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営業の人

 原っぱ、原っぱ、原っぱ。

 歩いても原っぱ。

「ここには原っぱしかないのかー!」

「いや、そんなことは。ほら、見えてるじゃないですか。富士山みたく見える王都のとんがり教会屋根が」

「いやいや、あれは城でしょー。王城よ、王城」

「どうでも良いんだよ、そんなことは。それより、どこにあるんだよ、マンション」

「ああ、それなら営業の人に聞いた方が早いですよ」

「お前、場所知ってて歩いてたんじゃないのか?」

「嫌だなぁ、そんなに信頼しててくれたんですか? 江東さん、困ってしまいますよ。クレアさんがこっちの方に歩かれたので、それに付いて来ただけです」

「おい!」

 胸張って言うティノに、あ……っていう顔したこの女神。

「何か発見でもしたのか方向音痴女神」

「方向音痴じゃないんですけどー、ちゃんとその営業の人見つけたんですけどー」

 どれどれ……と怪しんでクレアが差す方を見る。

 そこには黒髪のスーツ姿の男が居た。

 歳はいくつだろう……三十代くらいか。

 何となく笑顔で電話中だ。

 きっと日本人だろう。こんな所で携帯電話なんて使っているのはそのくらいだ。

 ちょっと静かにして待つと、彼がこちらを向いた。

 やっぱり、俺より年上っぽい。

「どうもー」

 と言いながらクレアに声を掛ける。

 知り合いなのだろうか、俺は確認の為にクレアを見る。

「そ、そうよ! お久しぶりな関係よ! 前の派遣でもこの次田つぎたさんが担当だったわ」

「あ、初めましての方もいらっしゃいますね。では、ここらで改めて、株式会社ニホンイセカイの営業、次田です。よろしくお願いしますぅ」

 なんて言いながら俺に名刺を渡す。ティノに渡さないところを見るとティノも次田さんと知り合いなのが分かる。

「で、今回の仕事場兼居住地なんですがね、王都前に広がる初心者冒険者達が集う街の一角にありましてね」

「ああ、あそこね……」

 クレアは納得したように言う。

「あそこはこじんまりとしていて、治安が良いですし、最適な場所だと思います。日本の異世界転生者も多く居て、都合が良いです」

「へー」

「中世的な街ですよ。木組みの家が建ち並び、その屋根の色は赤茶色やオレンジ系で統一され、明るい雰囲気に包まれているんです」

「へー……」

 分かってる三人の後を付いて行く感じでその場所に着いた。

 ティノと次田さんが言った通り、こじんまりとした街の奥の方にひっそりと建っているんだと思うがその大きさでこの世界観に合っていない。せめて……の思いからなのか、この街の屋根と同じような色をした五階建てのマンションだ。まあ、資料で見ているのと同じだ。階段が見えたが行くわけがない。エレベーターが動いているからだ。

 このマンションのエレベーターが普通に動いているのも、携帯電話が使えているのも全ては魔法。そういう物を作り出す仕事も確かあったような気がする……求人情報に。

 皆で三階で降り、次田さんの足が止まった所。そこが俺達がこれからやって行く場所だった。

「真ん中のここしか今は空いてなくて……。これが鍵三つで、これがマニュアル。タイムカードはパスポートの方が勝手にやってくれると思います。結果報告はこちらの方にお送りください」

「はい」

 俺は次田さんからいろいろもらう。

「では、僕はこの辺で。何かありましたら電話の方にお願いします。では、失礼します」

 さっさと行ってしまった。

「あのさ、こういうのってもっとこうちゃんと……」

「次田さんに期待をしない方が良いわ。忙しい人だしね。ちゃんとタイムカードのこと言ってくれるだけ良いでしょ。紙の時は大変だったわよ」

 そんなことをグチて、クレアが俺から鍵を奪う。ドアをガチャと開けて、中に入る。土足で入って行くのかと思ったら、ちゃんとサンダルを脱いでいた。ティノもどんどんシューズを脱いで中に入る。

「早く、来なさいよ。ヨシキチ! やることたくさんあるでしょ! きっとそのうち来るわよ」

「何が?」

「対象モンスター」

 そうだった。クレアの言葉で気を引き締めて、俺はすぐに荷物の片付け、マニュアルを読み、結果報告先となる紙をなくさないようにクリアファイルに入れ、机の上に置く。

 そして、それが来るまで待機となった。

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