そんなに長くはない階段を駆け足で下りる。
「待ってください!」
先頭を行っていたティノが急に壁となる場所で立ち止まる。
「おわ!」
「おっとぉ! そうはさせませんよ! 江東さん、お触りは終わってからにしてくださいね!」
「お触りなんてしません! 誰がこんな!」
つまずきを回避して俺はティノの腕から自分の手を退けた。そして、ティノが見ている先を見る。
「何だ?」
「シッ!」
そこには火の光がないにもかかわらず、神々しく光輝く噴水のような物があった。
何となく、この静けさのせいなのか、小声になってしまう。そのくらいの神聖さだ。
「あれが、そうなのか?」
「はい、ですが」
「何だよ?」
見えませんか? と言うようにティノが噴水近くを静かに見る。
「お、あれはこのスライムの仲間?」
二から五ぐらいの塊になってそこかしこに居る。時々ぷるん! と動き合うだけで何もして来ない。というか、さっきの糸吐き虫もそうだけど、こちらが何もしなければ何もしないのでは……それはないか、クレアに散々糸かけようとしてたし、折りたたみ傘目掛けて糸来た時は思わず、フレイム! なんて叫んじゃったけど、何にもならなくて、ティノにぷくく……と笑われた後、ボッとやられて、ちょっと軽めに火傷してクレアに火傷の薬塗っときなさい! って言われて、ティノにその薬もらって塗っただけだし。
と思ってティノを見るが、ティノはどこかに消えた。キョロキョロと辺りを見たところで聖水近くにまで行っていたティノが小声でこちらに向かって言う。
「大丈夫です。今、スライム寝てるみたいなのでこっちに来てください!」
「ちょ、無理じゃないかな」
「怖いんですか?」
「いや、怖くないけど……ほら、なんか無色透明のスライムってところは同じでも肩に乗ってるやつより断然大きいのも居るし」
「根性なし」
むっかー! としたからここまで早足で来たわけではない。
早くこいつに聖水を! と思ったからだ。
目の前に居るスライム達、これは。
「野生のスライムか?」
「そうです、レベルが高いのでしょう。まあ、それでもあたしとクレアさんよりは下ですが……」
ちらっとティノが俺を見る。
「何だよ、今日この異世界に来て、冒険者登録したばっかりだぞ、レベル1だ。この肩に居るスライムと同じだ」
「そうですよね……あたし、ここで魔法陣書きますから。少しは聖水の神秘な香りのおかげでそろそろヤバそうなスライムさんも少しは回復するでしょう」
そうだった、俺は忘れていた。もう音がしなくなりつつあるが、かろうじてある状態だ。ヤバイ!
「早くしてくれよ!」
「はい! で、問題が」
「何だよ? 魔法の石なくしました! とか言ったら怒るからな!」
「それはないんですが、きっと上手く行くと思うんです。だけど、その後が問題なんです」
そう言いつつ、ティノは書きやすそうな平らな所を見つけ、あの魔法の石で自分がその中に入れるくらいの大きさの白い円を一つ書き終えていた。
「書くの早くね? ティノ!」
驚きのあまり、少し声が大きくなってしまった。
「う! ビックリした……。大声はあんまり出さないでください。起きちゃうと困ります」
「何が困るんだよ」
俺はまた小声にして言う。その間にティノはその円の中にもう一つ小さい円を書く。二重円だ。
「スライム達ですよ。スライムは仲間意識が強くて、自分達と同じ形、状態のものに近付きます。そして、仲間だ! と思ったが最後、そのものに飛びつき、嫌がるものをも引きずり込んで自分の仲間にして二度と勝手な事が出来ないようにしてしまうのです!」
「は? それはつまり、この肩の上のスライムが聖水かけて、この染みがなくなった途端、やって来るってことか? こいつ目掛けて」
「ええ、そうです……襲って来ます」
何か違うな~という顔をしたがティノは書き続ける。何だかどんどんいろんな形、字でその二重円が豪華になっていく。
「それで、俺はどうすれば? このまま、お前をここで見守ってれば良いのか?」
「そうですね、折りたたみ傘を壊されましたし、軽度の火傷をさせてしまいました。ここはあたしの……力を信じ、もしくはその残った武器でやっつけてください」
「な! ペットボトルで戦うとかちょっとあれじゃね? かっこよくない」
「そんなの言ってる場合なんですか? みるみる衰弱してますよ」
「な! や、やってやるよ……そう言ってこの中入ったんだし……」
「ふー、冷静な判断ですね。この神聖さに江東さんの頭も口もやっと落ち着きましたか」
「は、最初から落ち着いてるし! 別に初めてのダンジョンだからって浮かれてたわけじゃない! こいつの命がかかってたからで」
「チョー!!! 大変!!! チョー大変!!!! アイツらがやって来るわぁあああああ!!!!!!!」
すっげーうるさい乱入の仕方で『ボッチャンオリジャッ』と唱える白髪ロングを振り乱しやって来たクレアが俺の背後に回る。
「俺は盾か?」
「それになれるならなりなさいよっ!!!!」
女神が怒っている。のそ、のそ……という音が聞こえて来る。あいつらなら何となく転がり落ちて来そうなのにそうしないのか。
「ち、近付いて来るわ! 近付いて来てる!! どうしよう!!! あの虫、もう嫌!!!」
「違う魔法を使えば良いだろ。で、魔法陣はどうだ~」
「あともうちょっとです!」
カリカリカリカリ……と素早く書いている音が鳴り響く。のそ、のそ……という音も聞こえる。
「なあ」
「何よ!」
「何で聖水を直接、手で取らないんだ?」
しーん……とする。
「何か、これって……」
「ば、ばかじゃないの!!!! この男、典型的なバカね!!!!」
何かさらに怒られたー!!!!
「良い? この聖水は管理している人がいてね! 触れたが最後、その管理人に知られて有無を言わさず入れられるのよ!!!」
「何に?」
ふーふー……とクレアは鼻息荒く言った。
「その管理人が信じているものによーーーー!!!!」
女神はフーフーと怒っていた。
あれ、ここって静かにしないとじゃ?
「できました! って、クレアさんの大声でモンスターが起きてしまってますけどぉ!?」
一生懸命にやっていたから気付かなかった風な言い方でティノは俺達を見、後は任せた! と隠し持っていたクリスタルで出来た小瓶を出した。
「おい! お前のせいだ! 何とかしろ!」
「何とかって!」
キュッという音。それはクリスタルの小瓶の蓋を開ける音。
「このスライム達は水属性でキレイな水が好きで生命のもとだから!」
ムクムクと動き出す、そこかしこのスライム達。そして、一歩一歩確実に近付いて来る糸吐き虫。
「でも、私には水風呂という温泉の匂い付きのやつしか出せないし!」
「スライムー、おい生きてるか!!!?」
ギャーギャーしてる間に肩の上のスライムが冷たくなって行く。
「おい!」
スライムを手の方にやり、見る俺にクレアは俺の横に置いておいたペットボトルの水を奪い取ると乱暴に蓋を開け、ご臨終となりそうなスライムにその水をかけた。
「一刻でも生きるのよ! メインテイン!」
それと同時にティノはその小瓶を頭上に掲げ叫ぶ。
「ホーリーウォータァーコレクトォー!」
その魔法の呪文によって、聖水の水が一筋の弧を描き、その小瓶に収まった。
それを持ってティノは俺の所に来る。
「これを早く!」
「ああ!」
ティノによってかけられる聖水、それはスライムに俺の両手に降り注ぐ。
本当に命の源のように優しく重かった。
無色透明のスライムのように透明な聖水がこの小さな染みを消して行く。
「やっぱりね、この染みがなくなればきっと生き返るわよ!」
「死んだの? ねえ、こいつ死んじゃったの?!!!」
「それはないです。死んだとしたら、この子、ここから消えてなくなりますから」
クレアとティノの言葉通り、あのリボンを付けたニヒルな口の小さな点みたいな二つのお目目が完全にカッと見開き、元気に起き上がって俺を見る。
「おお! これは!」
きゃっきゃ! と言った感じで喜んでいる。そんな気がする。
「これはもう、大丈夫でしょ!」
女神様からのお言葉も頂いた。
あとは。
「モンスターを倒すだけだな!」
「無理よ、ヨシキチ! このまま逃げるの!」
「何で?」
「来る! 来ます! あの管理人のおじさんが入りませんかぁ? いや、入りますよね! モンスターだって入ってるんですから! モンスターでレベル上げもしてるでしょ! 入るでしょ! これは! と来ちゃいますよー!!!」
「でも、周りにのろのろと近付いて来てるモンスター達は?」
ふ! と女神が笑った。
「テレポート!!!!」
さ! と全員で着地した場所、そこは。
きれいねぇ……とやっていたあの夕焼け空の所だった。今はもう真っ暗で、綺麗な星空しか見えない。