文化祭実行委員の代理を務めた先週。
土日を挟んで、やって来る月曜日。
私は日直のため、いつもより早く登校していた。
朝の気温は前よりも涼しくなって、とても快適に感じる。
だけど、あと数ヶ月もすれば、
ちょ、もー!
気温、下がり過ぎ!
なーんて文句を言ってしまうのだろうけれど……。
「ふわぁ……」
早起きの代償。
私は、アクビをしながら校門をくぐる。
昇降口で上履きに履き替えていると、あとから二人の女子生徒が入ってきた。
あのネクタイの色は1年生だ。
「ねぇ、来月、文化祭あるじゃん?」
「うんうん、楽しみ! 後夜祭もあるんだもんね!」
笑顔が眩しい二人。
1年生は、高校生活初めての文化祭だもんね。
なんだか、とっても初々しい。
私も、去年はこうだったのかな?
微笑ましい二人に、私の眠気も晴れていく。
二人の会話は続く。
「その後夜祭には伝説があってね、そこで告白して付き合ったカップルは、永遠に幸せになるんだってー!」
「わぁ! それ、素敵!」
楽しそうな二人を背に、教室への歩を進める。
2年2組の扉を開くと、私が一番乗りだった。
ちょっと早く着きすぎてしまったみたい。
私は自分の席に腰を下ろすと、机に片肘をついて窓の外を眺めた。
ふふっ、後夜祭の伝説か……。
そのとき、教室の扉が開いてアイリが入ってきた。
「おはよー、アイリ」
「おはよ、ユイ。今日は早いのね」
「ねぇっ、ちょっと聞いて!」
私は隣のレンの席を借りると、アイリに向かって身を乗り出す。
「後夜祭の伝説って知ってる!?」
「え、伝説?」
「後夜祭で告白してカップルになった二人は、永遠に幸せになれるんだって! ど、ど、ど、どうしよう! 私、そんな大切なイベント、今まで知らなかった!」
くうっ!
と、拳を握って天を向く。
そんな私に、アイリが短いため息をついた。
「安心して、ユイ。それ、私も初耳だから」
「だ、だよねっ! じゃあ、今年からできた伝説ってこと?」
「そうかもしれないわね」
「なにそれ!そんなの、
くうっ!
と、再び拳を握った私に、アイリが微笑む。
「まぁ、いいんじゃない? こういうの、お祭りみたいなものだし。楽しそうじゃない」
「……あれ? 意外とアイリが乗り気。てっきり『勝手に伝説を作るなんて何様のつもりよ!』とか言うかなと思ってたのに」
「あなたは、私を何だと思っているの……」
深~いため息が、その口から漏れた。
「それに、私だってそういうことに興味がないわけじゃないし……」
そのとき——。
「何に興味があるって?」
不意にかけられる声。
振り返ると、そこにはいつの間にかレンが立っていた。
私は、借りていたレンの席を立ち上がりながら言う。
「えっとね、アイリが恋愛に興味があるって……」
「わーっ! わーっ! なんでもないから!!!」
私の言葉を
その顔は驚くくらいに真っ赤で。
いつもは冷静な彼女がこんなに取り乱すなんて、後夜祭の伝説ってすごいんだな……。
と、改めて思った。
気がつけば教室内は人が増えてきて。
ふと見た校庭も、登校してきた生徒たちで活気づいている。
その中には、ミユとユウトくんの姿もあった。
「相変わらず仲良しだよね、あの二人」
私は目を細めて微笑む。
いいな、二人は。
私も、いつかレンと仲良く登校してみたいな……。
なんて思っていると、不意にレンが口を開いた。
「……いや、でも、なんかいつもと雰囲気が違くね?」
え?
慌てて二人の様子を確認する。
……た、確かに!
普段なら何度も見つめ合って、その度に微笑んだりしているのに。
私が見る限り、今日は一度もそんなことをしていない。
それどころか、顔すら見ていない!
前を行くミユの後を、ユウトくんが寂しそうに歩いている。
体の大きくなったユウトくんが、とても小さく見えた。
「何かあったのかしら?」
アイリの言葉に、私たちは首を
本日の6時限目は、ガク先生の授業。
今回も文化祭の打ち合わせが行われた。
今日は文化祭実行委員の二人が来ているので、私たちは席についている。
やっぱり、こっち側だと気楽だ。
「皆さんから提案のあった飲食系の模擬店ですが、無事に申請が通りました!」
実行委員の言葉に、歓声があがる。
「みんなの希望通り、ワッフルと飲み物を出すとことになります」
私は隣のレンに
「ねぇ、ワッフルって生地を発酵させたりするんじゃなかったっけ?」
「え、マジで!? そんな大変なの?」
「薄力粉、ベーキングパウダー等々……色々と手間はかかりそうね」
アイリの言葉に、私とレンは
「うわぁ」
と声を上げた。
自慢じゃないけれど、料理なんてあまりした記憶がない。
あ……で、でも!
そろそろしようかなとは思ってるんだけどね!!
心の中で一人言い訳をしていると、前の席のミユが振り返った。
「大丈夫だよー。そーゆーの、ホットケーキミックスで代用できるからー。お手軽だしー、お金も抑えられるかもだよー」
「そうなんだ! さすがミユ!」
「前にねー、作ったことあるからー」
「お菓子作り系は、ミユがいれば安泰ね」
私たちの言葉に、ミユは嬉しそうに笑った。
「ユウトは、毎日美味しいお菓子を食べてたから太ったんだしな」
レンの何気ない一言。
だけど、ミユはキッとレンを
「もう、作らないもん!」
その言葉に、ユウトくんはただ
その日の放課後。
レンとユウトくんは用事があるみたいで、連れ立って教室から出て行った。
このあとは委員会の集まりがあるため、レンが帰ってくるのを待つことにする。
委員会に出席するのは学級委員長と副委員長の仕事だから。
帰り支度をしているアイリのところに行くと、ミユが嬉しそうに振り返った。
「いつ話そーかなーって思ってたんだけどー……じゃーん♪ これ、見てー!」
そう言って突き出した手。
そこには、恋愛免許証が輝いていた。
「わぁっ、取れたんだね! おめでとう、ミユ!」
「良かったわね。ミユなら、きっと大丈夫だと思っていたわ」
「えへへー、二人ともありがとー!」
「じゃあ、ユウトくんも取れたの?」
その瞬間、ミユの表情が変わった。
「あの人は、知らなーい!」
苦々しい表情を浮かべて、ベーッと舌を出す。
その様子は、反抗期のハムスターみたいで。
私とアイリは、思わず顔を見合わせた。
「ミユ、どうしたの?」
「ケンカでもした?」
「んー……。私ー、別れるかもしれなーい」
「え……」
そういえば、二人は朝から様子が変だった。
一体何があったのだろうか?
「悪い、日野原! お待たせ!」
そこにレンが帰ってくる。
レンの後ろにはユウトくんもいて。
チラチラとミユを見るその顔は、とても深刻そう。
だけどミユは、相変わらず彼と目を合わせようとはしなくて。
しびれを切らしたのか、ユウトくんはミユの前に立った。
「……あのさ、ミユ。話があるんだけど」
「私は、なーい!」
やっぱり目も合わせずに言い放つミユ。
彼のメガネの奥の瞳が、とても悲しそうに見えた。
だけど、ミユはそんなこと気にする素振りもなくて。
「帰ろー、ユイぴょん、アイりん!」
そう、私たちに声をかけてきた。
「あ、ごめん。私はこれから委員会の集まりがあるから」
「あ、そっかー。じゃー、アイりんは?」
「私は大丈夫だけれど……金村くんのことはいいの?」
「いいのいいのー。じゃ、行こーアイりん。ユイぴょん、レンレン、また明日ねー」
そう言って教室から出ていくミユ。
「そ、それじゃ、またね」
少し戸惑った様子のアイリは、手短に挨拶するとミユの後を追いかけていく。
二人の姿が見えなくなって……。
ユウトくんは、その肩をがっくりと落とした。
口からは、深い深いため息が聞こえてくる。
レンは気まずそうに頬をかいた。
「えーと……何があったか聞いてもいいか?」
「うん……実は、免許センターの筆記試験なんだけど……」
「筆記試験って、毎週日曜日にやってるやつだよね?」
私の言葉に、ユウトくんはうなずく。
「俺、3回も受けに行ったんだけど、ダメでさ……」
「え? あれ、そんな難しい試験じゃなかったと思うけど……?」
恋免の筆記試験。
基本的に教習所で学んだことが出題される。
ほとんど一般常識みたいな問題が多くて、悩むところはほとんどなかった。
人を思いやれるユウトくんなら、満点とってもおかしくないくらいなのに。
「うん……実はその前の段階で。免許センターには3回行ってるけど、試験はまだ一度も受けられてないんだ」
「えっ!?」
私とレンの驚きの声が
「な、なんで?」
「……1回目は寝坊。……2回目は書類不備。……3回目はバスの乗り間違えで時間に間に合わなくて」
ポツリポツリと話すユウトくん。
その声は、消え入りそうなほどに小さい。
「ミユ……頭にきたから、3回目のときは一人で試験受けてきたって言ってた」
「はぁ……お前は何をやってるんだ……」
「それはミユも怒るわ……」
ため息をつく私たち。
ユウトくんは、大きな体をまたもや小さくしている。
ややあって……。
「俺、帰るわ……。二人とも、こんな話でゴメンな。委員会、頑張って」
そう言って、背中を丸めて帰っていく。
私たちは何も言えず、それを見つめるしかなかった。
ユウトくんが出ていってから、レンがポツリと
「落ち込んだユウト……なんだか、ボールみたいな見た目だったな」
不意をつく、その言葉に吹き出しそうになった。
真顔で、そういうこと言うのやめて!
「ねぇ、レン。二人、このまま別れちゃうのかな……?」
「うーん……」
「そんなの悲しすぎるって!」
「それは、俺もそう思うけど……」
「ねぇ! 私たちで、何とかしてあげられないかな?」