この街から北へ徒歩四十分。
そこが目的地であるという。
歩けなくない距離ではないが、夜になる前に着いておきたい。
夜になったら、モンスターの活動が活発になったりするからだ。
ティノに渡されたオレンジ色のリュックの中身を見る。
「ティノ、お前はオレンジ色が好きなのか?」
「はい、オレンジ色はとってもオシャレな色です! 好きな色を集めるのは当たり前です!」
ほほう……、だからパステルカラーのオレンジ色の折りたたみ傘に薄オレンジ色のタオル、ティノのスマホケースも確かオレンジ色だった気がする。
それに日本で売られている未開封のペットボトルの水が一本。板チョコが一枚。
二十八歳の俺が持つにはちょっと……な感じだが、そんなの気にする人はいない。
それよりもだ。
「クレアはダンジョン行くっていうのに浴衣なのか?」
「バカね!」
クレアは俺の方を向きながら言った。
「この浴衣の上に渋めの緑色の
そんなにこのダンジョンについて思ってないみたいだ。
てくてく歩く俺達、ぐーすか眠り続ける俺の右肩の上のスライム。
街を抜け、整備されていない道になって来た。ぼこぼこの石や土の感触、靴を履いていても感じる。
ティノがさっきからちらちらとこちらを見ているが、どうしたんだろう。
「何だ?」
「あ、あの……」
じっとこちらを見ている。
「何か言えよ」
「はい、魔法を一つ教えときますね。一階層にはいないのですが二階層には虫のモンスターがたくさんいて、そのモンスターには『フレイム』です」
「ふーん、フレイムね」
「それで、ですね……」
ティノは魔法使いの女の子! という服装でありながら、三角帽子を持っていない。
それに。
「お前、杖はどうした?」
「ぎく!」
声に出しちゃうくらいなのか! と俺はティノをジッと見る。
「あのですね……杖、買ってませんで、通常の半分少々しか出ないと思われ」
「ハア?!!!!」
「あの、あのですね! あるにはあるんです! キラキラとしたこの杖!」
それはあの時、異世界に来る前にボキッと折って買い直したアニメグッズが売ってる所で買ったという杖。
「これよりもちゃんとしたの、買う時間なくて……」
「ハアァ?!! バカじゃないのか!」
「そんなこと言わないの! それもこれも全部あんたのせいでしょうが!」
「は?」
「あんたが準備遅いから、こんな事になったのよ! あんたがさっさとジャージに着替えて、自分で持ち物用意すればこんな事には」
「はあ?! これのどこが持ち物だよ! 遠足行くみたいじゃないか!!」
「あ~、逆ギレですか……。引きますね~、物に当たらないでくださいよ……」
これだからろくでもない大学行った人は……という目が嫌だ。
「ティノ、それでもお前が何とかなる! というなら許してやろう」
「別に、江東さんに許してもらうことはないのですが……そうですね、ええ、これは仕事です。面倒くさいとか言ってられませんし、ここは一つ、魔法陣を書き、杖代わりにします! なので、江東さんはちゃんと『フレイム』が使えるようになってください! もしくはクレアさん、魔法陣完成するまであたしも守って!!!」
お安いご用よ! とクレアはルンルン気分で歩いてく。よほど、その力に自信があるのだろう。
俺はちょっと不安になって来た心を落ち着かせる為、ティノに聞いた。
「なあ、魔法は冒険者登録してれば誰でも使えるよな……派遣社員の日本人の俺でも」
「はい、ですが、簡単な魔法だけです」
「その『フレイム』とかっていう魔法。それはつまり、火系のやつか?」
「はい、火炎でやります。最近の簡単な魔法は大体英単語化されていて、まあ、発音しっかりできなくても大丈夫なんで、あとはやる気出して頑張ってください。あたしも頑張って魔法陣書きますから! その為にも、その辺に落ちている白い石や白いチョークではなく、ちゃんとお姉ちゃんからもらった要らない魔法の石でやりますね」
「要らない石?」
「あ、間違えました。お姉ちゃんにとっては、要らない石です」
この妹、本当に大丈夫か……。
ふんふんふーん! と気分良く鼻歌なんぞ歌い、クレアはまるでお散歩のようにその道をサンダルで歩く。
こいつ、本当にやる気あるのか? 見なければ良かった……。
あれから十分経った。まだ歩き続けている。
俺は一向に魔法が出る気配がない。スライムは今も寝ている。そして、ティノは何やらメモ帳を取り出し、ふんふん歌っている女神の息継ぎの合間に素早く疑問点を言い、その答えをもらう……というのを繰り返している。
「それはねー、こうやって書くのよ!」
「あー、なるほど!」
「ふんふんふぅーんっ!」
「あの!」
こいつら、本当に大丈夫だろうか。俺も含めてだけど。