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第66話『永遠ラビリンス』

 その夜、アイリとメッセージのやり取りをした。


『ねぇ、アイリ! ミユはどんな様子だった? ユウトくんのこと、何か話してた?』

『それが……いつもと何も変わらない様子で。違うとすれば、金村くんの話題を一度も出さなかったことくらいね』


 どうやら、ミユはユウトくんのことは何も話さなかったみたい。

 それって、ミユの中ではもう関係が終わっているからなの?


「俺は大丈夫だからさ」


 そう言ったユウトくんの顔。

 とても寂しそうな笑みが、まぶたに焼き付いて離れない。


 私はため息をつくと、部屋の窓を開けた。

 空は幾千いくせんもの星がまたたく世界で。

 頬を優しくでていく風は、少し涼しくも感じた。

 数日前まではまとわりつくような蒸し暑さだったのにな。

 夏が終わり、秋が確実に近づいている。

 そして、二人の関係もまた……。


「ねぇ……ミユは、それでいいの?」


 だけど、その問いに答える者は誰もいなかった。




 鬱々うつうつとした夜が明けた。

 小鳥たちのさえずる声が、朝の訪れを伝えている。

 きっと、カーテンの向こうは晴れ渡っているだろう。


 ……だけど、私の心は曇っていて。


「あまり眠れなかった……」


 つぶやく声が、部屋の中に響く。

 時計の針は午前6時。

 いつも起きる時間より1時間も早い。


 私はゆっくり起き上がると、パジャマのボタンに手をかける。

 ——ふぁさり。

 という音と共に、着ていたトップスが床の上に落ちた。



 それから1時間後。


「行ってきます」


 そう言って、私は玄関の扉を開けた。

 手にしたカバンのキーホルダーが、しゃらんと音を奏でる。

 時刻は午前7時ちょうど。

 いつもは7時50分に家を出るので、今日はかなり早い出発だ。

 部屋に一人でいてもあれこれ悩んでしまいそうだったので、さっさと家を出てみたのだ。


「自分のことじゃないのに、こんなに悩んでるなんて変かな……」


 朝露の香りを感じる通学路で一人つぶやく。

 学校までは徒歩20分の道のり。

 ゆっくりと歩く私の足は——。


 ――不意に、違う方向へと走り出した。


 そうだよ!

 ミユとユウトくんのこと、悩んでいるのはきっと私だけじゃない!


 角を曲がって坂を上り、長い一本道を走る。

 私が目指す先、それはレンの家だ!


「はぁっ、はぁっ!」


 荒い息遣いが朝の通りに響き渡る。

 他に誰もいない、私だけの足音と呼吸。

 だけど——。

 それらは、いつしか重なり合って聞こえて。


 顔を上げる。

 向こうから走ってくる人影。

 足を止めた私は、その影に向かって口を開く。


「レン……おはよ!」

「おはよ、日野原。朝、はえーな」

「レンだって!」

「今から日野原の家に行こうと思ってたからな」


 私の前で足を止めたレンは、そう言って笑う。

 その言葉に、胸の中に温かいものが生まれるのを感じた。


「ねぇ、レン! ミユとユウトくんのことなんだけど!」

「ああ。……たぶん、俺も同じこと考えてる」


 私たちは見つめ合うと、強くうなずく。


「私、ミユに話してみようと思う!」

「だな! それで、少しでも気持ちが変わってくれたら」

「うん。ユウトくんは話さなくていいって言ってたけど……」

「でも、こんなの絶対に悲しすぎるからな!」

「うんっ!」


 出口のわからない迷路に、一筋の光が差し込んできた気がして。

 私たちはニッと笑うと、拳をぶつけ合った。



 レンと並んで歩く通学路。

 彼が隣にいるだけで心強い。

 校門をくぐり、昇降口で上履きに履き替え、教室に入る。

 そして、自分たちの席に座って一息をつく。


 程なくして、ミユが教室に入ってきた。

 今日はユウトくんと一緒じゃない。

 そのことに、チクリと胸が痛む。


「あれー? ユイぴょんもレンレンも、はやーい」


 ミユがカバンを置きながら言う。


「おはよ、ミユ」

「おはよう、木崎」

「おはよー、二人ともー」


 挨拶もそこそこに、私は立ち上がるとミユの腕を掴んた。


「ちょっと話があるなら、廊下に来てっ!」


 私はミユの腕を引っ張り、レンはその後ろからついてくる。

 彼女は不思議そうにしながらも、素直に来てくれた。

 少し教室から離れたところで、私たちは向き直る。


「なーにー? 二人してー」


 首をかしげるミユに、レンと私は口を開く。


「俺たち、日曜日の話を聞いたんだよ」

「あのね、ミユ! ユウトくん、人助けをしてたんだよっ!」

「人助け?」

「うん、あのね……」


 私たちは話し出す。

 日曜日に何があったのかを。


 1回目の寝坊の理由。

 それは、絶対にミユと合格したくて徹夜で勉強していたから。


 2回目の書類不備の理由。

 それは、隣の席の女の子がドリンクを倒したのをかばったから。


 3回目のバスの乗り間違えの理由。

 それは、乗り場がわからなくて困っていたお婆ちゃんを助けたから。

 そして、急に苦しみ出したお婆ちゃんに付き添って、病院に行ったから。


 私たちは一生懸命に話した。

 このままじゃ、ユウトくんがあまりに可哀想すぎるから。

 理由を知ったら、ミユもきっとわかってくれると信じて。


「……ということがあったんだよっ!」

「……そっかー。あの人らしいなー」


 ミユは最後まで話を聞くと、軽く息を吐いた。

 でも、その様子はあまり驚いたようには見えない。


「あれ? 木崎、もしかして知ってた?」


 尋ねるレンに、ミユは首を横に振る。


「ううん、初めて聞いたー。でも、きっとそーなんだろなーって思ってたー」

「わぁ、そうなんだ!」


 思わず私は手を叩いた。

 なんだかんだ言っても、やっぱりミユとユウトくんは繋がっている。

 そう思うと、嬉しさが込み上げて来る。


 ふと隣を見ると、レンも同じ気持ちのようで。

 ホッと息を吐いて微笑んでいた。


「んじゃ、これで二人は仲直りだな!」

「ね! 仲直りの記念に、帰りに5人でクレープ食べに行こうよ!」

「……日野原さんは、朝から食べる話かよ。マジで、どんだけだよ」

「う、うるさいっ!」


 苦笑いを浮かべるレンに、両手を振り上げて抗議する。

 だけど、私もなんだかおかしくなってきて。


「エヘヘ」


 と、笑ってしまった。


「あははははー」


 そんな私たちにミユも笑う。


「二人ともー、心配してくれてありがとねー」

「そりゃ、心配するよ! 親友だもん!」

「ごめんねー」

「ううん、大丈夫だよ」


 そう言った私に、ミユは困ったように頬をかいた。


「えっと、そうじゃなくてー」


 私たちに向き直る。

 その顔はもう、笑っていなかった。


「私ねー、まだ気持ちは変わらないから」

「え、それってどういう……」

「仲直りするつもり、ないってことー」

「えっ!?」


 そのとき、私たちの耳に始業を告げるチャイムの音が聞こえてきた。

 ミユはニコッと微笑むと、教室に向かって歩き出す。


「ほーら、二人ともー! 朝のホームルーム、始まっちゃうから行こー!」


 明るい声で呼ぶミユ。

 私たちは顔を見合わせると、慌ててその背中を追いかけた。


 ……っく!

 ミユとユウトくんの関係は、思ってたよりこじれているのかもしれない……!


 出口が見えたと思った迷路は、実は深く入り組んだ迷宮で。

 その永遠とも思える果て無き道に、私は唇を噛んだ。

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