ギルドの中の軽快な音楽と共に不安そうなティノのぼそっとした声が聞こえる。
「あれはどういう……」
その目はお姉さんを見つけたようで、ティノはどんどんその席に向かって歩き出す。
「おい!」
俺の声は聞こえてない。
ここは……! 付いて行くしかない!
怖いしな……ここ……。
ジロジロとこちらを見ながら、お昼過ぎにも関わらず、酒やら飲み食い、宴をしている怖い人や綺麗な人、獣耳のかわいい
俺の右肩にはいつの間にそこに行ったのだろう、スライムのやつが居座っており、やはり、お尻を俺の方に向け、綺麗なお姉さん達を見ている。こいつ……。
ティノは一つの木のテーブルの前に行くと足を止めた。俺はティノの後ろに立つ。
四人座れる席に二人の女性が両隣で座り、何やら見たことのあるお菓子をそれぞれの口だけを使い、両端から食べようとしている。
こちらには全然気付いていないようだ。
見れば、テーブルの上にはいろんな種類の酒やおつまみ、食べかけのご飯が広がっている。
ほろ酔い気分なのか、じりじりと細かく進んで行く右側の席に座る黒髪の女性、その進み具合に思わず尻込みする左側の席に座る茶髪のローブを着た魔法使いの女性。
言うまでもなく、上手く出来ずにあたふたしている魔法使いの女性の方がティノのお姉さんだろう、大人可愛い。
彼女は左側に一つ、前髪まで入れてふんわり崩してある三つ編みで、その左側の耳上には黒いリボンの髪飾りをしっかりと付けている。
ティノに似ているが少し甘い感じを受ける茶色の髪。ふくよかな胸、男性だったら誰でもと言っても過言ではない、そんな喜ばしい体付き。
ティノのお姉さんはとても良さそうで優しい感じのする人だった。
まさにポッキーゲームなんて止めて、こちらを見てほしい。
「オ姉ぇぇちゃぁーーーーんっっっ!!!!!!!!」
ポッキーーーーーンンンン!!!!
「ヒイィーッ!」
妹は一網打尽に勢い良く隠し持っていた日本包丁でそのチョコレート味の一本のポッキーを真っ二つにした。
「怖いんだけど! この妹!」
びっくりする周りの者達、名前通りの良い音をさせて少しバラバラに散らばるポッキー。
それを平然と食べ続ける者と、ううう……と泣きそうな顔になる割れたポッキーを口にやったままのティノのお姉さん。
一緒にポッキーゲームをやっていたのは俺と同じ黒髪、黒目の日本人の女性。二十代前半くらいだろうか。若々しいクールビューティーだ。
「はあ、ティノちゃん」
お姉さんは安堵しながら、折れたポッキーを近くの皿へとやった。そして、ティノを見る。その顔は助けてくれてありがとう……といった感じがあり、俺にふと気付く。
「そちらの方は?」
お姉さんの声はやっぱり、思った通り優しそうだ。
「日本からの派遣社員の方で、あたしとクレアさんが一緒にお守りしている江東さんです!」
「江東良吉です、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いしますっ! ティノの姉のリリーです。えっと……その……、エトウさんは何歳ですか?」
「二十八歳ですが……」
不意の質問にちょっと戸惑う。
「そうですか……お兄さん……みたいな感じですかね……」
へへへ……と何を思ったのか愛想笑いをするリリーさん。
「お姉ちゃん、何言ってるの! 江東さんはお兄さんなんかじゃない! あたしの大切な」
「ふ……」
笑われた! 突然、同じ日本人である彼女に、何でそんな含みのある軽めの笑いをされなきゃならない。
俺は彼女を見て言う。
「そちらさんは?」
「
「へえ、俺の後輩じゃん!」
「にゃ!」
香住ちゃんは変な声を出し、ボトッとその口からもうすぐで食べ終わることのできたポッキーをその場に落とした。もったいない。それにしても二十一歳ねぇ……。若いな!
黒髪のローポニーテールの子があわあわとなっている。良い感じのクールビューティーになって来たな! フフフッ!
「ば、かな! そんな! 国立なんですよ!」
「ああ、こう見えて俺、やる気のない頭良い系なんだ」
「ウソだー!!!」
「大学落ちまくってたのもそれが理由。な、コミュニケーション能力の高さと良い、これが差別しない心だ」
ティノを見て、にかっと笑ってみせた。
「まあ、確かに……、こちらの方が『異世界学科』と言った時はおや? となりましたし、どこかで聞いたことのある名前だと思いましたよ……。でも、そんな、江東さんよりろくでもなくない人が行っている学校なんだし……」
「おい、ろくでもない認識止めろよ、まあ、確かに俺が行ってた頃は出来たてほやほやほわほわ状態の学校だったけどさ、そうか、名前あれから変わったもんな……」
じろじろと香住ちゃんが俺を見る。
「何?」
「あの。それじゃ、先輩とお呼びした方が良いんですか……」
「まあ、別に好きに呼んでくれて構わないよ」
「じゃあ、はい! 自分は『ヨシキチさん』と呼びたいです!」
勢い良く手を挙げて言ったのはティノのお姉さん、リリーさんだった。
こっちも若く、確か二十歳と言ったか……ふふん、良い感じになって来たな! フハハハ! という内心を隠し、俺は普通にリリーさんの向かいの席に座る。それを見て、ティノが俺の隣の席に座る形になった。
「お姉ちゃん、ヨシキチさんはないんじゃない?」
「いえ! 大事なことです! ティノ、お腹空いてない?」
「え!?」
びっくりする妹、そんなこと分かっているのよ! という姉妹にしか分からない感覚。俺にも分かるその感覚。
「じゃあ……食べて良い?」
「良いわよ、食べかけがほとんどだけど」
それを気にするあたしではない! という風に一発目からティノはその辺にあった誰も飲んでなさそうな綺麗な木のコップの中に入っている酒をガン飲みする。ほんと、ガンガン飲んでる!
「おい、お前、一気飲み? 捕まるぞ!」
「ぷっはーぁ……、大丈夫ですよ! 異世界では飲酒十五歳からです!」
「そうなのか? そういえば、そうだった気も……」
「本当に、江東先輩って大学行ったんですか? そんなの常識じゃないですか! もう!」
絡んでくる……こいつ……。
「ずっとそわそわしてたのだって、何か飲みたい! もう酒でも良い! 肉汁でも良い! という欲望から来るものだったのです!」
「そうか……、あのリリーさんは何をじーっと?」
「その肩に居るスライム……、かわいいですねぇ」
にまーっとスライムもリリーさんに言われて嬉しいのか、あのニヒルな口を微笑みにしている。
「これはペットになるのかどうかの仕事なので、狩ってはダメなんです!」
「何? 仕事?! 江東先輩、仕事って、まさか、派遣?」
「そうだよ、悪いか!? 良い大学行ったってな、夢があったら、人にダメだと言われる道でも行かなきゃダメなんだよ!」
「お説教ですか……。こちとら、留学という」
「あ!」
ティノがいきなり叫んだ。
「どうした?」
「クレアさん、クレアさんが待ってますよ! 良い感じに出来上がりそうでした。危ないですね……酒と食事は」
そそくさと紙で口を拭いて、ティノは席を立つ。
「ほら、行きますよ」
「えぇー、今から楽しくなる所じゃん!」
「見てください、スライムさんがもう飽きたという顔をしています。これではもう登録に行こうとしていた派遣会社に行くのも後日にした方が良いですね」
そう言って、ティノは俺の肩に居たスライムを手に取る。なんか……湿ってる!
ふわ~っと言いそうな感じでスライムが口を開けた。
「ほら、眠りたいんですって! こんな騒がしい所では静かに眠れないでしょう。帰りますよ」
「ええー! 俺、あんまりも何も一口も食べてないんですけど」
「家に帰ったら、あたしの作りかけのご飯があります。それで良いじゃないですか」
「えぇー、クレアがその続きを作って食べてる可能性は?」
「ないです。あの女神様はそんなことをするより、温泉に入る方を選ぶと思いますよ」
「何?」
俺は無意識にその場に立っていた。いや、思い出していた、あの水着姿のことを……。
「じゃあ、お姉ちゃん、また今度ね!」
「あー、ティノー、あんまり迷惑かけて不愉快にさせちゃダメよ~」
「分かってる! ほら、行きますよ! 江東さん」
俺はずるずるとティノに服の裾を引っ張られ、ギルドを出た。