数日後、俺はそれなりの格好でこの株式会社ニホンイセカイに来社していた。
「お待たせ致しました。こちらの方々がパーティメンバーとなる魔法使いのティノさんと回復系魔法を得意とする……クレアさんです」
一応魔女だと主張するかのようなちょっとよれよれの黒の三角帽子を手に持ち、自分の名前を異世界文字ではなく日本語のカタカナで『ティノ』と白字で書いてある、とんでもなくダサいパンプキン色のオレンジTシャツに短めのスカートを着た十五歳くらいの茶髪のツインテールの女の子と何故か旅館で着そうな若竹色の浴衣を着ているティノより身長はあるが俺よりない十八歳くらいの白髪ロングの女性……少女? ……。
「これが、パーティメンバーですか?」
素直な心の声がぽろっと口から出てしまった。
「ええ、そうです」
事務的に、オフィスカジュアル姿の棧さんが言う。
「ちょっと、これは違うような……もっと、こう……異世界感が……」
「ないって言いたいんですか?」
「そうでしょうね、だって、私は温泉の女神様だし、こっちに来っちゃった組の二人だからね」
女神と言っておきながら、自分のことを『人』として数えるクレアさんはハア……と深く息を吐く。
「あの、失礼ですが、人間ではないんですよね? まして、日本人でも」
「そうよ! 私とティノちゃんは正真正銘の異世界人! 棧さんや江東さんとは違うわ! 何なら、ここで見せてあげましょうか? 魔法!」
「えっ、良いんですか?」
俺は少しワクワクしてしまった。
「良くありません。そういうのは異世界に行ってからか、日本でも魔法の使用が許可されている広場でやって下さい」
「は~い」
つまらない……というようにクレアさんは返事した。仮にも今、クレアさんが棧さんに怒られたばかりなのにティノさんは小枝のような杖を取り出す。
「では、この杖を見て魔法を感じてください!」
「うん、見ても小枝にしか映らないし、魔法は感じられないな」
「では!」
ボキッとそれを折ってしまった魔法使いの少女は何も言わずに立ち上がるとどこかへと行ってしまった。
「気に障ることだったかな……」
オドオドし出した俺にクレアさんは全く問題がないとばかりに明るく言う。
「ああ、大丈夫よ。その辺の枝折ればすぐに出来るから」
「お金で弁償! え、杖ってそんな簡単なもの?」
「そうよ。まあ、女神である私は杖なんてなくてもできちゃうけどね!」
棧さんが無言なのが怖い。見なければ良かった……。数分が経ったが帰って来ない。その間に提出してほしい書類を書いてほしいと言われ、俺は書いていた。それが書き終わる頃になって、あの子が戻って来た。その姿を見ただけで俺はホッとした。
「さっきはごめん」
「いえいえ、気になさらずに、光が足りなかったようで、腐ってたんですかね? その辺の枝では無理なようなので、この杖です!」
そう言ってティノさんが出したのはこれまた先ほどと変わりないような木の枝の杖。
「どうですか! 今度は輝きが違います! 光ってるんです! はあ~、やっとありましたよ。そこのアニメグッズ売ってる所で買って来ました。最新の杖です!」
ほんと、ちょっとだけ杖にラメが入っているような……それでも普通の木の枝にしか見えないが、これが彼女の杖なのだろう。
いや、今、彼女は。
「これが使いやすいんです」
はっきりと言われてしまってはもう何も言えない。
「もう良いですか?」
それまで黙って事の成り行きを見守っていてくれた棧さんに声を掛けられ、俺達三人はそれぞれに「はい」と返事をした。
「では、顔合わせも済まされたような感じですし、宜しくお願い致します……とだけでも言っておきましょうか」
「はい、よろしくお願い致します」
三人で言い合った。
何だこれ……にならないのは棧さんのおかげかもしれない。
「あの、提案があるんですけど」
突然、手を挙げてクレアさんが言う。
「この日本では『さん付け』しないといけないけど、あっちではそんなのないから、今この時点から私は棧さんはそのままで、江東さんを呼び捨てしたいんですけど」
「そうですね……」
ちらっと賛同しつつ、ティノさんが俺を見る。
「やっぱり、あたしは『江東さん』と呼びます。ですが、江東さんには『ティノ』と呼び捨てにしてほしいです。その方が何というか、落ち着くと言いますか……自然な感じがするので」
「そうね、私も『江東さん』のことを『ヨシキチ』って呼ぶわ。その代わりに『クレア』って呼んで良いから」
「では、そういう決まりで良いですか?」
「ええ、俺はそれで構いません」
「では、次に仕事場となる部屋についてですが」
異世界に建てられた日本の最新マンションの一室に住める……すなわち、寮生活に似ているのだ。
「で、部屋決めよ! 問題は」
「ここが良いです」
「そうですね、そこは日当たりも良く」
「ヨシキチはここで良いわよね。玄関に一番近い部屋。大丈夫、何かあったらすぐに私達が守ってあげるから。それが私達の仕事だもの。それがパーティメンバーよ。互いに守り、守られ、そんな関係を」
「ど、同居?!」
突然、現実味を感じて言った言葉。
「ええ、聞いてません! なんて言わないでください。ちゃんと言いましたし、その説明をしている間、ニコニコと聞かれていましたので問題ないかと思っていたんですが」
「そうだった……。派遣の登録予約の時に確認されてた……いや、忘れてたわけじゃないので……、話を進めてください。俺、どこでも良いですから」
そうだった……この二人はそういう二人だった。もう女神すら、自分のことを『人』として数えているんだ、良いだろう……。
「では、決まりましたので、次に……」
俺はその後の事をあまり覚えていない。けれど、しっかりと両隣にパーティメンバーとなった……ダサTのティノと温泉の女神らしいクレアが居る。
「さあ、行きましょう! 異世界へ!」
二人は元気に言ってくれた。
「はい……、でも、行くのは来週からですよ」
俺の言葉なんて聞いていない。
「敬語もナシ! だからね!」
そんなことを言って、二人はどんどん先を行く。
これは簡単には行かない……そんな感じがあるのは誰かが冒険者になって『フラグ』とかいうスキルなんかを使ったからだろうか……なんて想像してみたりして、そんなことないよな……と現実的に落ち込む。異世界へはちゃんと空港隣にあるテレポートの列に並んで行くのだ。安全、安心、テレポート魔法陣! のうたい文句まである全国に知れ渡った場所。
そこに集合となっているから、荷造りをしなければならない。仕事の為の向こうに住む準備だ。ちょっとしたコンビニやデパート、スーパーがあっちの世界にもあるからあんまり心配はしていない。ただウキウキとするだけだ。