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第68話『浴衣の君』

 私がレンを守る!


 そう誓って一晩が過ぎた。

 今日は文化祭当日。

 良く晴れた気持ちの良い朝だ。

 見上げた青い空には、白い飛行機雲が長く長く伸びている。


 だけど、レンと一緒に登校している私には、それを楽しんでいる余裕はなかった。


 きょろきょろと周りに鋭い視線を送りながら歩く私。

 何をしているのかって?

 もちろん、タクヤの襲撃に備えているのだ!


「……」


 レンは何か言いたそうだけれど、黙って付いてきてくれる。

 任せて!

 あなたは私が守るからっ!!


 警戒MAXで歩いていると、やがて校門が見えてきた。

 そこには『桜新祭おうしんさい』と書かれた大きな看板がかかげられている。

 私は、ふぅと息を吐いた。


 ここまでは何事もなく無事に来られた。

 でも……むしろ、ここからが本番だ!

 更に気を引き締めなくては……!


「レン、ユイちゃん、おはよー!」


 そのとき、不意にかけられる声。


 ——来たか!!


 バッ!

 っと、勢いよく声の持ち主に向き直った。


「ヒッ!」


 私の視線に、その人は短い悲鳴をあげる。

 それは、ユウトくんだった。


 なんだ、タクヤじゃないのか。

 でもね、ここで警戒を緩めるほど私はおろかじゃない!

 そういえばこの前、お父さんがドラムソロの動画を見ていたのだけれど。


 ドドドドタタタタシャンシャンシャン!!!!


 って、お父さん!

 私の胸は、それに負けないくらい警鐘けいしょうを打ち鳴らしているよっ!


 どこから来る!?

 右か!

 それとも左か!

 もしかして……。

 このユウトくんは、タクヤが変装しているという可能性も!?

 その顔を引っ張ってみれば、わかるかもしれない!


「ユウトくん、じっとしててね……」


 指を、わきわきと動かしながら近付く。


「ヒイッ!」


 その口から漏れる悲鳴。

 怯えてる!?

 これは、とっても怪しいぞっ!


「……おい、日野原」


 不意にレンが私を呼んだ。

 え、もしかしてタクヤを発見した!?


 振り向いた私のオデコに、


「ていっ」

「あたっ!」


 レンのチョップが炸裂した。


「な、何するの!? あ……さてはレンがタクヤだな! 被害者が実は犯人という巧妙なトリックかーっ!!」

「いいから落ち着けって」


 ため息をつくレン。


「さっきから、ユウトが怯えてんじゃん」

「だ、だって、それは……」

「俺を守ろうとしてくれるのは嬉しいけど、それはアイツが現れてからでいいって」

「でも……」

「それに、本当に来るかもわからないじゃん?」


 うぐ!

 それは確かにそう。

 タクヤが来るというのは、ジュリの話をたまたま聞いただけだし……。

 そーか!

 もしかしたら、来ない可能性だってあるのか!


「だったらさ、せっかくの文化祭をちゃんと楽しもうぜ!」


 ニッと笑うレンを前に、張り詰めていた緊張が緩んでいく。

 私は、ふっと短く息を吐いた。


「……レン、今回だけだぞ?」

「何がだよ」


 顔を見合わせた私たちは、どちらからともなく笑い合う。


 そうだ、せっかくの文化祭。

 目いっぱい楽しまなかったら損だよね!



 私とレンとユウトくんは、靴を履き替え教室に入る。

 程なくして、クラスメート全員が揃った。

 文化祭実行委員が前に出る。


「えー……我々2年2組の出し物は縁日! この日のために今まで準備をしてきました。だから今日は、思い切り楽しんでやりましょう!」


 その言葉に、教室内は歓声に包まれた。


「それじゃ、あと30分で始まるから、最初の接客組は着替えちゃって」

「ユイ、行くわよ」

「ユイぴょん、更衣室に行こー」


 その言葉を受けて、アイリとミユが私に声をかけてくれた。

 最初の接客組は10人。

 その中に私とアイリとミユ、そしてレンとユウトくんの5人も入っている。 


「じゃあ、また後で」

「おう。俺たちは教室で着替えてるから」

「行ってらっしゃいー」


 レンとユウトくんに見送られ、教室を後にする。

 廊下を歩いていると、不意にアイリが口を開いた。


「お隣の3組は、お化け屋敷なのよね」


 少しウキウキした感じの口調に、私は首を傾げる。


「アイリ、もしかして興味あるの?」

「ふふ。ホラーものって、結構好きなのよね」


 げげ!

 そんな人が身近にいたとは……。

 怖いものが苦手な私に、その気持ちはわからない!


「お、お化け屋敷はともかく、空き時間になったら5人で色々まわろうね!」

「あー、うん。私はいいのだけれど……」


 アイリは、ちらりとミユを見る。

 ミユとユウトくんは、いまだにあまり話をしていない。

 でも、だからこそ一緒にまわって、少しでも前の関係を取り戻してほしい!


「ミユもいいよね?」

「…………うん、いいよー」


 答えるまでに少し間があったのは気になるけれど……。

 そこは、あえて気付かないフリをした。



 更衣室に入り、バッグから用意してきた浴衣を取り出す。

 久しぶりの浴衣。

 夏祭りのときは着なかったし、ちょっとテンションも上がる。


 私の浴衣は淡い水色の生地。

 そこに、ピンクの桜の花びら柄が咲き乱れている。

 帯も柄と同じピンク色だ。


 とても可愛くて、お気に入りの浴衣。

 レンに、


「その浴衣、とてもよく似合ってる」


 って誉められたらいいなー、エヘヘ。

 なーんてことを思いながら袖を通していく。

 ある程度自分で着て、細かな部分はアイリに修正してもらいながら着替えを終えた。


 アイリの浴衣は、夏祭りのときと同じ色。

 紺色の浴衣だ。

 輝く蝶の柄が描かれていて、まるで夜空を飛んでいるかのよう。

 髪をかきあげたときに現れた白いうなじが、とてもあでやかで。


「アイリ、色っぽい……」

「うん、セクシーだよねー」

「ちょ、やめてよ! 変な目で見ないで!」


 私とミユの視線から逃れるように、アイリはバッグで体を隠す。

 でも、その姿は本当にため息が出るくらいに綺麗だった。


 ミユは、とても目を引く黄色の生地。

 柄は無数に描かれたピンク色の可憐な花で、その花弁はふちはギザギザに細かく切れ込んでいる。

 花の名前はわからないけれど……。

 色も柄もミユに似合っていて、とても可愛く思えた。


 教室に戻ると、男子もすでに着替えが終わっていた。

 浴衣や甚平じんべい姿の男子たちの中で、私の目はやっぱりレンを真っ先に見つける。


 レンが身にまとっているのは、ネイビーの色の浴衣。

 柄は清涼感ある縦縞たてしまだ。

 その安定したシンプル感は大人の雰囲気をかもしだしていて、レンによく似合っている。


「レン、その浴衣……」

「月島くんの柄、縦縞しじら、よね」


 私の言葉より一瞬早く、アイリが口を開いた。


「そう! 水本、よく知ってんな」


 驚いた顔のレンに、アイリは嬉しそうに微笑む。


「縦縞しじらは縦糸を縮ませて織り、表面に細かい縮みジワを作るのよね。月島くんによく似合っているわ」

「ありがとう。水本に言われると、なんか自信出るな」


 そう言って、レンも笑う。

 うう……アイリに先を越されてしまった。


 ぽりぽりと頭をかきながら、ふと隣を見ると……。

 そこには黒色の甚平を着たユウトくんがいた。

 黒縁メガネと太った体で着こなす甚平は、見ていてなんだかホッとする。


「……ユウトくん、似合うね」

「え? マジで? ありがとう! すっげー嬉しい!」

「うん。なんかね、お父さーんって感じがして、安心感がある」

「それ……褒めてる?」

「褒めてるってー」


 あははと笑う私。

 チラリとレンがこっちを見た気がした。


「あれ? 水本……」


 レンがふと、アイリの浴衣を指差す。


「それ、夏祭りのときとは違う柄?」

「え……気付いてくれたの?」

「あー、うん。確か、夏祭りは朝顔の柄だったよなーと思って」

「覚えていてくれたんだ……」


 こっそり拳を握り締めたアイリの姿が目に入る。


 ううぅ、いいなアイリばっかり。

 私もレンに褒めてもらいたい!!


「ねぇ、レン! 私は?」


 ぐいっと彼の袖を引っ張る。

 レンは上から下まで私を見て……。

 そして、なぜか赤い顔して目をらした。


「……ん。似合ってるよ」


 と、一言だけ言った。


「えー! なんか、適当に言ってない?」

「い、言ってねーって」

「だって、アイリの方がコメント長かったじゃん」

「そんなことねーって。マジで良く似合ってる。馬子にも衣裳ってやつ」

「そ、それ、褒めてないじゃん!!」


 拳を振り上げて抗議すると、レンは笑いながら逃げていく。

 くそー、レンめ!

 ……でも、こういうのも楽しいからいっか。


 そのとき、ふとミユの視線を感じた。

 盛り上がっている私たちを、少し遠巻きに眺めている彼女は寂しそうで。

 疎外感を感じちゃってる?

 そう思ったとき、スッとユウトくんがミユの横に並んだ。


 ユウトくんは天井を見上げながら口を開く。


「……その柄、撫子なでしこの花だ。撫子には優美ゆうびという意味があって、同じ漢字の美優ミユにピッタリだな。黄色の浴衣も良く似合っていて、マジで可愛い」


 独り言みたいなそれに、驚いた顔をするミユ。

 だけど、次第に少し照れたような表情に変わって。


「……ありがと」


 そう短く答えた。


 まだまだギクシャクした感はあるけれど。

 それでも、ちょっとだけ近づけた感じに、私たちは顔を見合わせて微笑んだ。

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