目次
ブックマーク
応援する
13
コメント
シェア
通報

第53話『信じてる』

「月島 蓮が人殺しって!? ……うん、うん。……え、マジでそんなことが?」


 ジュリの言葉が、狭い空間に響いていく。

 その雰囲気は、とても冗談で言ってるとは思えなくて。

 そして、それは私を動揺させるには十分過ぎて。

 盗み聞きをしていることも忘れて、咄嗟に立ち上がった。


 その瞬間——。

 ポケットの中に入れていたスマホが、メッセージを受信して振動する。

 ブブブと鳴り響く音。


 しまったっ!

 と思ったときにはもう遅い。


「ちょ! 誰かいんの!?」


 ジュリが叫ぶ。

 私は、慌ててその場から逃げ出した。


 廊下を走って——。

 角を曲がって——。

 後ろを振り返って——。

 ジュリが追ってこないことを確認して、ようやく足を緩めた。


「はあっ……はあっ……!」


 響く、荒い息遣い。

 そして、


「ふぅ……」


 と、安堵のため息が漏れた。

 体育祭のときは、偶然のぞき見みたいになって突き飛ばされたし。

 今回は、ちょっとだけとはいえ衝撃的なことを聞いちゃったし。

バレたら、何をされていたのか……。


「……って、バカみたい! レンが人殺しとか、そんなワケないじゃん!」


 私はもう一度息を吐くと、スマホを取り出した。

 届いたメッセージ。

 差出人は……レンだ!


『日野原、早く帰ってこーい! 夏休みの予定、どんどん決まっちゃうぞ?』


 明るく、お気楽なその文章。

 私の気持ちも知らないで……!


「レンのバカ……」


 私はスマホをポケットにしまうと、教室に向かって歩き出した。




「あ、ユイ」

「ユイちゃん、お帰り」

「ユイぴょんおそーい! もー、色々決まっちゃったよー?」


 教室に戻った私を、みんなが出迎えてくれる。

 その顔は、当たり前だけど私がトイレに行く前と同じで。


「そ、そっか」


 私は、できるだけ平静を装って席についた。

 隣の席には、机に突っ伏したレンがいて。


 寝てる?

 そう思った瞬間、その顔がこちらを向いた。


「お帰り」

「た、ただいま!」


 その顔は、あまりに無邪気な笑みで。

 思わず胸が、ドキッと強く脈打った。


「はーい、注目! それじゃユイちゃんも帰ってきたということで」


 ユウトくんが大袈裟な素振りで手を叩く。


「7月末はユイちゃんの家の近くの公園のお祭りに行って。8月は海とか、プールに行くということで!」

「それなら私は、日焼け対策をしなくちゃ。肌が弱いのか、すぐ赤くなっちゃうのよね」


 アイリは、困ったように袖から除く腕を撫でた。

 白く、きめ細かいお肌は日頃の手入れの賜物たまものなのかな。


「私ー、花火大会も行きたーい!」

「いいねー! 行こう! 絶対行こう!」

「わーい♪」


 前のめりで賛同するユウトくんに、ミユは嬉しそうに手を合わせる。

 ほんと二人は幸せそうだな……。

 なんてことを思っていると、レンがスッと手を上げた。


「ユウト、俺……お祭りで、焼きトウモロコシ食べたい」

「それは勝手に食えっ!」

「ちょ……お前、俺に冷たくない?」

「いつもの仕返しじゃー!」


 そう言って笑うユウトくん。

 レンも一緒に笑ってる。

 それを見ているアイリもミユも嬉しそうで。


 でも……。

 私の中のモヤモヤは、ずっと晴れなくて。


 ——月島 蓮は人殺し。


 あまりに現実感のない言葉なのに、なぜか頭の中から離れない。

 それは、あのときのジュリの雰囲気のせいなのか。


 今すぐ、レンに真実を聞いてみたい。

 バーカ、そんなわけないだろ。

 って、きっと笑って否定してくれるよね?


 私は短く息を吐くと、レンに向き直る。


「あ……あのさ、レン!」

「ん?」


 少し上擦うわずった声が出た。

 レンは、そんな私に軽く小首を傾げる。


「どした?」


 軽く癖のある髪が、さらりと揺れた。

 切れ長の大きな目が、私の次の言葉を待っている。 

 その仕草が、悔しいくらいに可愛いくて……。


「……ううん。夏休み、楽しみだねっ!」


 思わず、そう誤魔化してしまった。


「なんだよ、それ」


 レンは、そう言って笑う。

 その笑顔を前に、私は人知れず拳を握った。


 ……さっきのジュリの話は、きっと何かの間違いだ。

 私だって、レンが小学校の同級生のレンだってわかるまでに時間かかったし。

 もし間違いじゃないなら、同姓同名の誰かのことだ!


 第一、人を殺していたら少年院に入っているはず。

 ……あれ?

 14歳未満は児童相談所だっけ?


 思わず腕を組んで、うーんとうなる。

 私がそんなことを考えているとは夢にも思わないだろう、ユウトくんが嬉しそうに話し出す。


「それにしてもさ、こんなに楽しみな夏休みって初めてだよ」


 その顔は満面の笑み。


「俺、楽しみすぎて宿題が手につかないかもー」

「あー! ユッたん、それはダメだよー!」

「宿題は、夏休みの最初に終わらせておくと楽よ?」

「ユウトは、せめて祭りまでに終わらせとけよな」


 ミユ、アイリ、そしてレンの三人に責められたユウトくんは、


「くっ、この優等生たちめー!」


 と、上を向いて唇を噛んだ。

 その隣で、アイリがレンを上目遣いで見た。


「せ、せっかくだし……わ、私も何かしようかしら?」


 長い髪を手ぐしでとかしながら言うアイリに、レンは短いため息をつく。


「水本は、まず病院に行くこと」

「えー」

「えーじゃないの。約束な」

「もー、わかったわよー」


 レンの言葉に不満そうな声を出すアイリ。

 だけど、その顔はなんだか嬉しそうで。

 二人がちょっといい感じに見えて、私の中に焦りと不安が首をもたげる。


「ね、ねぇ、レン! 私は? 私は何したらいい?」


 咄嗟に会話に割り込んだ私を、レンはアゴに手を当てて考える素振りを見せた。


「そうだな……」


 ややあって、その口が開く。


「日野原は……元気で長生き、かな」

「ちょ! なんで私だけお年寄りみたいなのっ!?」


 思わず立ち上がった私に、みんながお腹を押さえて笑う。

 レンも、一緒になって笑っていて——。



 レンが人を殺したなんて、そんなことあるわけがない。

 私の知っている彼は、意地悪も言うけど優しくて。

 こんなに眩しい笑顔を見せてくれる人。


 大丈夫、私はレンを信じてる!



 ——私も、レンと一緒に大きな声で笑った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?