道中、物騒な事を言っていたティノのような出来事は何もなく。無事、徒歩十分でご近所にあるギルドに着いた。
「おい」
「はい?」
「この子、連れて入って平気?」
俺は肩にまだ居るスライムをティノに見せる。
「大丈夫ですよ。この子、賞金首にもなってない雑魚モンスターですから」
真っ当な魔法使いの女の子の服装のティノがそう言っているんだ信じよう……。
中に入るととても明るいと思った。中世の感じがする建物の中だとは思えないほど、わいわいと酒の匂いや料理の良い匂い。
ぐ~~~~。とお腹を鳴らしたのはティノだったけど。
「しょうがないじゃないですか! 料理終わってもないのにクレアさんが行って来てって!」
「なあ、思ってたんだけどさ……。何でわざわざお前が料理途中で止めて来るわけ。何もしてないクレアが来れば良いんじゃないの?」
「それは……」
何だか言い難そうだが、ティノは意を決したように言った。
「フリーの女神様だからです。こういうギルドには大抵どうしようもない
「教会に行けば良いだろう」
「教会に行ったら、あなたは何派ですか? では、違う派なんですか? どうですか? 救いを求めるなら、いっそのこと、この神の信者になりませんか? としつこく言われるのです」
どこも同じだな……と思った。俺はずっと無宗教でいようと固く誓い。ティノにスライムを渡す。
「何ですか? 江東さん、行くんですか? 行っちゃうんですか? お弁当を一つお願いします」
「いや、それは無理だな……。金ないし、冒険者の登録は無料だろ?」
「はい、パスポートは必要ですけどね」
「パスポートならここにある!」
俺は持っているよ……とポケットから出そうとしたがティノが止めた。
「おっとぉ! 江東さん、何出そうとしてるんですか! 分かりましたよ、行って来てください。大事な物をむやみに見せるなんて非常識なんですか? 私が敵ではないから良いものを、これが見せてよ、見せてよ詐欺だったらどうするんですか?」
なんて、くどくど後ろで言われながら、俺は綺麗な受付のお姉さん達が待つ列に並ぶ。
俺だけ日本の私服で何か恥ずかしくなって来る。浮いてる……。
エプロンを脱ぎ、それにくるまれた包丁を持つティノが横に居てくれるが、これは何でだろ……。
五分後ぐらいに俺の番となった。
「次の方、こちらでどうぞ」
声を掛けてくれたのは受付のお姉さん達の中で一番明るそうなお姉さんだった。
受付のお姉さんは皆、いろんな種族でなっていて、見ていて楽しい。
俺をこれから世話してくれる担当になった受付のお姉さんは普通の人間のようで普通に接して来る。
「今日は何の用でございましょうか」
事務的な喋り方、棧さんを思い出す。
「えっと……冒険者に……」
「冒険者になりたい。と?」
「はあ、そうですね……あんまり乗り気ではないんですが」
こんな人、初めて見る! という風にお姉さんは俺を見て来る。
よく見るとお姉さんの瞳の色は薄い紫色で妖精とかのハーフだろうか。
「では、こちらの用紙にご記入を。……字、書けます? 読めますか?」
お姉さんが心配な声で言って来るのはきっと、この俺がこの世界の人ではないと分かった上での事なので。
「大丈夫です。大学で習いましたから」
そう言って書き始める。
「へえ、大学ってそんなことまで教えてくれるんですね」
「ああ、何回も落ちた甲斐があったよ。ちょうどまた受けようとした時に異世界学科なんてのが出来てな、そっちに行ったら見事合格。晴れて大学生になれたわけだな」
「ああ、誰も受けなさそうですよね、その学科。きっと異世界が日本に来て二年目くらいじゃなかったんですか? 試験どんなのでした?」
「そうだな……筆記試験と面接。面接は異世界に対する思いだとか、言いまくってたな」
「学生生活は?」
「出来て間もない所だったからな、日本に興味の沸いたモンスターやら魔法使いやらが教えてくれたな……。友達も数人いたよ。もちろん、日本人な! 楽しい日々だった。今じゃ異世界語会話教室なんてあるだろ。あれは最初、英会話教室を真似て作られたんだが、その最初の授業を試験的に俺達の学科でやってみたんだが……まあ、カタゴトの日本語喋る猫耳少女の先生がいて、可愛かったわ」
「……その大学で教わったことは何ですか?」
何かもう聞いていられない……というようなティノの目をかわし、俺は書き続けながら言う。
「教わることといったら異世界文字の読み書きに、異世界での話、日本との違いが主で。いかに日本という所が素晴らしいか……っていう」
「ちょっと待ってください。大学、そういう所行っといて、何でスライムの扱い方とか魔法力とか全然なんですか?」
「ああ、あの頃はまだ、出来たてほやほわでそういう所まで手が回らなくてな、軽~いのしか教わってない。異世界の食事文化だとか、服のセンスだとか。もう忘れてしまった事の方がほとんどだ」
「どうでもいい事しか教わってないんですね」
「まあ、でも、今じゃ、ちゃんとした所になってて、魔法力の使い方とか死んだモンスターの解剖とか、科によってはすんげーのやってるよ」
「ちょっと、それじゃ、江東さんは何を身に付けて大学を卒業されたんですか?」
「んー……異世界語と異世界の方々に対する差別のない心だな」
「できましたか?」
ペンを置いた俺を見て、受付のお姉さんが声を掛けた。
「はい、俺、死なないように生きたいので登録だけが良いんですけど!」
げんなりとティノが俺を見る。
「何だよ」
「命の危険……それを知ったのも、そのろくでもない大学のせいですか」
「ろくでもなくない大学で教わった大事な事の一つだ。命は一つ、転生される者は十代が大半。もう二十代に入った俺にはこうやって命を大事にしながら異世界を楽しむことしかないんだよ!」
「はい、ではパスポートをお願いします」
「はい」
ニコニコ対応の方にはこちらまでニコニコと笑顔で応えたくなる。
「もう終わりですかね……」
「何だよ?」
急にそわそわし出すティノ。トイレだろうか。だとすると未だ雌雄の確認が取れていない机の上の丸いスライムを……俺は目を見開いた。
見える! 見えるぞ! あの絵の通りのやつがこちらに尻を、奥の方に行ってしまった受付のお姉さんの方に顔を向けている。
ニヤニタ……と笑ってしまった。
そうか、これがこいつの顔か……。
「出来ましたよ。登録は終わりました。どうしました?」
「いえ、何も」
この顔を見て、ティノも心配して来たが、見えるようになったんだよ! と言ったら、あっさり、良かったですね……と一言、簡素な言葉で終わらされた。
俺は受付のお姉さんの方を見る。何か言ってはくれまいか……この嬉しさを祝ってくれるような……。
「と、登録だけとのことでしたが」
受付のお姉さんは俺の表情に屈しなかった。
「冒険者登録をしましたので、いつでも好きな時にあちらにあるギルドの掲示板にて出されているクエストをすることができ、それを終えると報酬が出ます。パーティメンバーの登録はしますか?」
「します!」
「しません! 誰がパーティメンバーなんだ?」
「あたし達ですよ!」
「あたし達?」
ティノを見た俺にティノは笑いながら言う。
「女神、クレアは言いました。江東良吉に仕事がなくなって帰れなくなった時は、彼の冒険者の方でもパーティメンバーになって彼を守りましょう! と」
「何でそうなってるんだよ! それに仕事なくなったら、強制的に日本に帰されるだけだろ。まあ、猶予は一年って決まってるけどさ」
「心配なんですよ……江東さんが」
「そ、そうなのか……?」
何だか照れるじゃないか……そんな愛されてるとか思っちゃうような、勘違いしそうな……微笑みのある優しい感じにされると。
「まあ、たぶん江東さんしかあたし達と上手くやって行けないと思わせるようなものを感じましてね、って何ですか? その気持ち悪い顔」
前言撤回だ。こいつらは何かを隠している。いや、女神の方はあんまり隠してないが、この魔法使いの方は隠している。
「では、しておきますね」
「はい!」
俺は受付のお姉さんの声でげんなりとした心を復活させた。
「さて、帰るか」
「待ってください!」
ティノはスライムを俺に渡すと言った。
「帰ることはないのです!」
「は?」
「何故なら、この世界にも日本の派遣会社があるからです!」
「はぁ?」
俺はティノを見る。何とぺったんこな体なのだろう。
「えー、では、行きましょうか、そこに」
「何でだよ……」
「登録だけでもオッケーなんですよ、そこも」
こそこそとティノは俺に耳打ちする。
「は? 就職中でもか?」
「はい、今はキャンペーン中でして、お知り合いやらが入って登録してくれると、日本円で一万円分の異世界商品券がもらえます。それで、こちらの冒険者の服やら武器を買ってはどうですか」
「ほ、ほう……名案だな」
「あの、お話は済みました?」
俺の後には誰もいないので、こんな話をしてしまったが、受付のお姉さんを見ると苦笑いをしながら、俺のパスポートを机の上に置いて準備完了されていた。
「すみません……、また来ますから……」
そんなことを言いながら、俺はぺこぺこと頭を下げ、パスポートを受け取るとギルドを去ろうとしたが、ティノが動かない。
「ティノ、どうした?」
「お、お姉ちゃんが! お、女の人とぉ!」
「なにぃー?!」
俺は見たこともないティノのお姉さんを本能的にキョロキョロとギルドの酒場の席から見つけ出そうとしていた。たくさん居るな……お姉さん……。