目次
ブックマーク
応援する
11
コメント
シェア
通報

第58話『告白』(レン視点)

 それから俺たちは一緒にいることが多くなった。

 呼び方も、レン、タクヤ、リコと、下の名前で呼び合うようになった。

 二人のおかげで、クラスのみんなとも打ち解けられたと思う。


 リコは、いつも向日葵ひまわりみたいに笑っていて。

 そんな彼女に、タクヤが恋愛感情を抱いていることはすぐにわかった。


「リコ、今日も愛してるぜ!」

「はいはい、タクヤ。今日もごめんねー」

「俺、軽くあしらわれてる!?」


 お決まりの挨拶に、三人で笑い合うのが日課だった。


 いつも真っ直ぐに気持ちをぶつけられるタクヤが眩しく、少しうらやましくも思える。

 なぜなら、俺の想いはまだ前のところにあったから。

 そして、それはもう相手に届くことはなかったから……。



 入学して3ヶ月が過ぎたとき。

 給食の時間、タクヤがリコの食器をのぞき込んで声を上げた。


「あれ? リコ、パン食べてねーじゃん!」

「あー……うん。ほしかったらあげるよ」

「マジか! サンキュー!」


 遠慮なく鷲掴みするその手に、リコは苦笑いを浮かべている。


「どうしたの、リコ。 具合悪い?」


 俺の問に彼女はハッとして。

 そして、首を横に振った。


「あ……ううん。ちょっと食欲がないだけ」

「食欲ないって、大丈夫なの?」

「あはは。夕べ、夜更ししすぎちゃったかな? 今夜、しっかり眠れば大丈夫だから」

「そっか……。無理するなよ」

「うん、ありがとね。レン」


 いつもと同じ笑顔を見せてくれるリコ。

 安心した俺の頭に、前の土地での思い出がふと蘇る。


「……どうしたのレン? 急に、ニコニコして」

「ああ、いや……」


 俺は苦笑すると、言葉を続ける。


「食欲で思い出したことがあってさ」

「えー、なになに?」

「うん。小学校の同級生でよく食べる子がいてさ。遠足でイチゴ狩りに行ったとき、お腹が痛くなるまで食べてたんだぜ? それで、俺に『先生呼んできて!』って必死の形相で訴えてきてさ」

「あはは、おもしろーい!」

「だろー?」


 あのときは焦ったけれど……。

 それも、今となってはいい思い出だ。


 彼女はひとしきり笑ったあと、ふと俺に向き直った。


「ねぇ、レン」

「ん?」

「いつか、レンの前の友達に会ってみたいな……」

「そうだな。リコならきっと仲良くなれるよ!」


 その言葉に、リコはまた嬉しそうに笑った。

 彼女が、日野原たちに興味を示してくれたことが嬉しくて。

 だから俺は、無責任にそう言って彼女と一緒に笑った。




 それから1ヶ月ほど時は流れて、学校は夏休みに入った。

 何かをするわけでもなく、かといってどこかに遊びに行くほど土地勘があるわけでもなく。

 ただただ長い休みを持て余していた、とある朝。

 俺が起きると、忙しい両親はもう家にいなくて。

 比較的時間に余裕のある大学生の姉貴が、朝食の準備をしてくれた。


 メニューは目玉焼きとトーストというシンプルなもの。

 だけど姉貴のそれは焼き加減が本当に絶妙で。

 目玉焼きを箸でつつくと、とろりと程よく溢れる色鮮やかな黄身。

 こんがりキツネ色のトーストは、外はカリカリ、中はしっとりでとても香ばしい。

 どちらも俺の大好物だった。


 トーストをかじっていると、姉貴がコーヒーを片手に正面の椅子に座った。


「あんたは、いつも美味しそうに食べてくれるね」

「だって、実際に美味いからね」


 姉貴は一瞬、驚いた顔を見せるも、それはすぐに苦笑いに変わる。


「そういうのは、将来、料理を作ってくれた女の子に言ってあげなよ」

「え? ねーちゃんだって女の子じゃん?」

「くっ……我が弟ながら罪作りなやつ! あんたのその鈍さは、後々苦労することになるよ!」

「えーと……なに言ってんの?」


 その言葉の意味がわからず首をかしげる。

 姉貴はグイッとコーヒーを飲み干すと、テーブルに肘をついて俺を見た。


「それはそうと、レンはもう聞いた? 三年経ったら、また前の家に戻るんだって」

「え、そうなの!?」

「うん。昨夜、お父さんとお母さんが話してるの聞いたから」

「そうなんだ……!」


 次第に、ここの生活にも慣れてきて。

 でも、やっぱり気持ちはまだ前のところにあって。

 捨てきれない想いに葛藤かっとうしていた日々。

 そんなときに聞いた願ってもいない話に、俺は思わず舞い上がった。



 朝食を終え、自室に戻ると、スマホが着信を告げるメロディを奏でた。

 まだ真新しいスマホ。

 これは、いつでも家族で連絡が取れるようにと親が買ってくれたものだ。

 着信者名を見ると、それはリコからだった。


「もしもし、リコ!」

『あれ? レン、なんだか声が嬉しそうじゃない? もしかして……私からの電話がそんなに嬉しかった?』

「あー、いや……」


 俺は苦笑すると、言葉を続ける。


「実は俺さ、前住んでた家に戻るかもしれない!」

『えっ!?』

「と言っても、三年後なんだけどね」

『じゃあ、高校は違うとこになっちゃうの?』

「うーん……でも、まだ先の話だから」


 そんな会話をして、そのあとは普通に他愛たわいもない話をして、どちらからともなく電話を切った。

 すべてがいつも通りだった。




 長い夏休みが終わって新学期が始まった。

 あれだけ暇を持て余していたと思ったけれど、終わってみればなんだかあっという間で。

 もう少し休みたいとさえ思ってしまうのが不思議なところ。


 久しぶりに見るクラスメートは真っ黒に日焼けしていて、みんな夏休みを満喫したことが伺える。

 だけど、リコだけは白いままで、前より痩せた気がする。

 相変わらず、食欲はないようだった。


 夏休みが明けて一週間が過ぎた。

 まだまだ残暑は厳しくて、アイスが恋しい時期。

 セミの声が、まだまだ元気に聞こえてくる。


 授業が終わって帰り支度をしていると、リコが俺のところにやってきた。


「レン……話があるから、校舎裏に来てくれない?」

「話? ここじゃダメなの?」

「うん……大切なことだから」

「そっか、わかった」


 なんだろう?

 話があるなら今すればいいのに……。


 そんなことを思いながら、教室から出ていくリコの背中を目で追い掛ける。

 途中、タクヤと目があったけれど、一瞬にらまれたあと、すぐにそらされた。


 校舎裏に行くと、大きな木に寄りかかるようにしてリコは立っていた。


「なんだよ、こんなとこに呼び出して。まるで告白するみたいじゃん」


 そう言って俺は笑ったけれど、リコは笑わなくて。


「告白じゃ……いや?」


 俺を見つめる瞳はいつになく真剣で、心臓が強く脈打ったのを今でも覚えてる。


「も……もー、冗談はやめろって。タクヤが聞いたら泣くぞ?」

「それでも……いい」

「リコ?」

「私……レンが好き」


 俺たちの間を風が吹き抜けていく。

 木の葉を揺らす音が、やけに大きく感じた。


「迷惑だった?」

「そんなことは、ない……けど」


 リコのすがるような瞳に、思わずそう答える。


 だけど、俺の心の中には忘れられない人がいて。

 それは、会えなくなったときから日に日に大きくなって。

 三年後に戻れると聞いたとき、真っ先に浮かんだのはそいつの笑顔だった。


 だから……。


「……ごめん」


 俺は、そう答えてしまった。


「……そっか。私、けっこー自信あったんだけどなー」


 悲しそうに笑うリコ。

 その頬は細くなり、以前の向日葵ひまわりみたいな笑顔じゃない。

 でも、精一杯の笑顔を作る彼女に、胸がチクリと痛んだ。

 ふと見たリコの手は小刻みに震えていて。

 このとき、初めて彼女が勇気を振り絞っていたことに気が付いた。


「ごめん!」


 俺は、もう一度そう言って頭を下げた。


「ううん、レンが謝ることじゃないって。……私の方こそ、いきなり変なこと言ってゴメンね」

「変なことなんて、そんな……」

「また、明日から一緒に笑ってね」


 俺の言葉をさえぎって、リコはきびすを返して走り出す。

 その瞬間、その頬から雫が飛び散ったけれど。

 俺は見ないふりをした。



 断ってしまった告白。

 だけど彼女は、また一緒に笑ってねと、そう言ってくれたし。

 きっと、時間が解決してくれるだろう。

 俺たちが大人になったとき、今日のことは笑い話になっているはずだ。


 そのときの俺は、そう考えていた。

 そう信じていた。


 だけど——。



 ——次の日、リコは学校に来ることはなかったんだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?