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第57話『ひまわり』(レン視点&ユイ視点)

 * * *


「……う。俺、寝てた?」


 横向きの姿勢で寝てた俺は、ベッドの中で呟く。

 目の前には、見慣れた壁がある。

 自室の壁だ。


 新学期早々、俺は風邪を引いて。

 咳とかはないけれど、頭痛とダルさがあって。

 まだ、みんなに顔を合わせ辛いこともあり、学校を休むことにした。


 午前中いっぱい寝ていたら、だいぶ良くなった気がした。

 なので、気分転換を兼ねて近所のコンビニへ。

 ……でも、それが悪かったのか。

 帰ってきたら体がダルくなって……。

 ベッドで横になったら、いつの間にか寝てしまった。


 ま、でも、ぐっすり眠ったせいかな?

 今は午前中より気分が良い。

 特に、頬に手を当てると幸せな気持ちになれるのは何故だろう……?


「そういや俺、寝る前は何してたっけ?」


 確か、姉貴に呼ばれて。

 日野原が代わりに行ってくれて……。


 って、日野原!?

 そ、そうだ、日野原が来てたんだった!

 やべっ、俺、すっかり熟睡してたじゃん!


 俺は、慌てて寝返りを打って振り返る。


「悪い、日野原! いつの間にか寝て——」


 ——だけど、それ以上言葉は続けられなかった。

 振り返った俺の目の前に、日野原の顔があったから。

 ベッドに突っ伏すようにして寝ている彼女。

 穏やかな寝息を感じるその距離に、胸は強く高鳴る。


「日野原……寝てんの?」

「レン……」


 その口が静かに動いた。


「……野良犬なんか食べちゃダメだよ」


 俺は思いっきりズッコケた。

 どうやらそれは寝言のようで。


「どんな夢、見てんだ!」


 思わずため息が漏れた、そのとき。

 不意に日野原が微笑んで。


「私……レンの手……離さないからね……」

「ほんと、どんな夢を見てんだよ」


 俺は苦笑いを浮かべながら、彼女の髪をそっと撫でた。

 自分でもよくわからないけれど、無性にそうしたくなったんだ。




 ✱ ✱ ✱




「……ふがっ!」


 いけない、いけない!

 レンの寝顔を見てたら、私まで眠くなってつい寝ちゃった!


 ベッドから顔を上げると、目の前にレンの顔があった。

 彼は横になって肘をつき、私をじっと見つめている。


「よー、眠り姫。やっと起きたか」

「あ、レン、おはよー。私ね、今、すごい夢見ちゃった!」

「……知ってる」

「レンがね、野良犬食べちゃうんだけど」

「……知ってる」

「え、何で知ってるの? もしかして、レンってエスパー?」

「ち・げ・ぇ・よ!!」


 ……っと!

 またいつものノリで、話がそれてしまうところだった。

 私はお姉さんからレンを託された。

 だから、彼が過去のことで苦しんでいるなら、私には救う義務がある!


 私は口元を拭うと、レンを正面から見つめた。


「あ、日野原、ベッドにヨダレ垂らしただろ!」

「大丈夫、気にしなくていいから」

「これ俺のベッドだぞ……」


 その言葉は聞こえなかったフリをして、グイッと顔を近付ける。


「レン! 中学生のとき、何があったか教えて!」


 レンは一瞬、驚いた顔を見せて。

 そしてそのあと、ふう〜っと息を吐いた。


「……別に。この前、タクヤが話していたことが全てだよ」

「ちがう!」

「ちがうってなんだよ。あれが本当にあったことで……」

「私、まだレンの口から聞いてない!」


 私はレンの手を掴んだ。


「お、おい、何を……」

「私は、何があってもこの手を離さないから!」


 真っ直ぐにレンを睨む。

 その瞳の中に、真剣な顔をした私が映っている。

 きっと、私の瞳の中にはレンが映っているだろう。


 ややあって、彼は深くため息をついた。


「……ったく。寝てても起きてても、同じこと言うんだな」

「だって……」

「わかった、話すよ」


 レンはベッドから起き上がると、私の隣に座る。

 肩と肩が触れ合う距離で、彼は静かに口を開いた。




 * * *




 俺は小学校を卒業したあと、親の転勤で引っ越しをした。

 もといたところとは遠く離れた土地。

 当然、みんなとは違う中学に入った。


 入学式も終わって、登校初日。

 とにかくガチガチに緊張していたのを覚えている。

 新しい環境でやっていけるのか?

 友達はできるのか?

 色々な不安が、心の中で渦巻いていた。

 だって、俺の気持ちは、まだ日野原たちと過ごした日々の中にあったから。


 自己紹介は滞りなく済ませたと思うけれど、周りは同じ小学校の人たちで仲良く話していて、すでにグループもできつつある。

 そんな輪の中に入れなかった俺は、一人で窓の外をぼーっと眺めていた。


 そのとき、不意に肩を叩かれて。

 振り返ると、そこには男女二人が立っていた。


「なぁ! お前が自己紹介で言った出身小学校、聞いたことねーんだけど?」


 その、ぶっきらぼうな物言いに、隣の女の子がため息をつく。


「ちょっと、いきなりそんな言い方はないでしょ!」

「あー?」

「月島くん……だよね? ごめんね、こいつバカだから」

「う、うるせーな!」

「私、七日市なのかいち 莉子りこ。で、この失礼なのがタクヤ。よろしくね!」


 そう言って、彼女はニコッと笑った。

 向日葵ひまわりみたいな笑顔だと思った。


 それが、タクヤとリコとの出会いだった。


 俺は二人に向き直ると、意識的に笑顔を作った。


「俺さ……こっちに引っ越してきたばかりだから。小学校名を知らないのも仕方ないよ」

「ふぅん、そっか。ねぇ、月島くんの住んでた街ってどんなとこだったの?」

「あーっ! なんだよ、リコ! 俺という者がありながら、転校生に浮気すんのかよ!」

「ちょ! バカタクヤ! 誤解されるようなこと言わないで! あなたとは、ただの幼馴染だって何度も言ってるでしょ!」

「そ、そんな冷たいこと言うなよー!」

「行こっ、レンくん。向こうで二人っきりで話そ?」

「なーっ!!」


 大慌てのタクヤ。

 二人のそのやり取りが面白くて——。


「……ぷっ」


 思わず、吹き出してしまった。


 ……しまった!

 つい笑っちゃったけれど……気を悪くしたかな?


 恐る恐る二人の顔を見る。

 でも、二人とも満面の笑みで。


「なんだよ、月島。俺たちのやり取りがそんなに面白かったか?」

「これ、うちらの通常運転だよ」

「そう、愛の成せる技だよな!」

「違うって言ってんでしょ、バカ!」


 嵐みたいなそのやり取りに、心の中の緊張はいつの間にかどこかに消え去って。

 気が付けば、俺は二人と一緒に笑い合っていた。


 それは、この街に来て初めて心から笑った日だった。

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