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第55話『駆け上がるボルテージ』

 夏休みが終わった。

 事前に計画していた、海にプールに花火大会……。

 夏を彩るイベントたちは、レンと連絡が取れなくなったことで立ち消えになってしまった。


 もちろん、私たちだけで行くことはできたのだけれど……。

 そこにレンがいないのは寂しくて。

 私たちの中で、こんなにも大きな存在になっていたことを、改めて感じさせられた。


 中学の同級生だというタクヤが、悪意を持ってバラしたレンの過去。

 もちろん、あれをそっくりそのまま信じるほど、私も単純ではないけれど。

 でも、二人のやり取りから誰かが亡くなったことは本当みたいで。


 私は、どんな顔でレンと接したらいい?


 そんなことを、ずっと考えていたけれど。

 でも答えは出ないまま、二学期の始業式である今日を迎えてしまった……。


「おはよー」

「おはよー」


 久しぶりに会うクラスメートたちと挨拶を交わしつつ、窓際の自分の席に座った。

 教室内は夏休みにどこに行った、何をしたという話で盛り上がっている。

 みんな元気そうで何より。


 ふと、隣の席に目を向ける。

 そこには、いつもならレンがいて、


「なに見てんだよ?」


 なんて言ってくるのだけれど。

 ……でも、今日はまだ姿が見えない。

 普段なら、この時間には教室にいるのに。

 夏休み気分が抜けなくて寝坊した?

 ま、まさか、学校を忘れてるなんてことないよね?


 なんて思っていると、レンの前の席の人が振り返った。


「まだ、来てないみたいなんだよー」


 レンの前の席はユウトくん。

 なのに……え!?

 そこにいるのは、でっぷり太ったメガネくんで。

 初めて見る顔に、私は戸惑いを隠せない。


 し、知らない人がユウトくんの席に座ってる!?

 なんで!?

 も……もしかして私、違う教室に来ちゃったの!?

 はぁう、夏休み気分が抜けてないのは私でしたーっ!!


「ご、ごめんなさい! 私、教室間違えたみたいっ!」


 カバンを掴んで、椅子から慌てて立ち上がったところで

 ニヤニヤしているアイリと目があった。


「どうしたの、ユイ。自分のクラスを忘れたのかしら?」


 その隣には、申し訳なさそうにうつむくミユもいて。


「アイリ、ミユも!」


 見慣れたその顔に、安堵のため息が漏れた。


「良かった! 今、知らない人に話しかけられたから、てっきり教室を間違えちゃったのかと……」

「ふふふ。やっぱりユイも彼が誰かわからないみたいね」

「え、ユイって?」


 首をひねる私に、メガネくんが唇を尖らせる。


「ユイちゃんも、アイリちゃんも、ひどいぜー!」


 え……。

 その声と雰囲気は……。


「……ユウトくん?」

「そーだよ!」

「えええ——!? 夏休み前と別人じゃん!!」


 ユウトくんはメガネじゃなかったし、何より体型が違いすぎる!

 驚く私の前で、ミユが小さい体を更に小さくした。


「どーなってるの!?」


 ふふっと軽く笑いながら、アイリが口を開く。


「夏休みの間、ミユが毎日お菓子を作ってきてくれたみたい。そうしたら、こんな体型になったんだって」

「ゆ、ユッたんは悪くないの、私が悪いのー! ユッたん、いつも美味しいって食べてくれるから、嬉しくて……。つい作り過ぎちゃって……ごめんなさい」


 しょんぼりと、うつむいたままのミユ。

 その手を、ユウトくんが優しく取った。


「ミユのせいじゃないって。俺、ここのところ空手もやってなかったからさ」

「食べすぎ、運動不足。なるべくしてなったという感じね」


 アイリが辛辣しんらつ

 あ、ミユに続いてユウトくんまで、落ち込んじゃった!

 よしっ、ここは話題を変えよう!

 何か別の話題、もっと楽しくなるような……。


 私は、ユウトくんの顔を見て、少し大袈裟に手を叩いた。


「ユウトくん、メガネ似合うね! それ、イメチェン?」

「……俺さ、顔に肉がつくと目の開きが悪くなって、目つきが悪くなるんだよ。これは、それを隠すためのメガネです」


 んあー!

 話題、変えられなかったー!!


 ユウトくんが、すっとメガネを取った。

 た、確かにちょっと怖い顔になる!


「……って、俺が太った話はもういいんだよ!」


 メガネをし直すと、ユウトくんは私たちを見回した。


「それより、レンのことだけどさ。夏休み中に連絡取った人いる?」


 その言葉に、私たちは首を横に振る。


「マジか……。まぁ、あんなことを暴露されて、俺たちに会いづらい気持ちもわかるけどさ……」

「まったく、月島くんもバカね。私たちが、あれくらいで離れると思ってるのかしら」


 そのとき、ミユが恐る恐るといった感じで口を開いた。


「……逆にー、レンレンがこのまま黙っていなくなっちゃうー、なーんてないよねー?」


 その言葉に私はハッとする。


「小学生のとき、何も言わずに転校した……」

「まさか……!?」


 顔を見合わせる私たちに、始業を告げるチャイムの音が鳴り響く。

 ややあって、担任のガク先生が入ってきた。

 席を離れていた人たちは、自分の席に戻っていく。


 先生は、ぐるっと教室内を見回してうなずいた。


「久しぶりだね、みんな。ちゃんと全員いるね」


 その言葉に、アイリの手がスッと上がった。


「先生、月島くんがまだ来てません」

「あー、月島ね。うん、ちょっと連絡があってね……」


 連絡が……あった?


 激しくなる胸騒ぎ。

 心臓の音が、うるさいくらいに響き出す。


 もしかして、転校?

 それとも、学校を辞める?

 レンに会えなくなるなんて、そんなの絶対にイヤ!


 先生は言葉を続ける。


「体調不良で休ませてくれって」


 ……え?


「この時期は、朝晩と日中の気温差が激しいからね。みんなも体調崩さないように気を付けて」


 体調……不良?

 風邪ってこと?

 転校とかじゃなくて?


 胸につかえていたものが取れていく感覚。

 私は、思わずため息をついた。

 ふと隣を見ると、アイリも胸を撫でおろしている。

 私と同じ想いだったのだろう。


 ほんと、良かった……。




 それから数時間後。

 今日は始業式ということもあって、午前中で学校は終わった。

 アイリたちとは家の方向が違うので、私は一人で帰路につく。

 いつもなら隣にレンがいるのに……。


 レンは、今頃何をしてるのかな?

 ちゃんと、ごはん食べてるかな?

 辛くて寂しくて、一人で泣いてたりしないかな?


 学校で会えなかったせいか、今日は暇があるとレンのことばかり考えている。


 お見舞いに行っちゃおうかな?

 あ、でも、いきなり行ったら迷惑かな?

 ……って、その前に私、レンの家を知らないじゃん!!


 どうしよう。

 ユウトくんなら知ってるかな?

 ちょっと連絡してみようかな……。


 なんてことを考えていた私の前を、気だるそうに通り過ぎていく人。

 Tシャツに短パン姿。

 手にはコンビニ袋を持ち、額に冷却シートを貼った彼。

 それは——!


「あっ、レン!!」


 思わず叫んだ私に、レンはビクッとして。

 そして、次の瞬間走って逃げ出した。


「レン、ちょっと待って!!」


 私は、その背中を追って走り出す。


「なんで逃げるの!」

「日野原が追いかけてくるからだろ!」

「それは、レンが逃げるからでしょ!」

「お、俺、一応、病人なんだからな!」

「じゃあ、大人しくしてろっ!」


 不意に始まった、私とレンの追いかけっこ。

 彼は、角を曲がって細い路地に入り込む。

 そこは、学校に遅刻しそうになって二人で走った、あのときの路地だ。

 この先に石垣があって、そこを上ると公園があるんだ。


「ちょっと、待ってってば!」

「待たねーって言ってんだろー!」

「わ、私は、レンと話がしたいだけなのっ!」

「ふーん? じゃあ、俺をつかまえられたらな」


 そう言うと、レンは前みたいに石垣を駆け上がっていく。

 具合が悪いというのに、その運動神経は健在みたい。


 上り終えたレンは、私を振り返った。

 その口が、余裕からか少し緩む。


 ……甘いよ、レン!

 あのときの私は、遠回りして階段を上ったけれど。

 でもね、今は違うよっ!

 体育祭で走り方を指導した自分を恨みなさいっ!


 走りながら深く息を吸い、そして長く長く息を吐く。

 この呼吸で、体は強制的にリラックスモードになる……たぶん!


「たああーっ!」


 気合の声とともに大地を蹴って、私は石垣を駆け上がる。

 一歩、二歩、三歩!

 レンの顔に驚きが浮かんだ。


 ふふっ、今の私はこれくらいできるんだ!

 石垣はあと少しで上り切れる!


「バカ、油断すんな!」


 四歩目を踏み出す。

 だけど……。


 え?


 私の足は空を切った。

 体はバランスを崩して、後ろに倒れていく。

 視界が、石垣から青い空に変わった。


 ヤバイ!

 これ、後頭部を打つやつだ!


「日野原っ!」


 その瞬間、レンが私の手を掴んだ。

 グンッ!

 という強い衝撃とともに落下は止まり……続いて強い力で引っ張り上げられる。

 私も石垣に足を戻し、そしてようやく上へと辿り着いた。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 二人の荒い息遣いが響く。

 レンは、お尻と両手をついて空を見上げて。

 その隣で、私は両手と両膝をついて。

 全身から冷たい汗が一気に吹き出してくる。


 あ、危なかった〜〜〜!

 レンが助けてくれなかったら、大怪我していただろう。


「レン……ありがとう」


 息を整えつつ、レンに目を向ける。

 次の瞬間、レンがガバッと起き上がった。


「無茶すんな! 心臓が止まるかと思ったろ!」

「心配……してくれたの?」

「んなの、当たり前だろ!」

「そっか……」


 レンの言葉に、ちょっと嬉しくなる自分がいて。

 怖いことがあったばかりなのに、やっぱり私って単純だなと思う。


「あのな……ちょっと行けば階段があるだろ? 前みたいに、そこから来れば良かっただろ!」

「だって、それじゃレンが逃げちゃうじゃん! それに……」


 私は、レンの手首をギュッと掴んだ。


「レン、つかまえた!」

「マジかよ……」


 ニッと笑う私に、レンは深いため息をついた。

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