夏休みが明けて3日目。
今日の5限目の授業は、内容を変更して行われている。
担任のガク先生は窓のそばに椅子を置いて座り、代わって私が教壇の上に立った。
少し離れたところには、レンとユウトくんの姿もある。
バン!
私は教卓に手を置くと、ぐるっとみんなを見回した。
そして、大きく息を吸い——。
おもむろに口を開いた。
「——というわけで、今年の文化祭は10月半ば。今年も二日間やりますっ! 後夜祭もありますっ!」
そう、今は文化祭の話し合いの真っ最中だったりする。
「えーと……。多数決の結果、うちのクラスは縁日をイメージした出し物をやることになったんだけど……」
その瞬間、クラスのみんなが一斉に口を開いた。
「縁日といえば模擬店だよな!」
「射的とか、スーパーボールすくいとか、輪投げとか、くじ引きとか!」
「ねぇ、食べ物もやりたくない?」
「それならワッフル出そうよ! 私、家にワッフルメーカーあるから!」
「あ、それ、うちもある!」
「どうせなら、縁日っぽい格好でやりたいよなー!」
ちょっとした嵐みたいな、その勢い。
思わず私はに
みんなの勢いに負けないように、それ以上の勢いをつけて話し始めたつもりなのに。
くうぅ……。
相変わらず、人をまとめるのは苦手だ。
そんな私をよそに、レンが小さく息を吐く。
「なんで文化祭実行委員じゃなくて、俺たちが前に出てるんだよ……」
その言葉に、ガク先生が苦笑する。
「実行委員の二人は流行り病にかかって、5日間は学校に来られないからね。悪いけど、その間は学級委員長と副委員長、そして書記が代理ってことで」
「代理ね……」
まだ少し納得していない様子のレン。
隣のユウトくんが肘で突っつく。
「レンだって、新学期早々に学校休んでたじゃん?」
「うっ! そ、それは……」
痛いところをつかれて、レンは困ったように頬をかいた。
「それにレンは、夏休みのお祭りは途中で帰っちゃったじゃん? せっかくの文化祭、せっかくの縁日だし、その分もしっかり楽しまないと」
「……それもそうだな」
二人は顔を見合わせて笑い合う。
お見舞いに行ったあの日以来、レンはまた笑顔を見せてくれるようになった。
それも、前よりも柔らかな表情で。
レンには辛い過去があって。
それは今でも心の中に深い傷跡として残っているけれど——。
——でも!
私たちの想いは、ちゃんとレンに届いている。
それが、とても嬉しかった。
……ほんと、嬉しい。
や……嬉しいんだけど——。
私は、二人を振り返る。
「ちょっとは手伝えーっ!!」
収集がつかなくなった教室。
一人一人が思いのままに勝手に喋るカオスな状況。
こんなの一度に10人の話を聞き分けたという聖徳太子じゃないと無理な話だ!
「ほら、ユイちゃんが助けを求めてるぞ」
「まったく……いつになっても、うちの委員長サマは……」
やれやれといった感じで前に出てくるレン。 私の隣に立つと、その口を開いた。
「みんなが上げてくれた模擬店だけど、射的、スーパーボールすくい、輪投げ、くじ引き、ヨーヨー風船すくい、モグラ叩き、ダーツ、パターゴルフ、占い……」
レンが次々と名前を上げ、ユウトくんが黒板に書いていく。
みんなが見守る中、あっという間に20個ほどの名前が黒板に並んだ。
「教室の広さからいって、これをすべてやるのは難しいから多数決で数を絞るということで。続いて飲食系だけど……」
レンは、みんなを見回す。
「家に、ワッフルメーカーある人いたよな?」
その言葉に、二人のクラスメートが手を上げた。
「とりあえず、二つあれば大丈夫かな。飲食系は実行委員会の許可が必要だから掛け合ってみるわ。最後に縁日っぽい格好だけど……」
アゴに手を当て、しばし考える素振り。
教室内は不意に静まり返る。
いつの間にかみんな、彼の
ややあって、その口が開く。
「浴衣とか、どう?」
おおおー!
教室内に響き渡る歓声。
クラスのみんなが拍手で賛同する。
レンは私を見ると、ニッと笑った。
く……。
私があれだけ頑張ってもできなかったことを、レンはあっという間に終わらせてしまう。
私の口から、
「オオゥ、
「……何言ってんだ?」
レンは戸惑ったように息を吐く。
「ま、今日のところはこんな感じだろ。ここから細かいところを詰めていけばオッケーかな」
クラスのみんなは、黒板に書かれた模擬店を元に、あれやこれやと話し合っている。
レンは私に向き直ると、フッとその表情を緩めた。
嵐みたいな状況を、いとも簡単に乗り越える。
その姿は輝いて見えて。
……そんな彼に、少しだけ劣等感も
「……やっぱ、レンはすごいね」
「ん?」
「だって、クラスをしっかり
私も頑張ってはいるけれど。
みんなが一斉に話し出すと、どこから手を付けたら良いのかわからなくなる。
「なかなか難しいね!」
苦笑する私。
だけどレンは、不意に真顔になった。
「ちげーだろ」
「え? なにが?」
「日野原は、すごいって言ってんの」
「えー? 何も、すごいとこなんかないよ?」
「……俺の心を救ってくれたじゃん」
レンは真っ直ぐに私を見つめる。
「そんなの、誰にもできなかった。マジで感謝してる」
「え……ええー」
なんか、改まって言われると……。
……照れる。
伏し目がちになる私に、レンは笑顔を見せた。
「せっかくの文化祭、せっかくの縁日だしさ、しっかり楽しんでいこうぜ!」
「……うんっ、そうだね! レン、良いこと言うー!」
「まーな!」
スッと片手を上げるレン。
私も手を上げ、手の平を叩き合う。
パーン!
という小気味良い音が響き、私の顔にも笑みが浮かんだ。
そのとき、ユウトくんがニヤニヤしながら近付いて来た。
「あれー? それ、俺がさっきレンに言ったことじゃん」
「な……ユウト! お前、バラすなよ!」
ユウトくんの言葉に焦るレンが面白くて。
思わず、お腹を抱えて笑ってしまった。
文化祭、絶対に成功させようね!