その夜、アイリとメッセージのやり取りをした。
『ねぇ、アイリ! ミユはどんな様子だった? ユウトくんのこと、何か話してた?』
『それが……いつもと何も変わらない様子で。違うとすれば、金村くんの話題を一度も出さなかったことくらいね』
どうやら、ミユはユウトくんのことは何も話さなかったみたい。
それって、ミユの中ではもう関係が終わっているからなの?
「俺は大丈夫だからさ」
そう言ったユウトくんの顔。
とても寂しそうな笑みが、まぶたに焼き付いて離れない。
私はため息をつくと、部屋の窓を開けた。
空は
頬を優しく
数日前までは
夏が終わり、秋が確実に近づいている。
そして、二人の関係もまた……。
「ねぇ……ミユは、それでいいの?」
だけど、その問いに答える者は誰もいなかった。
小鳥たちのさえずる声が、朝の訪れを伝えている。
きっと、カーテンの向こうは晴れ渡っているだろう。
……だけど、私の心は曇っていて。
「あまり眠れなかった……」
つぶやく声が、部屋の中に響く。
時計の針は午前6時。
いつも起きる時間より1時間も早い。
私はゆっくり起き上がると、パジャマのボタンに手をかける。
——ふぁさり。
という音と共に、着ていたトップスが床の上に落ちた。
それから1時間後。
「行ってきます」
そう言って、私は玄関の扉を開けた。
手にしたカバンのキーホルダーが、しゃらんと音を奏でる。
時刻は午前7時ちょうど。
いつもは7時50分に家を出るので、今日はかなり早い出発だ。
部屋に一人でいてもあれこれ悩んでしまいそうだったので、さっさと家を出てみたのだ。
「自分のことじゃないのに、こんなに悩んでるなんて変かな……」
朝露の香りを感じる通学路で一人つぶやく。
学校までは徒歩20分の道のり。
ゆっくりと歩く私の足は——。
――不意に、違う方向へと走り出した。
そうだよ!
ミユとユウトくんのこと、悩んでいるのはきっと私だけじゃない!
角を曲がって坂を上り、長い一本道を走る。
私が目指す先、それはレンの家だ!
「はぁっ、はぁっ!」
荒い息遣いが朝の通りに響き渡る。
他に誰もいない、私だけの足音と呼吸。
だけど——。
それらは、いつしか重なり合って聞こえて。
顔を上げる。
向こうから走ってくる人影。
足を止めた私は、その影に向かって口を開く。
「レン……おはよ!」
「おはよ、日野原。朝、はえーな」
「レンだって!」
「今から日野原の家に行こうと思ってたからな」
私の前で足を止めたレンは、そう言って笑う。
その言葉に、胸の中に温かいものが生まれるのを感じた。
「ねぇ、レン! ミユとユウトくんのことなんだけど!」
「ああ。……たぶん、俺も同じこと考えてる」
私たちは見つめ合うと、強くうなずく。
「私、ミユに話してみようと思う!」
「だな! それで、少しでも気持ちが変わってくれたら」
「うん。ユウトくんは話さなくていいって言ってたけど……」
「でも、こんなの絶対に悲しすぎるからな!」
「うんっ!」
出口のわからない迷路に、一筋の光が差し込んできた気がして。
私たちはニッと笑うと、拳をぶつけ合った。
レンと並んで歩く通学路。
彼が隣にいるだけで心強い。
校門をくぐり、昇降口で上履きに履き替え、教室に入る。
そして、自分たちの席に座って一息をつく。
程なくして、ミユが教室に入ってきた。
今日はユウトくんと一緒じゃない。
そのことに、チクリと胸が痛む。
「あれー? ユイぴょんもレンレンも、はやーい」
ミユがカバンを置きながら言う。
「おはよ、ミユ」
「おはよう、木崎」
「おはよー、二人ともー」
挨拶もそこそこに、私は立ち上がるとミユの腕を掴んた。
「ちょっと話があるなら、廊下に来てっ!」
私はミユの腕を引っ張り、レンはその後ろからついてくる。
彼女は不思議そうにしながらも、素直に来てくれた。
少し教室から離れたところで、私たちは向き直る。
「なーにー? 二人してー」
首を
「俺たち、日曜日の話を聞いたんだよ」
「あのね、ミユ! ユウトくん、人助けをしてたんだよっ!」
「人助け?」
「うん、あのね……」
私たちは話し出す。
日曜日に何があったのかを。
1回目の寝坊の理由。
それは、絶対にミユと合格したくて徹夜で勉強していたから。
2回目の書類不備の理由。
それは、隣の席の女の子がドリンクを倒したのを
3回目のバスの乗り間違えの理由。
それは、乗り場がわからなくて困っていたお婆ちゃんを助けたから。
そして、急に苦しみ出したお婆ちゃんに付き添って、病院に行ったから。
私たちは一生懸命に話した。
このままじゃ、ユウトくんがあまりに可哀想すぎるから。
理由を知ったら、ミユもきっとわかってくれると信じて。
「……ということがあったんだよっ!」
「……そっかー。あの人らしいなー」
ミユは最後まで話を聞くと、軽く息を吐いた。
でも、その様子はあまり驚いたようには見えない。
「あれ? 木崎、もしかして知ってた?」
尋ねるレンに、ミユは首を横に振る。
「ううん、初めて聞いたー。でも、きっとそーなんだろなーって思ってたー」
「わぁ、そうなんだ!」
思わず私は手を叩いた。
なんだかんだ言っても、やっぱりミユとユウトくんは繋がっている。
そう思うと、嬉しさが込み上げて来る。
ふと隣を見ると、レンも同じ気持ちのようで。
ホッと息を吐いて微笑んでいた。
「んじゃ、これで二人は仲直りだな!」
「ね! 仲直りの記念に、帰りに5人でクレープ食べに行こうよ!」
「……日野原さんは、朝から食べる話かよ。マジで、どんだけだよ」
「う、うるさいっ!」
苦笑いを浮かべるレンに、両手を振り上げて抗議する。
だけど、私もなんだかおかしくなってきて。
「エヘヘ」
と、笑ってしまった。
「あははははー」
そんな私たちにミユも笑う。
「二人ともー、心配してくれてありがとねー」
「そりゃ、心配するよ! 親友だもん!」
「ごめんねー」
「ううん、大丈夫だよ」
そう言った私に、ミユは困ったように頬をかいた。
「えっと、そうじゃなくてー」
私たちに向き直る。
その顔はもう、笑っていなかった。
「私ねー、まだ気持ちは変わらないから」
「え、それってどういう……」
「仲直りするつもり、ないってことー」
「えっ!?」
そのとき、私たちの耳に始業を告げるチャイムの音が聞こえてきた。
ミユはニコッと微笑むと、教室に向かって歩き出す。
「ほーら、二人ともー! 朝のホームルーム、始まっちゃうから行こー!」
明るい声で呼ぶミユ。
私たちは顔を見合わせると、慌ててその背中を追いかけた。
……っく!
ミユとユウトくんの関係は、思ってたよりこじれているのかもしれない……!
出口が見えたと思った迷路は、実は深く入り組んだ迷宮で。
その永遠とも思える果て無き道に、私は唇を噛んだ。