに再度やってもらっても良いのよ!」
「それは困る。そのままでお願いします、クレア様」
「ふん! で、何でリリーちゃんを呼んだの? もしかしなくてもティノちゃんの代わり?」
「そうだけど! 何か問題でも?」
「ないわよ。じゃあ、リリーちゃん、こういうのを運ぶ時の空気の魔法は知ってるわね?」
「はい」
「やってちょうだい!」
「エアーギヴ!」
ババッと! 素早くクレアはそのダンボール箱を閉めるとガムテープで来た時と同じ状態にした。実にあっけない時間。
それを計ったようにピピンポーン! という夜中なのも関わらず、鳴り響く音。
あの運び屋さんが来たのかもしれない。
「なあ……」
「これ頼んだわよ。宛先はすでに送り先になってるから誤送の心配はないわ。渡すのだけは自分でやりなさい」
「はい……」
背中ではなく、お尻を叩かれ、俺は開けたくない玄関のドアを開ける。
「すみません、お届け物です」
スライムを届けに来た運び屋さんが今度はティノより少し小さいくらいの人が一人、入ってそうな気がする縦長の木箱を持って立っていた。
よく持てるな……と思う前に。
「ハンコお願いします」
俺は玄関に置いておいたシャチハタを押す。
「……」
ちゃんと出来るでしょうね? とクレアが俺の後ろに控えている。
「どうしたのよ! 言わないの?」
「言うよ! あの、これ、これを……よろしくお願いします!」
お辞儀と一緒に運び屋さんにそれを両手で差し出していた。
「はい、承りました」
彼はそう言って、それを持って行ってしまった。
「スライム……」
「元気でな……なんて言わないでよね、これ、どうすんのよ! ちょっと重いんですけど! あんた、男でしょ?! 運んでよ! いつまでもこれ、玄関に置いとかないでよ」
「分かったよ、うるせーなっ!」
感傷的になる余裕もなく次のモンスターへと移った。